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第5章「神々集いし夢牢獄」
107話 厄災の犠牲者
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*
城の中にある扉を手当たり次第に開けていたら、奇妙な空間へと続く扉を見つけた。私たちは子供たちを連れて、その空間へと入る。
鈍色に虹が混じったような、少し気味の悪い色の異空間。ずっと見ていると、なんだか気持ち悪くなってくる。一本道でまっすぐ歩いていればそこまで体調は悪くならないので、それだけが救いだった。
「メアおねーちゃん、起きないね」
「仕方ないでしょう。さっきの戦いで、一気に力を消耗したみたいですからね……」
「ステラちゃん、きっと元気になるよ。わたしたちも早く外に出よう」
「うん……そうだね!」
メアは一度倒れてから目覚める気配もなく、アルバトスに抱えられたままだった。せっかく退院できたのに、こんなことになってしまって申し訳なく思う。
連れてきた子供たちはというと、ステラたちの近くを歩いており時折話している。同年代のステラといる方が気楽らしく、ステラもまた友達に勇気づけられているようだった。
特に話せる雰囲気でもなく黙って歩き続けていると、見慣れた場所に出た。
……キャッセリアの中央都市。出てきたのは繁華街だ。
「や、やった~!! 脱出成功! だよね!?」
『……それにしては人通りが少なすぎるだろう。よく見ろ』
ノインの喜びはぬか喜びに終わった。ルマンさんの言う通り、現実の中央都市に比べたら人通りがまったくと言っていいほどない。空が曇っていて暗いから、街の雰囲気が暗く感じられる。
そして……冬でもないのに、粉雪が舞い降りていた。
「うっわ、さっぶー。ノイン寒くねーの?」
「あたしは快適~。ね~みんな~」
「こら、子供に近づくな!」
ノインが子供たちの方へふらふら歩いていこうとしたので、頭を引っぱたいておいた。
自分が使える魔法の属性で体温の感覚も微妙に変わる。こればかりは体質の問題だから、服などで調節するしかない。子供たちの中でも、雪を珍しがって走り回る子と、寒さに震えている子に分かれてしまっている。
「ここはまだ、ラケルの夢の中ということですね。出口を探しませんと」
『一旦止まろう。どこに向かうべきか把握すべきだ』
「えー、見慣れてる場所なのにー?」
「いやいや、あくまで夢の中だし、道が捻じ曲がってたりしそうだぞ? ラケル隊長、そういうこと平気でしそうじゃん」
ノインが能天気そうなのが気に食わないが、オルフさんの言うことも一理ある。私たちは一度立ち止まり、現在地を確認する。
今立っているのは、ちょうど夢劇場パンタシアに繋がる路地裏の前だ。周囲の建物は現実世界とほとんど変わりがない。路地裏を覗くと、紅紫色の壁と妖しげな色の照明がかなり目立っていたので、パンタシアの場所はすぐにわかるはずだった。
しかし、今私たちの目にはパンタシアらしき建物は一切見つけられない。気のせいかと何度も目を擦ったけれど無駄だった。
「あれ? パンタシアってここにあるんじゃないの?」
『昔はあんな劇場なんて作られていなかった。あれができたのは、今から大体五十年近く前の話だからな』
繁華街以外はどうなっているのだろう。宮殿を初めとした主要な建物は、現実の方と特に変わっていない。一部の建物のデザインや装飾が異なっているものもあるが、色や屋根の形が異なるなどの些細な違いだ。
ここから導き出される結論は……少なくとも一つ存在する。
「もしかして、ここって昔のキャッセリア?」
「あ~、言われてみりゃそんな感じだな。って言っても、オレっちはよく覚えてねーけど」
「あたしもー。でも、なーんか懐かしいんだよねー」
『オルフやノインたち第四世代の神は、まだ大人になっていない時代だ。記憶が曖昧でも無理はない』
「へぇー、なんか勉強になるね! 写真で見るよりもすっごくリアルだもん」
ステラを含めたグレイスガーデンの子供たちは、なんだか興奮している様子だ。夢の中であるのに現実味を帯びている。今の私たちはある意味、過去にタイムスリップするのと同じ体験をしているのかもしれない。
私はふと、オルフさんに支えられているルマンさんを見る。
「ルマンさん。この夢の中に来てから、ずっと気になってたことがあるんだけど」
『なんだ?』
「魔特隊の英雄について詳しかったり、ラケルと何か因縁があったり、昔のキャッセリアを知っていたり……なんか、ただの喋るバイクとは思えなくて。なんでそんなに色々なことを知ってるの?」
しばらくは、何も返事は返ってこなかった。あまり突っ込むべきことではなかったかもしれない。そこで、ずっとルマンさんのハンドルを握っているオルフさんが、車体を軽く揺らし始めた。
「なぁルマン、オレにも教えてくれよ。オレたち、生まれてからずっと一緒の相棒じゃねーか。隠し事はなしでいこうぜ?」
『……そうだな。少しだけでも話しておいた方が、混乱しにくいかもしれない』
オルフさんがパッと笑顔を咲かせて、車体を揺らすのをすぐにやめた。
粉雪は依然として降り続いている。子供たちが風邪を引くといけないので、付近の建物の中に入り雪を凌ぐことにした。小さい飲食店だが、ここにも誰もいない。それでも外よりは温かいから、ここでしばらく子供たちを休ませてもいいだろう。
私たちはテーブル席を選び、ルマンさんの話に耳を傾けた。
『ボクには、このバイクの身体になる前の記憶がある。こうなる前は、キミたちと同じ一般神だったんだ』
「えっ!? マジで!? 初耳!!」
『まあ、今はこういう成りだから、オルフの武器として生きているわけだが。元は結構年がいっててな。ラケルとは随分と昔からの付き合いだったんだ』
「それって、どれくらい? 百年以上?」
『いや、ざっと二百年くらいかな』
「二百年!? うひゃー、想像しづらい」
ノインの気持ちもわかる気がする。私は二十年くらいしか生きていないから、百年単位を生きる感覚などわからない。クリムやアスタたちならわかるかもしれないが。
『ラケル、エルザ、メレディス、ボクは魔特隊の同期だったんだ。同時に、ボクはラケルの親友でもあった。それも『デミ・ドゥームズデイ』までの話だがな』
「……デミ・ドゥームズデイってなぁに? ステラちゃん、授業でやったっけ?」
「ううん、わたしも知らない」
「にーちゃんねーちゃんの話、わかりづれー」
「これも勉強ですよ。聞いておいた方がためになります」
ステラたちの年代だと、まだ授業はそこまで進んでいないのだろう。このようなキャッセリアの歴史や事件について学ぶのはもう数年は先だったはずだ。今からおよそ百年前に起きた事件なので、私もグレイスガーデン時代に教科書で読んだ程度の知識しかない。
『ボクはデミ・ドゥームズデイで命を落としている。それから何十年も経過した後になって、ボクはオルフの武器として生まれ変わった……というわけだ』
「そ、そうだったのかよ……てか、なんで今まで黙ってたんだよ!? そんな壮絶な話聞いたことねーぞ!?」
『お前には余計につらい思いをさせたくなかった。それにボクの出生の話は、現実世界ではそうそうできるものじゃないからな』
好き好んでするような内容ではないし、それで正解だったのかもしれない。秘密にされていたオルフさんが気の毒な気がしないでもないけど。
『デミ・ドゥームズデイ以降、ラケルがどういう思いで行動していたかはわからない。ボクがこの姿になったときには、魔特隊には名前だけ在籍しているような状態になっていたからな』
「じゃあ、ラケルがなぜパンタシアを作ったのかもわからないってことね……」
『まあ、まったく心当たりがないわけじゃない。だが、この場で話すのもな……』
ルマンさんの言葉が急に濁り始める。バイクの宝石の明滅が収まり、完全に黙ってしまったことに気づく。
顔もなく、ひとの形を持っていないから、表情を読み取ることすらできない。相方であるオルフさんも、かける言葉に迷っているようだった。
*
夢劇場全体が、幾度となく衝撃で揺らされる。壁が軋み、埃が舞い上がっては魔法の余波でかき消される。
シファとヴィータの戦いは、ほとんど互角であった。倒れた神や子供たちに累が及ばないように立ち回っているというのに、ヴィータを負かすことはできない。シファもまた、建物が崩壊するなどして自身が巻き込まれるのを危惧しており、大規模な星幽術を使わぬように動いていたからだ。
「なぁ、もっと楽しい遊びにしようぜ。ちまちましなきゃいけなくてつまんねーよ」
「……なら、さっさと諦めたらよろしいのでは?」
「そういう問題じゃねぇっ!」
今まではヴィータにしかカードを投げていなかったのに、今度は別の方向に投げた。その先には倒れている者がいることに、ヴィータはすぐに気づけなかった。
それからまもなく、何者かがヴィータへ走り寄ってくる────が、近づいた途端にガラスの剣が振り下ろされた。回避しきれず、髪の一束と左肩を斬られる。
「っ……クリム!?」
斬りかかってきたのはまさしく、倒れていたはずのクリムだ。しかし何も喋らず、表情を変えているわけでもなく、虚ろな目でヴィータを見据えている。
髪の一部も、傷ついた肩も再生し、すぐさま出血は治まる。シファは二人から離れた位置の舞台に座り、ニヤニヤと笑っている。
どうにもやるせない状況に、自然と表情が険しくなる。
「わたしが相手でよかったですね。お兄様だったら、きっと怒り狂いますよ」
「むしろ、おまえが相手だからこうした。おまえとの人形遊び、案外気に入ってんだぜ?」
「人形遊び、ですか。ただわたしをいたぶりたいだけのくせに」
再び刃がヴィータを断ち切ろうとする。身を翻しても、剣にまとった風の刃で追撃を叩き込まれる。アストラルの魔弾ですべてを防ぐことはできず、両腕を斬り裂かれ銀の本を手放してしまう。
とどめと言わんばかりに剣を振りかざしてくるが、顔を傷つけられそうになったところで刃を受け止める。血の流れる両手で防いだおかげで、ガラスの刃が小さな手のひらを深々と抉っている状態だった。
「……どうせ、シファのカードによって無理やり操られているせいでしょう。それならば……」
ガラスの剣を弾き飛ばし、落としてしまった本を拾い上げる。即座に表紙を開いて力を自身へ収束させると、燃え滾るような熱がヴィータを包み込もうとする。
「わたしの炎で、目を覚まさせるまでです。『〈Clava Ardor〉』!」
ヴィータの足元から、赤く輝くクローバーが生えてくる。次第に生い茂るクローバーはクリムへと伸びていき、身体に素早く絡みつき────
輝きを増したかと思えば、紅蓮の炎が激しく燃え盛り、辺りを熱く包み込んだ。
*
「おいっ、誰かいるか────って、ユキアにオルフ!」
「うわぁ!? シオン!?」
オルフさんの話が終わってしばらくしたとき、店にシオンが飛び込んできた。何かひどく慌てている様子で、冷や汗が首を伝っているのが見えた。
「クリムがいきなり炎上した!!」
「……どういう状況?」
「悠長にしてる場合じゃない。とにかく見て」
シオンの横からシュノーも顔を出した。言葉だけでは何が起こっているのかよく掴めないので、私たちは店から出る。
まだ雪は降り続いている。繁華街の道の真ん中で、真っ赤な炎の柱が空を突っ切る勢いで立ち昇っているのが見えた。
その根元には、シュノーとレノ、ソル、何人かの子供たち。そして、文字通り燃え上がっているクリムがいた。
城の中にある扉を手当たり次第に開けていたら、奇妙な空間へと続く扉を見つけた。私たちは子供たちを連れて、その空間へと入る。
鈍色に虹が混じったような、少し気味の悪い色の異空間。ずっと見ていると、なんだか気持ち悪くなってくる。一本道でまっすぐ歩いていればそこまで体調は悪くならないので、それだけが救いだった。
「メアおねーちゃん、起きないね」
「仕方ないでしょう。さっきの戦いで、一気に力を消耗したみたいですからね……」
「ステラちゃん、きっと元気になるよ。わたしたちも早く外に出よう」
「うん……そうだね!」
メアは一度倒れてから目覚める気配もなく、アルバトスに抱えられたままだった。せっかく退院できたのに、こんなことになってしまって申し訳なく思う。
連れてきた子供たちはというと、ステラたちの近くを歩いており時折話している。同年代のステラといる方が気楽らしく、ステラもまた友達に勇気づけられているようだった。
特に話せる雰囲気でもなく黙って歩き続けていると、見慣れた場所に出た。
……キャッセリアの中央都市。出てきたのは繁華街だ。
「や、やった~!! 脱出成功! だよね!?」
『……それにしては人通りが少なすぎるだろう。よく見ろ』
ノインの喜びはぬか喜びに終わった。ルマンさんの言う通り、現実の中央都市に比べたら人通りがまったくと言っていいほどない。空が曇っていて暗いから、街の雰囲気が暗く感じられる。
そして……冬でもないのに、粉雪が舞い降りていた。
「うっわ、さっぶー。ノイン寒くねーの?」
「あたしは快適~。ね~みんな~」
「こら、子供に近づくな!」
ノインが子供たちの方へふらふら歩いていこうとしたので、頭を引っぱたいておいた。
自分が使える魔法の属性で体温の感覚も微妙に変わる。こればかりは体質の問題だから、服などで調節するしかない。子供たちの中でも、雪を珍しがって走り回る子と、寒さに震えている子に分かれてしまっている。
「ここはまだ、ラケルの夢の中ということですね。出口を探しませんと」
『一旦止まろう。どこに向かうべきか把握すべきだ』
「えー、見慣れてる場所なのにー?」
「いやいや、あくまで夢の中だし、道が捻じ曲がってたりしそうだぞ? ラケル隊長、そういうこと平気でしそうじゃん」
ノインが能天気そうなのが気に食わないが、オルフさんの言うことも一理ある。私たちは一度立ち止まり、現在地を確認する。
今立っているのは、ちょうど夢劇場パンタシアに繋がる路地裏の前だ。周囲の建物は現実世界とほとんど変わりがない。路地裏を覗くと、紅紫色の壁と妖しげな色の照明がかなり目立っていたので、パンタシアの場所はすぐにわかるはずだった。
しかし、今私たちの目にはパンタシアらしき建物は一切見つけられない。気のせいかと何度も目を擦ったけれど無駄だった。
「あれ? パンタシアってここにあるんじゃないの?」
『昔はあんな劇場なんて作られていなかった。あれができたのは、今から大体五十年近く前の話だからな』
繁華街以外はどうなっているのだろう。宮殿を初めとした主要な建物は、現実の方と特に変わっていない。一部の建物のデザインや装飾が異なっているものもあるが、色や屋根の形が異なるなどの些細な違いだ。
ここから導き出される結論は……少なくとも一つ存在する。
「もしかして、ここって昔のキャッセリア?」
「あ~、言われてみりゃそんな感じだな。って言っても、オレっちはよく覚えてねーけど」
「あたしもー。でも、なーんか懐かしいんだよねー」
『オルフやノインたち第四世代の神は、まだ大人になっていない時代だ。記憶が曖昧でも無理はない』
「へぇー、なんか勉強になるね! 写真で見るよりもすっごくリアルだもん」
ステラを含めたグレイスガーデンの子供たちは、なんだか興奮している様子だ。夢の中であるのに現実味を帯びている。今の私たちはある意味、過去にタイムスリップするのと同じ体験をしているのかもしれない。
私はふと、オルフさんに支えられているルマンさんを見る。
「ルマンさん。この夢の中に来てから、ずっと気になってたことがあるんだけど」
『なんだ?』
「魔特隊の英雄について詳しかったり、ラケルと何か因縁があったり、昔のキャッセリアを知っていたり……なんか、ただの喋るバイクとは思えなくて。なんでそんなに色々なことを知ってるの?」
しばらくは、何も返事は返ってこなかった。あまり突っ込むべきことではなかったかもしれない。そこで、ずっとルマンさんのハンドルを握っているオルフさんが、車体を軽く揺らし始めた。
「なぁルマン、オレにも教えてくれよ。オレたち、生まれてからずっと一緒の相棒じゃねーか。隠し事はなしでいこうぜ?」
『……そうだな。少しだけでも話しておいた方が、混乱しにくいかもしれない』
オルフさんがパッと笑顔を咲かせて、車体を揺らすのをすぐにやめた。
粉雪は依然として降り続いている。子供たちが風邪を引くといけないので、付近の建物の中に入り雪を凌ぐことにした。小さい飲食店だが、ここにも誰もいない。それでも外よりは温かいから、ここでしばらく子供たちを休ませてもいいだろう。
私たちはテーブル席を選び、ルマンさんの話に耳を傾けた。
『ボクには、このバイクの身体になる前の記憶がある。こうなる前は、キミたちと同じ一般神だったんだ』
「えっ!? マジで!? 初耳!!」
『まあ、今はこういう成りだから、オルフの武器として生きているわけだが。元は結構年がいっててな。ラケルとは随分と昔からの付き合いだったんだ』
「それって、どれくらい? 百年以上?」
『いや、ざっと二百年くらいかな』
「二百年!? うひゃー、想像しづらい」
ノインの気持ちもわかる気がする。私は二十年くらいしか生きていないから、百年単位を生きる感覚などわからない。クリムやアスタたちならわかるかもしれないが。
『ラケル、エルザ、メレディス、ボクは魔特隊の同期だったんだ。同時に、ボクはラケルの親友でもあった。それも『デミ・ドゥームズデイ』までの話だがな』
「……デミ・ドゥームズデイってなぁに? ステラちゃん、授業でやったっけ?」
「ううん、わたしも知らない」
「にーちゃんねーちゃんの話、わかりづれー」
「これも勉強ですよ。聞いておいた方がためになります」
ステラたちの年代だと、まだ授業はそこまで進んでいないのだろう。このようなキャッセリアの歴史や事件について学ぶのはもう数年は先だったはずだ。今からおよそ百年前に起きた事件なので、私もグレイスガーデン時代に教科書で読んだ程度の知識しかない。
『ボクはデミ・ドゥームズデイで命を落としている。それから何十年も経過した後になって、ボクはオルフの武器として生まれ変わった……というわけだ』
「そ、そうだったのかよ……てか、なんで今まで黙ってたんだよ!? そんな壮絶な話聞いたことねーぞ!?」
『お前には余計につらい思いをさせたくなかった。それにボクの出生の話は、現実世界ではそうそうできるものじゃないからな』
好き好んでするような内容ではないし、それで正解だったのかもしれない。秘密にされていたオルフさんが気の毒な気がしないでもないけど。
『デミ・ドゥームズデイ以降、ラケルがどういう思いで行動していたかはわからない。ボクがこの姿になったときには、魔特隊には名前だけ在籍しているような状態になっていたからな』
「じゃあ、ラケルがなぜパンタシアを作ったのかもわからないってことね……」
『まあ、まったく心当たりがないわけじゃない。だが、この場で話すのもな……』
ルマンさんの言葉が急に濁り始める。バイクの宝石の明滅が収まり、完全に黙ってしまったことに気づく。
顔もなく、ひとの形を持っていないから、表情を読み取ることすらできない。相方であるオルフさんも、かける言葉に迷っているようだった。
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夢劇場全体が、幾度となく衝撃で揺らされる。壁が軋み、埃が舞い上がっては魔法の余波でかき消される。
シファとヴィータの戦いは、ほとんど互角であった。倒れた神や子供たちに累が及ばないように立ち回っているというのに、ヴィータを負かすことはできない。シファもまた、建物が崩壊するなどして自身が巻き込まれるのを危惧しており、大規模な星幽術を使わぬように動いていたからだ。
「なぁ、もっと楽しい遊びにしようぜ。ちまちましなきゃいけなくてつまんねーよ」
「……なら、さっさと諦めたらよろしいのでは?」
「そういう問題じゃねぇっ!」
今まではヴィータにしかカードを投げていなかったのに、今度は別の方向に投げた。その先には倒れている者がいることに、ヴィータはすぐに気づけなかった。
それからまもなく、何者かがヴィータへ走り寄ってくる────が、近づいた途端にガラスの剣が振り下ろされた。回避しきれず、髪の一束と左肩を斬られる。
「っ……クリム!?」
斬りかかってきたのはまさしく、倒れていたはずのクリムだ。しかし何も喋らず、表情を変えているわけでもなく、虚ろな目でヴィータを見据えている。
髪の一部も、傷ついた肩も再生し、すぐさま出血は治まる。シファは二人から離れた位置の舞台に座り、ニヤニヤと笑っている。
どうにもやるせない状況に、自然と表情が険しくなる。
「わたしが相手でよかったですね。お兄様だったら、きっと怒り狂いますよ」
「むしろ、おまえが相手だからこうした。おまえとの人形遊び、案外気に入ってんだぜ?」
「人形遊び、ですか。ただわたしをいたぶりたいだけのくせに」
再び刃がヴィータを断ち切ろうとする。身を翻しても、剣にまとった風の刃で追撃を叩き込まれる。アストラルの魔弾ですべてを防ぐことはできず、両腕を斬り裂かれ銀の本を手放してしまう。
とどめと言わんばかりに剣を振りかざしてくるが、顔を傷つけられそうになったところで刃を受け止める。血の流れる両手で防いだおかげで、ガラスの刃が小さな手のひらを深々と抉っている状態だった。
「……どうせ、シファのカードによって無理やり操られているせいでしょう。それならば……」
ガラスの剣を弾き飛ばし、落としてしまった本を拾い上げる。即座に表紙を開いて力を自身へ収束させると、燃え滾るような熱がヴィータを包み込もうとする。
「わたしの炎で、目を覚まさせるまでです。『〈Clava Ardor〉』!」
ヴィータの足元から、赤く輝くクローバーが生えてくる。次第に生い茂るクローバーはクリムへと伸びていき、身体に素早く絡みつき────
輝きを増したかと思えば、紅蓮の炎が激しく燃え盛り、辺りを熱く包み込んだ。
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「おいっ、誰かいるか────って、ユキアにオルフ!」
「うわぁ!? シオン!?」
オルフさんの話が終わってしばらくしたとき、店にシオンが飛び込んできた。何かひどく慌てている様子で、冷や汗が首を伝っているのが見えた。
「クリムがいきなり炎上した!!」
「……どういう状況?」
「悠長にしてる場合じゃない。とにかく見て」
シオンの横からシュノーも顔を出した。言葉だけでは何が起こっているのかよく掴めないので、私たちは店から出る。
まだ雪は降り続いている。繁華街の道の真ん中で、真っ赤な炎の柱が空を突っ切る勢いで立ち昇っているのが見えた。
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