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仮面騎士の甘くない新婚生活
5. 信頼までは道半ば
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「ナスターシャ、ジェンシャンから聖女様の乳母と接触したと聞いたが」
「はい、お義父様。勝手をして申し訳ございません」
「いや、それはいいから詳しく話してくれないか。この国は聖女様の乳母について何の情報も持っていない」
それからナスターシャが話してくれたことは、正直信じられない内容だった。
聖女様の乳母が城下の庶民街で宿を経営していて、そこに聖女様も顔を出していると言うのだ。
「聖女様の乳母が城から出たと言う話は掴んでいない。最近は浄化の旅には同行していないようだが、それは年齢のせいだろうと思われていたが」
「そもそもナスターシャはどうやってその宿の店主が乳母だと知ったんだ?」
「……」
ナスターシャが口ごもってしまった。聖女様に関することで、ナスターシャの行動がよく分からない。
「信じていただけないと思いますが、聖女様と乳母の話している言葉が理解できました。この世界にはない言葉です」
「どういうことだ」
「待って、君は聖女様にも会ったの?」
「いえ、たまたまおふたりが話しているところを見かけ、その言葉から聖女様と乳母だと分かりました」
いろいろと話を聞いたが、結局分かったのは、聖女様は黒目黒髪の少女でリーザと呼ばれている、乳母のマーサも黒目黒髪で今は城下で宿を経営している、そしてふたりの言葉をナスターシャだけが理解できる、ということだった。
一緒にいた侍女のジニアにはふたりが何を言っているか分からなかったそうだ。
ナスターシャを下げて、父と兄と話しているが、みな困惑している。
「父上、どう思いますか」
「分からん。カクタス、同行して気付いたことはあったか?」
「私はナスターシャ様が聖女様だとおっしゃる方たちの会話を聞いておりません。ただ、乳母と思わしき方についていた護衛は、おそらく上位貴族です。宿には警備が敷かれているようでしたので、怪しまれないよう近づきませんでした。旅人に扮して宿に泊まったものによると、中はごく普通の宿だったとのことです」
にわかに信じられる話ではないが、下町の宿に警備が敷かれていること自体が怪しいと言えば怪しい。
父上は公爵家の手のものを商人として宿に泊まらせ状況を見ることを決めた。陛下にも非公式に報告しておくそうだ。
「いったいナスターシャは何者なんだ」
「分かりません。何かを隠してはいるようですが、聞いても話してはくれないでしょう」
兄上が訝しんでいるが、私にも分からない。
ただ一つ言えるのは、ナスターシャがこの家に害をなすようなことはしないということだけだ。
きっと彼女の眼には、家や国などは関係ない、もっと大きな何かが見えている。それが何なのかは分からないが。
部屋に戻るとナスターシャが待っていた。私に何かを聞かれると思っているのか、本も読まずにただ待っていた。
「長旅で疲れただろう。今日はもうお休み」
「……いつか、いつかお話します」
「待ってるよ」
そんなに思い詰めなくていい。
私たちは確たる信頼を得られるほどの時間をまだ一緒に過ごせていないのだ。これから少しずつ、時間と共に信頼を積み重ねていくしかない。
もう少しナスターシャとの時間を取りたいが、魔物が蔓延する今の状況では難しい。新婚だというのに、ままならないな。
そうして聖女様に関する情報も忘れるほどに仕事に忙殺されていたある日、父から至急執務室に来るようにと呼び出された。王城で呼び出されるのは珍しい。
急いで向かうと、執務室には陛下もいらっしゃった。
「クインスの例の宿にリーザとよばれる黒髪の少女が駆け込んできて、王太子に襲われたから国を出たいと言った」
「まさか」
「騎士が護衛してトルゴードに向かって来ているそうだ」
父が潜伏させていた客に扮した者たちが宿での騒動を目撃し、知らせてきた。
ナスターシャの言っていたことは真実だったと言うことか。
「そなたの妻は何か話したか」
「申し訳ございません。何も聞いておりません」
「国境には、女性騎士と共にそなたの妻を連れて行け」
「畏まりました」
理由はどうであれ、聖女様がこの国に来てくださると言うことは、クインス王国と同じように瘴気の蔓延するこの国にとっては喜ばしいことだ。
陛下の命を受けて、第二騎士団を率いて国境へ向かう。
本来なら貴人の護衛は近衛騎士団か第一騎士団だが、クインス王国から正式に聖女様に関する連絡がないのに国境に騎士団を動かせば、今回のことをこの国が画策したと思われてもおかしくない。
だが第二なら、国境近くの魔物討伐に向かっている途中だと言い逃れられる。
聖女様を騎士が護衛しているのならばいずれ連絡は来るだろうが、それを待っていては十分な警護を準備できないため、騎士たちには聖女様の件は伏せて国境へ向こうことになった。
魔物の研究がしたいと言うナスターシャのために国境付近の魔物が良く出るところへ向かい、女性騎士はナスターシャの護衛、という建前だ。
「すまない。君のわがままに付き合わされていると思っているから、騎士の態度が良くないかもしれない」
「構いません。実際、魔物の研究はしたいです。できれば聖女様に目の前で浄化をしていただいて、そのときの魔物の変化を見たいですね。魔物が弱体化したりするのでしょうか」
ナスターシャにとっては聖女様による奇跡も、ただの攻撃手段の一つに過ぎないらしい。本当の任務を知っている女性騎士たちが、ナスターシャの言葉に唖然としている。
そういえば養成学校の入試の結果でナスターシャの優秀さは広く知られているが、変人っぷりは家の者しか知らないんだったな。
一体ナスターシャは何者なのか。何を抱えているのか。
これから聖女様に関わることに否応なく巻き込まれていくだろう新妻を思う。
けれど、ナスターシャならそんな状況も事も無げに乗り越えて行く気もする。
躓いたときに頼ってもらえるように、まずは地道に信頼を勝ち得ていくしかないな。
「はい、お義父様。勝手をして申し訳ございません」
「いや、それはいいから詳しく話してくれないか。この国は聖女様の乳母について何の情報も持っていない」
それからナスターシャが話してくれたことは、正直信じられない内容だった。
聖女様の乳母が城下の庶民街で宿を経営していて、そこに聖女様も顔を出していると言うのだ。
「聖女様の乳母が城から出たと言う話は掴んでいない。最近は浄化の旅には同行していないようだが、それは年齢のせいだろうと思われていたが」
「そもそもナスターシャはどうやってその宿の店主が乳母だと知ったんだ?」
「……」
ナスターシャが口ごもってしまった。聖女様に関することで、ナスターシャの行動がよく分からない。
「信じていただけないと思いますが、聖女様と乳母の話している言葉が理解できました。この世界にはない言葉です」
「どういうことだ」
「待って、君は聖女様にも会ったの?」
「いえ、たまたまおふたりが話しているところを見かけ、その言葉から聖女様と乳母だと分かりました」
いろいろと話を聞いたが、結局分かったのは、聖女様は黒目黒髪の少女でリーザと呼ばれている、乳母のマーサも黒目黒髪で今は城下で宿を経営している、そしてふたりの言葉をナスターシャだけが理解できる、ということだった。
一緒にいた侍女のジニアにはふたりが何を言っているか分からなかったそうだ。
ナスターシャを下げて、父と兄と話しているが、みな困惑している。
「父上、どう思いますか」
「分からん。カクタス、同行して気付いたことはあったか?」
「私はナスターシャ様が聖女様だとおっしゃる方たちの会話を聞いておりません。ただ、乳母と思わしき方についていた護衛は、おそらく上位貴族です。宿には警備が敷かれているようでしたので、怪しまれないよう近づきませんでした。旅人に扮して宿に泊まったものによると、中はごく普通の宿だったとのことです」
にわかに信じられる話ではないが、下町の宿に警備が敷かれていること自体が怪しいと言えば怪しい。
父上は公爵家の手のものを商人として宿に泊まらせ状況を見ることを決めた。陛下にも非公式に報告しておくそうだ。
「いったいナスターシャは何者なんだ」
「分かりません。何かを隠してはいるようですが、聞いても話してはくれないでしょう」
兄上が訝しんでいるが、私にも分からない。
ただ一つ言えるのは、ナスターシャがこの家に害をなすようなことはしないということだけだ。
きっと彼女の眼には、家や国などは関係ない、もっと大きな何かが見えている。それが何なのかは分からないが。
部屋に戻るとナスターシャが待っていた。私に何かを聞かれると思っているのか、本も読まずにただ待っていた。
「長旅で疲れただろう。今日はもうお休み」
「……いつか、いつかお話します」
「待ってるよ」
そんなに思い詰めなくていい。
私たちは確たる信頼を得られるほどの時間をまだ一緒に過ごせていないのだ。これから少しずつ、時間と共に信頼を積み重ねていくしかない。
もう少しナスターシャとの時間を取りたいが、魔物が蔓延する今の状況では難しい。新婚だというのに、ままならないな。
そうして聖女様に関する情報も忘れるほどに仕事に忙殺されていたある日、父から至急執務室に来るようにと呼び出された。王城で呼び出されるのは珍しい。
急いで向かうと、執務室には陛下もいらっしゃった。
「クインスの例の宿にリーザとよばれる黒髪の少女が駆け込んできて、王太子に襲われたから国を出たいと言った」
「まさか」
「騎士が護衛してトルゴードに向かって来ているそうだ」
父が潜伏させていた客に扮した者たちが宿での騒動を目撃し、知らせてきた。
ナスターシャの言っていたことは真実だったと言うことか。
「そなたの妻は何か話したか」
「申し訳ございません。何も聞いておりません」
「国境には、女性騎士と共にそなたの妻を連れて行け」
「畏まりました」
理由はどうであれ、聖女様がこの国に来てくださると言うことは、クインス王国と同じように瘴気の蔓延するこの国にとっては喜ばしいことだ。
陛下の命を受けて、第二騎士団を率いて国境へ向かう。
本来なら貴人の護衛は近衛騎士団か第一騎士団だが、クインス王国から正式に聖女様に関する連絡がないのに国境に騎士団を動かせば、今回のことをこの国が画策したと思われてもおかしくない。
だが第二なら、国境近くの魔物討伐に向かっている途中だと言い逃れられる。
聖女様を騎士が護衛しているのならばいずれ連絡は来るだろうが、それを待っていては十分な警護を準備できないため、騎士たちには聖女様の件は伏せて国境へ向こうことになった。
魔物の研究がしたいと言うナスターシャのために国境付近の魔物が良く出るところへ向かい、女性騎士はナスターシャの護衛、という建前だ。
「すまない。君のわがままに付き合わされていると思っているから、騎士の態度が良くないかもしれない」
「構いません。実際、魔物の研究はしたいです。できれば聖女様に目の前で浄化をしていただいて、そのときの魔物の変化を見たいですね。魔物が弱体化したりするのでしょうか」
ナスターシャにとっては聖女様による奇跡も、ただの攻撃手段の一つに過ぎないらしい。本当の任務を知っている女性騎士たちが、ナスターシャの言葉に唖然としている。
そういえば養成学校の入試の結果でナスターシャの優秀さは広く知られているが、変人っぷりは家の者しか知らないんだったな。
一体ナスターシャは何者なのか。何を抱えているのか。
これから聖女様に関わることに否応なく巻き込まれていくだろう新妻を思う。
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