ディバイン・レガシィー -箱庭の観測者-

月詠来夏

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第5章「神々集いし夢牢獄」

104話 プリン姫(1)

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 *

 一方、夢の外の現実世界では。
 アスタは繁華街を走り抜け、中央都市から離れる。街の中央から森の方まで立ち止まらずにいるものの、足を止める暇はなかった。
 とにかく、早くデウスプリズンに向かわなくてはいけない。その一心で走り続けていたあまり、周りに意識を向けられない。
 道の先を歩くそのひとに、ぶつかるまで気づくことができなかった。

「うわーっ!? ち、ちょっとちょっとぉ!?」
「待って!? どいてどいてーっ!?」

 トゥリヤもアスタもお互いに避け切ることができず、正面衝突してしまう。どちらも地面に倒れ込んでしまうが、すぐに起き上がった。

「ご、ごめんなさい! 大丈夫ですか、アスタさん!?」
「だ、だいじょぶ。こっちこそごめん……ん?」

 歩いてきたのはトゥリヤだけではなかった。紫のメッシュが入った黒い長髪と赤い瞳、黒と赤の装束が特徴的な女が、彼の隣を歩いていた。
 アーケンシェンであり、少しの間行動を共にしたことのあるトゥリヤはわかるものの、もう一人はどこかで顔を合わせた記憶もない。

「えっと、隣のひとは誰?」
「あ、アスタさんは会ったことないですよね。この方はナターシャさん、グレイスガーデンの管理者です」
「……どうも」

 トゥリヤが紹介したタイミングで、女性──ナターシャは礼をする。アスタも立ち上がり、黙って礼を返した。

「何か急いでいたようですけど、どうかされましたか?」
「そ、そうだ! ユキとクリムたちが危ないんだよ! ラケルを止めるために、ヴィーを呼んでこなきゃいけないんだよ!」
「えっ、もしかして朝より大変なことになってます!? なんで!?」

 トゥリヤの顔色が若干青ざめたのに対し、ナターシャの表情はほとんど変化していない。こちらは感情が一定で波風立たないひとであるらしかった。そんな彼女に違和感を覚える。

「とにかく、説明は全部終わってから! ボクは急がなきゃいけないの!」
「あ、そうですね。引き留めてすみません。ティアルさんたちにも連絡しておきますね」
「お願い!」

 二人を追い越し、今度こそデウスプリズンへと突き進んだ。建物に辿り着いたとき、呼び鈴を鳴らさず、金属製の重苦しそうな扉をバンバン叩き始めた。

「ヴィー! ここ開けて!」
「なんですか。きちんと呼び鈴を鳴らしてください」

 案外返事は早く聞こえてきて、鍵が開く音がした。扉がヴィータによって開かれた瞬間、アスタは真っ先に彼女に詰め寄った。

「ヴィーお願い、今すぐ中央都市に行って! ユキとクリムが……!」
「一回落ち着いてください。クリムがいないのに、わたしまで簡単には離れられません」

 デウスプリズンの奥の封印を維持するには、誰かがデウスプリズンにいる必要がある。アスタも、自分と二人では現場に戻れないことを思い出す。

「そういえば、さっきトゥリヤたちから、夢劇場という場所で事件が起きていることを知らされたんです。それと関係があるのですか?」
「うん。その夢劇場のラケルって奴が、子供や大人の神たちを夢の世界に閉じ込めちゃったの。おまけに、ラケルは観測者と星幽術の存在を知ってた」
「……意外とまずいことになってますね」

 ヴィータは少しだけ考えを巡らせる。そしてまもなく、「わかりました」と頷いた。

「お兄様、ラケルという者の特徴を教えてください。あと、わたしかクリムが帰ってくるまでここから離れないでください」
「ええ!? ボクが封印の維持するの!?」
「ここにいるだけでいいです。暇つぶしするものはたくさんありますから、外には出ないでくださいね」
「わ、わかったよ! ヴィーも気をつけてね」

 必要な情報を頭に叩き込んでから、アスタと入れ替わるように建物の外に出た。まっすぐ中央都市の繁華街へ走っていく。

 *

 ……ユキアたちの姿が見当たらない。
 僕は目覚めたら、見知らぬ森の中に倒れていた。手当たり次第に歩いているうちに、セルジュとシュノーとは合流することができた。しかし、アリアやユキアたち、そしてアスタの姿を見つけることはできていない。

「レノや子供たちもいる。早めに見つけた方がいい」
「ラケルさんの幻? が言ってましたよね。子供たちを見つけたらここから出られるって……」

 紅紫色の毛むくじゃらな猫には、ラケルの意思が宿っているらしい。実際、猫の頭上に幻を出現させ、僕らをおちょくってきた。あいつの言葉を汲み取る限り、僕らを巻き込んだのもただの享楽だったようだ。
 本当に、目的はそれだけなのか……?

「子供たちもですが、残りのひとたちと合流しないとです。クリム先輩、先導お願いしていいですか」
「なんで僕?」
「一番年上ですから」

 ……確かにその通りではあるけれど。
 ただひたすら、三人で森を進んでいると、木々の間から何か家のようなものが見えてきた。

「一軒家……誰かいるんでしょうか?」
「いや、それよりも突っ込むべきところがあるでしょ」

 僕たちは、その家らしきものの前に辿り着いた。しかし、ただの家ではない。甘い匂いがふんわり漂ってくる、チョコやクッキーでできたお菓子の家だ。

「なにこれ。美味しそう」
「ぼく、食べてきます!」
「セルジュ!?」

 セルジュが一軒の平屋に近づき、壁らしい茶色の生地を剥がし、口にした。警戒心なさすぎない?
 もぐもぐ味わって飲み込むと、したり顔になってこちらを向いた。

「しっかりチョコ味です。うまうま」
「味はどうでもいいよ。なんでこんなところに……」
「夢だからなんでもありなんだよ、きっと。アイスはどこ?」

 そんな理屈が通るか。ていうか温度的にアイスは無理がある。
 ……いや、逆に夢だから理屈など簡単に無視できてしまうのか? 考えれば考えるほど頭が痛くなる。

「まるで、童話の世界みたいですね」
「お菓子の家……差し詰め、ゼルンとテーレルってとこかな」

 ゼルンとテーレルは確か、キャッセリアの子供たちの間で最初期から伝わっている童話だ。僕も暇潰しで読んだことがある。お菓子の家が登場する童話で思いつくのはそれくらいだ。
 なぜ童話が夢の世界に……とは思ったが、この夢には多くの子供たちが招かれている。影響がまったくないわけではなかろう。

「とりあえず、中を調べてみる?」
「そうですね。じゃあぼくがぶぎゃあ!?」

 突然、板チョコレートでできたドアが開け放たれ、一番近くにいたセルジュを吹き飛ばした。

「お前ら何者だ!? 人の家を食いに来たのか!!」
「ぎゃあああ!? って……シオン?」

 武器の戦斧を振り上げながら、シオンが家から飛び出てくる。だが……様子が何かおかしい。なぜ彼が僕たちに武器を向ける?

「何してるの。僕たちがわからないの?」
「はぁ? お前らなんか知らねーな。それよりどいたどいた! オレは姫の心臓を女王様に捧げに行かなきゃいけないんだ!」
「……ゼルンとテーレルはそんな話じゃない。勝手に改変するな寝ぐせ男」
「オメーこそ何言ってんだチビ女!!」

 この夢の世界の影響……なんだろうか? シオンの中から、ここに来る前の記憶がほとんど吹き飛んでいるように見える。
 これは元に戻すのが面倒そうだ、と思っていたら、シュノーがシオンにぐいっと距離を詰めた。

「シュノーはチビじゃない。寝てろ」
「ぐぁっ!?」

 手刀でうなじを叩き、一瞬で昏倒させた。むすっとした顔でシオンの身体を脇に抱えるシュノーは、お菓子の家を再び見上げる。何か気づいたことがあるようだった。

「一つ、考えたんだけど。もし、この夢の世界が本当に童話をモチーフとして作られているとすると、複数のお話が混ざり合ってるのかも」
「複数? ゼルンとテーレルと……」
「姫の心臓……えーと、どの童話でしたっけー……」

 少なくとも、二つ以上の童話が組み合わされている可能性は高いわけだ。
 そして……シオンのように、夢の中に来た者たちが、知らず知らずのうちに役を与えられ、演じている。記憶が改ざんされていると見ていいだろう。

「なんか、夢に迷い込んだひとがこんな有様になってるみたいだけど。とりあえず、ゼルンとテーレルの要素は薄そう。今のところ、このお菓子の家くらいしか出てないし」
「魔女とか、肝心の兄妹が出てきていませんからね。ってことは、他の子供たちもシオンみたいになってるってことですか!?」
「そうだね。もしかしたら、レノも……」

 夢の牢獄……思った以上に厄介だ。ここから早めに出ないと、現実の方にも影響が出かねない。それに、子供たちの安全が保障されているわけではない。
 ここはあくまでラケルの神幻術の中にいるようなもの、いつ何が起きたっておかしくはないのだから。



 一度お菓子の家を見つけたあと、進む先で見つけた建物はすべてお菓子でできていることに気づいた。シオンに出会って以降は、子供も誰も見かけていない。お菓子の建物はぽつぽつと点在しているのが、中には誰もいない。
 このエリアがどこまで広がっているのか、地図もないのでわからない。一体どこまで進めばいいのやら。

「……うーん。あれぇ、どこだぁここ……」
「起きたか。寝ぐせ男」
「うわっ!? 降ろせよチビ女ぁ!?」

 シオンが目を覚ましたらしく、シュノーの右腕の中でジタバタ暴れていた。暴れるシオンを、無表情のままでボトッと地面に落とす。

「いてぇ……クリムに、セルジュ? お前らだけなのか?」
「そうだけど。気を失う前、何をしていたか覚えてるかい?」
「……なんか、お前らに襲いかかっちまった気がする。それはすまねぇ」
「まあ、大丈夫ですよ。おかしくなる前、何がありませんでしたか?」
「いや……劇場で気を失ってからは、あんまり」

 僕とセルジュで、シオンを立ち上がらせながら事情を聞いた。うんうん唸りながら頭を捻るシオンだったが、突然はっとしたように目を見開いた。

「そうだ、ソル! ソルはどこにいるんだ!?」
「まだ見つけてないよ。アリアやユキアたちも含めて、今探してるところ」
「っ、あいつ一人にしておくわけには────」
「落ち着け寝ぐせ男」

 再びシュノーがシオンにチョップをかます。今回はうなじに向けてではなく、頭のてっぺんだった。

「オマエがソルを心配してるのはわかる。でも、闇雲に動いたところでオマエ一人じゃどうにもならない」
「そんなのわかってんだよ!! けれど……!!」
「一人で背負うな。仲間を頼れ。シュノーにそう言ったのは、他でもないシオンでしょ」

 シュノーは至って落ち着いて、怒っている様子もない。不思議なことに、シオンはみるみるうちに冷静さを取り戻していった。

「……すまん。取り乱して」
「こうなるのはなんとなく予想してた。気にするな」

 確かに、二人が離れているところはあまり見たことがない。ユキアとメアより、シオンとソルのほうが一緒に行動する頻度が高いように思える。どちらも親友という共通点があるし、何よりソルは他人に無頓着なのに。

「ソルもオマエを探してると思う。誰よりもオマエのことを大事にしてるから」
「そうだよな……早く見つけてやりてぇ」
「では、進みましょうか」

 気持ちを新たにして、道を進もうとしたときだった。シュノーが突然立ち止まり、何か匂いを嗅ぐような仕草を見せる。
 そして、小さく呟いた。

「……この甘い匂い、なんだかすごく懐かしい」

 そう言って、道の先へと一人歩き出した。後を追いつつ呼びかけても、シュノーが止まる気配がない。
 やがて、一軒のお菓子の家に辿り着いた。ここに来るまでお菓子家には何度も出くわしたが、この家だけからとてつもなく甘ったるい匂いが漂ってくる。いくつものお菓子が混ざっている匂いではない。カラメルだかの特有の甘い匂いが一際強い。

「この匂い……プリンでしょうか?」
「なんか、チビ女二号が好きそうだな」

 ……プリンであることに、何かしらの意味があるということか?
 シュノーはお菓子の家に近づき、板チョコレートの形をしたドアをノックした。しばらくすると、とたとたと走る音が聞こえてくる。

「こんにちはなのだ! 何かご用なのだ?」

 ドアを開けて出てきたのは、髪型も服も、色以外はシュノーによく似た桃色の少女……レノだ。
 ただ、天真爛漫で大きな紫の目は、今までとはどこか違っている気がした。
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