リュッ君と僕と

時波ハルカ

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四日目

坑内軌道

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 仮面の影が、トロッコ列車の上から、ぶら下がったユウキを見下ろしている。

 半分に欠けた仮面から、冷たく、感情の無いその目で、瞬き一つせず見つめている。

 木のやぐらで組まれた軌道から、落ちそうになっているトロッコ列車にしがみついたユウキは、その顔から目を離せなかった。

 黒い粒子が形造るその顔は、自分の顔にそっくりだった。

 軌道車両の先頭に足をかけた仮面の影が、ゆっくり前かがみになってユウキの顔を覗き込み、その顔に手を伸ばして来た。指先がしなって伸びて、見上げるユウキのおでこに近づいていく。車体から落ちないようにしがみ付いているユウキは、近づいてくる指先を眩しそうに見つめ、目を伏せていった。

 ガアアアアア!

 突然響いた叫び声と共に、仮面の影の体が、首筋からくの字に折れて横殴りに吹き飛んだ。そして、そのシルエットと入れ替わるように巨大な白いランスロットの体が目の前を通り過ぎた。

 仮面の影に飛びかかり、その上にのしかかるランスロット。軋みを上げる軌道レールのやぐらに押さえつけ、その鋭い歯を突き立てた。仮面の影は抵抗を試みるかのように暴れるが、ランスロットの力に組み伏せられて次第に動きを止めていった。

 ユウキは、頭上で仮面の影を組み伏せ襲いかかるランスロットの姿を、その場所から見上げていた。

「ラ…ランスロット…」

 呟くようにユウキが名前を呼んだ。しかしランスロットは、その声が届いていないかのように、仮面の影を貪るように組み伏せて行った。その様子に身をすくませたユウキが、堪らず大声で叫んだ。

「ランスロット!」

 ランスロットの動きがビタッと止まった。フーフーと息を上げるランスロットの体がゆらりと起き上がり、体を捻ると、ゆっくりユウキのほうに向いた。

 その口には仮面の影の体が咥えられていた。 
  
 力を失ったかの様にランスロットの口にぶら下がったその姿は、だらんと両手が垂れ、仮面はくずれて無くなり、その顔は、口も目も見開かれて、表情も無く虚空を見つめている。その目がユウキの方を向いた瞬間、その体は四散して千切れ、ザラザラと崩れて消えて行った。

 苦しそうに息を上げるランスロット。背中が呼吸で大きく上下して、食いしばった歯から激しく吐息が漏れていた。左のまぶたの上にも焼け付くような焦げが広がり、満足に目が開いていないようだ。その他にも、のっそりと立ち上がったその体には、以前にも増して、あの、赤黒い染みが広がっていた。焦げたように変色したその場所から黒い粒子がチリチリと微かな音を立てて拡散している。ヨタヨタと体に引きずる様にユウキの方に近づいてくると、グルルルル…と喉を鳴らして、顔を前に出した。

 ゆっくり近付いてくるランスロットを怯えたような、泣きそうな目で見つめるユウキ。そんなユウキを潤んだ目で見つめるランスロット。再び喉を鳴らして前に出ようとしたその時、

 オオオオーン…

 と甲高く響く遠吠えのような声が聞こえた。

 ユウキがぶら下がっている坑道裂け目の頭上、遥か高い場所から聞こえてくるその声、トロッコに捕まって、坑道の上のほう見上げているユウキは、組み上げられた木のやぐらの上に、黒く大きな塊が、こちらの方を向いているのが見えた。ユウキを見ていたランスロットが、その視線に気付くと、ユウキが見ている視線の先を伺うように肩越し振り返った。

 柱の上にいた黒い影は、のっそりと体を持ち上げると、四つ足で立ち上がってユウキ達の方を伺った。そして、体をしなやかに折り曲げると、ヒラリとジャンプをして、組み上げられた柱と岩棚をスベるように降りて来た。構え直すランスロット。頭上から襲いかかったその影は、体重を乗せて、ランスロットの体にその鋭い牙を突き立てた。

 ゴガアアアア!

 両者が絡みつき、もんどり打って転げまわる。やぐらの柱が折れて崩れて、ぶら下がったトロッコ列車がガクンと下に落ちていった。

「うわああ!」
 トロッコが傾き、ズリ落ちた反動で手を離したユウキが、空中に放り出された。連結から外れたトロッコが、やぐらの下の、坑道の裂け目に、破片とともに落ちていく。

「うききっ!」

 落ちて行きそうになったユウキの体を、影猿の手が支えた。その瞬間、ユウキも手を伸ばして、傾いて軋みを上げる軌道レールのやぐらにかろうじて引っかかった。空中にぶら下がるユウキと影猿。やぐらの上では白色と黒色の巨体が転がるように争い合っていたが、やがてランスロットは上空から襲ってきた黒い影に組み伏せられた。

 やぐらが大きく傾いで軋みを上げる。ぶら下がったユウキが顔を上げて、ランスロット達の方を見上げた。

 ランスロットを組み伏せた影が、鎌首を上げてゆっくりとユウキ達の方に顔を向ける。

 その姿は、黒い粒子をまとってはいたが、まるで、ランスロットそのものにユウキには見えた。

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