辺境騎士が、涙を流すとき【完結】

てる

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第三章 ザハラ王国編

63 光はここに

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―― 王位を継承するのは、お前たちなのだ。
 
 神託を告げられて、俺と姉さんは互いに顔を見合わせた。
 答えなんか、とっくに決まってる――
 
「やだね、お断りだ」

 冗談じゃない。こんな無茶振り、どうしろっていうんだ?
 姉さんだって、俺の横でため息をついている。

 ――え、ええっ、神託を断っちゃうの?

 女神ナヒーラの声が裏返った。

 ―― ちゃんと話を聞いてた? 王になったら、なんでも思いのままよ。 贅沢し放題、男も女もよりどりみどり。きっと楽しいわよぉ。

「ふざけんな、俺にはルシアンが……」

 別れたひとの名を口にしかけ、慌てて口を閉じた。
 ……未練がましいな、俺は。

 とにかく、王なんてとんでもない。俺はただの騎士にすぎないんだから。

「あのなぁ、俺はずっとザハラと戦ってきたんだぞ。その敵国の王になれって……冗談か?」

 姉さんも俺の横で頷いている。

「私だって、無理やりここに連れてこられて、命まで狙われてるのよ。今更この国のために尽くすなんてできそうにないわ」

 ――レイラ、其方まで何を言うのだ!

「だって、サリームを追放するんでしょ? そんなの嫌よ」

 すると、女神ナヒーラが可笑しそうに笑う声がした。

 ――ほんと、人間って面倒臭いわね。
 ――まったくだ。

 神々が、深くため息をつく。

 ―― いいだろう、お前たちが納得できるよう話すことにしよう。なぜ光と影の力がお前たちに引き継がれたのかを。

 男神ナフリムが、重々しく語り出した。
 
 ――かつて、ザハラは光と影の加護を得て栄えてきた。
 我らは幾代にもわたり王を選び、その身に神の力を授けてきた。

 王に選ばれし者は、ザハラの国のため、民のために神の力を行使する。

 ある王は、砂漠に水を沸かせ、民の渇きを癒した。
 またある王は、大地から金銀宝石を堀り起こし、民を豊かにした。
 さらに別の王は、金銀宝石を加工する技術を伝え、他国との交易を可能にした。

「確かに……砂漠にオアシスを作ったり、鉱山を見つけたり、誰も知らない技術を生み出すなんて、人の力では無理だったろうな」

 ―― その通り。我欲ではなく、民の幸福を願ったからこそ与えられた力なのだ。

「前王は、神の力で何をしたの?」

 レイラ姉さんの問いに、男神が答える。

 ―― 否。あの痴れ者に力はなかった。神に選ばれし王ではなかったからな。
 あやつは仕えていた王が亡くなるとすぐに王宮を乗っ取り、王女と婚姻して王座につこうとした。
 ―― その王女には既に夫がいて、娘も生まれていたのに。あの愚かな男は、王女を無理やり手に入れようとしたのよ。

「それって、まさか……」

 姉さんの声が、震えていた。

 ―― その王女こそが、お前たちの母親。その時にはもう、ロイド、お前を身籠もっていた。

 母さん……大きくなったお腹をそっと撫でながら、穏やかな笑みを浮かべていた。
 前王が、あの幸せを踏み躙ったのだ。

 ―― あの時、我らは王女に宿り、彼女が王位を継ぐ時を待っていた。
 だが、その時は訪れず――

 あの愚王が王位に就いたその瞬間から、すべてが狂い始めた。
 たちまち国は乱れ、浅はかな欲望が争いを呼び、大地は血に濡れた。
 民の祈りは怨嗟の声へと変わり、もはや神を信じる者などどこにもいなくなった……

 
 悪王の手に神の力が渡らぬよう、我らは二つの器を選び、それぞれに宿ることにした。
 男神ナフリムは幼かった娘に。
 
女神ナヒーラは、まだ母親の胎内に眠る息子に。
 姉弟の絆を信じ、我らは眠りについた。
 それが、レイラとロイド――お前たちだ。

「母さまと父さまはとても仲が良くて、いつも幸せそうに笑ってた。そんな二人を引き離そうとするなんて。その上、アシークまで巻き込んで……」

 姉さんの声に、怒りと悲しみが混ざる。 

 ―― 王女は逃したものの、王はレイラを手に入れた。
 ―― でも、王はなぜかレイラが光の力を持っていると思い込み、彼女の力を開眼させるには、影の力が必要だと考えた。
 ―― だから王は、男神を祀る部族から少年を連れて来た――アシークだ。いずれ二人を添わせ、意のままに操ればいいと考えたのだろう。
 ―― でも、愚か者の考えることはどこまでも愚か。だって、レイラには男神ナフリムが宿っていたのよ。私がいないのに、何も起きないでしょう?

「あの頃、アシークには何の力もなかったのに……」

 姉さんの呟きに、男神が答える。

 ―― アシークは生まれながら器となる素質があった。だから、まだ少年だったアシークに闇の力を授けたのだ。

「どうしてそんなことを! 彼をあんなに苦しめて……すべて闇の力のせいよ!」

 姉さんの怒りにも構わず、男神は淡々と答える。

 ―― いや、彼自身が力を欲したのだ。レイラ、お前を護るためにと。

「……そんなこと、わかってる!」

 姉さんが、唇をきつく引き結んだ。

「でも、拒むことだってできたじゃない!」

 ―― あの頃、まだ幼いお前には護る者が必要だった。そして、力を与える代わりに、彼にはもう一つ重要な使命を課した――女神ナヒーラを探せと。

 男神の言葉を聞いた瞬間、すべてが腑に落ちた。

 そうか……だから、アシークは俺の魔力に固執したんだ。光の女神を宿していたのは俺だったから。
 結局、俺もあいつも神の力に振り回されてたのか……!

 俺の憤りなど構わず、神々は話を続ける。
 
 ―― 姉弟という絆を信じて、我らの力を託したというのに。
 ―― まさか二人が離れ離れになってしまうなんて。 
 ―― 女神は封印されて行方も知れず。なんとかアシークがロイドを見つけたものの、封印を解除することもできず。
 ―― それに、まさかアシークがロイドを愛してしまうなんて!……決して報われない愛なのに。

 報われない……?

「それで……あるじはどうなるのですか!」

 急に、ザグンが悲痛な声を上げた。

 ―― ザグン、あなたはもう気づいているのでしょう? 想いが叶い、ロイドの愛がアシークに向けられた瞬間、彼はこの世から消え失せてしまう。闇は光の下では存在できないのだから。

「ああ……っ!」

 ザグンは俺の足元に身を縮め、必死に懇願する。

「ロイド、頼む……どうか、主を愛さないで……お前の光は眩しすぎて……主を焼き尽くしてしまうから……」
 
 俺を仰ぎ見るザグンの真っ赤な瞳から、大粒の涙が溢れた。
 一度こぼれ出した涙は止まらず、頬を幾筋も伝い落ちてゆく。
 
 ザグンはアシークを失いたくない。
 けれど、それは主の想いは永遠に叶わないということ。

 アシークは、報われない想いを抱えて苦しむだろう。
 そんな主の悲しみを思って、ザグンは涙を流す。
 それでも、恋慕う主の傍にいたいと願って。

 俺は、なんて答えてやればいい?

 ルシアンと別れ、アシークのものになると決めた時も、
 あいつがずっと俺を想い続けていたと知った時も、
 俺はやっぱりその想いに応えることはできなかった。
 
 この心は、もうルシアンのものなんだ。

 だから、ザグン……お前が心配することは何もないんだ。
 それが、どんなに残酷なことであっても。
 
 静けさの中で、ザグンの啜り泣く声だけが響く。
 リリスが、そっとザグンの白銀の髪を撫でる。

 ―― ザグンよ、アシークが光を求めるのは、あの者の運命さだめ
 ―― そうよ、光と影は互いを求め合うものよ。

 ああ、神々は残酷だ。
 決して叶わぬ愛を、運命と呼ぶなんて。

 ―― 光と影は運命さだめに導かれ、我らは再び一つとなった。
 ―― ええ、愛しいあなたダーリン

 男神が、再び神託を下す。

 ――この神の力を、ザハラ国の正当な王位継承者に与えよう。
 ロイド、レイラ……お前たちこそが、新たな時代の王なのだ。 

 
「だから……断るって」


 ――な、なんとっ!

「悪いな、俺は運命なんかに振り回されたくない。大切な人たちを守りたいから戦ってきたんだ。この想いを……運命なんて軽い言葉で片付けるな!」

 ――なにを言う! 戦乱に苦しむ民がいるのだ。王となればザハラの民を救えるのだぞ?
「救うならラクロスの民もだろう?」

 ―― だが、お前はザハラ王族の血を引き、王位継承者となったのだが?
「今まで家族はいないと思って生きてきたのにさ。今更、ザハラの王族ですって言われてもなぁ 」

 ―― ザハラ王政を立て直せるのは、神と繋がるお前の仕事なのだ!
「だからそれはザハラの都合だろ? 勝手なこと言うな」

 なぜか、男神が息を切らしてるような気がするけど、神さまでも疲れるのかな? 
 すると、選手交代とばかり、今度は女神の声が聞こえてきた。

 ―― ねぇ、ロイド。あなただってアシークのことを哀れだと思うでしょう?
「今度は情に訴えるつもりか? でも、俺はあいつの想いには応えられないって、そう言ったよな?」

 ―― じゃあ、苦しむ民を見捨てるの? 救ってあげたいでしょ? それが光の力を持つ者の運命さだめだもの。
「言ったろ、運命なんか知ったことか。ザハラの未来まで背負う義理はない」

 ―― ええっ! でもね、ロイド、あなたは神に選ばれし者なのよ。
「ごめん被る」

 すると、今まで固唾を呑んで成り行きを見守っていたジェイが、ぽつりと一言。

「でもさ、このまま放っておいたらこの国、マジ終わるよ」

 そこで、男神がため息をついたような気がした。

 ―― 愚かな人の子よ。お前たちは、いつもそうだ。
 愛や情に身を焦がし、運命を拒み、その果てに何を得た?


「……信じることを」


 俺の隣で、姉さんが神々へ声を上げた。

「血と涙に塗れても、私たちは信じ続ける。家族を、友情を、幸せを、愛を! この手で守るんだって、自分の力を信じてる!」

 その通りだよ、姉さん。

 両親の想いを、姉さんの祈りを。
 親父どのや、ジェイ、カイン、騎士団の仲間たちの絆を。
 セリーヌ夫人の優しさを。
 エリスとトビアスの幸せを。
 そして――ルシアンへの変わらぬ愛を。

 俺は信じてる。それが俺の力になる。
 
 
 ロイド……


 俺の想いに応えるように、誰かが俺の名を呼んだ。
  
 胸が震えた。 
 ああ、この声……一瞬たりとも忘れはしない。
 
 宙に光の粒子が渦撒き、空間のゆらぎの中に人影が浮かび上がる。
 世界が息を呑んだように、静寂が訪れた。
 
 最初に声を上げたのは、トビアスだった。

「……ルシアン団長!」

 藍色の瞳が、真っ直ぐに俺を見つめていた。

 ルシアン……どうして、ここに?

 立ち尽くす俺に向かって、ルシアンが駆けてくる。
 藍色の瞳を煌めかせて。

「ロイド! ああ、やっと見つけた……」

 力いっぱい抱きしめられた。
 ああ、この温もりがどれほど恋しかったか。
 でも――

 あれ?
 
 今、俺の名を呼んだよな?
 俺を見つけて、まっすぐ駆け寄ってきたよな?
 俺のこと……覚えてる?

「団長、派手に登場しましたね!でも、どうやってここに?」

 俺が大混乱している間、ジェイが能天気な調子でルシアンに尋ねた。
 
「転移魔法の経路が開きっぱなしになってたから、それを辿って来たんだが……ここはどこだ?」
「女神の神殿ですよ。それにしても団長、ロイドのことになると相当しぶといっすね」
「あたりまえだ! そんなことより……」

 ルシアンが俺を見た。
 藍色がすうっと細められ、ただならぬ気配を漂わせ始める。
 
「ロイド! 目が覚めたら隣にお前がいなくて、どれだけショックだったか!」
「え、えっ? 」
「おまけに独りでアシークの所へ行くなんて、何を考えてるんだ!」
「……俺が誰かわかるのか?」
「はぁっ? 話を誤魔化すな!」
「お前、本当に俺のことを覚えてるのか?」
「ああ! 昨夜お前がどれだけ可愛かったか、逐一ここで語ってやろうか!」

 えっ、ええっ!! 

 あの時、俺は確かにあの薬をルシアンに飲ませたはず。 
 と言うことは――

「出てこい……ポンコツ女神っ!」

 ―― まぁ、ポンコツって何よっ!

「そこにいたか! 記憶をなくす薬だと散々脅したくせに、全然効いてないじゃないか……俺がどんな気持ちで別れる決心をしたと思ってるんだ!」
 
 ――知るもんですか! あなたが独りで勝手に決めたことでしょ! それに困ったときのために、ご丁寧に呪文まで教えてあげたじゃない!

 ルシアンの腕の中で女神を罵っていると、誰かが指先で俺の肩をつついた。

「えっと、ロイド……?」

 振り向くと、レイラ姉さんが後ろめたそうに、上目遣いで俺を見上げている。
 
「先に言っておけばよかったわね……これ……」

 そう言って、おずおずと取り出して見せたのは、見覚えのある小瓶。

女神ナヒーラの薬だから、どうせ碌なことにならないと思って……ロイドが眠ってる間にすり替えておいたの」
「へっ?」
「安心して、ロイドが持ってたのはただの水だから」

 ……っ、うわぁぁああっ!
 
 じゃあ俺は、今朝からずっと一人で何をやってたんだ……
 居たたまれなさに一気に顔が熱くなって、そのままルシアンの胸に顔を押しつけた。
 そんな俺をみて、女神が高笑いする。
 
 ――ほぉら、ポンコツ呼ばわりしたことを謝んなさいよ!

「……悪かったよ」

 ぼそっと呟くと、女神はまたケラケラと笑った。
 だが、次の瞬間、俺は両肩をものすごい力で掴まれた。

「ルシアン……っ?」

 藍色が冷たい光を放っている。
 ……えっと、何をそんなに怒ってるのかな?

「ロイド……どういうことか説明してもらおうか……」
「いや、たいしたことじゃ……」

 ――ほっほっほっ。その慌てっぷりから見て、その薬をルシアンに飲ませて、自分の記憶を消そうとしたようね。そうしてアシークの元へ行くなんて……心変わり?

「おいっ、適当なことを言うな! いや、ルシアン……心変わりとかじゃ……」
「ほぉ、あれだけ甘い夜を過ごしておいて、翌朝には私を捨てる気でいたとはな……」
「そんな……」
「でも、実際お前はアシークの所にいたわけだし……」

 ルシアンが拳を振り上げた。
 その目が怒りに燃えている。

「ロイドっ!」

 殴られるっ……!

 俺は、咄嗟に目を瞑って歯を食いしばった。
 仕方ない。俺が勝手に別れようとしたんだから。

 空気が凍りついた、その瞬間――

 俺は再び逞しい腕に抱きしめられていた。

「ルシアン……?」
「……バカ野郎……そんなに私が信じられないのか」

 掠れた声。
 その肩がかすかに震えている。
 
「勝手に決めるな。私の幸せは、私が決める」
「……ごめん」
「何があっても、お前と一緒に悩みたい。苦しみだって分けてくれ。そして一緒に乗り越えていけばいいんだ。そうやってもっとお前を知って、もっとお前を好きなりたい……」
「それって……」
「ロイド、お前と共に生きていきたいんだ」

 ああ、ルシアン!
 俺、やっぱりお前じゃなきゃダメみたいだ。


 ―― なんと、愚かな!


 突然、男神の声が神殿内に響き渡った。
 地面が激しく揺れ出し、祭壇上の女神像がぐらっと傾くのが見えた。

「危ないっ!」 

 ルシアンが俺を庇うように覆い被さったが、すぐに揺れは収まり、辺りは再び静けさを取り戻した。
 
 ――はっはっはっ! 実に愉快だ!
 ――ほんとね、私たちが人間にやり込められるなんて!
 
 神々の笑い声が神殿中に響き、また女神像がぐらぐら揺れ始める。
 もう危ないから、バカ笑いをやめてくれっ!

 神々はひとしきり笑った後で、

 ―― やはりお前たち姉弟を選んだことは正しかった。
 ―― ええ、人の弱さも、愛も、痛みも知る二人だから、この力を授けられる。

 神殿が眩しい光に包まれ、男神の重々しい声が響いた。

 ―― ロイド、お前の望みは何だ?

 俺の望みは、ただ一つ。

「この戦を終わらせることだ」

 ――レイラ、お前の望みは?

「弟を、ロイドを守ってほしい」

 姉さんが俺の手を取って、柔らかく微笑んだ。

「ロイドは人を愛することを知ってるもの。だから、私は信じられる……あなたが選ぶ道を」

 ああ、運命とか神の力とかどうでもいい。
 俺たちは、この手で王宮の腐敗を断ち、戦を終わらせよう。
 もうアシークに縋る必要もない。未来を照らす光は俺の中にあるんだ。
 そのことを信じればいい。
 
 ―― 承知した。そのために我らの力を使うが良い。
 ―― 欲がないわねぇ。まあ、がんばって。

 すると、ジェイがまたぽつりと一言。

「あーあ、結局、惚気のろけられただけじゃないか。でも、戦を終わらせるって……どうやって?」
 
 そうだよな。
 神の力ってどうやって使うんだ?
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