魔法陣に浮かぶ恋

戌葉

文字の大きさ
23 / 77
冬~婚約成立

2. デート

しおりを挟む
 エリサはジョフリーの休みのたびにデートを重ねている。話題作りのために、人目のあるところへと出向くのは疲れるが、それも契約の一部だと割り切っている。

「この店のケーキがご令嬢に人気だそうだよ」
「美味しいものは、どんなものでも楽しみですわ」

 お忍びで訪れる貴族のために、人目を避けた席も用意されているカフェに案内されたが、どうせ入り口で目撃されるのに、席だけ隠す意味がいまいち理解できない。本当に人目を避けたいなら、店そのものを屋敷に呼ぶだろうし、どういう層に需要があるのだろうか。疑問に思っていると、ジョフリーが正解を教えてくれた。

「ミシェルによると、人目を避けて忍んで会っている、その雰囲気で盛り上がるらしいよ」
「駆け引きがお上手な方ですねえ」

 思わず本音が出てしまったが、そうやって何人の女性を泣かせたことやら。ジョフリーとエリサのデートは全てミシェル監修だ。目的はただ一つ、仲の良さをアピールすることなので、人目についてうわさになりやすいところが選ばれている。そういうことにかけては、ミシェルの右に出る者はいないだろう。

 ただ、このデートのせいで、ジョフリーには少し不名誉なうわさが出回ってしまっているのだが、エリサは知らない。そのうわさとは、「新しくできた恋人に入れ込んでいるジョフリーが、恋人が喜びそうなところを片っ端から訪れている」というものだ。ここのところ目立った恋のうわさのなかった辺境伯次男の変わり様に、同僚の騎士たちも含め、やっかみ半分でからかっているのだ。


 そしてついに、婚約に向けてジョフリーの家族、つまり辺境伯家を訪れる日がやってきた。身体が固まっているのは、寒さだけでなく緊張のせいだ。
 ジョフリーはエリサの令嬢らしからぬところを知っているから緊張することもなかったが、辺境伯家の方々は違う。エリサから偽装結婚を持ち掛けたことは、家族にも言っていないとジョフリーには聞いている。窮地にある令嬢を助けるためにミシェルから紹介されたことにしてくれているのだ。

「エリサ、今日は黙っているのよ。いいわね」
「はい、お母様」
「大丈夫だよ。エリサちゃんはモルビエ伯爵夫人にも褒められたんでしょう?」
「そうですが、それは黙って座っていればです。しゃべってはいけません」

 黙って座っている、あるいは黙って立っているその姿勢は褒められた。これにはおそらく前世のクラシックバレエを習っていた経験が生きている。背筋を伸ばして、デコルテを広く見せる。舞台で魅せるための身体の使い方は、この世界でも活かされている。ただし、動き出すと粗が見えてしまうので、止まっているときだけだ。
 前世の経験でダンスが得意かというと、そうでもない。ダンスの講師には、自分から動きすぎだと注意を受けてしまった。二人で踊るということに慣れていないので、つい自分から動き始めてしまう。貴族のダンスは、男性のリードに身を任せ、その中で美しく動くもの。自分から跳んで回って足を上げるバレエの経験は、むしろ邪魔になる。ただ、リズム感だけはよいと褒められたので、練習あるのみだ。

 そして会話に関しては、モルビエ伯爵夫人からコメントを避けられてしまった。
 言葉使いは問題ないものの、会話の内容がそもそもダメなのだ。奥ゆかしく、明言は避けて、相手を立てて、などと言われると、エリサは天気の話以外できなくなる。それは前世の記憶による価値観のずれがもたらすものなので、今から短い期間で習得できるものでもない。夜会では、エリサが単独で話をしなければならない状況を避けるしかないだろう。


 モルビエ伯爵夫妻とともに一家そろって訪問した辺境伯邸では、辺境伯夫妻、次期辺境伯夫妻がそろって出迎えてくれた。エリサが養女となるモルビエ伯爵が代表して挨拶をしてくれたが、エリサを含めクレッソン男爵家の面々はお屋敷の荘厳さや豪華さに気圧され、雰囲気にのまれてしまっている。
 そんなエリサに気づいて、ジョフリーがそっと肩に触れてエスコートしてくれた。

「エリサ嬢、そんなに気負わないで。今日は気楽な顔合わせです」
「……」

 しゃべるなと言われているので、ただ黙って微笑んだ。笑ってごまかすのは得意だ。笑顔が不自然にならないようにだけ気をつけていればいい。
 けれどジョフリーに軽く触れられ、少し気分が落ち着いたのも事実だ。ここ最近のデートで何度も助けてもらったので、安心感がある。ジョフリーとの距離にも慣れた。任せておけば大丈夫。そう信頼できるくらいの関係は築けている。そう思うと、浮かべる笑みも自然なものになる。
 エリサの力が抜けたのが分かったのか、ジョフリーはエリサの耳に顔を近づけ、ドレスを褒めた。

「今日のドレスも素敵です」
「……」
「もしかして、今日は全くしゃべらないつもりですか?」

 小さく頷いたエリサを見てくすくすと笑うジョフリー、それに恥ずかしそうに俯くエリサを、みなが意外そうに見ている。ここに至る経緯を考えると、もっとドライな関係なのだと思っていたが、二人の醸し出す雰囲気がとても穏やかなので、これは二人にとっても良縁のようだと、安堵していた。
しおりを挟む
感想 23

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

断罪前に“悪役"令嬢は、姿を消した。

パリパリかぷちーの
恋愛
高貴な公爵令嬢ティアラ。 将来の王妃候補とされてきたが、ある日、学園で「悪役令嬢」と呼ばれるようになり、理不尽な噂に追いつめられる。 平民出身のヒロインに嫉妬して、陥れようとしている。 根も葉もない悪評が広まる中、ティアラは学園から姿を消してしまう。 その突然の失踪に、大騒ぎ。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

谷 優
恋愛
公爵家の末娘として生まれた幼いティアナ。 お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。 ただ、愛されたいと願った。 そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。 ◆恋愛要素は前半はありませんが、後半になるにつれて発展していきますのでご了承ください。

処理中です...