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7章 クインス再訪編
5. 鐘
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カーンカーンカーン!
夜、眠っている最中に鳴った鐘で起こされた。
「何?朝?」
「魔物が来たんじゃない?理沙、上から服を着て」
同じく目覚めた理沙も、寝ぼけて何が起きたのか分からずにいる。
この砦に魔物が近づくと鐘が鳴ると聞かされていた。けれど今まで鳴ったことがなかったので、初めてだ。
廊下を走っている音がするので、人に見られても平気な格好になっていた方がいいだろう。
もし逃げるとなったら街まで逃げないといけないので、よほどの事態でなければ、この砦に立てこもるはずだ。
「リサ様、失礼いたします。この砦に魔物が近づいておりますが数は多くないので、このままお部屋にいらしてください。我々は廊下におります」
「ありがとう」
ノックの後、入り口で扉を少し開けて護衛のリリーちゃんが状況を教えてくれた。
ここが砦の中で一番安全という判断で、この部屋があてがわれていると聞いている。
私たちにはここで大人しくしている以外にできることはないので、理沙と身を寄せ合って座っている。
「クインスではこんなことなかったの」
「そうね」
「それってどっちなのかな……」
クインスではそもそも森には近づかずに、街の近くで浄化をしていた。私が一緒について行った時はそうだったし、それ以外の時もそうだったと聞いている。
クインスでは森に近づく必要がなかったのか、必要だったけれど行かなかったのか。
クインスは理沙を危険から遠ざけてくれたのか、それともトルゴードが危険なことを強いているのか。
ここに来るときに確認されたのだ。
この砦は最前線で、もちろん最善を尽くすけれど、絶対に危険がないとは言えない。だから、ここに来るかどうかは理沙の判断に任せると。
理沙はここを放置すれば魔物の被害が長引くのなら浄化すると決めた。
親心としては危険なところに行ってほしくないけれど、理沙が決めたならと何も言わずについてきた。
休みを頻繁に取っているのが良いのか、理沙は体調を崩したりせず、この砦から浄化に行く予定のところはすでに大部分を終えた。
明日休んでその後2日浄化したら、街に帰る予定だったのだ。
これで、トルゴード国内で予定されている浄化はほとんど終わる。その直前の出来事だ。
「クインスだってトルゴードだって隠していることはあるだろうし、限られた情報の中で判断するしかないわ」
「……そうよね」
多分クインスで、ここのような砦に行くべきか迷っているんでしょうけど、向こうから何も言われないなら、理沙から危険に足を踏み入れる必要なんてない。
聖女の安全と民の安全を天秤にかけてどうするかを決めるのは国のすることで、理沙には何の責任もないのだ。
「ねえ、理沙、……もしかしてクインスでもっと早く来ていればって言われたから、ここに来たの?」
「……」
ここを浄化しなければ、同じように言われるかもしれないと思ったのね。
「やっぱりクインスに行くのは止めない?」
「お母さん……」
「いろいろ辛いことを思い出すんじゃない?」
理沙は少し考えてから、小さな声で呟いた。
「だって、今行かないと、二度と行けない気がして」
真面目だから、途中で放り出してしまったことに後悔を感じているのね。
そしてここで逃げたら、二度と立ち向かえないと思っている。
「理沙、逃げ出すことは悪いことじゃないわ。もちろん逃げてばかりはダメだけど、必要な時は逃げなきゃ。それで理沙が壊れては元も子もないのよ」
日本で普通に学生生活をしていれば、誰かの命を背負うような状況にはならない。私だって、誰かの命に責任を感じたことなんて、祐也に対してだけだ。
それなのに理沙は、突然多くの人の命を背負わされてしまった。
そして、私が魔物に襲われた話を聞いて、私の命も守らなければと思ったのだろう。
ベイロールの王子様との件は、寄りかかれる人が欲しかったのかもしれない。
考え込んでしまった理沙を抱きしめて背中を撫でていると、不安げな声で聞いて来た。
「行ってみて、ダメそうだったら帰るっていうのは迷惑かな……」
「分かったわ。行きましょう。でも、理沙がダメそうだと思ったら問答無用でトルゴードに連れて帰るわよ。理沙もダメだと思ったらちゃんと言うこと」
「……うん」
クインスには正直行かせていいのか分からない。理沙も自信がないようだし。
でもすでに成人している本人が行きたいと、行くべきだと思っているのを、私が無理やり止めるのも違う気がする。
ただ、不安要素は潰しておきたい。
「王都に行くのは止めない?」
「ミュラさんの宿は?」
「それはいつか私一人で行けばいいことよ」
こんな時まで私のことを考えて、優しい子ね。もうちょっと我儘になっていいのに。
理沙が一番気がかりな、やり残した浄化だけ終わらせたら、さっさとクインスを出るように、予定を立て直してもらおう。
ミュラはまた会う機会があるでしょう。
「ごめんなさい」
「理沙、そういう時は、ありがとう、よ」
「ありがとう。またハンバーグ作ってくれる?」
「もちろん」
日本を思い出して辛くなるかもしれないので、マッシュポテトの後も料理はしてこなかったけど、これからはときどき作ってあげるようにしよう。
夜、眠っている最中に鳴った鐘で起こされた。
「何?朝?」
「魔物が来たんじゃない?理沙、上から服を着て」
同じく目覚めた理沙も、寝ぼけて何が起きたのか分からずにいる。
この砦に魔物が近づくと鐘が鳴ると聞かされていた。けれど今まで鳴ったことがなかったので、初めてだ。
廊下を走っている音がするので、人に見られても平気な格好になっていた方がいいだろう。
もし逃げるとなったら街まで逃げないといけないので、よほどの事態でなければ、この砦に立てこもるはずだ。
「リサ様、失礼いたします。この砦に魔物が近づいておりますが数は多くないので、このままお部屋にいらしてください。我々は廊下におります」
「ありがとう」
ノックの後、入り口で扉を少し開けて護衛のリリーちゃんが状況を教えてくれた。
ここが砦の中で一番安全という判断で、この部屋があてがわれていると聞いている。
私たちにはここで大人しくしている以外にできることはないので、理沙と身を寄せ合って座っている。
「クインスではこんなことなかったの」
「そうね」
「それってどっちなのかな……」
クインスではそもそも森には近づかずに、街の近くで浄化をしていた。私が一緒について行った時はそうだったし、それ以外の時もそうだったと聞いている。
クインスでは森に近づく必要がなかったのか、必要だったけれど行かなかったのか。
クインスは理沙を危険から遠ざけてくれたのか、それともトルゴードが危険なことを強いているのか。
ここに来るときに確認されたのだ。
この砦は最前線で、もちろん最善を尽くすけれど、絶対に危険がないとは言えない。だから、ここに来るかどうかは理沙の判断に任せると。
理沙はここを放置すれば魔物の被害が長引くのなら浄化すると決めた。
親心としては危険なところに行ってほしくないけれど、理沙が決めたならと何も言わずについてきた。
休みを頻繁に取っているのが良いのか、理沙は体調を崩したりせず、この砦から浄化に行く予定のところはすでに大部分を終えた。
明日休んでその後2日浄化したら、街に帰る予定だったのだ。
これで、トルゴード国内で予定されている浄化はほとんど終わる。その直前の出来事だ。
「クインスだってトルゴードだって隠していることはあるだろうし、限られた情報の中で判断するしかないわ」
「……そうよね」
多分クインスで、ここのような砦に行くべきか迷っているんでしょうけど、向こうから何も言われないなら、理沙から危険に足を踏み入れる必要なんてない。
聖女の安全と民の安全を天秤にかけてどうするかを決めるのは国のすることで、理沙には何の責任もないのだ。
「ねえ、理沙、……もしかしてクインスでもっと早く来ていればって言われたから、ここに来たの?」
「……」
ここを浄化しなければ、同じように言われるかもしれないと思ったのね。
「やっぱりクインスに行くのは止めない?」
「お母さん……」
「いろいろ辛いことを思い出すんじゃない?」
理沙は少し考えてから、小さな声で呟いた。
「だって、今行かないと、二度と行けない気がして」
真面目だから、途中で放り出してしまったことに後悔を感じているのね。
そしてここで逃げたら、二度と立ち向かえないと思っている。
「理沙、逃げ出すことは悪いことじゃないわ。もちろん逃げてばかりはダメだけど、必要な時は逃げなきゃ。それで理沙が壊れては元も子もないのよ」
日本で普通に学生生活をしていれば、誰かの命を背負うような状況にはならない。私だって、誰かの命に責任を感じたことなんて、祐也に対してだけだ。
それなのに理沙は、突然多くの人の命を背負わされてしまった。
そして、私が魔物に襲われた話を聞いて、私の命も守らなければと思ったのだろう。
ベイロールの王子様との件は、寄りかかれる人が欲しかったのかもしれない。
考え込んでしまった理沙を抱きしめて背中を撫でていると、不安げな声で聞いて来た。
「行ってみて、ダメそうだったら帰るっていうのは迷惑かな……」
「分かったわ。行きましょう。でも、理沙がダメそうだと思ったら問答無用でトルゴードに連れて帰るわよ。理沙もダメだと思ったらちゃんと言うこと」
「……うん」
クインスには正直行かせていいのか分からない。理沙も自信がないようだし。
でもすでに成人している本人が行きたいと、行くべきだと思っているのを、私が無理やり止めるのも違う気がする。
ただ、不安要素は潰しておきたい。
「王都に行くのは止めない?」
「ミュラさんの宿は?」
「それはいつか私一人で行けばいいことよ」
こんな時まで私のことを考えて、優しい子ね。もうちょっと我儘になっていいのに。
理沙が一番気がかりな、やり残した浄化だけ終わらせたら、さっさとクインスを出るように、予定を立て直してもらおう。
ミュラはまた会う機会があるでしょう。
「ごめんなさい」
「理沙、そういう時は、ありがとう、よ」
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「もちろん」
日本を思い出して辛くなるかもしれないので、マッシュポテトの後も料理はしてこなかったけど、これからはときどき作ってあげるようにしよう。
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