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第三章 ザハラ王国編
63 光はここに
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―― 王位を継承するのは、お前たちなのだ。
神託を告げられて、俺と姉さんは互いに顔を見合わせた。
答えなんか、とっくに決まってる――
「やだね、お断りだ」
冗談じゃない。こんな無茶振り、どうしろっていうんだ?
姉さんだって、俺の横でため息をついている。
――え、ええっ、神託を断っちゃうの?
女神の声が裏返った。
―― ちゃんと話を聞いてた? 王になったら、なんでも思いのままよ。 贅沢し放題、男も女もよりどりみどり。きっと楽しいわよぉ。
「ふざけんな、俺にはルシアンが……」
別れた男の名を口にしかけ、慌てて口を閉じた。
……未練がましいな、俺は。
とにかく、王なんてとんでもない。俺はただの騎士にすぎないんだから。
「あのなぁ、俺はずっとザハラと戦ってきたんだぞ。その敵国の王になれって……冗談か?」
姉さんも俺の横で頷いている。
「私だって、無理やりここに連れてこられて、命まで狙われてるのよ。今更この国のために尽くすなんてできそうにないわ」
――レイラ、其方まで何を言うのだ!
「だって、サリームを追放するんでしょ? そんなの嫌よ」
すると、女神が可笑しそうに笑う声がした。
――ほんと、人間って面倒臭いわね。
――まったくだ。
神々が、深くため息をつく。
―― いいだろう、お前たちが納得できるよう話すことにしよう。なぜ光と影の力がお前たちに引き継がれたのかを。
男神が、重々しく語り出した。
――かつて、ザハラは光と影の加護を得て栄えてきた。
我らは幾代にもわたり王を選び、その身に神の力を授けてきた。
王に選ばれし者は、ザハラの国のため、民のために神の力を行使する。
ある王は、砂漠に水を沸かせ、民の渇きを癒した。
またある王は、大地から金銀宝石を堀り起こし、民を豊かにした。
さらに別の王は、金銀宝石を加工する技術を伝え、他国との交易を可能にした。
「確かに……砂漠にオアシスを作ったり、鉱山を見つけたり、誰も知らない技術を生み出すなんて、人の力では無理だったろうな」
―― その通り。我欲ではなく、民の幸福を願ったからこそ与えられた力なのだ。
「前王は、神の力で何をしたの?」
レイラ姉さんの問いに、男神が答える。
―― 否。あの痴れ者に力はなかった。神に選ばれし王ではなかったからな。
あやつは仕えていた王が亡くなるとすぐに王宮を乗っ取り、王女と婚姻して王座につこうとした。
―― その王女には既に夫がいて、娘も生まれていたのに。あの愚かな男は、王女を無理やり手に入れようとしたのよ。
「それって、まさか……」
姉さんの声が、震えていた。
―― その王女こそが、お前たちの母親。その時にはもう、ロイド、お前を身籠もっていた。
母さん……大きくなったお腹をそっと撫でながら、穏やかな笑みを浮かべていた。
前王が、あの幸せを踏み躙ったのだ。
―― あの時、我らは王女に宿り、彼女が王位を継ぐ時を待っていた。
だが、その時は訪れず――
あの愚王が王位に就いたその瞬間から、すべてが狂い始めた。
たちまち国は乱れ、浅はかな欲望が争いを呼び、大地は血に濡れた。
民の祈りは怨嗟の声へと変わり、もはや神を信じる者などどこにもいなくなった……
悪王の手に神の力が渡らぬよう、我らは二つの器を選び、それぞれに宿ることにした。
男神は幼かった娘に。
女神は、まだ母親の胎内に眠る息子に。
姉弟の絆を信じ、我らは眠りについた。
それが、レイラとロイド――お前たちだ。
「母さまと父さまはとても仲が良くて、いつも幸せそうに笑ってた。そんな二人を引き離そうとするなんて。その上、アシークまで巻き込んで……」
姉さんの声に、怒りと悲しみが混ざる。
―― 王女は逃したものの、王はレイラを手に入れた。
―― でも、王はなぜかレイラが光の力を持っていると思い込み、彼女の力を開眼させるには、影の力が必要だと考えた。
―― だから王は、男神を祀る部族から少年を連れて来た――アシークだ。いずれ二人を添わせ、意のままに操ればいいと考えたのだろう。
―― でも、愚か者の考えることはどこまでも愚か。だって、レイラには男神が宿っていたのよ。私がいないのに、何も起きないでしょう?
「あの頃、アシークには何の力もなかったのに……」
姉さんの呟きに、男神が答える。
―― アシークは生まれながら器となる素質があった。だから、まだ少年だったアシークに闇の力を授けたのだ。
「どうしてそんなことを! 彼をあんなに苦しめて……すべて闇の力のせいよ!」
姉さんの怒りにも構わず、男神は淡々と答える。
―― いや、彼自身が力を欲したのだ。レイラ、お前を護るためにと。
「……そんなこと、わかってる!」
姉さんが、唇をきつく引き結んだ。
「でも、拒むことだってできたじゃない!」
―― あの頃、まだ幼いお前には護る者が必要だった。そして、力を与える代わりに、彼にはもう一つ重要な使命を課した――女神を探せと。
男神の言葉を聞いた瞬間、すべてが腑に落ちた。
そうか……だから、アシークは俺の魔力に固執したんだ。光の女神を宿していたのは俺だったから。
結局、俺もあいつも神の力に振り回されてたのか……!
俺の憤りなど構わず、神々は話を続ける。
―― 姉弟という絆を信じて、我らの力を託したというのに。
―― まさか二人が離れ離れになってしまうなんて。
―― 女神は封印されて行方も知れず。なんとかアシークがロイドを見つけたものの、封印を解除することもできず。
―― それに、まさかアシークがロイドを愛してしまうなんて!……決して報われない愛なのに。
報われない……?
「それで……主はどうなるのですか!」
急に、ザグンが悲痛な声を上げた。
―― ザグン、あなたはもう気づいているのでしょう? 想いが叶い、ロイドの愛がアシークに向けられた瞬間、彼はこの世から消え失せてしまう。闇は光の下では存在できないのだから。
「ああ……っ!」
ザグンは俺の足元に身を縮め、必死に懇願する。
「ロイド、頼む……どうか、主を愛さないで……お前の光は眩しすぎて……主を焼き尽くしてしまうから……」
俺を仰ぎ見るザグンの真っ赤な瞳から、大粒の涙が溢れた。
一度こぼれ出した涙は止まらず、頬を幾筋も伝い落ちてゆく。
ザグンはアシークを失いたくない。
けれど、それは主の想いは永遠に叶わないということ。
アシークは、報われない想いを抱えて苦しむだろう。
そんな主の悲しみを思って、ザグンは涙を流す。
それでも、恋慕う主の傍にいたいと願って。
俺は、なんて答えてやればいい?
ルシアンと別れ、アシークのものになると決めた時も、
あいつがずっと俺を想い続けていたと知った時も、
俺はやっぱりその想いに応えることはできなかった。
この心は、もうルシアンのものなんだ。
だから、ザグン……お前が心配することは何もないんだ。
それが、どんなに残酷なことであっても。
静けさの中で、ザグンの啜り泣く声だけが響く。
リリスが、そっとザグンの白銀の髪を撫でる。
―― ザグンよ、アシークが光を求めるのは、あの者の運命。
―― そうよ、光と影は互いを求め合うものよ。
ああ、神々は残酷だ。
決して叶わぬ愛を、運命と呼ぶなんて。
―― 光と影は運命に導かれ、我らは再び一つとなった。
―― ええ、愛しいあなた。
男神が、再び神託を下す。
――この神の力を、ザハラ国の正当な王位継承者に与えよう。
ロイド、レイラ……お前たちこそが、新たな時代の王なのだ。
「だから……断るって」
――な、なんとっ!
「悪いな、俺は運命なんかに振り回されたくない。大切な人たちを守りたいから戦ってきたんだ。この想いを……運命なんて軽い言葉で片付けるな!」
――なにを言う! 戦乱に苦しむ民がいるのだ。王となればザハラの民を救えるのだぞ?
「救うならラクロスの民もだろう?」
―― だが、お前はザハラ王族の血を引き、王位継承者となったのだが?
「今まで家族はいないと思って生きてきたのにさ。今更、ザハラの王族ですって言われてもなぁ 」
―― ザハラ王政を立て直せるのは、神と繋がるお前の仕事なのだ!
「だからそれはザハラの都合だろ? 勝手なこと言うな」
なぜか、男神が息を切らしてるような気がするけど、神さまでも疲れるのかな?
すると、選手交代とばかり、今度は女神の声が聞こえてきた。
―― ねぇ、ロイド。あなただってアシークのことを哀れだと思うでしょう?
「今度は情に訴えるつもりか? でも、俺はあいつの想いには応えられないって、そう言ったよな?」
―― じゃあ、苦しむ民を見捨てるの? 救ってあげたいでしょ? それが光の力を持つ者の運命だもの。
「言ったろ、運命なんか知ったことか。ザハラの未来まで背負う義理はない」
―― ええっ! でもね、ロイド、あなたは神に選ばれし者なのよ。
「ごめん被る」
すると、今まで固唾を呑んで成り行きを見守っていたジェイが、ぽつりと一言。
「でもさ、このまま放っておいたらこの国、マジ終わるよ」
そこで、男神がため息をついたような気がした。
―― 愚かな人の子よ。お前たちは、いつもそうだ。
愛や情に身を焦がし、運命を拒み、その果てに何を得た?
「……信じることを」
俺の隣で、姉さんが神々へ声を上げた。
「血と涙に塗れても、私たちは信じ続ける。家族を、友情を、幸せを、愛を! この手で守るんだって、自分の力を信じてる!」
その通りだよ、姉さん。
両親の想いを、姉さんの祈りを。
親父どのや、ジェイ、カイン、騎士団の仲間たちの絆を。
セリーヌ夫人の優しさを。
エリスとトビアスの幸せを。
そして――ルシアンへの変わらぬ愛を。
俺は信じてる。それが俺の力になる。
ロイド……
俺の想いに応えるように、誰かが俺の名を呼んだ。
胸が震えた。
ああ、この声……一瞬たりとも忘れはしない。
宙に光の粒子が渦撒き、空間のゆらぎの中に人影が浮かび上がる。
世界が息を呑んだように、静寂が訪れた。
最初に声を上げたのは、トビアスだった。
「……ルシアン団長!」
藍色の瞳が、真っ直ぐに俺を見つめていた。
ルシアン……どうして、ここに?
立ち尽くす俺に向かって、ルシアンが駆けてくる。
藍色の瞳を煌めかせて。
「ロイド! ああ、やっと見つけた……」
力いっぱい抱きしめられた。
ああ、この温もりがどれほど恋しかったか。
でも――
あれ?
今、俺の名を呼んだよな?
俺を見つけて、まっすぐ駆け寄ってきたよな?
俺のこと……覚えてる?
「団長、派手に登場しましたね!でも、どうやってここに?」
俺が大混乱している間、ジェイが能天気な調子でルシアンに尋ねた。
「転移魔法の経路が開きっぱなしになってたから、それを辿って来たんだが……ここはどこだ?」
「女神の神殿ですよ。それにしても団長、ロイドのことになると相当しぶといっすね」
「あたりまえだ! そんなことより……」
ルシアンが俺を見た。
藍色がすうっと細められ、ただならぬ気配を漂わせ始める。
「ロイド! 目が覚めたら隣にお前がいなくて、どれだけショックだったか!」
「え、えっ? 」
「おまけに独りでアシークの所へ行くなんて、何を考えてるんだ!」
「……俺が誰かわかるのか?」
「はぁっ? 話を誤魔化すな!」
「お前、本当に俺のことを覚えてるのか?」
「ああ! 昨夜お前がどれだけ可愛かったか、逐一ここで語ってやろうか!」
えっ、ええっ!!
あの時、俺は確かにあの薬をルシアンに飲ませたはず。
と言うことは――
「出てこい……ポンコツ女神っ!」
―― まぁ、ポンコツって何よっ!
「そこにいたか! 記憶をなくす薬だと散々脅したくせに、全然効いてないじゃないか……俺がどんな気持ちで別れる決心をしたと思ってるんだ!」
――知るもんですか! あなたが独りで勝手に決めたことでしょ! それに困ったときのために、ご丁寧に呪文まで教えてあげたじゃない!
ルシアンの腕の中で女神を罵っていると、誰かが指先で俺の肩を突いた。
「えっと、ロイド……?」
振り向くと、レイラ姉さんが後ろめたそうに、上目遣いで俺を見上げている。
「先に言っておけばよかったわね……これ……」
そう言って、おずおずと取り出して見せたのは、見覚えのある小瓶。
「女神の薬だから、どうせ碌なことにならないと思って……ロイドが眠ってる間にすり替えておいたの」
「へっ?」
「安心して、ロイドが持ってたのはただの水だから」
……っ、うわぁぁああっ!
じゃあ俺は、今朝からずっと一人で何をやってたんだ……
居たたまれなさに一気に顔が熱くなって、そのままルシアンの胸に顔を押しつけた。
そんな俺をみて、女神が高笑いする。
――ほぉら、ポンコツ呼ばわりしたことを謝んなさいよ!
「……悪かったよ」
ぼそっと呟くと、女神はまたケラケラと笑った。
だが、次の瞬間、俺は両肩をものすごい力で掴まれた。
「ルシアン……っ?」
藍色が冷たい光を放っている。
……えっと、何をそんなに怒ってるのかな?
「ロイド……どういうことか説明してもらおうか……」
「いや、たいしたことじゃ……」
――ほっほっほっ。その慌てっぷりから見て、その薬をルシアンに飲ませて、自分の記憶を消そうとしたようね。そうしてアシークの元へ行くなんて……心変わり?
「おいっ、適当なことを言うな! いや、ルシアン……心変わりとかじゃ……」
「ほぉ、あれだけ甘い夜を過ごしておいて、翌朝には私を捨てる気でいたとはな……」
「そんな……」
「でも、実際お前はアシークの所にいたわけだし……」
ルシアンが拳を振り上げた。
その目が怒りに燃えている。
「ロイドっ!」
殴られるっ……!
俺は、咄嗟に目を瞑って歯を食いしばった。
仕方ない。俺が勝手に別れようとしたんだから。
空気が凍りついた、その瞬間――
俺は再び逞しい腕に抱きしめられていた。
「ルシアン……?」
「……バカ野郎……そんなに私が信じられないのか」
掠れた声。
その肩がかすかに震えている。
「勝手に決めるな。私の幸せは、私が決める」
「……ごめん」
「何があっても、お前と一緒に悩みたい。苦しみだって分けてくれ。そして一緒に乗り越えていけばいいんだ。そうやってもっとお前を知って、もっとお前を好きなりたい……」
「それって……」
「ロイド、お前と共に生きていきたいんだ」
ああ、ルシアン!
俺、やっぱりお前じゃなきゃダメみたいだ。
―― なんと、愚かな!
突然、男神の声が神殿内に響き渡った。
地面が激しく揺れ出し、祭壇上の女神像がぐらっと傾くのが見えた。
「危ないっ!」
ルシアンが俺を庇うように覆い被さったが、すぐに揺れは収まり、辺りは再び静けさを取り戻した。
――はっはっはっ! 実に愉快だ!
――ほんとね、私たちが人間にやり込められるなんて!
神々の笑い声が神殿中に響き、また女神像がぐらぐら揺れ始める。
もう危ないから、バカ笑いをやめてくれっ!
神々はひとしきり笑った後で、
―― やはりお前たち姉弟を選んだことは正しかった。
―― ええ、人の弱さも、愛も、痛みも知る二人だから、この力を授けられる。
神殿が眩しい光に包まれ、男神の重々しい声が響いた。
―― ロイド、お前の望みは何だ?
俺の望みは、ただ一つ。
「この戦を終わらせることだ」
――レイラ、お前の望みは?
「弟を、ロイドを守ってほしい」
姉さんが俺の手を取って、柔らかく微笑んだ。
「ロイドは人を愛することを知ってるもの。だから、私は信じられる……あなたが選ぶ道を」
ああ、運命とか神の力とかどうでもいい。
俺たちは、この手で王宮の腐敗を断ち、戦を終わらせよう。
もうアシークに縋る必要もない。未来を照らす光は俺の中にあるんだ。
そのことを信じればいい。
―― 承知した。そのために我らの力を使うが良い。
―― 欲がないわねぇ。まあ、がんばって。
すると、ジェイがまたぽつりと一言。
「あーあ、結局、惚気られただけじゃないか。でも、戦を終わらせるって……どうやって?」
そうだよな。
神の力ってどうやって使うんだ?
神託を告げられて、俺と姉さんは互いに顔を見合わせた。
答えなんか、とっくに決まってる――
「やだね、お断りだ」
冗談じゃない。こんな無茶振り、どうしろっていうんだ?
姉さんだって、俺の横でため息をついている。
――え、ええっ、神託を断っちゃうの?
女神の声が裏返った。
―― ちゃんと話を聞いてた? 王になったら、なんでも思いのままよ。 贅沢し放題、男も女もよりどりみどり。きっと楽しいわよぉ。
「ふざけんな、俺にはルシアンが……」
別れた男の名を口にしかけ、慌てて口を閉じた。
……未練がましいな、俺は。
とにかく、王なんてとんでもない。俺はただの騎士にすぎないんだから。
「あのなぁ、俺はずっとザハラと戦ってきたんだぞ。その敵国の王になれって……冗談か?」
姉さんも俺の横で頷いている。
「私だって、無理やりここに連れてこられて、命まで狙われてるのよ。今更この国のために尽くすなんてできそうにないわ」
――レイラ、其方まで何を言うのだ!
「だって、サリームを追放するんでしょ? そんなの嫌よ」
すると、女神が可笑しそうに笑う声がした。
――ほんと、人間って面倒臭いわね。
――まったくだ。
神々が、深くため息をつく。
―― いいだろう、お前たちが納得できるよう話すことにしよう。なぜ光と影の力がお前たちに引き継がれたのかを。
男神が、重々しく語り出した。
――かつて、ザハラは光と影の加護を得て栄えてきた。
我らは幾代にもわたり王を選び、その身に神の力を授けてきた。
王に選ばれし者は、ザハラの国のため、民のために神の力を行使する。
ある王は、砂漠に水を沸かせ、民の渇きを癒した。
またある王は、大地から金銀宝石を堀り起こし、民を豊かにした。
さらに別の王は、金銀宝石を加工する技術を伝え、他国との交易を可能にした。
「確かに……砂漠にオアシスを作ったり、鉱山を見つけたり、誰も知らない技術を生み出すなんて、人の力では無理だったろうな」
―― その通り。我欲ではなく、民の幸福を願ったからこそ与えられた力なのだ。
「前王は、神の力で何をしたの?」
レイラ姉さんの問いに、男神が答える。
―― 否。あの痴れ者に力はなかった。神に選ばれし王ではなかったからな。
あやつは仕えていた王が亡くなるとすぐに王宮を乗っ取り、王女と婚姻して王座につこうとした。
―― その王女には既に夫がいて、娘も生まれていたのに。あの愚かな男は、王女を無理やり手に入れようとしたのよ。
「それって、まさか……」
姉さんの声が、震えていた。
―― その王女こそが、お前たちの母親。その時にはもう、ロイド、お前を身籠もっていた。
母さん……大きくなったお腹をそっと撫でながら、穏やかな笑みを浮かべていた。
前王が、あの幸せを踏み躙ったのだ。
―― あの時、我らは王女に宿り、彼女が王位を継ぐ時を待っていた。
だが、その時は訪れず――
あの愚王が王位に就いたその瞬間から、すべてが狂い始めた。
たちまち国は乱れ、浅はかな欲望が争いを呼び、大地は血に濡れた。
民の祈りは怨嗟の声へと変わり、もはや神を信じる者などどこにもいなくなった……
悪王の手に神の力が渡らぬよう、我らは二つの器を選び、それぞれに宿ることにした。
男神は幼かった娘に。
女神は、まだ母親の胎内に眠る息子に。
姉弟の絆を信じ、我らは眠りについた。
それが、レイラとロイド――お前たちだ。
「母さまと父さまはとても仲が良くて、いつも幸せそうに笑ってた。そんな二人を引き離そうとするなんて。その上、アシークまで巻き込んで……」
姉さんの声に、怒りと悲しみが混ざる。
―― 王女は逃したものの、王はレイラを手に入れた。
―― でも、王はなぜかレイラが光の力を持っていると思い込み、彼女の力を開眼させるには、影の力が必要だと考えた。
―― だから王は、男神を祀る部族から少年を連れて来た――アシークだ。いずれ二人を添わせ、意のままに操ればいいと考えたのだろう。
―― でも、愚か者の考えることはどこまでも愚か。だって、レイラには男神が宿っていたのよ。私がいないのに、何も起きないでしょう?
「あの頃、アシークには何の力もなかったのに……」
姉さんの呟きに、男神が答える。
―― アシークは生まれながら器となる素質があった。だから、まだ少年だったアシークに闇の力を授けたのだ。
「どうしてそんなことを! 彼をあんなに苦しめて……すべて闇の力のせいよ!」
姉さんの怒りにも構わず、男神は淡々と答える。
―― いや、彼自身が力を欲したのだ。レイラ、お前を護るためにと。
「……そんなこと、わかってる!」
姉さんが、唇をきつく引き結んだ。
「でも、拒むことだってできたじゃない!」
―― あの頃、まだ幼いお前には護る者が必要だった。そして、力を与える代わりに、彼にはもう一つ重要な使命を課した――女神を探せと。
男神の言葉を聞いた瞬間、すべてが腑に落ちた。
そうか……だから、アシークは俺の魔力に固執したんだ。光の女神を宿していたのは俺だったから。
結局、俺もあいつも神の力に振り回されてたのか……!
俺の憤りなど構わず、神々は話を続ける。
―― 姉弟という絆を信じて、我らの力を託したというのに。
―― まさか二人が離れ離れになってしまうなんて。
―― 女神は封印されて行方も知れず。なんとかアシークがロイドを見つけたものの、封印を解除することもできず。
―― それに、まさかアシークがロイドを愛してしまうなんて!……決して報われない愛なのに。
報われない……?
「それで……主はどうなるのですか!」
急に、ザグンが悲痛な声を上げた。
―― ザグン、あなたはもう気づいているのでしょう? 想いが叶い、ロイドの愛がアシークに向けられた瞬間、彼はこの世から消え失せてしまう。闇は光の下では存在できないのだから。
「ああ……っ!」
ザグンは俺の足元に身を縮め、必死に懇願する。
「ロイド、頼む……どうか、主を愛さないで……お前の光は眩しすぎて……主を焼き尽くしてしまうから……」
俺を仰ぎ見るザグンの真っ赤な瞳から、大粒の涙が溢れた。
一度こぼれ出した涙は止まらず、頬を幾筋も伝い落ちてゆく。
ザグンはアシークを失いたくない。
けれど、それは主の想いは永遠に叶わないということ。
アシークは、報われない想いを抱えて苦しむだろう。
そんな主の悲しみを思って、ザグンは涙を流す。
それでも、恋慕う主の傍にいたいと願って。
俺は、なんて答えてやればいい?
ルシアンと別れ、アシークのものになると決めた時も、
あいつがずっと俺を想い続けていたと知った時も、
俺はやっぱりその想いに応えることはできなかった。
この心は、もうルシアンのものなんだ。
だから、ザグン……お前が心配することは何もないんだ。
それが、どんなに残酷なことであっても。
静けさの中で、ザグンの啜り泣く声だけが響く。
リリスが、そっとザグンの白銀の髪を撫でる。
―― ザグンよ、アシークが光を求めるのは、あの者の運命。
―― そうよ、光と影は互いを求め合うものよ。
ああ、神々は残酷だ。
決して叶わぬ愛を、運命と呼ぶなんて。
―― 光と影は運命に導かれ、我らは再び一つとなった。
―― ええ、愛しいあなた。
男神が、再び神託を下す。
――この神の力を、ザハラ国の正当な王位継承者に与えよう。
ロイド、レイラ……お前たちこそが、新たな時代の王なのだ。
「だから……断るって」
――な、なんとっ!
「悪いな、俺は運命なんかに振り回されたくない。大切な人たちを守りたいから戦ってきたんだ。この想いを……運命なんて軽い言葉で片付けるな!」
――なにを言う! 戦乱に苦しむ民がいるのだ。王となればザハラの民を救えるのだぞ?
「救うならラクロスの民もだろう?」
―― だが、お前はザハラ王族の血を引き、王位継承者となったのだが?
「今まで家族はいないと思って生きてきたのにさ。今更、ザハラの王族ですって言われてもなぁ 」
―― ザハラ王政を立て直せるのは、神と繋がるお前の仕事なのだ!
「だからそれはザハラの都合だろ? 勝手なこと言うな」
なぜか、男神が息を切らしてるような気がするけど、神さまでも疲れるのかな?
すると、選手交代とばかり、今度は女神の声が聞こえてきた。
―― ねぇ、ロイド。あなただってアシークのことを哀れだと思うでしょう?
「今度は情に訴えるつもりか? でも、俺はあいつの想いには応えられないって、そう言ったよな?」
―― じゃあ、苦しむ民を見捨てるの? 救ってあげたいでしょ? それが光の力を持つ者の運命だもの。
「言ったろ、運命なんか知ったことか。ザハラの未来まで背負う義理はない」
―― ええっ! でもね、ロイド、あなたは神に選ばれし者なのよ。
「ごめん被る」
すると、今まで固唾を呑んで成り行きを見守っていたジェイが、ぽつりと一言。
「でもさ、このまま放っておいたらこの国、マジ終わるよ」
そこで、男神がため息をついたような気がした。
―― 愚かな人の子よ。お前たちは、いつもそうだ。
愛や情に身を焦がし、運命を拒み、その果てに何を得た?
「……信じることを」
俺の隣で、姉さんが神々へ声を上げた。
「血と涙に塗れても、私たちは信じ続ける。家族を、友情を、幸せを、愛を! この手で守るんだって、自分の力を信じてる!」
その通りだよ、姉さん。
両親の想いを、姉さんの祈りを。
親父どのや、ジェイ、カイン、騎士団の仲間たちの絆を。
セリーヌ夫人の優しさを。
エリスとトビアスの幸せを。
そして――ルシアンへの変わらぬ愛を。
俺は信じてる。それが俺の力になる。
ロイド……
俺の想いに応えるように、誰かが俺の名を呼んだ。
胸が震えた。
ああ、この声……一瞬たりとも忘れはしない。
宙に光の粒子が渦撒き、空間のゆらぎの中に人影が浮かび上がる。
世界が息を呑んだように、静寂が訪れた。
最初に声を上げたのは、トビアスだった。
「……ルシアン団長!」
藍色の瞳が、真っ直ぐに俺を見つめていた。
ルシアン……どうして、ここに?
立ち尽くす俺に向かって、ルシアンが駆けてくる。
藍色の瞳を煌めかせて。
「ロイド! ああ、やっと見つけた……」
力いっぱい抱きしめられた。
ああ、この温もりがどれほど恋しかったか。
でも――
あれ?
今、俺の名を呼んだよな?
俺を見つけて、まっすぐ駆け寄ってきたよな?
俺のこと……覚えてる?
「団長、派手に登場しましたね!でも、どうやってここに?」
俺が大混乱している間、ジェイが能天気な調子でルシアンに尋ねた。
「転移魔法の経路が開きっぱなしになってたから、それを辿って来たんだが……ここはどこだ?」
「女神の神殿ですよ。それにしても団長、ロイドのことになると相当しぶといっすね」
「あたりまえだ! そんなことより……」
ルシアンが俺を見た。
藍色がすうっと細められ、ただならぬ気配を漂わせ始める。
「ロイド! 目が覚めたら隣にお前がいなくて、どれだけショックだったか!」
「え、えっ? 」
「おまけに独りでアシークの所へ行くなんて、何を考えてるんだ!」
「……俺が誰かわかるのか?」
「はぁっ? 話を誤魔化すな!」
「お前、本当に俺のことを覚えてるのか?」
「ああ! 昨夜お前がどれだけ可愛かったか、逐一ここで語ってやろうか!」
えっ、ええっ!!
あの時、俺は確かにあの薬をルシアンに飲ませたはず。
と言うことは――
「出てこい……ポンコツ女神っ!」
―― まぁ、ポンコツって何よっ!
「そこにいたか! 記憶をなくす薬だと散々脅したくせに、全然効いてないじゃないか……俺がどんな気持ちで別れる決心をしたと思ってるんだ!」
――知るもんですか! あなたが独りで勝手に決めたことでしょ! それに困ったときのために、ご丁寧に呪文まで教えてあげたじゃない!
ルシアンの腕の中で女神を罵っていると、誰かが指先で俺の肩を突いた。
「えっと、ロイド……?」
振り向くと、レイラ姉さんが後ろめたそうに、上目遣いで俺を見上げている。
「先に言っておけばよかったわね……これ……」
そう言って、おずおずと取り出して見せたのは、見覚えのある小瓶。
「女神の薬だから、どうせ碌なことにならないと思って……ロイドが眠ってる間にすり替えておいたの」
「へっ?」
「安心して、ロイドが持ってたのはただの水だから」
……っ、うわぁぁああっ!
じゃあ俺は、今朝からずっと一人で何をやってたんだ……
居たたまれなさに一気に顔が熱くなって、そのままルシアンの胸に顔を押しつけた。
そんな俺をみて、女神が高笑いする。
――ほぉら、ポンコツ呼ばわりしたことを謝んなさいよ!
「……悪かったよ」
ぼそっと呟くと、女神はまたケラケラと笑った。
だが、次の瞬間、俺は両肩をものすごい力で掴まれた。
「ルシアン……っ?」
藍色が冷たい光を放っている。
……えっと、何をそんなに怒ってるのかな?
「ロイド……どういうことか説明してもらおうか……」
「いや、たいしたことじゃ……」
――ほっほっほっ。その慌てっぷりから見て、その薬をルシアンに飲ませて、自分の記憶を消そうとしたようね。そうしてアシークの元へ行くなんて……心変わり?
「おいっ、適当なことを言うな! いや、ルシアン……心変わりとかじゃ……」
「ほぉ、あれだけ甘い夜を過ごしておいて、翌朝には私を捨てる気でいたとはな……」
「そんな……」
「でも、実際お前はアシークの所にいたわけだし……」
ルシアンが拳を振り上げた。
その目が怒りに燃えている。
「ロイドっ!」
殴られるっ……!
俺は、咄嗟に目を瞑って歯を食いしばった。
仕方ない。俺が勝手に別れようとしたんだから。
空気が凍りついた、その瞬間――
俺は再び逞しい腕に抱きしめられていた。
「ルシアン……?」
「……バカ野郎……そんなに私が信じられないのか」
掠れた声。
その肩がかすかに震えている。
「勝手に決めるな。私の幸せは、私が決める」
「……ごめん」
「何があっても、お前と一緒に悩みたい。苦しみだって分けてくれ。そして一緒に乗り越えていけばいいんだ。そうやってもっとお前を知って、もっとお前を好きなりたい……」
「それって……」
「ロイド、お前と共に生きていきたいんだ」
ああ、ルシアン!
俺、やっぱりお前じゃなきゃダメみたいだ。
―― なんと、愚かな!
突然、男神の声が神殿内に響き渡った。
地面が激しく揺れ出し、祭壇上の女神像がぐらっと傾くのが見えた。
「危ないっ!」
ルシアンが俺を庇うように覆い被さったが、すぐに揺れは収まり、辺りは再び静けさを取り戻した。
――はっはっはっ! 実に愉快だ!
――ほんとね、私たちが人間にやり込められるなんて!
神々の笑い声が神殿中に響き、また女神像がぐらぐら揺れ始める。
もう危ないから、バカ笑いをやめてくれっ!
神々はひとしきり笑った後で、
―― やはりお前たち姉弟を選んだことは正しかった。
―― ええ、人の弱さも、愛も、痛みも知る二人だから、この力を授けられる。
神殿が眩しい光に包まれ、男神の重々しい声が響いた。
―― ロイド、お前の望みは何だ?
俺の望みは、ただ一つ。
「この戦を終わらせることだ」
――レイラ、お前の望みは?
「弟を、ロイドを守ってほしい」
姉さんが俺の手を取って、柔らかく微笑んだ。
「ロイドは人を愛することを知ってるもの。だから、私は信じられる……あなたが選ぶ道を」
ああ、運命とか神の力とかどうでもいい。
俺たちは、この手で王宮の腐敗を断ち、戦を終わらせよう。
もうアシークに縋る必要もない。未来を照らす光は俺の中にあるんだ。
そのことを信じればいい。
―― 承知した。そのために我らの力を使うが良い。
―― 欲がないわねぇ。まあ、がんばって。
すると、ジェイがまたぽつりと一言。
「あーあ、結局、惚気られただけじゃないか。でも、戦を終わらせるって……どうやって?」
そうだよな。
神の力ってどうやって使うんだ?
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