辺境騎士が、涙を流すとき【完結】

てる

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第三章 ザハラ王国編

59 だから、俺はここにいる

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 世界が目を覚ます――

 地平線から昇る陽の光が、夜空を淡い色へと染めてゆく。
 黄金色に輝きはじめた王宮を見上げる。

 また、ここに戻ってきたのだ。
  
 誰に強いられたわけではない、俺自身が選んだこと。 
 身体の奥から力がみなぎる。
 新しいはずなのに、どこか懐かしい鼓動――俺の魔力だ。
 
 大きく息を吐いて一歩足を踏み出すと、王宮の門前で腕を組んで俺を待つアシークの姿が見えた。

 彼の姿を見ても恐怖は感じなかった。
 ルシアンを傷つけ自分を責め続けてきた俺は、もういない。 
 覚悟はできている。

 俺はアシークの元へ進み、真っ向から金色の瞳を睨みつけた。

「出迎えてもらえるとはな。まるで、俺が戻ってくることがわかってたみたいだな」
「ああ、思った通りだ……やはりお前は、俺の元に戻ってきた」

 アシークは一瞬、怪訝そうな表情を浮かべたが、何も言わずに背を向けて歩き出した。
 
 彼はきっと、俺の髪色が変わっていることに気づいたのだ。
 烏色レイヴンだった髪は、一晩中ルシアンの魔力を注がれて、今は黒銀色に染まっていた。
 恥ずかしさと一緒に、彼の魔力の温もりがこの髪に残っている気がする。

 ルシアン……もう目覚めだろうか。
 何事もなかったように、また新しい一日を始めるのだろうな。
 ただ、隣に俺がいないだけ。
 
 鼻の奥がツンとして、俺は空を仰いだ。
 
 アシークが足を止め、俺を振り返った。ついてくる気があるのかと、無言で問われる。
 俺は覚悟を決め、その背を追った。
 押さえつけられるわけでもなく、鎖に繋がれることもなく、俺は自分の足で進んでいる。

 アシークは王宮の正門を出ると、ためらいもなく街の方へと歩き出した。
 王宮へ向かうと思っていた俺は、思わず足を止めた。

「……どこへ行くんだ?」

 だが、彼は振り返りもせず、石畳の通路を抜けてゆく。
 しばらく進むと、街陰にひっそりと佇む石造りの館が見えてきた。

 館の門が開かれ、ようやくアシークが俺を振り返った。

 
「俺の館だ」

 金色の瞳に最後の決断を迫られ、思わず怯みそうになった。この館に入れば、自由は奪われ、この門から外に出ることもできなくなる。
 だが、俺が逃げ出せば、アシークは停戦交渉を投げ出してしまうに違いない。
 
 アシークは、門の脇で俺をじっと見下ろしたまま動かない。その沈黙が、俺に決めろと告げている。

 ちくしょう……足が鉛のように重い。
 でも、俺は、その重みを引きずるようにして、彼の前を通り過ぎた。

 ガシャン――

 背後で門の扉が閉まり、かんぬきがおろされる音がした。
 もう逃げられない――前に進むしかない。

 その時、頭の中に女神ナヒーラの声が響いた。

 ――ロイド……もう闇を恐れる必要はないのよ。
 
 そうだ、今の俺は光の力と繋がっているのだった。
 
 ――恐れないで、すべて上手くいくわ。 
 でも、せっかくだから、おまじないを教えてあげる。どうしても辛くなったら『シンパティア』と唱えてみて。

 それだけ告げると、女神は浮かれたように男神ナフリム元へと飛んでいってしまった。
 
 なんだよ、それ?
 けど、不思議と心が軽くなった。
 
 よしっ、と顔を上げて前へ進む。

 館の中は華美な装飾もなく、使用人の気配も感じられない。
 ひっそりとした佇まいが、彼の暮らしを物語っていた。 
 
 中庭に面した回廊を抜けながら、見覚えがある景色だと気づく。
 そして、通された部屋に入って、はっきりと思い出した。

 くすんだ壁紙、小さな窓、天蓋のついた寝台、その寝台の脚からぶら下がったままの鎖――ここは、俺が囚われていた部屋だ。
 あの忌まわしい日々が蘇り、身体中の血が逆流した。
 なぜ、この部屋なんだ。俺をまた、恐怖で縛りつけるつもりか。

 アシークは壁にもたれ、腕を組んだまま動かない。
 その瞳の奥を金色にゆらめかせながら、俺を見据えている。
 
 重苦しい沈黙が流れる。

 だが、俺も目を逸らしはしない。
 これから何をされても構わない。だが、その前に一つだけ、伝えておきたいことがあった。

「姉さん……レイラ姉さんを助けてくれたって聞いた……感謝する」
「……レイラが、お前の姉?」

 アシークが、目を細めた。
 わずかな変化だが、彼が動揺するのを見るのは初めてだった。

「レイラの……ということは……」

 アシークは譫言うわごとのように何かを呟き、俺の肩を掴んだ。
 首筋に熱い息が触れる。噛まれた傷が疼いて、あの夜の痛みが蘇った。

 だが、肌に触れたのは鋭い牙ではなく、柔らかな唇。アシークは傷跡に舌先を滑らしながら、独り言のように呟いた。

「この香り……知っているはずなのに、どうしても思い出せなかった。そうか……光の力、か」

 アシークは顔を上げると、俺の頬を撫で上げた。

「確かによく似ている。この瞳、鼻筋、唇も……だが、この髪は……あいつに抱かれたのか」

 瞬時に、目の前の表情が歪んだ。
 彼がこんな表情を見せる時はいつも手荒く俺を抱いたものだ。それは怒りなのか、悲しみなのか、それとも苦しみだったのか……すべてを俺の中へ吐き出すまで、俺を抱く手を放さなかった――

 俺は、忌まわしい記憶を追い払うように、わざと挑発めいた言葉を吐いた。

「抱かれたと言ったら、どうする」

 その瞬間、アシークの目が見開かれた。
 荒々しく襟元を掴まれ、露わになった肌に彼の視線が突き刺さる。
 そこには、ルシアンに愛された証がいくつも残っているはずだ。
 
「ああ……」

 アシークが荒い息を吐いた。その肩が怒りに震えている。
 
 また、あの夜のように痛みを与えられるのだろうか……だが、俺は顎を上げ、彼の目を見据えた。
 もう、黙って彼の言いなりになる気はなかった。

「好きにしろ……だが、この戦を終わらせることが条件だ」
「戦を止めろと?」
「ああ、お前ならできるはずだ、その約束さえ守られるなら、俺は……お前の元に留まろう」
「……なんだと?」

 アシークの眉が、わずかに動いた。

「何を企んでいる? 俺を油断させ、寝首でも搔こうというのか」
「ははっ、そうした方が良かったかもな……」

 不思議なことに、そんな卑怯な手はまったく頭に浮かばなかった。
 甘い考えだと言われても、彼の心に訴えてみたかった。 
 彼は前王の欺瞞に気づきながら、その手を血で染めてきた。自分の心の声に背き続け、遂にはその心まで粉々に砕いてしまったのだ。
 だから、信じてみようと思った――彼が最後まで必死に守ろうとしていた、人としての心を。

 だが、アシークは獣のように牙を剥いた。

「戦を止めたいだと? そんなくだらないことのために、自分を差し出すつもりか」
「そうだ、そのために今まで戦ってきたんだからな」
「綺麗事だな。そう言うお前も、散々血に塗れてきただろうが」

 彼の言葉が鋭く俺の心に突き刺さった。
 俺の手が血に染まっていることは否定できない。だが……だからこそ……

「だから、俺はここにいる」

 アシークが静かに目を閉じた。無言のまま、考え込むように喉元を撫でる。
 淡い期待が胸をよぎる。俺は、彼の心に触れられたのだろうか。

 だが、彼は再び目を開けると、淫らに口の端を歪めた。

「なるほど……そうまでしてこの戦を終わらせたいのだな。だが、それは……」

 アシークの声が一段と低くなった。
 俺への欲望をその瞳に宿しながら、ゆっくりと顔を寄せてくる。 

「……お前次第だ」

 ごくりと唾を呑む音がした。

 上着が肩から滑り落ち、アシークの指先が俺のシャツのボタンにかかった。
 一つ、二つ……彼の指先が俺の素肌をあらわにしてゆく。そして、最後の一つ……彼はゆっくりと口元を歪めた。 

「さあ……ここから、どうして欲しい?」

 わざと俺を辱めて、愉しんでいる。
 悔しさに、唇を噛み締めた。

「ふっ、そんな目で睨まれるのも悪くない」
 
 何も言わずとも、俺の反応が彼を悦ばせている――それがわかった瞬間、怒りが込み上げた。

「好きなようにしろっ!」

 アシークの喉の奥から、低い笑いが漏れた。  
 次の瞬間、指先が一気に引き下ろされ、冷たい空気が肌を撫でた。  
 氷のように冷たい手のひらが胸に押しつけられ、ゾクリとした感覚が背を這い上がる。

「……っ!」

 彼は、どこに触れれば俺が乱れるのかを知り尽くしている。恥辱に震える俺の肌を暴くことなど、造作もないこと。
 拳に歯を立てて声を押し殺す。
 だが、俺の身体は彼の指先を覚えていて、貪欲に快楽を求めて乱れ出す。

「んぅ、っ……」

 親指の先で乳首を撫でられ、甘い息が鼻から抜けた。
 そんな反応が気に入ったのか、アシークは乳首を狙って何度も指先を滑らせる。
 
「んっ……ぁ、ぁあっ……」

 自分の吐く息が、だんだんと艶を帯びてくる。
 ああ、熱くてたまらない。
 どうして、こんなに反応してしまうんだ……俺をこんなふうにできるのは、ルシアンだけのはずなのに。
 
 目尻に涙が滲む。堪えろ、と何度も自分に言い聞かせる。
 戦を止めるためだ。国を守り、民を救うためなら、どれほど辱められても構わない――
 
 いや、もう自分を誤魔化す必要はないんだ。 
 俺がこの身を差し出すのは、ルシアンのため――彼の幸せを守りたいからだ。
 幸せになってほしい。領主となってガスト領を治め、可愛らしい奥方を迎えて、愛に溢れた人生を送ってほしいんだ。 
 だから、俺はどんな目に遭っても、戦を止めさせる――彼が、もう戦わなくてすむように。

「ふっ、考え事か……まだ苛め足りないようだな」

 アシークの声がして、乳首を爪先で弾かれた。

「ぁあっ!」

 ピリッとした痺れが全身を突き抜け、俺は大きく背を仰け反らせた。
 アシークは俺の乳首を口に含みながら、ゆっくりと下半身へ手を伸ばしてゆく。

 ハッとしてその手を掴むと、アシークの嘲笑う声がした。

「おや、気が変わったのか? じゃあ、さっさとあの男の元へ戻ればいい。俺は、すぐにでも軍勢を従えて国境へ向かうとしよう」

 くそっ、俺が逃げ出せば、また戦が始まる……そうさせないために、ここに来たというのに!
 考えろ……今、俺にできることを。

 俺は、掴んでいた手を放した。
 そして、屈辱を呑み込んで、喉の奥から声を絞り出す。
 
「……続けろよ」

 アシークがふっと息を吐いた。そのまま俺から手を放すと、ゆっくりと後ろへ下がっていく。
 火照った肌に冷たい空気が沁みる。
 俺は項垂れたまま、彼の視線を感じていた。

 やがて、低い声が響いた。

「服を脱げ」

 屈辱しかなかった。 
 だが、こうなることは最初からわかっていたのだ。今更、何を怖気づくことがある……

 俺は言われた通り、はだけだシャツを脱ぎ捨て、勢いよくベルトを引き抜いた。
 そしてズボンのふちに指をかけたところで、動けなくなってしまった。
 
 指先が震えて止まらない。そんな自分が情けなくて、唇を噛み締めた。

 ……ちくしょう

「ふっ、お前の覚悟は所詮その程度か……まあ、いい」

 アシークの冷たい声が響く。
 気づけば、俺は寝台の上に身を横たえていた。

 これから何をされるのか……嫌と言うほどわかってる。
 俺は迷いを締め出すように、目を閉じた。

 瞼の裏に影が差し、アシークの巨体が覆い被さってきた。
 首筋に熱い息がかかり、唇が触れる。

「あっ……」

 いきなり肌を強く吸われ、思わず声が漏れた。
 また、別の箇所に痛みが走る。
 
 すぐに気づいた――彼は、ルシアンの口づけの跡を辿っている。

 冷たい唇が、ルシアンの温もりを一つずつ消してゆく。
 チクリとした痛みを感じるたびに、ルシアンの名残が消えてゆく。

 ああ……ルシアン!

 大声で泣き叫びたかった。
 また、あの優しい腕の中に戻りたかった。

 世界が崩れてしまうと感じた――その時。

 ――恐れないで、すべて上手くいくわ。

 急に女神ナヒーラの声が耳元に響き、俺はあの呪文を口にしていた。

「……シンパティア!」

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