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六冊目 愛しい名前
愛しい名前―4
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電話から十分も立たずに、喫茶店に相談事を持ってきたと思われる三人の付喪神がやってきた。灯の姿を見ると、それぞれに軽く頭を下げた。灯は、片手を上げて店員を呼び寄せた。この喫茶店はマスターとこの店員の二人だけでやっているようだ。この女性店員はおそらく、人。
「今、来たやつらも知り合いなんだ。広いテーブルに移ってもいいか?」
「かしこまりました。では、こちらをどうぞ」
店員は空いていた六人掛けのテーブルを手で示し、灯たちが飲んでいたコーヒーもそちらに運んだ。
「ありがとう」
灯は柳を隣に座らせ、相談者たちを向かいに座るよう促した。
「俺のことは知っているようだから、改めて自己紹介する必要はないな。隣のこいつは柳。まあ、助手みたいなものだと思ってくれればいい」
「柳と申します。皆さんのお力になれればと思います」
柳が簡単な自己紹介と共に頭を下げると、向こうもそれに応えて会釈をした。そして、真ん中に座っていた男性の付喪神が口を開いた。
「協力、感謝する。僕は、絵巻物の付喪神だ。普段は博物館で保管、展示されていて――」
「メガネって呼んだらいいわよ」
彼の左隣に座っていた女性の付喪神が口を挟んだ。
「あ、私は打掛の付喪神よ。メガネと同じく博物館暮らし。で、あっちのが」
「鎧の付喪神だ! よろしく! お願い申し上げる!」
右側に座っていた体格のいい男性からは、その見た目に違わぬ、力強い声が発せられ、そのあまりの音量に柳はのけ反ってしまった。その反応に、打掛の彼女がくすりと笑った。
「ごめんね、声はバカでかいけど、悪いやつではないのよ、ね?」
「ああ」
メガネを中指で押し上げながら、絵巻物の彼が頷いた。一通り自己紹介を聞いたところで、灯が問いかける。
「それで、相談の内容を聞かせてくれるか」
「俺が! 話そうではないか! 実は」
「もう、あんたじゃ、うるさすぎて話が入ってこないわ。私が話す」
うるさいと怒られた方は、しゅんとして肩を丸めた。絵巻物の彼がその背中を優しく叩き、慰める。意外と打たれ弱いようだ。
「ここ最近――確か二十年くらい前に博物館に仲間入りしたのがいるんだけど、ずっと誰かを探してるみたいなのよ」
「僕らがどうしたのか聞いてみても、曖昧に微笑むだけだ。代わりに探してみようにも、開化してないからそいつの声は聞こえない。手がかりもなく、どうしたものかと」
彼らの話を聞いて、柳は自分の能力が役に立てるのではないかと思い、灯を見やる。しかし、灯はゆるく首を振って柳を止める。
「そいつは本当に探し人を見つけて欲しがっているのか?」
「分からん! まずそこから知りたいのだ!」
鎧の彼が、思わず声をあげてしまったというように、手で口を覆った。今度は彼女も含め、誰も咎める者はいなかった。
「そう。私たちが力になれることなのか、そもそもそこから知りたいのよ。状態から見て、割と年数は経っていると思うから、何か調べられないかしら?」
灯は顎に手を当てて、考え込んでいる。柳は、彼らと灯を交互に見やって、そっと話しかける。
「灯さん、調べてみませんか。私も役に立てると思いますし」
「……そうだな。本部に戻れば調べることも出来る。だが、まずはそいつに会ってみるべきだな」
「ありがとう! ございます!!」
圧の強い感謝を受け取ったところで、灯に続いてそこにいた者たちが立ち上がり、博物館へと向かう準備をする。打掛の彼女が、思い出したように声を上げた。
「あっ」
「どうかしたか?」
「これ、使って。博物館の関係者だっていうパスよ」
首から下げるための幅の広い紐がついた、パスケースのようなものが手渡された。関係者、という文字と共に、麻木という職員の名前が書かれていた。
「なんだ、人を巻き込んでいるのか? この麻木とかいうやつ、大丈夫なんだろうな」
灯が怪訝そうに目を細めて、パスをつまみあげる。打掛の彼女が、腕を組んで少し頬を膨らませた。
「大丈夫に決まってるわよ。だって、麻木って私のことだもの」
「え! 博物館で働いているんですか?」
柳は手に持ったパスと目の前の彼女とを、何度も驚きの目で見比べた。柳のその様子に少し機嫌を直した彼女は、得意気に説明を始めた。
「そうよ。どうせ暇だし、面接受けてみたら通ったのよ。博物館の事務職員として働いてるわ。麻木って名前は、打掛の色が浅葱色だから付けたの」
「そうなんですか。凄いですね」
純粋に尊敬の目を向ける柳に対して、灯はパスについた紐に指を通してくるくると回しながら、揶揄するような笑みを浮かべた。
「これはまた、面白い趣味だな」
「あなたも同じようなものじゃない」
打掛の彼女の返しに、灯は口元の笑みをそのままに答えた。
「人間のルールの中で働くなんて、俺には無理だな」
「そう。ほら、博物館に行くんでしょう。案内するわよ、このメガネが」
「あ、僕? まあ、いいけど」
店を出ようとして、何も注文していなかったことに気づいた彼らは、コーヒーをテイクアウトで頼み、マスターに礼を添えてから、改めて博物館へと向かった。
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