新米神様とバイト巫女は、こいねがう

鈴木しぐれ

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後編

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 茉莉花も優月も帰った後、すっかり夜になった神社で、叶は疲れ果てていた。自室にあるソファで横たわっている。この小さな体ならソファでも横になるには充分事足りる。

「いねえと思ったら、こんなところにいたのか」
「――! ってなんだ、のぞむか。驚かせるな」
「なんだとはなんだ。せっかく友人が遊びに来てやったってのに」
「誰が友人だ。珍味を漁りに来るだけだろう」

 以前、優月にも話した陰の気を食べたがる、珍味好きの神が、目の前に立っている男だ。白髪、本人は銀髪と言っているが、その長い髪を高い位置で結い上げているから、覗き込まれると、毛先が当たって鬱陶しい。着物も派手なものを好むから、目がちかちかする。

 叶は仕方なくソファから身を起こした。まだ、体が重たい。

「そんなに力を消費してまで、薄紅色の娘と初対面にしてえのか」
「ほっとけ」
「ちんちくりんの見た目なのも、記憶を消すまで感情取るとか、馬鹿なことするからじゃねえか」
「ふんっ」

 叶は、手近にあった陰の気のガラス玉を望に向かって放り投げた。望はそれを片手でキャッチすると、そのまま口に放り込んだ。バリバリと氷を砕いて食べるような音がする。こんなものを食べるなんて、信じられない。まあ、浄化の仕事が減るから助かってはいるが。

「それにしても、薄紅の娘、いい感じに成長してたじゃねえか。人間の感覚で言うと、可愛いか? 綺麗か? まあ、お前の嫁には相応しい年頃だな」
「……優月をそんな風に見るな」
「ほお、あの娘は優月と言うのか。以前は頑なに名を教えようとしなかったのに、なあ?」

 墓穴を掘った。疲れていては、頭も回らない。望を適当にあしらうこともままならなくなっている。

 優月と会ったのは、バイトの募集の時が初めてではない。もっと前、叶が前任者の元で見習いをしていた頃、優月が五、六歳の頃。でもその記憶は、優月の中にはない。一年前、叶が神となった際に薄紅色のガラス玉の中に全て封じた。

「おおかた、木から落ちたあの娘どもを助けたのはお前だろ? だから薄紅の娘は忘れていた。でも依頼は叶えなきゃなんねえ。さらに力を使って、部分的に記憶を戻したってわけか、面倒なことをするもんだ」
「何故知っている」
「暇だったから、その辺で見物してた。まさか全く気付かなかったってのか」

 望の気配に気が付いてすらいなかった。それほど力を使ってしまっていたのか、それとも優月と再会して浮かれていたのか。後者の可能性が高いと考えて、叶はため息をついた。神として情けない。

「あの薄紅の娘がそんなに大事か?」
「ああ、何よりも」
「即答かよ」
「優月には幼い頃、何も知らずにした神との結婚の約束など、思い出さず、幸せになって欲しい」

 それでも優月を巫女として採用したのは、近年視える人間が極端に減り、力を蓄える方法が他になかったからだ。充分に回復すればその記憶も消すつもりだ。

「献身的だな。盲目的で、自己犠牲な愛だ。神らしくねえな」
「何とでも言え」

 いずれ全て消えるとしても、今だけは。

(了)
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