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第三章 ザハラ王国編
41 異国の伝説
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ザハラ国は、その美しさから砂漠に咲く花とも称される。
元はいくつかの部族がオアシスの周りに寄り集まってできた小さな国だった。信心深い彼らは、崇拝する神のためにオアシスの辺に祠を建て、美しい宝飾で飾った。それが始まりとなり、やがてザハラの民は見事な装飾品や芸術品を産み出すようになったのだ。
だが、神への宝物を創る技術は、いつしか無骨な武器を作るものとなり……戦争が始まった。
「……また、ここに戻ってくるなんて」
俺はそう呟くと、目の前に広がる光景を眺めた。
遠くから見るその国は、まるで蜃気楼のように揺らめいている。
あそこで起こったことすべてが、幻であればよかったのに……
白く塗られた建物の壁が陽光を受けて煌めくのは、その壁に精緻な石細工が施されているから。尖塔が囲む建物は神殿だ。そして、街を見下ろすように聳え立つ王宮が、黄金色に輝いている。
美しい国だ……でも、俺が知ってるのは闇の部分だけ。
馬の足を止めてザハラの街を眺めている間、背後では、護衛の騎士たちを乗せた馬が通り過ぎ、使節団を乗せたラクダの列が静かに進んでいた。
ラクダの背に据え付けられた輿の覆いが押し上げられ、セリーヌ夫人が顔を覗かせた。
「ロイド……大丈夫?」
俺は、夫人を心配させないように笑顔を返した。すると、
「私がついてますから、大丈夫ですよ」
隣で馬を並べていたルシアンが、俺の代わりにそう答えた。
俺たちを見て、セリーヌ夫人がふんわりと微笑んだ。
◇
巨大な砂岩で造られた門をくぐると、熱気と喧噪が一気に押し寄せてきた。
甘い果実の香り、香辛料をたっぷりと振りかけた肉の焼ける匂いが鼻をくすぐる。日焼けした肌を晒した商人たちがせわしなく声を張り上げ、その側では子どもたちが裸足で走り回っている。
「こんなに活気があるなんて……戦争があったなんて、もう遠い昔の話なのかな」
隣でカインが呟く。
だが、俺の目は、陽も差さない暗い路地の奥に吸い寄せられていた。
そこには、影のように沈む人々がいる……戦いの傷は、まだ癒えていない。
カインも彼らの姿に気づいたようだ。
「……物乞いか? でも、どこかザハラの民とは違ってるな」
すると、反対側からルシアンが答えた。
「彼らは奴隷だ。戦いに敗れ、他国から連れてこられた者たちだ」
「……っ、奴隷制なんてあるのかよ」
「ああ、もし私たちが負けていたら……ラクロスの民も、ああなっていたかもしれない」
ルシアンの言葉に、カインが唇を噛んだ。
ああ、もう戦なんてたくさんだ!
誰も戦わなくてすむ世の中になるように、何があってもザハラ国との停戦を取りつけなければ。
市場の喧騒を通り抜けると、大きな広場に行き当たった。その中央にある噴水は美しい装飾石板で彩られ、砂漠の真ん中とは思えないほど潤沢に水が流れていた。
「マントを脱いでも、やっぱり暑いな……」
少しでも涼しさを取り込もうと襟元を緩めると、急にカインが顔を赤らめた。
首元を指差して、何かしきりに訴えてくるけど……?
「なんだよ……首がどうしたって?」
「ロイド……その……首筋に残ってる」
俺の疑問に答えたのは、ルシアンだ。
「首筋に、口づけの跡が残ってるってさ」
「ええっ!?」
昨夜の名残? でも、今朝ルシアンに確認してもらった時は『大丈夫だ』って言ったじゃないか!
「ああ、私の愛がしっかり残ってるのを確かめた」
……大丈夫って、そういう意味かよ。
俺が慌てて襟元を直していると、ルシアンが余裕たっぷりに、カインを見てニヤリと笑った。
途端に、カインが悔しそうに視線を逸らす。
お前ら……さっきから俺を挟んで何をやってるんだよ。
少しずつ噴水へと近づいていくと、その周りには大勢の人々が集まっていた。
弦楽器や打楽器の音が響き、薄布を纏った舞姫たちが優雅に舞い踊っている。
「この曲……ザハラの民謡かな?」
カインの言う通り、異国の音楽に合わせて、男たちが喉を震わせて物語を歌っていた。
ーー 遠い昔、まだこの世界が始まったばかりの頃……
太陽の女神は、生命を育む光を与え
影を司る男神は、癒しと静けさを与えていた
女神は男神を求めて、影を照らそうとし
男神は女神を求めて、光に近づこうとした
だが、どれほど狂おしく求めても、光と影は重ならない
太陽は悲しみ、灼熱を降り注いで人々を苦しめ
影は嘆き、深い闇を広げて人々の心を孤独に陥れた
ああ、この世界は滅んでしまうのか!
その時、一人の王が神々に祈った
我の身体に宿りたまえ
さすれば、光と影は結ばれる
その悦びを、我が民に分け与えたまえ
一つになったその力で、我が民を守りたまえ
ナアム!
なんという悦び、これで貴方に触れられる!
ああ、なんという悦び、貴女をこの腕に抱けるとは!
神々はザハラに永遠の祝福を与えた
乾いた土地に水が湧き
砂塵から守られ
輝く碧玉が与えられた
ザハラの王は神に感謝し、民に命じた
子々孫々まで、太陽の女神を祀り
子々孫々まで、影の男神を祀ること
新しき王が生まれるたび、各々の力を王に捧げよ!
光は、影に重なり
影が、光に覆い被さる
二つの力が結ばれた時
大いなる祝福が訪れる……
「……これは、ザハラ国の言い伝えかな。こういうものは、だいたい真実を隠してたりするんだよな」
カインの何気ない言葉に、薄れかけた記憶が蘇った。
ああ、この曲は……
俺は、この歌を知っている。
あの狭い部屋で、朦朧としながらあいつに組み敷かれていた時。
どこからともなく聞こえてきた弦楽器の音に合わせて、誰かがこの曲を歌っていた。
その瞬間、あいつが動きを止めた。
(誰だ……誰が歌ってる!止めさせろ……今すぐ、そいつを斬り捨てろ!!)
その獰猛な怒り声と共に、その歌が唐突に途絶えた。
直後、微かに悲鳴のような声が響いて……それきり、何も聞こえなくなった。
沈黙の中、あいつは俺の背を強く抱きしめたまま、びくりとも動かなかった。
震えていた……いや、血の匂いに身震いしていたのは、俺の方だった。
いけない……思い出せば、また恐怖に飲み込まれてしまう。
この国の至るところに、まだ、あの頃の記憶が残っている……
「ロイド……」
不意に、俺の手に温かな手が重ねられた。
ハッとして顔を上げると、藍色の瞳が真っ直ぐに俺を見つめていた。
「……私がついている」
ルシアンは、いつだって俺が欲しい言葉をくれるんだ。
側にいてくれるだけで、こんなにも心強い……俺は、ようやく微笑むことができた。
「おい、ロイド、あれを見ろよ!」
急に、カインが明るい声を上げた。
「どうした?」
「あの舞姫たち、あれって剣舞だろ? あの剣捌き……すごいな!」
カインの視線の先で、紅い薄衣をまとった舞姫たちが歌に合わせて踊っていた。
顔は薄布のヴェールで覆われてよく見えないが、大ぶりの反り剣を軽々と操りながら優雅に舞っている。その身体つき、立ち姿、バランスの取れた筋肉……まるで騎士のような動き。
何だか、嫌な予感がしてきたぞ。
馬を近づけて、舞姫たちに目を凝らす。
一人は栗色の長髪を後ろで結え、もう一人は黄金色の短髪……?
ルシアンも同じように感じたらしく、俺の隣で目を凝らしている。
「なんだか、見覚えのあるような……」
「いや……気のせいだろう」
そうさ、気のせいだと信じたい!
すると、栗色の舞姫がチラリと俺を見て……顔を背けた?
そして、隣の黄金色の舞姫が、俺を見てギョッとして……危うく手にした剣を取り落としそうになった時、どこからともなく吹いてきた風がその剣を掬い上げた。剣は吸い寄せられるようにして、彼女の手に戻ってきた。
「今の……風魔法だよな?」
カインの呟きに、俺とルシアンが同時に反応した。
「まさかな……」
「ああ、どう見ても……」
「「ゼフィーとゾラ!だ」」
彼女たちはラクロス王族の護衛騎士だ。そして、彼女たちが護衛するのは……
更に目を凝らすと、二人の背後にもう一人、チンチクリンな舞姫がいて、こちらに背を向けてそろり足で逃げ出そうとしていた。その嫌でも目立つオレンジ色の髪は……もう、間違いない!
俺は両目を吊り上げて、怒鳴った。
「エリス!お前、そこで何をやってるんだ!」
◇
「「「エリスっ!!」」」
俺とルシアン、更には先を進んでいた親父どのまで戻ってきてエリスを囲んだ。
それでも、エリスは悪びれた様子もなく舌を出す。
「てへっ、来ちゃった……」
「俺は、ついて来るなって、そう言ったよな!」
そう言って睨めば、さすがのエリスもしゅんとなった。
「……お前たちも、いくら王族の命令とは言え、止められなかったのか?」
背後では親父どのが、ゼフィーとゾラに向かって呆れたような声を出している。
まあ、彼女たちに責任はないよな。王族に駄々をこねられたら、逆らえるはずもない。
だが、思いがけないことに、彼女たちが親父どのに声を上げた。
「いえ、私たちも納得してついて来たのです!」
「女だから大人しく待ってろと言われるのは、少し違うかなと……」
確かに、もし相手が王子だったら……いや、やっぱり大人しく待ってろって言ったと思うぞ?
俺はため息をついて、もう一度エリスに向き直った。
「それにしても……そんな格好で、どうするつもりだったんだ?」
「この一座が、王宮の宴で舞を披露するんですって。だから紛れ込んで、王宮に忍び込もうかなーって……」
「エリス!!」
無茶をするにも程がある……忍び込んで、自分でトビアスを探すつもりだったのか?
はあ……っ。
俺がまた深いため息をついたところへ、セリーヌ夫人が駆けて来た。
「殿下、早く私の輿に乗ってください!ここに殿下がいることが、ザハラ国側に知られたら……」
ああ、そうだ。サリーム王はエリスとの婚姻を停戦条件にしてるんだった。こんなところを見つかって、都合が良いとばかりにハーレムに放り込まれでもしたら、大変だ!
俺たちは慌ててエリスをラクダの背に放り込んだ。
でも、そうしたらセリーヌ夫人はどうするんだ?
「構わない、私の馬に乗せる」
「えっ?……えっ、きゃあああっ!」
親父どのがいきなり夫人を抱え上げて、自分の前に乗せてしまった。
だが、親父どのは、口元をきつく結んだまま、夫人に目を向けようともしない。一方、夫人は今にも茹で上がりそうなほど真っ赤になって俯いている。
ほら、見ろよ。エリスが来ると、何もかもがしっちゃかめっちゃかになってしまうんだ。
再び歩み出した俺たちの行手には、黄金のドームの形をしたザハラの宮殿が聳え立っていた。
元はいくつかの部族がオアシスの周りに寄り集まってできた小さな国だった。信心深い彼らは、崇拝する神のためにオアシスの辺に祠を建て、美しい宝飾で飾った。それが始まりとなり、やがてザハラの民は見事な装飾品や芸術品を産み出すようになったのだ。
だが、神への宝物を創る技術は、いつしか無骨な武器を作るものとなり……戦争が始まった。
「……また、ここに戻ってくるなんて」
俺はそう呟くと、目の前に広がる光景を眺めた。
遠くから見るその国は、まるで蜃気楼のように揺らめいている。
あそこで起こったことすべてが、幻であればよかったのに……
白く塗られた建物の壁が陽光を受けて煌めくのは、その壁に精緻な石細工が施されているから。尖塔が囲む建物は神殿だ。そして、街を見下ろすように聳え立つ王宮が、黄金色に輝いている。
美しい国だ……でも、俺が知ってるのは闇の部分だけ。
馬の足を止めてザハラの街を眺めている間、背後では、護衛の騎士たちを乗せた馬が通り過ぎ、使節団を乗せたラクダの列が静かに進んでいた。
ラクダの背に据え付けられた輿の覆いが押し上げられ、セリーヌ夫人が顔を覗かせた。
「ロイド……大丈夫?」
俺は、夫人を心配させないように笑顔を返した。すると、
「私がついてますから、大丈夫ですよ」
隣で馬を並べていたルシアンが、俺の代わりにそう答えた。
俺たちを見て、セリーヌ夫人がふんわりと微笑んだ。
◇
巨大な砂岩で造られた門をくぐると、熱気と喧噪が一気に押し寄せてきた。
甘い果実の香り、香辛料をたっぷりと振りかけた肉の焼ける匂いが鼻をくすぐる。日焼けした肌を晒した商人たちがせわしなく声を張り上げ、その側では子どもたちが裸足で走り回っている。
「こんなに活気があるなんて……戦争があったなんて、もう遠い昔の話なのかな」
隣でカインが呟く。
だが、俺の目は、陽も差さない暗い路地の奥に吸い寄せられていた。
そこには、影のように沈む人々がいる……戦いの傷は、まだ癒えていない。
カインも彼らの姿に気づいたようだ。
「……物乞いか? でも、どこかザハラの民とは違ってるな」
すると、反対側からルシアンが答えた。
「彼らは奴隷だ。戦いに敗れ、他国から連れてこられた者たちだ」
「……っ、奴隷制なんてあるのかよ」
「ああ、もし私たちが負けていたら……ラクロスの民も、ああなっていたかもしれない」
ルシアンの言葉に、カインが唇を噛んだ。
ああ、もう戦なんてたくさんだ!
誰も戦わなくてすむ世の中になるように、何があってもザハラ国との停戦を取りつけなければ。
市場の喧騒を通り抜けると、大きな広場に行き当たった。その中央にある噴水は美しい装飾石板で彩られ、砂漠の真ん中とは思えないほど潤沢に水が流れていた。
「マントを脱いでも、やっぱり暑いな……」
少しでも涼しさを取り込もうと襟元を緩めると、急にカインが顔を赤らめた。
首元を指差して、何かしきりに訴えてくるけど……?
「なんだよ……首がどうしたって?」
「ロイド……その……首筋に残ってる」
俺の疑問に答えたのは、ルシアンだ。
「首筋に、口づけの跡が残ってるってさ」
「ええっ!?」
昨夜の名残? でも、今朝ルシアンに確認してもらった時は『大丈夫だ』って言ったじゃないか!
「ああ、私の愛がしっかり残ってるのを確かめた」
……大丈夫って、そういう意味かよ。
俺が慌てて襟元を直していると、ルシアンが余裕たっぷりに、カインを見てニヤリと笑った。
途端に、カインが悔しそうに視線を逸らす。
お前ら……さっきから俺を挟んで何をやってるんだよ。
少しずつ噴水へと近づいていくと、その周りには大勢の人々が集まっていた。
弦楽器や打楽器の音が響き、薄布を纏った舞姫たちが優雅に舞い踊っている。
「この曲……ザハラの民謡かな?」
カインの言う通り、異国の音楽に合わせて、男たちが喉を震わせて物語を歌っていた。
ーー 遠い昔、まだこの世界が始まったばかりの頃……
太陽の女神は、生命を育む光を与え
影を司る男神は、癒しと静けさを与えていた
女神は男神を求めて、影を照らそうとし
男神は女神を求めて、光に近づこうとした
だが、どれほど狂おしく求めても、光と影は重ならない
太陽は悲しみ、灼熱を降り注いで人々を苦しめ
影は嘆き、深い闇を広げて人々の心を孤独に陥れた
ああ、この世界は滅んでしまうのか!
その時、一人の王が神々に祈った
我の身体に宿りたまえ
さすれば、光と影は結ばれる
その悦びを、我が民に分け与えたまえ
一つになったその力で、我が民を守りたまえ
ナアム!
なんという悦び、これで貴方に触れられる!
ああ、なんという悦び、貴女をこの腕に抱けるとは!
神々はザハラに永遠の祝福を与えた
乾いた土地に水が湧き
砂塵から守られ
輝く碧玉が与えられた
ザハラの王は神に感謝し、民に命じた
子々孫々まで、太陽の女神を祀り
子々孫々まで、影の男神を祀ること
新しき王が生まれるたび、各々の力を王に捧げよ!
光は、影に重なり
影が、光に覆い被さる
二つの力が結ばれた時
大いなる祝福が訪れる……
「……これは、ザハラ国の言い伝えかな。こういうものは、だいたい真実を隠してたりするんだよな」
カインの何気ない言葉に、薄れかけた記憶が蘇った。
ああ、この曲は……
俺は、この歌を知っている。
あの狭い部屋で、朦朧としながらあいつに組み敷かれていた時。
どこからともなく聞こえてきた弦楽器の音に合わせて、誰かがこの曲を歌っていた。
その瞬間、あいつが動きを止めた。
(誰だ……誰が歌ってる!止めさせろ……今すぐ、そいつを斬り捨てろ!!)
その獰猛な怒り声と共に、その歌が唐突に途絶えた。
直後、微かに悲鳴のような声が響いて……それきり、何も聞こえなくなった。
沈黙の中、あいつは俺の背を強く抱きしめたまま、びくりとも動かなかった。
震えていた……いや、血の匂いに身震いしていたのは、俺の方だった。
いけない……思い出せば、また恐怖に飲み込まれてしまう。
この国の至るところに、まだ、あの頃の記憶が残っている……
「ロイド……」
不意に、俺の手に温かな手が重ねられた。
ハッとして顔を上げると、藍色の瞳が真っ直ぐに俺を見つめていた。
「……私がついている」
ルシアンは、いつだって俺が欲しい言葉をくれるんだ。
側にいてくれるだけで、こんなにも心強い……俺は、ようやく微笑むことができた。
「おい、ロイド、あれを見ろよ!」
急に、カインが明るい声を上げた。
「どうした?」
「あの舞姫たち、あれって剣舞だろ? あの剣捌き……すごいな!」
カインの視線の先で、紅い薄衣をまとった舞姫たちが歌に合わせて踊っていた。
顔は薄布のヴェールで覆われてよく見えないが、大ぶりの反り剣を軽々と操りながら優雅に舞っている。その身体つき、立ち姿、バランスの取れた筋肉……まるで騎士のような動き。
何だか、嫌な予感がしてきたぞ。
馬を近づけて、舞姫たちに目を凝らす。
一人は栗色の長髪を後ろで結え、もう一人は黄金色の短髪……?
ルシアンも同じように感じたらしく、俺の隣で目を凝らしている。
「なんだか、見覚えのあるような……」
「いや……気のせいだろう」
そうさ、気のせいだと信じたい!
すると、栗色の舞姫がチラリと俺を見て……顔を背けた?
そして、隣の黄金色の舞姫が、俺を見てギョッとして……危うく手にした剣を取り落としそうになった時、どこからともなく吹いてきた風がその剣を掬い上げた。剣は吸い寄せられるようにして、彼女の手に戻ってきた。
「今の……風魔法だよな?」
カインの呟きに、俺とルシアンが同時に反応した。
「まさかな……」
「ああ、どう見ても……」
「「ゼフィーとゾラ!だ」」
彼女たちはラクロス王族の護衛騎士だ。そして、彼女たちが護衛するのは……
更に目を凝らすと、二人の背後にもう一人、チンチクリンな舞姫がいて、こちらに背を向けてそろり足で逃げ出そうとしていた。その嫌でも目立つオレンジ色の髪は……もう、間違いない!
俺は両目を吊り上げて、怒鳴った。
「エリス!お前、そこで何をやってるんだ!」
◇
「「「エリスっ!!」」」
俺とルシアン、更には先を進んでいた親父どのまで戻ってきてエリスを囲んだ。
それでも、エリスは悪びれた様子もなく舌を出す。
「てへっ、来ちゃった……」
「俺は、ついて来るなって、そう言ったよな!」
そう言って睨めば、さすがのエリスもしゅんとなった。
「……お前たちも、いくら王族の命令とは言え、止められなかったのか?」
背後では親父どのが、ゼフィーとゾラに向かって呆れたような声を出している。
まあ、彼女たちに責任はないよな。王族に駄々をこねられたら、逆らえるはずもない。
だが、思いがけないことに、彼女たちが親父どのに声を上げた。
「いえ、私たちも納得してついて来たのです!」
「女だから大人しく待ってろと言われるのは、少し違うかなと……」
確かに、もし相手が王子だったら……いや、やっぱり大人しく待ってろって言ったと思うぞ?
俺はため息をついて、もう一度エリスに向き直った。
「それにしても……そんな格好で、どうするつもりだったんだ?」
「この一座が、王宮の宴で舞を披露するんですって。だから紛れ込んで、王宮に忍び込もうかなーって……」
「エリス!!」
無茶をするにも程がある……忍び込んで、自分でトビアスを探すつもりだったのか?
はあ……っ。
俺がまた深いため息をついたところへ、セリーヌ夫人が駆けて来た。
「殿下、早く私の輿に乗ってください!ここに殿下がいることが、ザハラ国側に知られたら……」
ああ、そうだ。サリーム王はエリスとの婚姻を停戦条件にしてるんだった。こんなところを見つかって、都合が良いとばかりにハーレムに放り込まれでもしたら、大変だ!
俺たちは慌ててエリスをラクダの背に放り込んだ。
でも、そうしたらセリーヌ夫人はどうするんだ?
「構わない、私の馬に乗せる」
「えっ?……えっ、きゃあああっ!」
親父どのがいきなり夫人を抱え上げて、自分の前に乗せてしまった。
だが、親父どのは、口元をきつく結んだまま、夫人に目を向けようともしない。一方、夫人は今にも茹で上がりそうなほど真っ赤になって俯いている。
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