物書き屋~つくもがみものがたり~

鈴木しぐれ

文字の大きさ
35 / 42
六冊目 愛しい名前

愛しい名前―4

しおりを挟む



 電話から十分も立たずに、喫茶店に相談事を持ってきたと思われる三人の付喪神がやってきた。灯の姿を見ると、それぞれに軽く頭を下げた。灯は、片手を上げて店員を呼び寄せた。この喫茶店はマスターとこの店員の二人だけでやっているようだ。この女性店員はおそらく、人。

「今、来たやつらも知り合いなんだ。広いテーブルに移ってもいいか?」
「かしこまりました。では、こちらをどうぞ」
 店員は空いていた六人掛けのテーブルを手で示し、灯たちが飲んでいたコーヒーもそちらに運んだ。

「ありがとう」
 灯は柳を隣に座らせ、相談者たちを向かいに座るよう促した。

「俺のことは知っているようだから、改めて自己紹介する必要はないな。隣のこいつは柳。まあ、助手みたいなものだと思ってくれればいい」
「柳と申します。皆さんのお力になれればと思います」
 柳が簡単な自己紹介と共に頭を下げると、向こうもそれに応えて会釈をした。そして、真ん中に座っていた男性の付喪神が口を開いた。

「協力、感謝する。僕は、絵巻物の付喪神だ。普段は博物館で保管、展示されていて――」
「メガネって呼んだらいいわよ」
 彼の左隣に座っていた女性の付喪神が口を挟んだ。

「あ、私は打掛の付喪神よ。メガネと同じく博物館暮らし。で、あっちのが」
「鎧の付喪神だ! よろしく! お願い申し上げる!」
 右側に座っていた体格のいい男性からは、その見た目に違わぬ、力強い声が発せられ、そのあまりの音量に柳はのけ反ってしまった。その反応に、打掛の彼女がくすりと笑った。

「ごめんね、声はバカでかいけど、悪いやつではないのよ、ね?」
「ああ」
 メガネを中指で押し上げながら、絵巻物の彼が頷いた。一通り自己紹介を聞いたところで、灯が問いかける。

「それで、相談の内容を聞かせてくれるか」
「俺が! 話そうではないか! 実は」
「もう、あんたじゃ、うるさすぎて話が入ってこないわ。私が話す」
 うるさいと怒られた方は、しゅんとして肩を丸めた。絵巻物の彼がその背中を優しく叩き、慰める。意外と打たれ弱いようだ。

「ここ最近――確か二十年くらい前に博物館に仲間入りしたのがいるんだけど、ずっと誰かを探してるみたいなのよ」
「僕らがどうしたのか聞いてみても、曖昧に微笑むだけだ。代わりに探してみようにも、開化してないからそいつの声は聞こえない。手がかりもなく、どうしたものかと」
 彼らの話を聞いて、柳は自分の能力が役に立てるのではないかと思い、灯を見やる。しかし、灯はゆるく首を振って柳を止める。

「そいつは本当に探し人を見つけて欲しがっているのか?」
「分からん! まずそこから知りたいのだ!」
 鎧の彼が、思わず声をあげてしまったというように、手で口を覆った。今度は彼女も含め、誰も咎める者はいなかった。

「そう。私たちが力になれることなのか、そもそもそこから知りたいのよ。状態から見て、割と年数は経っていると思うから、何か調べられないかしら?」
 灯は顎に手を当てて、考え込んでいる。柳は、彼らと灯を交互に見やって、そっと話しかける。

「灯さん、調べてみませんか。私も役に立てると思いますし」
「……そうだな。本部に戻れば調べることも出来る。だが、まずはそいつに会ってみるべきだな」
「ありがとう! ございます!!」
 圧の強い感謝を受け取ったところで、灯に続いてそこにいた者たちが立ち上がり、博物館へと向かう準備をする。打掛の彼女が、思い出したように声を上げた。

「あっ」
「どうかしたか?」
「これ、使って。博物館の関係者だっていうパスよ」
 首から下げるための幅の広い紐がついた、パスケースのようなものが手渡された。関係者、という文字と共に、麻木あさぎという職員の名前が書かれていた。

「なんだ、人を巻き込んでいるのか? この麻木とかいうやつ、大丈夫なんだろうな」
 灯が怪訝そうに目を細めて、パスをつまみあげる。打掛の彼女が、腕を組んで少し頬を膨らませた。

「大丈夫に決まってるわよ。だって、麻木って私のことだもの」
「え! 博物館で働いているんですか?」
 柳は手に持ったパスと目の前の彼女とを、何度も驚きの目で見比べた。柳のその様子に少し機嫌を直した彼女は、得意気に説明を始めた。

「そうよ。どうせ暇だし、面接受けてみたら通ったのよ。博物館の事務職員として働いてるわ。麻木って名前は、打掛の色が浅葱あさぎ色だから付けたの」
「そうなんですか。凄いですね」
 純粋に尊敬の目を向ける柳に対して、灯はパスについた紐に指を通してくるくると回しながら、揶揄するような笑みを浮かべた。

「これはまた、面白い趣味だな」
「あなたも同じようなものじゃない」
 打掛の彼女の返しに、灯は口元の笑みをそのままに答えた。

「人間のルールの中で働くなんて、俺には無理だな」
「そう。ほら、博物館に行くんでしょう。案内するわよ、このメガネが」
「あ、僕? まあ、いいけど」

 店を出ようとして、何も注文していなかったことに気づいた彼らは、コーヒーをテイクアウトで頼み、マスターに礼を添えてから、改めて博物館へと向かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

烏の王と宵の花嫁

水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。 唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。 その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。 ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。 死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。 ※初出2024年7月

皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜

菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。 まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。 なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに! この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

後宮なりきり夫婦録

石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」 「はあ……?」 雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。 あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。 空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。 かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。 影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。 サイトより転載になります。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

竜華族の愛に囚われて

澤谷弥(さわたに わたる)
キャラ文芸
近代化が進む中、竜華族が竜結界を築き魑魅魍魎から守る世界。 五芒星の中心に朝廷を据え、木竜、火竜、土竜、金竜、水竜という五柱が結界を維持し続けている。 これらの竜を世話する役割を担う一族が竜華族である。 赤沼泉美は、異能を持たない竜華族であるため、赤沼伯爵家で虐げられ、女中以下の生活を送っていた。 新月の夜、異能の暴走で苦しむ姉、百合を助けるため、母、雅代の命令で月光草を求めて竜尾山に入ったが、魔魅に襲われ絶体絶命。しかし、火宮公爵子息の臣哉に救われた。 そんな泉美が気になる臣哉は、彼女の出自について調べ始めるのだが――。 ※某サイトの短編コン用に書いたやつ。

耽溺愛ークールな准教授に拾われましたー

汐埼ゆたか
キャラ文芸
准教授の藤波怜(ふじなみ れい)が一人静かに暮らす一軒家。 そこに迷い猫のように住み着いた女の子。 名前はミネ。 どこから来たのか分からない彼女は、“女性”と呼ぶにはあどけなく、“少女”と呼ぶには美しい ゆるりと始まった二人暮らし。 クールなのに優しい怜と天然で素直なミネ。 そんな二人の間に、目には見えない特別な何かが、静かに、穏やかに降り積もっていくのだった。 ***** ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。 ※他サイト掲載

処理中です...