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冬~婚約成立
2. デート
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エリサはジョフリーの休みのたびにデートを重ねている。話題作りのために、人目のあるところへと出向くのは疲れるが、それも契約の一部だと割り切っている。
「この店のケーキがご令嬢に人気だそうだよ」
「美味しいものは、どんなものでも楽しみですわ」
お忍びで訪れる貴族のために、人目を避けた席も用意されているカフェに案内されたが、どうせ入り口で目撃されるのに、席だけ隠す意味がいまいち理解できない。本当に人目を避けたいなら、店そのものを屋敷に呼ぶだろうし、どういう層に需要があるのだろうか。疑問に思っていると、ジョフリーが正解を教えてくれた。
「ミシェルによると、人目を避けて忍んで会っている、その雰囲気で盛り上がるらしいよ」
「駆け引きがお上手な方ですねえ」
思わず本音が出てしまったが、そうやって何人の女性を泣かせたことやら。ジョフリーとエリサのデートは全てミシェル監修だ。目的はただ一つ、仲の良さをアピールすることなので、人目についてうわさになりやすいところが選ばれている。そういうことにかけては、ミシェルの右に出る者はいないだろう。
ただ、このデートのせいで、ジョフリーには少し不名誉なうわさが出回ってしまっているのだが、エリサは知らない。そのうわさとは、「新しくできた恋人に入れ込んでいるジョフリーが、恋人が喜びそうなところを片っ端から訪れている」というものだ。ここのところ目立った恋のうわさのなかった辺境伯次男の変わり様に、同僚の騎士たちも含め、やっかみ半分でからかっているのだ。
そしてついに、婚約に向けてジョフリーの家族、つまり辺境伯家を訪れる日がやってきた。身体が固まっているのは、寒さだけでなく緊張のせいだ。
ジョフリーはエリサの令嬢らしからぬところを知っているから緊張することもなかったが、辺境伯家の方々は違う。エリサから偽装結婚を持ち掛けたことは、家族にも言っていないとジョフリーには聞いている。窮地にある令嬢を助けるためにミシェルから紹介されたことにしてくれているのだ。
「エリサ、今日は黙っているのよ。いいわね」
「はい、お母様」
「大丈夫だよ。エリサちゃんはモルビエ伯爵夫人にも褒められたんでしょう?」
「そうですが、それは黙って座っていればです。しゃべってはいけません」
黙って座っている、あるいは黙って立っているその姿勢は褒められた。これにはおそらく前世のクラシックバレエを習っていた経験が生きている。背筋を伸ばして、デコルテを広く見せる。舞台で魅せるための身体の使い方は、この世界でも活かされている。ただし、動き出すと粗が見えてしまうので、止まっているときだけだ。
前世の経験でダンスが得意かというと、そうでもない。ダンスの講師には、自分から動きすぎだと注意を受けてしまった。二人で踊るということに慣れていないので、つい自分から動き始めてしまう。貴族のダンスは、男性のリードに身を任せ、その中で美しく動くもの。自分から跳んで回って足を上げるバレエの経験は、むしろ邪魔になる。ただ、リズム感だけはよいと褒められたので、練習あるのみだ。
そして会話に関しては、モルビエ伯爵夫人からコメントを避けられてしまった。
言葉使いは問題ないものの、会話の内容がそもそもダメなのだ。奥ゆかしく、明言は避けて、相手を立てて、などと言われると、エリサは天気の話以外できなくなる。それは前世の記憶による価値観のずれがもたらすものなので、今から短い期間で習得できるものでもない。夜会では、エリサが単独で話をしなければならない状況を避けるしかないだろう。
モルビエ伯爵夫妻とともに一家そろって訪問した辺境伯邸では、辺境伯夫妻、次期辺境伯夫妻がそろって出迎えてくれた。エリサが養女となるモルビエ伯爵が代表して挨拶をしてくれたが、エリサを含めクレッソン男爵家の面々はお屋敷の荘厳さや豪華さに気圧され、雰囲気にのまれてしまっている。
そんなエリサに気づいて、ジョフリーがそっと肩に触れてエスコートしてくれた。
「エリサ嬢、そんなに気負わないで。今日は気楽な顔合わせです」
「……」
しゃべるなと言われているので、ただ黙って微笑んだ。笑ってごまかすのは得意だ。笑顔が不自然にならないようにだけ気をつけていればいい。
けれどジョフリーに軽く触れられ、少し気分が落ち着いたのも事実だ。ここ最近のデートで何度も助けてもらったので、安心感がある。ジョフリーとの距離にも慣れた。任せておけば大丈夫。そう信頼できるくらいの関係は築けている。そう思うと、浮かべる笑みも自然なものになる。
エリサの力が抜けたのが分かったのか、ジョフリーはエリサの耳に顔を近づけ、ドレスを褒めた。
「今日のドレスも素敵です」
「……」
「もしかして、今日は全くしゃべらないつもりですか?」
小さく頷いたエリサを見てくすくすと笑うジョフリー、それに恥ずかしそうに俯くエリサを、みなが意外そうに見ている。ここに至る経緯を考えると、もっとドライな関係なのだと思っていたが、二人の醸し出す雰囲気がとても穏やかなので、これは二人にとっても良縁のようだと、安堵していた。
「この店のケーキがご令嬢に人気だそうだよ」
「美味しいものは、どんなものでも楽しみですわ」
お忍びで訪れる貴族のために、人目を避けた席も用意されているカフェに案内されたが、どうせ入り口で目撃されるのに、席だけ隠す意味がいまいち理解できない。本当に人目を避けたいなら、店そのものを屋敷に呼ぶだろうし、どういう層に需要があるのだろうか。疑問に思っていると、ジョフリーが正解を教えてくれた。
「ミシェルによると、人目を避けて忍んで会っている、その雰囲気で盛り上がるらしいよ」
「駆け引きがお上手な方ですねえ」
思わず本音が出てしまったが、そうやって何人の女性を泣かせたことやら。ジョフリーとエリサのデートは全てミシェル監修だ。目的はただ一つ、仲の良さをアピールすることなので、人目についてうわさになりやすいところが選ばれている。そういうことにかけては、ミシェルの右に出る者はいないだろう。
ただ、このデートのせいで、ジョフリーには少し不名誉なうわさが出回ってしまっているのだが、エリサは知らない。そのうわさとは、「新しくできた恋人に入れ込んでいるジョフリーが、恋人が喜びそうなところを片っ端から訪れている」というものだ。ここのところ目立った恋のうわさのなかった辺境伯次男の変わり様に、同僚の騎士たちも含め、やっかみ半分でからかっているのだ。
そしてついに、婚約に向けてジョフリーの家族、つまり辺境伯家を訪れる日がやってきた。身体が固まっているのは、寒さだけでなく緊張のせいだ。
ジョフリーはエリサの令嬢らしからぬところを知っているから緊張することもなかったが、辺境伯家の方々は違う。エリサから偽装結婚を持ち掛けたことは、家族にも言っていないとジョフリーには聞いている。窮地にある令嬢を助けるためにミシェルから紹介されたことにしてくれているのだ。
「エリサ、今日は黙っているのよ。いいわね」
「はい、お母様」
「大丈夫だよ。エリサちゃんはモルビエ伯爵夫人にも褒められたんでしょう?」
「そうですが、それは黙って座っていればです。しゃべってはいけません」
黙って座っている、あるいは黙って立っているその姿勢は褒められた。これにはおそらく前世のクラシックバレエを習っていた経験が生きている。背筋を伸ばして、デコルテを広く見せる。舞台で魅せるための身体の使い方は、この世界でも活かされている。ただし、動き出すと粗が見えてしまうので、止まっているときだけだ。
前世の経験でダンスが得意かというと、そうでもない。ダンスの講師には、自分から動きすぎだと注意を受けてしまった。二人で踊るということに慣れていないので、つい自分から動き始めてしまう。貴族のダンスは、男性のリードに身を任せ、その中で美しく動くもの。自分から跳んで回って足を上げるバレエの経験は、むしろ邪魔になる。ただ、リズム感だけはよいと褒められたので、練習あるのみだ。
そして会話に関しては、モルビエ伯爵夫人からコメントを避けられてしまった。
言葉使いは問題ないものの、会話の内容がそもそもダメなのだ。奥ゆかしく、明言は避けて、相手を立てて、などと言われると、エリサは天気の話以外できなくなる。それは前世の記憶による価値観のずれがもたらすものなので、今から短い期間で習得できるものでもない。夜会では、エリサが単独で話をしなければならない状況を避けるしかないだろう。
モルビエ伯爵夫妻とともに一家そろって訪問した辺境伯邸では、辺境伯夫妻、次期辺境伯夫妻がそろって出迎えてくれた。エリサが養女となるモルビエ伯爵が代表して挨拶をしてくれたが、エリサを含めクレッソン男爵家の面々はお屋敷の荘厳さや豪華さに気圧され、雰囲気にのまれてしまっている。
そんなエリサに気づいて、ジョフリーがそっと肩に触れてエスコートしてくれた。
「エリサ嬢、そんなに気負わないで。今日は気楽な顔合わせです」
「……」
しゃべるなと言われているので、ただ黙って微笑んだ。笑ってごまかすのは得意だ。笑顔が不自然にならないようにだけ気をつけていればいい。
けれどジョフリーに軽く触れられ、少し気分が落ち着いたのも事実だ。ここ最近のデートで何度も助けてもらったので、安心感がある。ジョフリーとの距離にも慣れた。任せておけば大丈夫。そう信頼できるくらいの関係は築けている。そう思うと、浮かべる笑みも自然なものになる。
エリサの力が抜けたのが分かったのか、ジョフリーはエリサの耳に顔を近づけ、ドレスを褒めた。
「今日のドレスも素敵です」
「……」
「もしかして、今日は全くしゃべらないつもりですか?」
小さく頷いたエリサを見てくすくすと笑うジョフリー、それに恥ずかしそうに俯くエリサを、みなが意外そうに見ている。ここに至る経緯を考えると、もっとドライな関係なのだと思っていたが、二人の醸し出す雰囲気がとても穏やかなので、これは二人にとっても良縁のようだと、安堵していた。
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