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仮面騎士と私の新婚生活
1. 私の嫁入り道中
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ローズモス王国でのレリチアの側妃お披露目パーティーが終わり、私はいよいよトルゴードへと移動する。レリチアとも、お義父様やお義兄様とも、ここでお別れだ。
「ナスターシャ、貴女の幸せをここから祈っているわ。いつでも遊びに来てね」
「レリチア様、ありがとうございます」
その呼び方に少しだけ悲しそうな顔をしたけれど、すでにローズモス王国の側妃となったレリチアを、呼び捨てにはできない。
「ジェンシャン殿、妹のことを、よろしくお願いいたします。変わり者ではありますが、根はいい子なのです」
「とても素敵な女性とこうしてご縁ができて、大変うれしく思っております」
歯の浮くようなセリフがすらすらと出てくるところは、さすが公爵家の子息だ。私もトルゴードに着けば、そういう対応を求められるのだろうが、できることなら夜会での会話は避けたい。このローズモス王宮でのように、無口キャラで通そう。
けれど、お義兄様が私のことを心配してくれたのが、とてもうれしい。養女となる前にも、レリチアとのお茶会などで多少の面識はあったが、妹の友人というだけの関係だった。それが縁あって兄妹となり、同じ屋敷で過ごした期間はとても短いのに、兄として心配してくれている。
「ナスターシャ、そなたは自分の道は自分で切り開くのだろうが、それでも何かあったら知らせなさい。できる限りのことはしよう」
「お義父様、ありがとうございます。どうぞお身体に気を付けてお過ごしください」
そこで、「なんでもしよう」と言わないところに、好感が持てる。
お義父様は、溺愛していたレリチアが手元を離れて、がっくりとこないか少し心配だ。帰れば王宮での狐と狸の化かし合いが待っているだろうから、そんな暇もないかもしれないが。
信じられるものは自分で身に着けた知識と技術だけだと思っていたけれど、この人たちを家族として、信用してもいい気がする。
新しい生活で、私なりの幸せをつかめるように、がんばってみよう。だからどうか、働きすぎず、健康に長生きしてください。私の行く先を、ボターニから見ていてください。
「旅はどう? ボターニから長旅だから、もう飽きているだろうけど」
「皆様に大変よくしていただき、快適です」
トルゴードへの移動の馬車は、ジェンシャン様と同乗している。ウィロウ公爵は、馬車の中で側近の方とともにお仕事をされているそうだ。宰相職ともなれば、公務ではない理由で国を空けることは、かなりの調整が必要だっただろう。
そんな中、わざわざローズモスまで出向いていただいて感謝している。だからこそ、被る猫も念入りになる。
ローズモスの王宮での顔合わせだったのだから、いまさら変人だから結婚は認めない、というようなことにはならないはずだが、それでも最初くらいは感じのいい嫁を演じたい。自分で言っていて実現できる可能性はとても低いと思うけれど、それでもせめて、トルゴードに着くまでは、がんばろう。
馬車の窓の外、ボターニとは違う植生に興味をひかれるが、ここであの植物はなんだと聞かないだけの分別は持ち合わせている。
「ところで、仮面を新調したのだけどどうかな?」
「とてもよくお似合いです」
「本音は? 君がどんな突拍子もない回答をするのか、楽しみにしているのだけど?」
なんだそれは。いつもいつも外れたことを言っているわけではない。たまに、私の感じることと、令嬢の模範解答にずれが生じるだけで、狙っているわけではないのだ。こういう回答は、狙ったときのほうがすべる。それはもう盛大に。学会でわざわざスライドを用意してまでくり出したボケがすべったときの、あの会場の寒々しい空気は、ただの聴衆であっても逃げ出したくなるものだった。
「……面白いことは言えませんが、魔物の素材と視力の関係については、興味があります」
「というと?」
「魔物の素材を通して見ると、見え方が変わることがありますか?」
魔物の素材には、特殊効果の付いているものがある。わざわざ皮を使ったということは、もしかして素材は魔物で、すばやく動く獲物を捉えやすくなるような効果があるのだろうか、というのは最初に見たときに考えた。
「人の身体能力に影響する素材というのは、聞いたことがない」
「そうですか」
履くだけで足が速くなるブーツや、かけるだけで見えないものが見えるようになる眼鏡などは、ないようだ。ファンタジーならあってもおかしくない気がするが、魔物の森を抱えるトルゴードで知られていないということは、そういう都合のいい素材はないのだろう。「そう来たか」と呟いているので、多少は期待にそえたようだ。
「そういえば、ボターニで話をした領と、魔物の素材の取引を始めることになったよ」
「お役に立てて光栄です」
取引を始めることになった領が希望する素材をまとめてボターニまで運ぶことで、輸送のコストも含めての売値と買値に折り合いがつけられたらしい。母国と婚家の両方に貢献できたならよかった。
「兄上が、領の運営を手伝ってくれないかと、おっしゃっていた。貴女の知識に期待しているようだ」
「まあ、とてもうれしい誉め言葉ですわ」
「お世辞ではないよ。義姉上、兄上の妻も、官吏養成学校を卒業して領の運営に携わっているからね」
そうだった。トルゴードは女性も仕事をしているのだから、これは本当にお世辞などではないのだろう。
幸先がよくて、気持ちが上向く。新婚生活は私が思う以上に刺激的で楽しいものになるのかもしれない。
「ナスターシャ、貴女の幸せをここから祈っているわ。いつでも遊びに来てね」
「レリチア様、ありがとうございます」
その呼び方に少しだけ悲しそうな顔をしたけれど、すでにローズモス王国の側妃となったレリチアを、呼び捨てにはできない。
「ジェンシャン殿、妹のことを、よろしくお願いいたします。変わり者ではありますが、根はいい子なのです」
「とても素敵な女性とこうしてご縁ができて、大変うれしく思っております」
歯の浮くようなセリフがすらすらと出てくるところは、さすが公爵家の子息だ。私もトルゴードに着けば、そういう対応を求められるのだろうが、できることなら夜会での会話は避けたい。このローズモス王宮でのように、無口キャラで通そう。
けれど、お義兄様が私のことを心配してくれたのが、とてもうれしい。養女となる前にも、レリチアとのお茶会などで多少の面識はあったが、妹の友人というだけの関係だった。それが縁あって兄妹となり、同じ屋敷で過ごした期間はとても短いのに、兄として心配してくれている。
「ナスターシャ、そなたは自分の道は自分で切り開くのだろうが、それでも何かあったら知らせなさい。できる限りのことはしよう」
「お義父様、ありがとうございます。どうぞお身体に気を付けてお過ごしください」
そこで、「なんでもしよう」と言わないところに、好感が持てる。
お義父様は、溺愛していたレリチアが手元を離れて、がっくりとこないか少し心配だ。帰れば王宮での狐と狸の化かし合いが待っているだろうから、そんな暇もないかもしれないが。
信じられるものは自分で身に着けた知識と技術だけだと思っていたけれど、この人たちを家族として、信用してもいい気がする。
新しい生活で、私なりの幸せをつかめるように、がんばってみよう。だからどうか、働きすぎず、健康に長生きしてください。私の行く先を、ボターニから見ていてください。
「旅はどう? ボターニから長旅だから、もう飽きているだろうけど」
「皆様に大変よくしていただき、快適です」
トルゴードへの移動の馬車は、ジェンシャン様と同乗している。ウィロウ公爵は、馬車の中で側近の方とともにお仕事をされているそうだ。宰相職ともなれば、公務ではない理由で国を空けることは、かなりの調整が必要だっただろう。
そんな中、わざわざローズモスまで出向いていただいて感謝している。だからこそ、被る猫も念入りになる。
ローズモスの王宮での顔合わせだったのだから、いまさら変人だから結婚は認めない、というようなことにはならないはずだが、それでも最初くらいは感じのいい嫁を演じたい。自分で言っていて実現できる可能性はとても低いと思うけれど、それでもせめて、トルゴードに着くまでは、がんばろう。
馬車の窓の外、ボターニとは違う植生に興味をひかれるが、ここであの植物はなんだと聞かないだけの分別は持ち合わせている。
「ところで、仮面を新調したのだけどどうかな?」
「とてもよくお似合いです」
「本音は? 君がどんな突拍子もない回答をするのか、楽しみにしているのだけど?」
なんだそれは。いつもいつも外れたことを言っているわけではない。たまに、私の感じることと、令嬢の模範解答にずれが生じるだけで、狙っているわけではないのだ。こういう回答は、狙ったときのほうがすべる。それはもう盛大に。学会でわざわざスライドを用意してまでくり出したボケがすべったときの、あの会場の寒々しい空気は、ただの聴衆であっても逃げ出したくなるものだった。
「……面白いことは言えませんが、魔物の素材と視力の関係については、興味があります」
「というと?」
「魔物の素材を通して見ると、見え方が変わることがありますか?」
魔物の素材には、特殊効果の付いているものがある。わざわざ皮を使ったということは、もしかして素材は魔物で、すばやく動く獲物を捉えやすくなるような効果があるのだろうか、というのは最初に見たときに考えた。
「人の身体能力に影響する素材というのは、聞いたことがない」
「そうですか」
履くだけで足が速くなるブーツや、かけるだけで見えないものが見えるようになる眼鏡などは、ないようだ。ファンタジーならあってもおかしくない気がするが、魔物の森を抱えるトルゴードで知られていないということは、そういう都合のいい素材はないのだろう。「そう来たか」と呟いているので、多少は期待にそえたようだ。
「そういえば、ボターニで話をした領と、魔物の素材の取引を始めることになったよ」
「お役に立てて光栄です」
取引を始めることになった領が希望する素材をまとめてボターニまで運ぶことで、輸送のコストも含めての売値と買値に折り合いがつけられたらしい。母国と婚家の両方に貢献できたならよかった。
「兄上が、領の運営を手伝ってくれないかと、おっしゃっていた。貴女の知識に期待しているようだ」
「まあ、とてもうれしい誉め言葉ですわ」
「お世辞ではないよ。義姉上、兄上の妻も、官吏養成学校を卒業して領の運営に携わっているからね」
そうだった。トルゴードは女性も仕事をしているのだから、これは本当にお世辞などではないのだろう。
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