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【巨大聖戦編】第7章「誰がための選定」
144話 大人になれない神
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*
────世界は脆い。本来保たれているはずのバランスが崩れれば、世界は瞬く間に崩壊する。だから、世界の均衡を崩してはならない。
アイリスは、物心がついて最初に教えられたその言葉を、一日たりとも忘れたことはない。
彼女の最初の記憶は、数点の建造物しかない荒れ果てた大地を歩いたことだった。元からあった黒い建造物・デウスプリズン、そこから少し離れた場所に建てられた真新しい白の宮殿……それ以外には道路も家もない。ここは後にキャッセリアと呼ばれることになる場所であるが、荒れ果てた荒野と山々しか見えない光景は、世界が一度終わりかけた後であるということを如実に示してくる。
「ここは、わしら神にとっての最後の砦じゃ。アイリス、お主には二代目の最高神として、世界の均衡を守ってもらわねばならん」
生まれて間もない自分のそばにいたのは、銀髪緑目の初老の男だ。カトラス・エンプランツェという名の彼は、自分を「爺様」と呼ぶようにアイリスへ教え、世界の均衡とは何かを語った。
均衡が保たれている世界とは、平和すぎず過酷すぎない、バランスのとれた世界のことだ。平和であるのはよいことだが、怠慢のあまり生命を堕落させればいずれ滅びる。かといって理不尽で過酷な世界となれば、言わずもがな生命は傷つき続けて死んでいく。
何も知らないアイリスは、生まれてすぐに世界の均衡を管理するという役目を背負わされた。だが、アイリスには最初から大きな疑問があった。
「爺様。どうして、この世界には妾と爺様しかいないのじゃ? 妾たちだけでは、この世界はいささか寂しくはないかの」
まだ花すら植えられていない中庭を歩きながら、カトラスへ尋ねた。実際に、荒れ果てた大地にはアイリスとカトラスの他には誰もいなかった。
「この世には神の他に、人間もおるのじゃろう? 人間には親というものがいるが、神である妾はどのようにして生まれたのじゃ?」
「……アイリス、お主にも母親と父親がおった。じゃが、どちらも古代の悲劇で戦い命を落としたのじゃよ」
カトラスは彼女の両親のことを、必要以上に話すことはなかった。アイリスは自分の両親について詳しいことは知らないが、カトラス曰く自分は母によく似ているらしかった。
自分の両親は愚か、他の神や人間すらいない。他に誰もいないのであれば、世界の均衡を守ることに何の意味があるのか。すべて滅びてなくなってしまったのか、とアイリスは尋ねたが、カトラスはそういうわけではないと言った。
「この世界は、悲劇によってバラバラになってしまった。今、アイリスとわしがいるこの宮殿は、そのバラバラになった欠片の一つに存在しているにすぎない。他の欠片……箱庭へ行くには、あのゲートを通らねばならぬ」
カトラスが指さしたのは、中庭の中央にある年季の入っている大木だ。大木の前には、空色の透明感のある結晶でできた門がある。門を通った先に、大木の空洞が見受けられ、空洞の中に入ればゲートを使って別の場所へ行くことができるとわかった。
他の箱庭には、まだ人間の生き残りがいるらしい。すべての箱庭に人間が残っているわけではないが、カトラスはゲートを使って箱庭に赴き、遠目から人間の存在を確認したそうだ。
「じゃが、わしは正直ゲートを使いたくはない。人間とも極力関わりを持たぬ方がよかろう」
「……それはなぜじゃ?」
「人間を堕落させないためにも、神は人に近づいてはならないからじゃ。わしやわしの友人は、今で言う古代神として人間たちを統治しておったが……神はなんでもできる存在だと思う風潮があった。こちらが力を振るえば振るうほど、人間は神に依存してしまう。それはすなわち、世界の均衡を崩すことに繋がるのじゃ」
この世界ではかつて、神と人間が共存していた。姿かたちだけを見ればどちらもよく似ているが、潜在的な力や寿命は大きく異なる。どれをとっても神の方が優れているために、人間が自分たちよりも優れている神を頼り、のしかかってしまうのは自然な流れであった。
世界が破滅した直接的な原因はともかく、人間が堕落し神に頼り切りになってしまう状況を防ぎたい。カトラスはそう考え、新たな時代の掟を定めた。
「神はあくまで『箱庭の観測者』であり、箱庭の中にある他の生命の世界に干渉してはいけない────これを新たな世界の掟にしよう」
「それなら、妾たちは神としか触れ合えぬということかえ? 肝心の神はどこにおるのじゃ」
「わしら以外、もうおらぬ。だから、わしらの手で神を作るのじゃ」
神を作る、と聞くと大がかりどころの話ではないように聞こえる。だが、カトラスの言う「神を作る」とは、「人造人間」を生み出す人体実験を指しているようなものだった。
なぜなら、神を作る材料に「死体」を用いるからだ。
「わしの友人から教えられた方法なら、古代の悲劇で死んだ人間を使って長命の人類を生み出すことができる。じゃが、アイリス……初代最高神の娘であるお主の血肉を媒介にすれば、より強力で長く生きる生命にできるそうじゃ。材料はこちらで用意するから、お主の力も貸してくれんかの」
「それは構わぬが、神を作ったりしたら世界の均衡がおかしくなるのではないかえ?」
「この方法で生み出せるのは神ではない。ただ、世界の危機となり得る敵と渡り合える生命じゃ。これくらいしかわしらに残された方法はないし、ちょっと強く頑丈な人間を神と偽るだけと考えればよい」
人間から神らしき生命を生み出せるなんて、その人物はとても優秀だと感じた。同時に傲慢だとも思ったが、世界を守るとなれば四の五の言っていられなかった。
結局のところ、世界を脅かす「厄災」に対抗できなければ、人間も神も底知れぬ虚無に飲み込まれてしまう。すべての生命にとっての不幸は、未然に防がなければならない。
「わしらの目的は、あのデウスプリズンに封じられた最凶最悪の存在……ヴァニタスを殺すことじゃ。幸い、あやつは肉体と魂に分断され、とある奴のおかげで魂だけは封印できた。お主が世界の均衡を守っている間、わしはヴァニタスを殺す方法を見つける」
宮殿を出て、神の牢獄の名を持つ建物を指さすカトラスとともに、アイリスは表情を引き締める。
「じゃあ、妾が最高神として役割を担うのも、だいぶ長い話になりそうじゃ」
「ああ、そうじゃ。いつ終わるかはわからぬ。封印も、あいつの力がどれだけ維持できるかにかかっておる。お主にはかなり苦労をかけることになるのう……」
カトラスは遠い目で空を見上げる。灰色の雲の隙間から、僅かな青が溢れていた。
最凶最悪の存在の封印がいつまで持つのか、当時は誰にもわからなかった。終わりかけた世界を眺めながら、アイリスは小さく笑う。
「大丈夫じゃ、爺様。妾は独りではない。母様ほどうまくやれるかはわからぬが、最善は尽くす」
「ああ。どうか自信を持ってやっとくれ。わしにとっても、お主は忘れ形見であり希望でもあるのじゃ」
初代最高神であるアイリスの母は、彼女の目標であった。実際に母に会ったことはなくとも、カトラスの話から推測はできる。アイリスは母のような、偉大な最高神を目指した。
時が経つにつれ、神々の街キャッセリアは発展していった。ただ発展していくだけではなく、魔物という妨害も現れたが、世界の敵と戦うため生み出された神たちは魔物とも戦った。
神という名の生命体は数を増していき、それに比例して様々な考え方がキャッセリアに生まれる。やがて衝突が生まれることも、最高神への不信感が表面化することも、あらかじめわかっていた。
実際、キャッセリア最大の事件とされているデミ・ドゥームズデイが起きる前から、神々の中ではしばしば議論が巻き起こっていた。アイリスや彼女直属の部下に等しいアーケンシェンへの不満を露わにする者もいた。
どうして人間の箱庭へ行くゲートが使えないのか。どうして人間と関わることができないのか。どうして世界がバラバラなのに、最高神は何もしないのか────
どうして、最高神はいつまで経っても子供の姿なのか。
この時、そのようなどうしようもない問いをぶつけられていた。目指す姿には程遠いことなど、自分が一番よくわかっているのに。
「……爺様。妾が死んだら、次は誰が最高神の役目を担うのじゃろうか」
自分の部屋の机に肘をついて鬱々としながら、カトラスへそう尋ねた。彼は当然、眉をひそめる。
机には、とある神々の資料が乱雑に置かれていた。最近、キャッセリアを襲撃した特級の魔物との戦いで殉職した、数名の一般神についての資料だ。
「突然どうしたのじゃ、アイリス」
「もう疲れてしまったのじゃ。妾の生み出した神たちは自我が強すぎて、管理がすごく大変で……妾や爺様、アーケンシェンの統治にも平気で文句を言う。妾の身体が子供のまま成長しないから舐められている部分もあるじゃろう。振る舞いでは限界がある。一向に大きくなれないのに、どうしろと言うのじゃ」
かつては古代の悲劇で死んだ人間たちの死体でしかなかったからなのか、アイリスの生み出す神々はことごとく人間らしすぎた。そして、自分の子供にも等しい彼らを利用する自分に嫌気が差した。まだ自分は生きていられる。だが、鬱々とした気分の中であれば、自分が終わった後のことを自然と考えてしまう。
カトラスはそんな彼女の思いを汲み取り、ある提案をした。
「最高神の役を担えるくらい、強力な神を作ってみるかの?」
アイリスは肘をつくのをやめて、カトラスの話に耳を傾ける。
「初期の頃、作るのに失敗した神の死体がまだ残っておる。それを使って、同じ方法で神を作り直せばよい。友人が遺した方法の応用じゃ」
「……つまり、また妾の血肉を使うと」
「そうじゃ。お主が納得出来るまで、時間を空けて作ればよい。神は不老だが不死ではない。戦っていればいずれ死ぬし、材料の心配はしなくてよい」
カトラスが頷くのを見たアイリスの口から、笑いがこぼれた。顔が引きつっているのを感じ、声が震える。
自分が大人になれない理由に気づいてしまった。身体が成長しないのは、神を作るのに血肉を使っているからなのではないか。そう尋ねることすら、今の彼女にはとてつもなく恐ろしいことに思えた。
「それに、前に言ったじゃろう。わしらが作るのは神ではない。世界の危機となり得る敵と渡り合える生命でしかない上、渡り合えるかは個体の能力によって変わってくる」
「……そんな不完全なものにいちいち情をかけていたら、妾の心が持たん。爺様はそう言いたいのか?」
不完全な神しか生めないのは、誰にもどうしようもないことであった。
アイリスは作った神々を、時には仲の良い部下のように、時には友人のように……時には本当の子供のように思っていた。彼らを心の底から道具だと思えれば、どれだけ楽だっただろうか?
過酷な現実を生き抜いた彼の言葉には説得力がありすぎた。少なくとも、アイリスの苦悩を無理やり消し去るには十分だった。
「そうじゃな。妾が死ぬにしても、次の世界を担う者を用意してからでなくては」
母親の形見である金色の杖を握り、彼女は不完全な威厳を胸に立ち上がる。
「別に、代わりはいくら用意しても困らぬ。いずれ世代が変わるときに後を継ぐ者を決められるよう、準備をすればいい。あまり気負いすぎるな、アイリス」
「問題ない。最初からその資格を持てる神を作ればいい話。そうじゃろう、爺様?」
虚ろな目で笑いながら胸を張る姿は、初代最高神には程遠く歪であった。
カトラスはああ、と言って部屋から去る。去り際、彼が申し訳なさそうに俯いて出て行ったのを、アイリスは見て見ぬふりをした。
────世界は脆い。本来保たれているはずのバランスが崩れれば、世界は瞬く間に崩壊する。だから、世界の均衡を崩してはならない。
アイリスは、物心がついて最初に教えられたその言葉を、一日たりとも忘れたことはない。
彼女の最初の記憶は、数点の建造物しかない荒れ果てた大地を歩いたことだった。元からあった黒い建造物・デウスプリズン、そこから少し離れた場所に建てられた真新しい白の宮殿……それ以外には道路も家もない。ここは後にキャッセリアと呼ばれることになる場所であるが、荒れ果てた荒野と山々しか見えない光景は、世界が一度終わりかけた後であるということを如実に示してくる。
「ここは、わしら神にとっての最後の砦じゃ。アイリス、お主には二代目の最高神として、世界の均衡を守ってもらわねばならん」
生まれて間もない自分のそばにいたのは、銀髪緑目の初老の男だ。カトラス・エンプランツェという名の彼は、自分を「爺様」と呼ぶようにアイリスへ教え、世界の均衡とは何かを語った。
均衡が保たれている世界とは、平和すぎず過酷すぎない、バランスのとれた世界のことだ。平和であるのはよいことだが、怠慢のあまり生命を堕落させればいずれ滅びる。かといって理不尽で過酷な世界となれば、言わずもがな生命は傷つき続けて死んでいく。
何も知らないアイリスは、生まれてすぐに世界の均衡を管理するという役目を背負わされた。だが、アイリスには最初から大きな疑問があった。
「爺様。どうして、この世界には妾と爺様しかいないのじゃ? 妾たちだけでは、この世界はいささか寂しくはないかの」
まだ花すら植えられていない中庭を歩きながら、カトラスへ尋ねた。実際に、荒れ果てた大地にはアイリスとカトラスの他には誰もいなかった。
「この世には神の他に、人間もおるのじゃろう? 人間には親というものがいるが、神である妾はどのようにして生まれたのじゃ?」
「……アイリス、お主にも母親と父親がおった。じゃが、どちらも古代の悲劇で戦い命を落としたのじゃよ」
カトラスは彼女の両親のことを、必要以上に話すことはなかった。アイリスは自分の両親について詳しいことは知らないが、カトラス曰く自分は母によく似ているらしかった。
自分の両親は愚か、他の神や人間すらいない。他に誰もいないのであれば、世界の均衡を守ることに何の意味があるのか。すべて滅びてなくなってしまったのか、とアイリスは尋ねたが、カトラスはそういうわけではないと言った。
「この世界は、悲劇によってバラバラになってしまった。今、アイリスとわしがいるこの宮殿は、そのバラバラになった欠片の一つに存在しているにすぎない。他の欠片……箱庭へ行くには、あのゲートを通らねばならぬ」
カトラスが指さしたのは、中庭の中央にある年季の入っている大木だ。大木の前には、空色の透明感のある結晶でできた門がある。門を通った先に、大木の空洞が見受けられ、空洞の中に入ればゲートを使って別の場所へ行くことができるとわかった。
他の箱庭には、まだ人間の生き残りがいるらしい。すべての箱庭に人間が残っているわけではないが、カトラスはゲートを使って箱庭に赴き、遠目から人間の存在を確認したそうだ。
「じゃが、わしは正直ゲートを使いたくはない。人間とも極力関わりを持たぬ方がよかろう」
「……それはなぜじゃ?」
「人間を堕落させないためにも、神は人に近づいてはならないからじゃ。わしやわしの友人は、今で言う古代神として人間たちを統治しておったが……神はなんでもできる存在だと思う風潮があった。こちらが力を振るえば振るうほど、人間は神に依存してしまう。それはすなわち、世界の均衡を崩すことに繋がるのじゃ」
この世界ではかつて、神と人間が共存していた。姿かたちだけを見ればどちらもよく似ているが、潜在的な力や寿命は大きく異なる。どれをとっても神の方が優れているために、人間が自分たちよりも優れている神を頼り、のしかかってしまうのは自然な流れであった。
世界が破滅した直接的な原因はともかく、人間が堕落し神に頼り切りになってしまう状況を防ぎたい。カトラスはそう考え、新たな時代の掟を定めた。
「神はあくまで『箱庭の観測者』であり、箱庭の中にある他の生命の世界に干渉してはいけない────これを新たな世界の掟にしよう」
「それなら、妾たちは神としか触れ合えぬということかえ? 肝心の神はどこにおるのじゃ」
「わしら以外、もうおらぬ。だから、わしらの手で神を作るのじゃ」
神を作る、と聞くと大がかりどころの話ではないように聞こえる。だが、カトラスの言う「神を作る」とは、「人造人間」を生み出す人体実験を指しているようなものだった。
なぜなら、神を作る材料に「死体」を用いるからだ。
「わしの友人から教えられた方法なら、古代の悲劇で死んだ人間を使って長命の人類を生み出すことができる。じゃが、アイリス……初代最高神の娘であるお主の血肉を媒介にすれば、より強力で長く生きる生命にできるそうじゃ。材料はこちらで用意するから、お主の力も貸してくれんかの」
「それは構わぬが、神を作ったりしたら世界の均衡がおかしくなるのではないかえ?」
「この方法で生み出せるのは神ではない。ただ、世界の危機となり得る敵と渡り合える生命じゃ。これくらいしかわしらに残された方法はないし、ちょっと強く頑丈な人間を神と偽るだけと考えればよい」
人間から神らしき生命を生み出せるなんて、その人物はとても優秀だと感じた。同時に傲慢だとも思ったが、世界を守るとなれば四の五の言っていられなかった。
結局のところ、世界を脅かす「厄災」に対抗できなければ、人間も神も底知れぬ虚無に飲み込まれてしまう。すべての生命にとっての不幸は、未然に防がなければならない。
「わしらの目的は、あのデウスプリズンに封じられた最凶最悪の存在……ヴァニタスを殺すことじゃ。幸い、あやつは肉体と魂に分断され、とある奴のおかげで魂だけは封印できた。お主が世界の均衡を守っている間、わしはヴァニタスを殺す方法を見つける」
宮殿を出て、神の牢獄の名を持つ建物を指さすカトラスとともに、アイリスは表情を引き締める。
「じゃあ、妾が最高神として役割を担うのも、だいぶ長い話になりそうじゃ」
「ああ、そうじゃ。いつ終わるかはわからぬ。封印も、あいつの力がどれだけ維持できるかにかかっておる。お主にはかなり苦労をかけることになるのう……」
カトラスは遠い目で空を見上げる。灰色の雲の隙間から、僅かな青が溢れていた。
最凶最悪の存在の封印がいつまで持つのか、当時は誰にもわからなかった。終わりかけた世界を眺めながら、アイリスは小さく笑う。
「大丈夫じゃ、爺様。妾は独りではない。母様ほどうまくやれるかはわからぬが、最善は尽くす」
「ああ。どうか自信を持ってやっとくれ。わしにとっても、お主は忘れ形見であり希望でもあるのじゃ」
初代最高神であるアイリスの母は、彼女の目標であった。実際に母に会ったことはなくとも、カトラスの話から推測はできる。アイリスは母のような、偉大な最高神を目指した。
時が経つにつれ、神々の街キャッセリアは発展していった。ただ発展していくだけではなく、魔物という妨害も現れたが、世界の敵と戦うため生み出された神たちは魔物とも戦った。
神という名の生命体は数を増していき、それに比例して様々な考え方がキャッセリアに生まれる。やがて衝突が生まれることも、最高神への不信感が表面化することも、あらかじめわかっていた。
実際、キャッセリア最大の事件とされているデミ・ドゥームズデイが起きる前から、神々の中ではしばしば議論が巻き起こっていた。アイリスや彼女直属の部下に等しいアーケンシェンへの不満を露わにする者もいた。
どうして人間の箱庭へ行くゲートが使えないのか。どうして人間と関わることができないのか。どうして世界がバラバラなのに、最高神は何もしないのか────
どうして、最高神はいつまで経っても子供の姿なのか。
この時、そのようなどうしようもない問いをぶつけられていた。目指す姿には程遠いことなど、自分が一番よくわかっているのに。
「……爺様。妾が死んだら、次は誰が最高神の役目を担うのじゃろうか」
自分の部屋の机に肘をついて鬱々としながら、カトラスへそう尋ねた。彼は当然、眉をひそめる。
机には、とある神々の資料が乱雑に置かれていた。最近、キャッセリアを襲撃した特級の魔物との戦いで殉職した、数名の一般神についての資料だ。
「突然どうしたのじゃ、アイリス」
「もう疲れてしまったのじゃ。妾の生み出した神たちは自我が強すぎて、管理がすごく大変で……妾や爺様、アーケンシェンの統治にも平気で文句を言う。妾の身体が子供のまま成長しないから舐められている部分もあるじゃろう。振る舞いでは限界がある。一向に大きくなれないのに、どうしろと言うのじゃ」
かつては古代の悲劇で死んだ人間たちの死体でしかなかったからなのか、アイリスの生み出す神々はことごとく人間らしすぎた。そして、自分の子供にも等しい彼らを利用する自分に嫌気が差した。まだ自分は生きていられる。だが、鬱々とした気分の中であれば、自分が終わった後のことを自然と考えてしまう。
カトラスはそんな彼女の思いを汲み取り、ある提案をした。
「最高神の役を担えるくらい、強力な神を作ってみるかの?」
アイリスは肘をつくのをやめて、カトラスの話に耳を傾ける。
「初期の頃、作るのに失敗した神の死体がまだ残っておる。それを使って、同じ方法で神を作り直せばよい。友人が遺した方法の応用じゃ」
「……つまり、また妾の血肉を使うと」
「そうじゃ。お主が納得出来るまで、時間を空けて作ればよい。神は不老だが不死ではない。戦っていればいずれ死ぬし、材料の心配はしなくてよい」
カトラスが頷くのを見たアイリスの口から、笑いがこぼれた。顔が引きつっているのを感じ、声が震える。
自分が大人になれない理由に気づいてしまった。身体が成長しないのは、神を作るのに血肉を使っているからなのではないか。そう尋ねることすら、今の彼女にはとてつもなく恐ろしいことに思えた。
「それに、前に言ったじゃろう。わしらが作るのは神ではない。世界の危機となり得る敵と渡り合える生命でしかない上、渡り合えるかは個体の能力によって変わってくる」
「……そんな不完全なものにいちいち情をかけていたら、妾の心が持たん。爺様はそう言いたいのか?」
不完全な神しか生めないのは、誰にもどうしようもないことであった。
アイリスは作った神々を、時には仲の良い部下のように、時には友人のように……時には本当の子供のように思っていた。彼らを心の底から道具だと思えれば、どれだけ楽だっただろうか?
過酷な現実を生き抜いた彼の言葉には説得力がありすぎた。少なくとも、アイリスの苦悩を無理やり消し去るには十分だった。
「そうじゃな。妾が死ぬにしても、次の世界を担う者を用意してからでなくては」
母親の形見である金色の杖を握り、彼女は不完全な威厳を胸に立ち上がる。
「別に、代わりはいくら用意しても困らぬ。いずれ世代が変わるときに後を継ぐ者を決められるよう、準備をすればいい。あまり気負いすぎるな、アイリス」
「問題ない。最初からその資格を持てる神を作ればいい話。そうじゃろう、爺様?」
虚ろな目で笑いながら胸を張る姿は、初代最高神には程遠く歪であった。
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