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2.5章 護衛騎士の理不尽な日々
6. 悪手
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聖女様は、マサコさんの宿に泊まり、買い物にお出かけになられ、お店で楽しそうに品物を選んでいらっしゃる。
買い物に行きたいと相談された時、さすがにすぐには承諾できなかった。大勢の護衛を配置すると、聖女様だと分かってしまう。けれどお忍びをご希望だ。となると、方法は1つしかない。
「いろいろ面倒をかけて悪い。今日見たことは全て忘れてくれ」
「承知しております」
こういう王族のお忍びなどの時に無理が効く店がいくつかある。けれど聖女様がご希望の店は、もっと庶民向けの店だ。そのため、その店に庶民用の品物を並べてもらった。マサコさんはそのことに気付いているが、聖女様に知らせるつもりはないようだ。
どれがいいかな、と話しながら選んでいるふたりは、本当の親子のようだ。
準備は大変だったが、聖女様を見ていると、この機会を設けて正解だったと思う。
宿がオープンしてからも、聖女様は宿に留まり続けていらっしゃる。
宿泊客がいるときはさすがに警備が不安なので、聖女様には女性騎士と共に母屋にいていただいている。
そんな窮屈な生活だったにも関わらず、しばやく宿で庶民の暮らしをされているうちに、聖女様の表情は日に日に明るくなっていく。間近で見ている我々も安心した。
我々護衛は、王城にいるときよりも聖女様との距離が近い。
すぐ近くであっても視界に入らないければ、聖女様もマサコさんも気にしていない。護衛との距離が問題なのではなく、視界に入るのが問題なのだと分かった。
最初のころにマサコさんが護衛に対して、監視されているようで気が休まらないと言っていたのは、これだったのだ。
聖女様は浄化の旅に復帰された。
ただ、以前と違い王城に戻ってくるとすぐにマサコさんの宿の母屋に泊まっていらっしゃる。
しかも、宿の手伝いもされるのだ。
「リーザ、そこ終わったら廊下お願い」
「はーい」
箒でホコリを集める聖女様に、女性騎士たちが手伝うべきかオロオロしている。まあ確かにこういう状況になることはまずないから対処法を教わってもいないだろう。
「我々は護衛だ。護衛に専念しろ」
「はいっ」
まだ見習いから正騎士になったばかりで、この任務は荷が重いだろうな。
聖女様を失うわけにはいかないのに、決して警備が万全とは言えないところにいるのだ。一番近くにいる彼女たちのプレッシャーは計り知れない。
けれど、聖女様ご自身はとても気さくな方だ。
たまたま、マサコさんが席を外しているときに、聖女様と話す機会があった。
聖女様がこの宿に泊まりに来るたびに、挨拶程度は交わしていたので、だいぶ心を許して下さったようだ。
「いつもお母さんを守ってくれてありがとうございます」
「勿体ないお言葉です」
「レイさんのこと褒めてましたよ。お母さんには貴方と同じ年くらいの息子さんがいるんです。だから貴方の事、息子みたいに思っているんじゃないかなあ」
「どうでしょう。便利とは思われてそうですが」
実際に話してみると、聖女様の印象がだいぶ変わる。公の場でもほとんどお話にならないので、もっと気位の高い方かと思っていたが、本当に普通のお嬢さんだ。令嬢ではなくお嬢さん。
「お母さん、いろいろ付き合わせちゃってるでしょう。せっかく異世界に来たんだから新しいことを始めようって、あのバイタリティすごいですよね」
「冒険者にも挑戦されていましたしね」
「お母さんがいてくれたから私も前向きになれたんです。お母さんが必死で私のことを守ろうとしてくれているのが分かったから、だから、私もお母さんを守ろうって思ったんです。でも私には聖女の仕事しかできないから、それを頑張ろうって」
まさか、聖女様がそのようなお気持ちで浄化に当たられていたとは思いもよらなかった。
「聖女様にとっては、聖女はお仕事なのですね」
「浄化が終わったら自由にしていいって、王様が約束してくれたから、早く終わらせたいんですけど」
それは騎士団長からも聞かされていない。もしかしたら騎士団長もご存じないのか。
「私はこの宿の看板娘になって、お母さんと一緒に働く予定です!」
そう生き生きと将来のことを語る聖女様は、城で見る聖女様と別人だ。こちらが本来の聖女様なのだろう。
宿の中で母屋に一番近い部屋のベッドに寝転がり、昼間、聖女様が仰ったことを思い返してみる。
陛下が、浄化が終わった後は聖女様の自由を保障されたということだったが、本当だろうか。
けれど聖女様が嘘をつく必要などない。
その約束があるから、王太子殿下は聖女様に必死で近づこうとなさっていて、それを邪魔するマサコさんを市井に出したのか。
それは悪手だ。
マサコさんは聖女様のために、自由になったらどうやって生きるのか、それを今から探しているのだ。この国の援助などなくても生きていけるように。
皆マサコさんを甘く見ている。彼女は一見何もできないように見えるが、荒くれ者の冒険者を手懐け、近所の主婦たちに溶け込み、着々と自分の居場所を作っている。
これは国に報告しなくてはと思い、けれど本当にしていいのかと我に返った。
国のためにはしなければならない。聖女様のことを考えると、ここで可能性を潰してしまっていいのか分からない。それが国への恨みに変わってしまったら。聖女様に呪われて、この国は無事に済むのだろうか。
結局、国には報告しなかった。
この判断が正解だったのか、それは今でも分からない。
買い物に行きたいと相談された時、さすがにすぐには承諾できなかった。大勢の護衛を配置すると、聖女様だと分かってしまう。けれどお忍びをご希望だ。となると、方法は1つしかない。
「いろいろ面倒をかけて悪い。今日見たことは全て忘れてくれ」
「承知しております」
こういう王族のお忍びなどの時に無理が効く店がいくつかある。けれど聖女様がご希望の店は、もっと庶民向けの店だ。そのため、その店に庶民用の品物を並べてもらった。マサコさんはそのことに気付いているが、聖女様に知らせるつもりはないようだ。
どれがいいかな、と話しながら選んでいるふたりは、本当の親子のようだ。
準備は大変だったが、聖女様を見ていると、この機会を設けて正解だったと思う。
宿がオープンしてからも、聖女様は宿に留まり続けていらっしゃる。
宿泊客がいるときはさすがに警備が不安なので、聖女様には女性騎士と共に母屋にいていただいている。
そんな窮屈な生活だったにも関わらず、しばやく宿で庶民の暮らしをされているうちに、聖女様の表情は日に日に明るくなっていく。間近で見ている我々も安心した。
我々護衛は、王城にいるときよりも聖女様との距離が近い。
すぐ近くであっても視界に入らないければ、聖女様もマサコさんも気にしていない。護衛との距離が問題なのではなく、視界に入るのが問題なのだと分かった。
最初のころにマサコさんが護衛に対して、監視されているようで気が休まらないと言っていたのは、これだったのだ。
聖女様は浄化の旅に復帰された。
ただ、以前と違い王城に戻ってくるとすぐにマサコさんの宿の母屋に泊まっていらっしゃる。
しかも、宿の手伝いもされるのだ。
「リーザ、そこ終わったら廊下お願い」
「はーい」
箒でホコリを集める聖女様に、女性騎士たちが手伝うべきかオロオロしている。まあ確かにこういう状況になることはまずないから対処法を教わってもいないだろう。
「我々は護衛だ。護衛に専念しろ」
「はいっ」
まだ見習いから正騎士になったばかりで、この任務は荷が重いだろうな。
聖女様を失うわけにはいかないのに、決して警備が万全とは言えないところにいるのだ。一番近くにいる彼女たちのプレッシャーは計り知れない。
けれど、聖女様ご自身はとても気さくな方だ。
たまたま、マサコさんが席を外しているときに、聖女様と話す機会があった。
聖女様がこの宿に泊まりに来るたびに、挨拶程度は交わしていたので、だいぶ心を許して下さったようだ。
「いつもお母さんを守ってくれてありがとうございます」
「勿体ないお言葉です」
「レイさんのこと褒めてましたよ。お母さんには貴方と同じ年くらいの息子さんがいるんです。だから貴方の事、息子みたいに思っているんじゃないかなあ」
「どうでしょう。便利とは思われてそうですが」
実際に話してみると、聖女様の印象がだいぶ変わる。公の場でもほとんどお話にならないので、もっと気位の高い方かと思っていたが、本当に普通のお嬢さんだ。令嬢ではなくお嬢さん。
「お母さん、いろいろ付き合わせちゃってるでしょう。せっかく異世界に来たんだから新しいことを始めようって、あのバイタリティすごいですよね」
「冒険者にも挑戦されていましたしね」
「お母さんがいてくれたから私も前向きになれたんです。お母さんが必死で私のことを守ろうとしてくれているのが分かったから、だから、私もお母さんを守ろうって思ったんです。でも私には聖女の仕事しかできないから、それを頑張ろうって」
まさか、聖女様がそのようなお気持ちで浄化に当たられていたとは思いもよらなかった。
「聖女様にとっては、聖女はお仕事なのですね」
「浄化が終わったら自由にしていいって、王様が約束してくれたから、早く終わらせたいんですけど」
それは騎士団長からも聞かされていない。もしかしたら騎士団長もご存じないのか。
「私はこの宿の看板娘になって、お母さんと一緒に働く予定です!」
そう生き生きと将来のことを語る聖女様は、城で見る聖女様と別人だ。こちらが本来の聖女様なのだろう。
宿の中で母屋に一番近い部屋のベッドに寝転がり、昼間、聖女様が仰ったことを思い返してみる。
陛下が、浄化が終わった後は聖女様の自由を保障されたということだったが、本当だろうか。
けれど聖女様が嘘をつく必要などない。
その約束があるから、王太子殿下は聖女様に必死で近づこうとなさっていて、それを邪魔するマサコさんを市井に出したのか。
それは悪手だ。
マサコさんは聖女様のために、自由になったらどうやって生きるのか、それを今から探しているのだ。この国の援助などなくても生きていけるように。
皆マサコさんを甘く見ている。彼女は一見何もできないように見えるが、荒くれ者の冒険者を手懐け、近所の主婦たちに溶け込み、着々と自分の居場所を作っている。
これは国に報告しなくてはと思い、けれど本当にしていいのかと我に返った。
国のためにはしなければならない。聖女様のことを考えると、ここで可能性を潰してしまっていいのか分からない。それが国への恨みに変わってしまったら。聖女様に呪われて、この国は無事に済むのだろうか。
結局、国には報告しなかった。
この判断が正解だったのか、それは今でも分からない。
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