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2.5章 護衛騎士の理不尽な日々
2. 冒険者
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聖女様が成人されてお役目は終了したからと、乳母は城下で暮らすことになった。
といっても聖女様が浄化の旅に出ている間だけで、聖女様が王城にいらっしゃるときは聖女様のそばに侍るそうだ。
陛下も宰相閣下も、聖女様のそばから乳母が離れることを歓迎している。だが誰よりも、聖女様に近づこうとする度に阻まれていた王太子殿下が一番喜んでいらっしゃる。
王太子殿下が聖女様を自分の正妃に迎えようとしていることは、皆知っている。その場合、王太子殿下の婚約者は側妃となるが、相手が聖女様では納得するしかない。
城下に降りるための服に身を包んだ乳母は、身なりのいい庶民といった感じだ。
「フレイグランです。城下での護衛を任命しました」
「マサコよ。よろしくね」
気さくに挨拶する様子からは、陛下のご要望を突っぱねたり、王太子殿下を聖女様から遠ざけたりするキツさは感じられない。
それからお忍びの馬車に乗って城下の宿へ移動する。この城下で最高級の宿だ。
そしてこの後何をするのか尋ねると、冒険者ギルドで登録をしたいと言う。
その歳で登録する人など皆無だし、普通は冒険者を引退している年齢だ。
「そのお歳で冒険者は……」
「そうよ、お歳なの。もうねえ、先のほうが短いお年頃なの。だから、今やりたいことは今やらなきゃ次はないかもしれないの。未来のある若者は黙ってて」
心配して言っているのに怒られた。理不尽だ。仕方がないので、冒険者ギルドに案内した。
案の定、受付に登録するのは俺かと思われた。けれど、禁止されていないのだからと登録し、さらに薬草採取に行くと言う。護衛を連れて冒険者になるなど、どこの貴族の道楽だ。
けれどそこから先は、マサコさんはこの世界の人ではないのだと、我々の常識など彼女には全く通用しないのだと、思い知らされることばかりだった。
ギルド所蔵の薬草の本を見て、不思議なことを言った。
「ねえ、この本ってどうやって作っているの?」
「人が作っていますが?」
「えっと、すべての文字を人が書いている?」
何を当たり前のことを言っているのだろう。人が書かなかったら、誰が書くと言うのだ。
「この世界に図書館はないの?」
「トショカンとはなんですか?」
「ないのね」
トショカンは誰でも入れる書庫のことらしい。
庶民が本を読むことなどあると思えないが、マサコさんの世界ではそれが普通なのか。
ふーん、と言いながら彼女がバッグから取り出したのは、見たこともない上質な紙だった。薄く、綺麗に製本されている。さらに取り出したペンも、インク壺がないのにスラスラと書いている。
思わず見とれてしまったが、我に返った。そんなものをこんなところで出さないでくれ。
それは仕舞って欲しいというと、きょとんとした後に、紙もペンも仕舞ってくれた。
マサコさんの世界では、あの不思議な板に絵が浮かぶくらいなのだ。この紙とペンなど大したことがないんだろう。
けれどこの世界では大事になってしまう。誰にも見つからなくてよかったと胸をなでおろした。
薬草採取に向かう初日、マサコさんは準備万端で張り切っている。
部屋から冒険者の服で出てきたマサコさんに、宿泊客や従業員が驚いているが、本人は全く気付いていない。
そして冒険者の乗合馬車でも、場違いだと言われているのに、気付かずに愛想よく冒険者と話している。いや、気付いていても気にしていないのか。
「おいあんた、あのおばさんの護衛だろう。いいのか?怪我するぞ?」
「言っても聞いてもらえない。一度行けば満足するだろう」
「あんたも大変だな」
なんで俺が冒険者に同情されているんだ。
だがマサコさんは、ならず者の集まりのような冒険者と気軽に話していることで気に入られたのか、水は持ったのか、食料は持ったのかと心配されている。
ギルドで買った地図を見せてここに薬草を取りに行くのだと言ったマサコさんに見かねたのか、冒険者がアドバイスをしている。
「その辺、珍しい薬草は採りつくされてるぞ」
「普通のはあるのよね?この癒し草っていうの」
「あるけど金になんねーぞ」
「構わないわ。命には代えられないもの。貴方たちもあんまり危険なことしちゃダメよ」
「あんたは俺のかーちゃんかよ」
危険に挑んでこその冒険者だと思うが、文句を言いながらも冒険者たちは笑顔だ。
誰とでも仲良くなれるのは彼女の特技だろう。
馬車の中でもなんで冒険者なんかやってんだ、と聞かれて真面目に答えている。
「子育てが終わったから、新しいことを始めようと思って」
「それで冒険者かよ。他になかったのか?」
「だって、冒険者ってなんだか憧れるじゃない」
冒険者に憧れるのは庶民の子どもだけだ。大人になれば、厳しい現実を知って憧れなどなくなる。マサコさんはそんな現実も知らないのだろうな。
けれど子どものように憧れと言う言葉を使った彼女にたいして、冒険者たちもまんざらでもないようだ。
馬車を降りてからも、冒険者たちがおせっかいを焼いて、ここに癒し草があるぞ、と教えている。
その日はとても楽しそうに、腰が痛くなるわ、と言いながら薬草を採っていた。
といっても聖女様が浄化の旅に出ている間だけで、聖女様が王城にいらっしゃるときは聖女様のそばに侍るそうだ。
陛下も宰相閣下も、聖女様のそばから乳母が離れることを歓迎している。だが誰よりも、聖女様に近づこうとする度に阻まれていた王太子殿下が一番喜んでいらっしゃる。
王太子殿下が聖女様を自分の正妃に迎えようとしていることは、皆知っている。その場合、王太子殿下の婚約者は側妃となるが、相手が聖女様では納得するしかない。
城下に降りるための服に身を包んだ乳母は、身なりのいい庶民といった感じだ。
「フレイグランです。城下での護衛を任命しました」
「マサコよ。よろしくね」
気さくに挨拶する様子からは、陛下のご要望を突っぱねたり、王太子殿下を聖女様から遠ざけたりするキツさは感じられない。
それからお忍びの馬車に乗って城下の宿へ移動する。この城下で最高級の宿だ。
そしてこの後何をするのか尋ねると、冒険者ギルドで登録をしたいと言う。
その歳で登録する人など皆無だし、普通は冒険者を引退している年齢だ。
「そのお歳で冒険者は……」
「そうよ、お歳なの。もうねえ、先のほうが短いお年頃なの。だから、今やりたいことは今やらなきゃ次はないかもしれないの。未来のある若者は黙ってて」
心配して言っているのに怒られた。理不尽だ。仕方がないので、冒険者ギルドに案内した。
案の定、受付に登録するのは俺かと思われた。けれど、禁止されていないのだからと登録し、さらに薬草採取に行くと言う。護衛を連れて冒険者になるなど、どこの貴族の道楽だ。
けれどそこから先は、マサコさんはこの世界の人ではないのだと、我々の常識など彼女には全く通用しないのだと、思い知らされることばかりだった。
ギルド所蔵の薬草の本を見て、不思議なことを言った。
「ねえ、この本ってどうやって作っているの?」
「人が作っていますが?」
「えっと、すべての文字を人が書いている?」
何を当たり前のことを言っているのだろう。人が書かなかったら、誰が書くと言うのだ。
「この世界に図書館はないの?」
「トショカンとはなんですか?」
「ないのね」
トショカンは誰でも入れる書庫のことらしい。
庶民が本を読むことなどあると思えないが、マサコさんの世界ではそれが普通なのか。
ふーん、と言いながら彼女がバッグから取り出したのは、見たこともない上質な紙だった。薄く、綺麗に製本されている。さらに取り出したペンも、インク壺がないのにスラスラと書いている。
思わず見とれてしまったが、我に返った。そんなものをこんなところで出さないでくれ。
それは仕舞って欲しいというと、きょとんとした後に、紙もペンも仕舞ってくれた。
マサコさんの世界では、あの不思議な板に絵が浮かぶくらいなのだ。この紙とペンなど大したことがないんだろう。
けれどこの世界では大事になってしまう。誰にも見つからなくてよかったと胸をなでおろした。
薬草採取に向かう初日、マサコさんは準備万端で張り切っている。
部屋から冒険者の服で出てきたマサコさんに、宿泊客や従業員が驚いているが、本人は全く気付いていない。
そして冒険者の乗合馬車でも、場違いだと言われているのに、気付かずに愛想よく冒険者と話している。いや、気付いていても気にしていないのか。
「おいあんた、あのおばさんの護衛だろう。いいのか?怪我するぞ?」
「言っても聞いてもらえない。一度行けば満足するだろう」
「あんたも大変だな」
なんで俺が冒険者に同情されているんだ。
だがマサコさんは、ならず者の集まりのような冒険者と気軽に話していることで気に入られたのか、水は持ったのか、食料は持ったのかと心配されている。
ギルドで買った地図を見せてここに薬草を取りに行くのだと言ったマサコさんに見かねたのか、冒険者がアドバイスをしている。
「その辺、珍しい薬草は採りつくされてるぞ」
「普通のはあるのよね?この癒し草っていうの」
「あるけど金になんねーぞ」
「構わないわ。命には代えられないもの。貴方たちもあんまり危険なことしちゃダメよ」
「あんたは俺のかーちゃんかよ」
危険に挑んでこその冒険者だと思うが、文句を言いながらも冒険者たちは笑顔だ。
誰とでも仲良くなれるのは彼女の特技だろう。
馬車の中でもなんで冒険者なんかやってんだ、と聞かれて真面目に答えている。
「子育てが終わったから、新しいことを始めようと思って」
「それで冒険者かよ。他になかったのか?」
「だって、冒険者ってなんだか憧れるじゃない」
冒険者に憧れるのは庶民の子どもだけだ。大人になれば、厳しい現実を知って憧れなどなくなる。マサコさんはそんな現実も知らないのだろうな。
けれど子どものように憧れと言う言葉を使った彼女にたいして、冒険者たちもまんざらでもないようだ。
馬車を降りてからも、冒険者たちがおせっかいを焼いて、ここに癒し草があるぞ、と教えている。
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