辺境騎士が、涙を流すとき【完結】

てる

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第三章 ザハラ王国編

56 騎士は想う

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 叶わない愛なのだ。
 それでも、彼女を愛することを止められない。


 トビアスはそう言って、彼女のことを語ってくれた――


 彼女は高貴な生まれで、私とは身分が違うのです。 
 まだ騎士見習いだった私が彼女の護衛騎士に任じられたのは、魔法属性が同じだったからでしょう。
 ええ、私は、風を操れるんですよ。

 幼い頃の彼女は、男の子に混ざって遊ぶような活発な女の子でした。
 まだ魔法も上手く操れず、何をしでかすかとハラハラし通し。
 だから、彼女から片時も目を離すことができず……いや、違うな。
 
 私がいつも彼女を目で追っていたのは――
 琥珀色の瞳に私を映して、微笑みかけてくれるからでした。

 鮮やかな橙色オレンジの髪、透けるような白い肌。
 小さな蕾が少しずつ開花してゆくように、彼女はどんどん美しくなってゆきました。
 いずれ素敵な女性 レディとなって、どこかの貴族の元へ嫁いでゆく。
 その日まで、彼女を大切に護ることが私の勤めだったのです。
 
 ところが、彼女は国のために戦うことを選びました。
 
 もちろん、身分の高い方ですから前線に立つことはありません。
 風魔法で後方から兵たちを支援するのですが、やはり危険なことには変わりありません。
 何度も思いとどまるよう説得しましたが、彼女はいつも私にこう言うのです。

(なぜ? 私には生まれつき有り余るほどの魔力があるわ。でも、それには理由があるはずでしょう? それはね、この国を守るためなの。そのために、私は生まれてきたんだわ)

 彼女の高貴な血が、守られることより、守ることを選んだのです。
 
 ですが、戦場では身分など関係ありません。
 幾度も危ない目に遭い、一度など崩壊した建物の下敷きになりかけたこともありました。
 そんな時でも、彼女は風を起こして瓦礫を吹き飛ばし、大勢の仲間を救ってみせたのです。

 でも私は……彼女にそんな血生臭い戦いなど見せたくなかった。
 美しい花を愛で、優しい人々に囲まれながら穏やかに暮らして欲しかった。

 照りつける日差しの下で汗や埃に塗れ、仲間の死に涙を流す必要などなかったんだ!

 ええ、その時はもう、自分の気持ちに気づいていたんです――彼女が好きだ、と。
 しかし、そのようなことは許されるはずもない。
 誰よりも近くにいるのに、何よりも遠い存在だったのです。
 
 その頃、戦局はかなり厳しくなっており、特に兵力の不足が問題となっていました。
 それまで兵役を免除されていた近衛騎士たちもみな参戦し始めました。
 私は護衛騎士という立場上、参戦を見送るよう打診されました。
 ですが、私は思ったのです。なぜ、自分は騎士を志したのか。
 民を守る盾となり、主の敵を討つ鉾となれ――国が危うい今こそ、己の力を発揮すべきではないのかと。

 でも、本心では少しほっとしている自分がいました。
 彼女を想い続けることが苦しくて……私は、逃げ出したのです。

 彼女は、私を引き止めようとはしませんでした。

(私が行かないでと言えば、貴方は私に従わなくてはいけなくなるもの。
 私のわがままで、貴方の意思を曲げてしまうようなことはしたくないから……)

 そう言いながら、彼女は両手で顔を覆って俯いてしまいました。
 ただ、その目尻にうっすらと光るものが見えたのです。
 その涙を拭ってやることも、震える肩を抱きしめることも、私にはできませんでした。
 でも、私のために涙を流してくれた――それで、十分。

 出立の朝、彼女の姿はなく、代わりに一振りの剣を贈ってくれました。
 私はその剣に口づけて、戦場へと向かったのです。

 激しい戦いの最中でも、彼女の贈ってくれた剣が私と共にありました。
 苦しい時は何度も、その柄に刻まれた言葉を見返したものです。
 
 ――私の祈りが、あなたと共にありますように。
 
 そして私は、彼女へ伝えられなかった想いを、その言葉の隣に刻みました。

 ――貴女だけを、永遠に。

 並んだ言葉を見て、彼女がすぐ側にいてくれるようだと……胸が熱くなりました。
 
 ははっ、おかしいですよね。
 叶わない想いを抱き続け、苦しくて逃げ出したはずなのに、まだこんなにも彼女を想っている。

 そして、負傷して捕らえられ……それから後のことは、貴女もご存じの通り。
 貴女は、私や仲間たちが故国に戻れるよう働きかけてくださった。そして、私の命を救い、側に置くことを許してくださった。
 心から感謝しております。
 
 貴女はずっと前から、私の思惑に気づいておられたのですね。
 そうです。あの時、私はアシーク将軍と刺し違える覚悟でした。
 それが国のため……いや、すべては彼女のためだったのですよ。
 
 彼女は高貴な生まれだと言いましたよね。
 もし祖国がこの戦に負ければ、真っ先に彼女の一族が危険に晒されるのです。
 そうでなくても、この戦が続く限り、彼女は戦場で危険に晒され続ける。
 なんとしても、この戦を終わらせなければ――彼女の幸せな未来を護るために。

 彼女には、笑顔でいてほしい。
 大切にしてくれる方と一緒になって、子供や孫に囲まれて穏やかな一生を過ごしてほしい。
 彼女が幸せなら、それでいい。私のことなど、忘れてくれればいいのです。 

 この命を賭けて彼女を想うことが、私の幸せ。
 この心は、もう彼女のものなのですから――
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