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前編
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「こんな、ちんちくりんが神様な訳がないと思ったか?」
「いや、ちんちくりんとまでは……」
「疑っているのは、間違っていないと」
結局、思っていることを当てられて、頷くしかなかった。目の前の男の子は、短く揃えられた紺色の髪に、グレーの袴と深緑色の着物。腕を組む姿は様になっている。でも、神様には見えない。
「一年前に前任者から引き継いだ、新米の神だからな。力が少なくて仕方なくこんな姿に……。早く巫女を探さなければ」
「あ、私、巫女のバイトのチラシを見て、ここに」
「あれも視えるのか。逸材だな」
子どもらしからぬ、不敵な笑い方に優月は後ずさりをした。彼の言い方からして、あのチラシも、人間でないものが視える者にしか認識出来ないのだろう。関わるのは、まずいかもしれない。
「ん、待て、話だけでも――うぐっ」
彼は、またしても着物に足を引っかけて、顔面から転んでしまった。むくりと起き上がったものの、顔を上げようとしない。顔を伏せたまま、言い訳のような早口が聞こえてきた。
「こ、これは、不慮の事故というやつで、俺の運動神経だとか、ドジだとか、そういうことじゃなくてだな。二度あることは、ってやつだ」
それだともう一度転ぶことになってしまうのでは。彼は、せっせと着物に付いた土を払っている。袖が破れていて、そこに足が引っかかってしまうようだった。
「……着物、直そうか?」
自称神様とはいえ、小さな子を無視していくのは、気がひける。着物も見て見ぬふりは落ち着かない。
「針と糸はある?」
「ああ、あるぞ。こっちだ」
彼について、社務所に入っていく。念のため、他にも妖などがいないか周囲に注意を払う。先に歩く彼が前を向いたまま言った。
「ここに変な奴らはいない。神の領域なのだから、な」
外から見るよりも広い社務所の中を歩いて、ある一室に案内された。
「わあ……!」
その部屋には、アンティークのミシンがあった。机と一体化したタイプの、足踏み式のミシン。おそらく五十年以上は経っているもので、値段だってかなりするもののはずだ。まさしく、憧れの品だ。
「あれを使ってもらって構わない」
「本当に!? あのミシン使っていいの?」
「ああ、昔ここにいた人間が置いていったものだ、自由に使ってくれ。それにしても、急にテンション上がったな」
「裁縫が趣味だから。おばあちゃんに教わって、けっこう色々出来るよ」
持ち歩いているお守りは、この祖母が作ってくれたものだった。もう十年以上使っているが、全くほつれたり、壊れたりはしていない。いつか、これほど長く使えるものを作ってみたい。
「着物も直せるのか?」
「昔はぬいぐるみの服を作ったりもしてたから、同じような感じで出来ると思う」
「俺はぬいぐるみか」
少々不服そうな声を出していたが、彼は着物を脱いで渡してきた。袴の形はそのままになっているので、何とも器用だ。着物の下には長襦袢を着ているから、このまま待つと言っていた。
優月は、わくわくを抑えきれず、ミシンに触れた。祖母ですら、こんなに立派なものは持っていなかった。糸は揃っていたし、試しに動かしてみたところ、動作も問題なさそうだ。
「よしっ」
ゆっくりと踵から足に力を入れていく。連動して、針が動き出す。優月はこの瞬間が大好きだった。何かが生まれるような特別な瞬間のように思っている。
彼は、後ろで黙って見ていた。気にはなるようだが、話かけてはいけないと思っているようだった。そわそわしている様子は子どもらしくて可愛い。
「いや、ちんちくりんとまでは……」
「疑っているのは、間違っていないと」
結局、思っていることを当てられて、頷くしかなかった。目の前の男の子は、短く揃えられた紺色の髪に、グレーの袴と深緑色の着物。腕を組む姿は様になっている。でも、神様には見えない。
「一年前に前任者から引き継いだ、新米の神だからな。力が少なくて仕方なくこんな姿に……。早く巫女を探さなければ」
「あ、私、巫女のバイトのチラシを見て、ここに」
「あれも視えるのか。逸材だな」
子どもらしからぬ、不敵な笑い方に優月は後ずさりをした。彼の言い方からして、あのチラシも、人間でないものが視える者にしか認識出来ないのだろう。関わるのは、まずいかもしれない。
「ん、待て、話だけでも――うぐっ」
彼は、またしても着物に足を引っかけて、顔面から転んでしまった。むくりと起き上がったものの、顔を上げようとしない。顔を伏せたまま、言い訳のような早口が聞こえてきた。
「こ、これは、不慮の事故というやつで、俺の運動神経だとか、ドジだとか、そういうことじゃなくてだな。二度あることは、ってやつだ」
それだともう一度転ぶことになってしまうのでは。彼は、せっせと着物に付いた土を払っている。袖が破れていて、そこに足が引っかかってしまうようだった。
「……着物、直そうか?」
自称神様とはいえ、小さな子を無視していくのは、気がひける。着物も見て見ぬふりは落ち着かない。
「針と糸はある?」
「ああ、あるぞ。こっちだ」
彼について、社務所に入っていく。念のため、他にも妖などがいないか周囲に注意を払う。先に歩く彼が前を向いたまま言った。
「ここに変な奴らはいない。神の領域なのだから、な」
外から見るよりも広い社務所の中を歩いて、ある一室に案内された。
「わあ……!」
その部屋には、アンティークのミシンがあった。机と一体化したタイプの、足踏み式のミシン。おそらく五十年以上は経っているもので、値段だってかなりするもののはずだ。まさしく、憧れの品だ。
「あれを使ってもらって構わない」
「本当に!? あのミシン使っていいの?」
「ああ、昔ここにいた人間が置いていったものだ、自由に使ってくれ。それにしても、急にテンション上がったな」
「裁縫が趣味だから。おばあちゃんに教わって、けっこう色々出来るよ」
持ち歩いているお守りは、この祖母が作ってくれたものだった。もう十年以上使っているが、全くほつれたり、壊れたりはしていない。いつか、これほど長く使えるものを作ってみたい。
「着物も直せるのか?」
「昔はぬいぐるみの服を作ったりもしてたから、同じような感じで出来ると思う」
「俺はぬいぐるみか」
少々不服そうな声を出していたが、彼は着物を脱いで渡してきた。袴の形はそのままになっているので、何とも器用だ。着物の下には長襦袢を着ているから、このまま待つと言っていた。
優月は、わくわくを抑えきれず、ミシンに触れた。祖母ですら、こんなに立派なものは持っていなかった。糸は揃っていたし、試しに動かしてみたところ、動作も問題なさそうだ。
「よしっ」
ゆっくりと踵から足に力を入れていく。連動して、針が動き出す。優月はこの瞬間が大好きだった。何かが生まれるような特別な瞬間のように思っている。
彼は、後ろで黙って見ていた。気にはなるようだが、話かけてはいけないと思っているようだった。そわそわしている様子は子どもらしくて可愛い。
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