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2.5章 護衛騎士の理不尽な日々
1. 辞令
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「フレイグラン、聖女様の乳母マサコ殿の護衛を命ずる」
「畏まりました」
「悪い、宰相の命令でな。貴族が嗅ぎ付けてきたときに高位貴族でないと対応出来ないと言われたんだ」
「仕事ですから」
護衛騎士になって5年、王族の方々を警護し、実績を評価されて隊長をまかされるようになったが、この国が聖女様を召喚したことに伴い、聖女様の護衛となった。
その聖女様には一緒に召喚された乳母がいたが、この度聖女様のそばを離れて城下で暮らすという乳母の護衛に任命された。
隊長の俺がひとりで乳母の護衛とは。理不尽だな。騎士団長も謝ってくださるが、宰相閣下の命令なら仕方がない。
俺が護衛を任されたこの乳母、聖女様が召喚された当初から護衛騎士の中ではとにかく評判が悪かった。部屋に入るな、聖女の近くに寄るなと、警護の邪魔をするのだ。
なぜそこまで聖女様を隠そうとするのか。我々が待ちに待った聖女様なのに。
挙句、聖女様の肖像画を描きに画家を呼んだ際には、騎士1人しか部屋の中に入るなと言う。王太子殿下と宰相閣下もいらっしゃるのに、護衛騎士1人では少なすぎると言ったところ、画家1人にそんなに護衛騎士が必要なのかと言われた。警護と言うのはそういうものじゃないが、言ったところでこの人には分からないだろう。結局、俺だけが部屋に残ることになったので、頼むから何も起こらないでくれと神に祈った。
けれどその肖像画を描くに至るやり取りは、聖女様と乳母への認識を改めるのに十分なことだった。
誰にも話さないと約束させられたから話さなかったが、彼女たちは何も悪くないのだと、むしろ我々が悪いのだと、否応なく突き付けられた。
俺は覗き込むことはできなかったが、見たことのない板に浮かぶとても精密な絵。まるでその板の中にいるかのように、聖女様の家族が描かれていた。聖女様は全く異なる世界からいらっしゃったのだ。
そして、その板に興奮される王太子殿下のお言葉に、聖女様が涙を流された。
聖女様は、もう二度とそのご家族にお会いになれない。その板の中でしかご覧になることができない。
我々が待ち望んだ聖女様は、望まないのにこの世界に召喚され、もう二度と生まれ育った地に戻られることもない。
聖女様のご家族の絵は、時間が経つと消えてしまうということだったが、絵を描き進めているうちについにその時が来てしまった。
絵が消えるなど半信半疑だったが、泣き叫ばれる聖女様のご様子がそれが真実だと何よりも雄弁に語っている。
そのような聖女様を見るのは辛く、胸が苦しかった。
聖女様を寝かせた後、追加でこの絵も描いてほしいと乳母の取り出した板に浮かぶのは、乳母と2人の男女だった。
そうか、この乳母にも家族がいたのだ。決して表に見せないが、この乳母もまた、望まずこの世界に連れてこられたのだ。
絵が出来上がってから、聖女様は前向きになられたようで、すぐに浄化の祈りを発動された。
これでこの国は救われると言う人たちは、そのために払われた聖女様たちの犠牲を知らない。知ろうともしない。
乳母がいなければもっと早くに浄化の旅に行けたのに、と言うものもいるが、本当にそうだろうか。
浄化の旅の前に、聖女様のお披露目パーティーが行われた。
このパーティーだけでいいので出席してほしいと陛下が頼み込まれたようだ。
近隣の国の王族も招待されたパーティーだったが、聖女様は壇上に座り、そこから動かず、誰にも声をおかけにならなかった。一言でもいいから声を聴きたいと言う出席者の願いは叶えられなかった。
あの乳母が邪魔をしていると悪し様に言うものが多くいるが、我々の望むように聖女様が振る舞われなかったからと言って、我々に責める権利はないだろうに。
聖女様の浄化の旅は順調に進んだ。
その合間に、聖女様は18歳の誕生日を迎えられたそうだ。この国では18歳が成人だが、聖女様の国でも同じらしい。
乳母が選んだドレスをまとって、女性の騎士見習いと庭で談笑されるお姿は、とても愛らしい。我々は極力聖女様の目に入らないよう、木や建物の陰から聖女様の周りに目を光らせる。
そこに王太子殿下が駆けつけられ、ぜひ成人のパーティーを開こうと聖女様に提案していらっしゃる。聖女様は乗り気ではいらっしゃらないが、王太子殿下はお気づきにならない。
見かねた乳母が制止し、陛下への面会を申し込んでいる。王太子殿下は取り合われず、王太子殿下の侍従に取次ぎを願っている。乳母はかなり怒りをこらえているようで、最初は取り合わなかった侍従が、至急の伝令を出した。
その後、陛下との間であったやり取りを、陛下の護衛騎士から聞いたが、正直よく庭で爆発しなかったものだと感心した。
――その姿を一番見せたいご両親には見せられないのに、なぜ貴方たちに配慮する必要があるのですか
相当腹に据えかねていたのだろう。
冷静に呟かれたその言葉がナイフのようだった、と聞いていた騎士が零した。
それまで乳母の悪口を言っていた騎士たちも、黙り込んでしまった。
我々は皆、聖女様の召喚に浮かれすぎていたのだと悟った。
なるべく聖女様のご希望を汲むように警護をしようと言うと、みな神妙に頷いた。
我々の希望は、聖女様の絶望なのだ。
「畏まりました」
「悪い、宰相の命令でな。貴族が嗅ぎ付けてきたときに高位貴族でないと対応出来ないと言われたんだ」
「仕事ですから」
護衛騎士になって5年、王族の方々を警護し、実績を評価されて隊長をまかされるようになったが、この国が聖女様を召喚したことに伴い、聖女様の護衛となった。
その聖女様には一緒に召喚された乳母がいたが、この度聖女様のそばを離れて城下で暮らすという乳母の護衛に任命された。
隊長の俺がひとりで乳母の護衛とは。理不尽だな。騎士団長も謝ってくださるが、宰相閣下の命令なら仕方がない。
俺が護衛を任されたこの乳母、聖女様が召喚された当初から護衛騎士の中ではとにかく評判が悪かった。部屋に入るな、聖女の近くに寄るなと、警護の邪魔をするのだ。
なぜそこまで聖女様を隠そうとするのか。我々が待ちに待った聖女様なのに。
挙句、聖女様の肖像画を描きに画家を呼んだ際には、騎士1人しか部屋の中に入るなと言う。王太子殿下と宰相閣下もいらっしゃるのに、護衛騎士1人では少なすぎると言ったところ、画家1人にそんなに護衛騎士が必要なのかと言われた。警護と言うのはそういうものじゃないが、言ったところでこの人には分からないだろう。結局、俺だけが部屋に残ることになったので、頼むから何も起こらないでくれと神に祈った。
けれどその肖像画を描くに至るやり取りは、聖女様と乳母への認識を改めるのに十分なことだった。
誰にも話さないと約束させられたから話さなかったが、彼女たちは何も悪くないのだと、むしろ我々が悪いのだと、否応なく突き付けられた。
俺は覗き込むことはできなかったが、見たことのない板に浮かぶとても精密な絵。まるでその板の中にいるかのように、聖女様の家族が描かれていた。聖女様は全く異なる世界からいらっしゃったのだ。
そして、その板に興奮される王太子殿下のお言葉に、聖女様が涙を流された。
聖女様は、もう二度とそのご家族にお会いになれない。その板の中でしかご覧になることができない。
我々が待ち望んだ聖女様は、望まないのにこの世界に召喚され、もう二度と生まれ育った地に戻られることもない。
聖女様のご家族の絵は、時間が経つと消えてしまうということだったが、絵を描き進めているうちについにその時が来てしまった。
絵が消えるなど半信半疑だったが、泣き叫ばれる聖女様のご様子がそれが真実だと何よりも雄弁に語っている。
そのような聖女様を見るのは辛く、胸が苦しかった。
聖女様を寝かせた後、追加でこの絵も描いてほしいと乳母の取り出した板に浮かぶのは、乳母と2人の男女だった。
そうか、この乳母にも家族がいたのだ。決して表に見せないが、この乳母もまた、望まずこの世界に連れてこられたのだ。
絵が出来上がってから、聖女様は前向きになられたようで、すぐに浄化の祈りを発動された。
これでこの国は救われると言う人たちは、そのために払われた聖女様たちの犠牲を知らない。知ろうともしない。
乳母がいなければもっと早くに浄化の旅に行けたのに、と言うものもいるが、本当にそうだろうか。
浄化の旅の前に、聖女様のお披露目パーティーが行われた。
このパーティーだけでいいので出席してほしいと陛下が頼み込まれたようだ。
近隣の国の王族も招待されたパーティーだったが、聖女様は壇上に座り、そこから動かず、誰にも声をおかけにならなかった。一言でもいいから声を聴きたいと言う出席者の願いは叶えられなかった。
あの乳母が邪魔をしていると悪し様に言うものが多くいるが、我々の望むように聖女様が振る舞われなかったからと言って、我々に責める権利はないだろうに。
聖女様の浄化の旅は順調に進んだ。
その合間に、聖女様は18歳の誕生日を迎えられたそうだ。この国では18歳が成人だが、聖女様の国でも同じらしい。
乳母が選んだドレスをまとって、女性の騎士見習いと庭で談笑されるお姿は、とても愛らしい。我々は極力聖女様の目に入らないよう、木や建物の陰から聖女様の周りに目を光らせる。
そこに王太子殿下が駆けつけられ、ぜひ成人のパーティーを開こうと聖女様に提案していらっしゃる。聖女様は乗り気ではいらっしゃらないが、王太子殿下はお気づきにならない。
見かねた乳母が制止し、陛下への面会を申し込んでいる。王太子殿下は取り合われず、王太子殿下の侍従に取次ぎを願っている。乳母はかなり怒りをこらえているようで、最初は取り合わなかった侍従が、至急の伝令を出した。
その後、陛下との間であったやり取りを、陛下の護衛騎士から聞いたが、正直よく庭で爆発しなかったものだと感心した。
――その姿を一番見せたいご両親には見せられないのに、なぜ貴方たちに配慮する必要があるのですか
相当腹に据えかねていたのだろう。
冷静に呟かれたその言葉がナイフのようだった、と聞いていた騎士が零した。
それまで乳母の悪口を言っていた騎士たちも、黙り込んでしまった。
我々は皆、聖女様の召喚に浮かれすぎていたのだと悟った。
なるべく聖女様のご希望を汲むように警護をしようと言うと、みな神妙に頷いた。
我々の希望は、聖女様の絶望なのだ。
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