辺境騎士が、涙を流すとき【完結】

てる

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第三章 ザハラ王国編

54 愛って、何?

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「ねえ、ロイド、あなたはどんな人生を過ごしてきたの……?」

 姉さんは、俺のことならなんでも知りたいようで、俺も問われるままに話し続けた。

「……父さまと母さまが亡くなってから、ロイドはどうしてたの?」
 
 うん、まだ赤ん坊だった俺を親父どのが引き取ってくれたんだ。ガスト辺境伯だよ。
 奥さまを亡くしたばかりで、ルシアンと俺と、赤ん坊を二人も抱えて大変だったろうな。
 
「じゃあ、ルシアンさんと一緒に育ったのね」

 そう、俺たちは兄弟のようにいつも一緒だった。
 小さい頃のルシアンはとても愛らしくてさ、ふわふわの銀髪にきらきら光る藍色の瞳。まるで天使のようだったよ。

「でも、ロイドはどうして騎士になろうと思ったの? 魔力は使えなかったのでしょう?」

 どうしてって……ルシアンと一緒にいたかったからだよ。
 あいつは辺境伯の息子だから、騎士団に入ることが決まってた。だからさ。
 
 それでも、魔力なしで訓練をこなすのは大変だったんだ。他の人が簡単にできることも俺にはできなかったから、いつも怒鳴られてばかり。訓練が終わって、こっそり木の陰に隠れて涙を拭ったりして……そんな時はいつも、ルシアンが俺の隣にいてくれたんだ。

「そうだったのね……じゃあ、ルシアンさんはどうだったの? 氷魔法とか使いそうよね」

 いや、ルシアンは火魔法を使うんだ。騎士団一の使い手だよ。
 でも、覚えたての頃はしっちゃかめっちゃかで、ルシアンの放った炎が親父どのの髪の毛に燃え移って、大騒ぎになったこともあったな。
 慌てて二人で逃げ出して、日が暮れるまで馬小屋に隠れてたんだけど、結局見つかってさ。大目玉を喰らうと覚悟してたら、馬糞まみれになってた俺たちは、ものすごく臭かったらしい。親父どのに首根っこを掴まれて、そのまま水桶に放り込まれた……って、姉さん、笑いすぎだよ。

「だって、可愛らしくて……そして、二人とも騎士になったのね」

 ああ、ルシアンはガスト辺境騎士団の団長。 
 辺境伯の子息だからじゃないよ、実力で勝ち取ったんだ。火魔法だけじゃない、剣だって誰にも負けない。

「ロイドは?」

 俺?……一応、副団長。

「まあ、すごいわ! 頑張ったのね!」

 そんなことないよ……親父どのにしごかれたおかげで、剣は人並みに使えるようになったけど。
 魔力は、戦闘前にルシアンから分けてもらってた。あいつの魔力は温かくて、とても心地いいんだ。
 
 そう言えば、ルシアンは戦場では銀狼シルバーなんて呼ばれてたんだよ。
 銀色の髪を靡かせて戦場を駆け抜けるあいつは、本当に眩しかったな。

「銀狼? 勇敢で美しいってことね。目に浮かぶようだわ」

 うん、でもその二つ名がついたきっかけがさ――

  あれは、雪が降る北方の戦線のこと。俺たちが駆けつけた時、味方の王都軍は圧倒的な数の敵兵を前に、今にも崩れようとしているところだった。
 なんとか間に合ったかと、ほっとした矢先、味方の軍から怒鳴り声がした。
『来るのが遅せえんだよっ!』と叫んだのは、闇の牙部隊ダーク・ファントムのアレックス隊長。
 
 その瞬間、ルシアンが目を吊り上げて、いきなりアレックス目がけて火炎砲をぶちまかしたんだ。
 なんで味方を攻撃するんだよ!って、俺は慌ててルシアンを止めようとした。

 当然アレックスは怒り狂った。
 『野郎、血迷ったか! 若造ごときが、この俺さまをろうなんて百年早ぇんだよ!』なんてルシアンを煽るもんだから、ルシアンも『うるせぇ!』って怒鳴り返して、また火炎砲をぶっ放す。
 
 その時、気づいたんだ――なんだか、ルシアンの様子がおかしいって。目は血走ってるし、呂律も回ってない。そう言えば、ここに来る直前、寒さしのぎだと言って酒を飲んでなかったか?
 えっ、まさか――
 
 お前、酔ってんのか!?
  
 姉さん、笑いすぎだよ。あの時は、本気でヤバかったんだから。
 ルシアンがものすごい勢いでアレックスを追いかけ始めると、アレックスは、わざと敵陣のど真ん中を突っ切って逃げ回る。ルシアンが火炎砲をぶっ放すたび、アレックスじゃなくて敵兵が吹っ飛んだ。
 そんなことが続いて……気づいたら、形勢は一気に逆転してた。

 後で捕らえた敵兵が、震えながら言ってたらしい――
『銀色の疾風……獲物を狙う獣のような目……奴の炎に焼かれて、仲間が一瞬で灰になったんだ……あ、あれは人じゃない、魔狼だ……』 
 
 実は、本人は泥酔してただけなのにさ。

「もう、ロイドったら……笑いすぎて涙が出てきたわ。そうして銀狼伝説が生まれたのね。それで、どうしたの?」

 ルシアンを追いかけて、とにかくあいつに追い縋る敵兵を片っ端から蹴散らした。
 おかげで、俺にまで妙な二つ名がついて……いいんだよ、姉さんはそんなこと知らなくても。つまんない名だからさ。

「もうっ、じゃあ後でトビアスに聞くわ。それにしても、戦場では本当に大変だったのね……」

 国境を守り抜くんだ、俺たちの国に敵を入れてなるのものかと、俺たちは必死に戦った。
 恐怖で足が震えても、剣を握って戦い続けられたのは、ルシアンがいたからさ。
 
 どんな大軍でも、あいつはいつも真っ先に敵へと向かっていった。その姿を見れば、勝利は俺たちのものだと信じることができた。剣を振りかざし、馬上に身を屈めるようにして一直線に駆け抜ける。その姿は、まさに獲物に飛びかかろうとする銀狼だった。
 俺はその背に追いつき、馬を並べて敵へと突き進む。そして、あいつに誓うんだ――

 決して離れない……この命が尽きるまで。
 
「ルシアンさんのような指揮官に恵まれて、本当に幸運だったわね」
 
 まったくだ。でも、そんなルシアンも、俺と二人きりになると愚痴や泣き言を漏らすんだ。
 俺だけには素顔を見せてくれるのが、ちょっと嬉しかったな。 
 
「ふふっ、何でも言い合える仲だったのね。ロイドも愚痴ったりしたの?」
 
 俺は、あまり愚痴ることはなかったかな……夜になって、俺の隣で眠るあいつの寝顔を見れば、疲れも悩みも吹き飛んだから。眠ってるあいつの頬にそっと指を滑らせて、温もりを確かめて――ああ、今日もルシアンを守れたんだって、ほっとした。
 夜更けのわずかな一刻、ルシアンは俺だけのもの――それで十分だったんだ。

 だから、あの時も迷わなかった――

 敵に追い詰められ、気づいたらすっかり囲まれてた。
 とにかくルシアンを逃そうと必死だった。
 命なんかちっとも惜しくなかった――あいつは、俺のすべてだったから。 

 そして、アシークに囚われた。

「ロイド……」

 姉さん、泣かないで……
 殴られたりもしたけど、牢に放り込まれることはなかったんだ。どこかの館に閉じ込められてたから、姉さんが俺に気づかなくても仕方なかった。
 あの時、俺の魔力は完全に封じられていたんだし、男神ナフリムだって、気配も感じなかったって言ってたじゃないか。
 
 ああ、姉さん……泣かないで。
 
 朦朧としながら昼と夜を繰り返すうち、囚われの日々は突然終わりを告げた。
 親父どのと仲間が助けに来てくれたんだ。
 ルシアンの顔を見た時は、涙が止まらなかったな。あいつも俺を思い切り抱きしめて、いつまでも子供のように泣きじゃくってた。
 あいつの温もりが愛しくて……ようやく実感できたんだ。
 
 俺は、まだ生きてる。
 
 こいつのためなら、死んでもいいと思ってた。
 でも今は、少しでも長く生きていたい――こいつと共に。

 救出された時の俺は、ほんとボロボロでさ。痩せ細って体力もなくて、眠ろうとしてもうなされてばかり。回復するまで、ずっとルシアンが付き添ってくれたんだ。
 いつも泣きそうな顔をしてたな……あいつが責任を感じる必要なんかないのに。こんな目に遭うのがあいつじゃなくて良かったのにな。

 もう過ぎたことだよ……だから、姉さん、もう泣かないで。

 結局、俺は騎士団を退く決心をした。傷の治りも悪くて、もう騎士として満足に働けないと思ったんだ。
 あの時は辛かったな……親父どのや仲間たちのいる騎士団は、俺にとっては家族のようなものだったから。

「ルシアンさんとも別れる決心をしたの?」

 うん。騎士として一緒にいられないなら離れなきゃいけないって思った。だって、あいつは辺境伯の後継者、身分だって違う。いつか可愛らしい奥さんをもらって、子供も生まれる……その横で笑っていられる自信は、俺にはなかったんだ。

「でも、辞めなかったのね?」

 ううっ、辞められなかったんだよ。親父どのに退団願いを出したら、あっさり破られたからね。
 補佐をしろ、政治を学べとか言われて、王都に連れて行かれた。そんな難しいこと、俺にできるわけないのにさ……ほんと、笑っちゃうよな。
 ルシアンも慣れない貴族の付き合いで苦労して……でも、いつもご令嬢方に囲まれてたな。
 ……ちぇっ。

「ふうん、ヤキモチ?」

 それは……内緒。
 でも、無理もないんだ。あいつが貴族らしく装おうと、息を呑むほど美しいから。

「男性なのに美しいって言うの?」

 変かな? でもさ……俺の銀狼は、本当に美しいんだ。

「ふふっ、それで王都はどうだったの?」

 うん、いろんな人たちに会ったよ。
 ルシアンとは、互いに忙しくなって、すれ違ったりして……俺と後輩騎士の仲を疑って、妬いたりしてたな。おかしいだろう? 俺に惚れる奴なんかいるはずないのに。

「そうかしら? ロイドもとっても素敵よ」

 そ、それは……姉さんだからそう思うんだよ。
 でも、いろいろあったおかげで、気づけたんだ――ずっとあいつの隣にいたいって。

 こんなに誰かを好きになれるなんて、思わなかった。
 その相手も俺を好きだなんて、信じられるかい?

「……ねえ、気づいてる? 」
「何を?」
「さっきから、ずーっとルシアンさんの話ばかりしてる」
「えっ?」
「それだけ好きってことね……ロイドは、ちゃんと愛する人を見つけたんだ」

 姉さんは優しく微笑んで、俺の頬を撫でた。
 でも、その声にはどこか寂しさが混ざる。

「姉さんは、誰かを好きになったことはないの?」
「私には……よくわからないの」
 
 黒い瞳が、まっすぐに俺を見据えた。

「ねえ、教えて……愛って、何?」
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