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8章 ローズモス編
8. 笑う門には福来る
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ローズモスを楽しんで、トルゴードに帰ってきた。
私たちは半分遊びだったから、もうちょっとローズモスに滞在していてもよかったんだけど、ついてきてくれている人たちはそうもいかない。みんな帰ったらお仕事が山積みで待っているだろう。
トルゴードに来てから、浄化の旅にでていた期間のほうが、お城にいた日よりも長い。それでも、なんとなくトルゴードのお城が帰るところになっている。それが少し寂しくもある。
今日は、浄化の旅や絵本の話のために延期されていた聞き取り調査が久しぶりに行われている。
事前にターシャちゃんのお父さんに言われた古文書が読めるんじゃないかという件を伝えたので、何が書かれているか分からないという文書を持ってきてくれた。
貴重なものを触って破損させるのが怖いので、取り扱いは全てお願いして、私は覗き込むだけだ。
「こちらは、千年以上前にこのあたりに存在していたと言われる王朝のものと思われるのですが、何が書かれているのか分かっていません」
「えーっと……、これ、動物の飼い方が書かれていますよ」
読めてしまった。
エサは朝晩の一日二回、人間の食べ物は与えないこと、って書いてあるから、飼育動物の世話の話だ。ペットなのか、馬などの働く動物なのかは、情報が少なすぎて分からないけど。
本当に普通に読めてしまったので、頑張って謎解きするようなスリルというか楽しみがないのはちょっと残念だわ。
私の解読結果を聞いた人たちは、ぽかんとしたまま開いた口がふさがらないようだ。
まさか、解読不能の文章がペットの飼い方とは思わないわよね。
だけどこれで、この世界の言語であれば、今使われているかどうかに関係なく理解できるということが分かった。言語の翻訳については神の領域にしっかり踏み入れている。
召喚は神の御業で、私たちが神の祝福を受けているというのは、あながち嘘じゃないのだろう。かと言ってそれを有り難がるかどうかは、私たちの自由だ。
「理沙、今日は召喚記念日ね」
「何よ、それ」
今日は私たちがこの世界に召喚された日だ。
勝手に連れてこられたことへの恨みは忘れていないけれど、こうやって軽口を叩いてみようと思えるくらいには、この世界で生きていくことに順応している。
理沙も、それって祝うことじゃないでしょ、と呆れながらも笑っている。
もう二度と家族に会うことができない悲しみが消えることはないけれど、悔しいことに泣いたところで状況は変わらない。この二年で、そんな負の感情ともだいぶ折り合いをつけられるようになった。
理沙は、絵本や紙芝居に絵を描くことを仕事にしている。
仕事をしなくても面倒を見てもらえると分かっているけれど、援助が打ち切られた時のことを考えると、何もせずに就業経験もないままでいることは怖い。『働かざるもの食うべからず』ということわざのある国に育ったのもあるのだろう。
私は解読不能だった古文書などの書物の翻訳をしている。
いずれは他の国の物も受け付けていく方向で、トルゴードが他国と調整してくれている。翻訳した内容がトルゴードには知られたくないものである可能性もあるので、その辺りの調整が必要らしい。
現物を持ってきてもらい、その場で読んで口頭で伝えればトルゴード側には内容は知られずに済むけれど、私の安全のためにも護衛を外すわけにいかない。私をタテに理沙に言うことを聞かせるよう脅しをかけられると困るのだ。
護衛についてはそこから話が大きくなって、国から独立した聖女護衛騎士団を作るべきではないかという案も出ているらしい。
プライベートでは、理沙は最近トルゴードの王妃様の親戚のお嬢さんと仲良くしている。
ローズモスに同行してくれた第二王子のお妃様が、理沙がターシャちゃんのお姉さんと仲良くしていたのを見て、王妃様に進言してくれたそうだ。
理沙のお茶会には派閥の偏りがないようにいろんな人を招いていたので、その中で一人と仲良くなるのは難しかった。王妃様の推薦なら、貴族たちも文句を言えないようで、今のところ問題は起きていない。
三人集まれば派閥ができるって言うけれど、宮廷ドラマの真っただ中にいることにはいまだに慣れないし、多分今後も慣れることはないだろう。
私は理沙に乗せられて、ターシャちゃんのお父さんと文通している。
文通。響きは古風でとても素敵。
でも実際にやると往復に一か月。気軽に書けないので、正直に言えば返事を書くのが億劫だったりする。
問題なのは相手ではなく、手紙を書くという行為そのものだ。書き忘れたと思ったらすぐに追加が送れるメールとは一通の重さが全く違う。
さらに厳選した話題を、と思うと書くことがなくなる。理沙とターシャちゃんのこと以外に書くことがないのだ。仕事の内容は機密事項に引っかかりそうで、しかも何が機密に当たるのかがよく分からないので怖くて書けない。その結果、内容はほとんどふたりの観察日記だ。
それでも文章を書く練習になるから、頑張っている。
「長かったような、あっという間だったような、不思議な二年だったわ」
「お母さんがいてくれなかったら、きっとずっと泣いてたと思う。お母さん、ありがとう」
「私のほうこそ。理沙がいてくれたから頑張れたのよ。ありがとう」
信号待ちの最中に理沙の手を掴んでから怒涛の日々だった。
ただただ必死で、けれど理沙がいたから、守りたいと思う人がいたから頑張れた。
これからもいろいろ起きるのだろう。この世界の常識は、私たちの非常識だ。寂しさや悔しさに眠れぬ夜を過ごすこともあるかもしれない。
未来に絶望しようとも、変わらず明日はやってくる。
泣きながら迎えるその明日は、誰かが待ちわびた輝かしい日でもある。
私たちが笑っていても泣いていても世界には与り知らぬことなのだから、だったら笑っているほうがいい。
笑う門には福来る。
これからはきっといいことが待っている。そう信じて明日を迎えよう。
せっかくの異世界だから、楽しまなきゃね。
(了)
私たちは半分遊びだったから、もうちょっとローズモスに滞在していてもよかったんだけど、ついてきてくれている人たちはそうもいかない。みんな帰ったらお仕事が山積みで待っているだろう。
トルゴードに来てから、浄化の旅にでていた期間のほうが、お城にいた日よりも長い。それでも、なんとなくトルゴードのお城が帰るところになっている。それが少し寂しくもある。
今日は、浄化の旅や絵本の話のために延期されていた聞き取り調査が久しぶりに行われている。
事前にターシャちゃんのお父さんに言われた古文書が読めるんじゃないかという件を伝えたので、何が書かれているか分からないという文書を持ってきてくれた。
貴重なものを触って破損させるのが怖いので、取り扱いは全てお願いして、私は覗き込むだけだ。
「こちらは、千年以上前にこのあたりに存在していたと言われる王朝のものと思われるのですが、何が書かれているのか分かっていません」
「えーっと……、これ、動物の飼い方が書かれていますよ」
読めてしまった。
エサは朝晩の一日二回、人間の食べ物は与えないこと、って書いてあるから、飼育動物の世話の話だ。ペットなのか、馬などの働く動物なのかは、情報が少なすぎて分からないけど。
本当に普通に読めてしまったので、頑張って謎解きするようなスリルというか楽しみがないのはちょっと残念だわ。
私の解読結果を聞いた人たちは、ぽかんとしたまま開いた口がふさがらないようだ。
まさか、解読不能の文章がペットの飼い方とは思わないわよね。
だけどこれで、この世界の言語であれば、今使われているかどうかに関係なく理解できるということが分かった。言語の翻訳については神の領域にしっかり踏み入れている。
召喚は神の御業で、私たちが神の祝福を受けているというのは、あながち嘘じゃないのだろう。かと言ってそれを有り難がるかどうかは、私たちの自由だ。
「理沙、今日は召喚記念日ね」
「何よ、それ」
今日は私たちがこの世界に召喚された日だ。
勝手に連れてこられたことへの恨みは忘れていないけれど、こうやって軽口を叩いてみようと思えるくらいには、この世界で生きていくことに順応している。
理沙も、それって祝うことじゃないでしょ、と呆れながらも笑っている。
もう二度と家族に会うことができない悲しみが消えることはないけれど、悔しいことに泣いたところで状況は変わらない。この二年で、そんな負の感情ともだいぶ折り合いをつけられるようになった。
理沙は、絵本や紙芝居に絵を描くことを仕事にしている。
仕事をしなくても面倒を見てもらえると分かっているけれど、援助が打ち切られた時のことを考えると、何もせずに就業経験もないままでいることは怖い。『働かざるもの食うべからず』ということわざのある国に育ったのもあるのだろう。
私は解読不能だった古文書などの書物の翻訳をしている。
いずれは他の国の物も受け付けていく方向で、トルゴードが他国と調整してくれている。翻訳した内容がトルゴードには知られたくないものである可能性もあるので、その辺りの調整が必要らしい。
現物を持ってきてもらい、その場で読んで口頭で伝えればトルゴード側には内容は知られずに済むけれど、私の安全のためにも護衛を外すわけにいかない。私をタテに理沙に言うことを聞かせるよう脅しをかけられると困るのだ。
護衛についてはそこから話が大きくなって、国から独立した聖女護衛騎士団を作るべきではないかという案も出ているらしい。
プライベートでは、理沙は最近トルゴードの王妃様の親戚のお嬢さんと仲良くしている。
ローズモスに同行してくれた第二王子のお妃様が、理沙がターシャちゃんのお姉さんと仲良くしていたのを見て、王妃様に進言してくれたそうだ。
理沙のお茶会には派閥の偏りがないようにいろんな人を招いていたので、その中で一人と仲良くなるのは難しかった。王妃様の推薦なら、貴族たちも文句を言えないようで、今のところ問題は起きていない。
三人集まれば派閥ができるって言うけれど、宮廷ドラマの真っただ中にいることにはいまだに慣れないし、多分今後も慣れることはないだろう。
私は理沙に乗せられて、ターシャちゃんのお父さんと文通している。
文通。響きは古風でとても素敵。
でも実際にやると往復に一か月。気軽に書けないので、正直に言えば返事を書くのが億劫だったりする。
問題なのは相手ではなく、手紙を書くという行為そのものだ。書き忘れたと思ったらすぐに追加が送れるメールとは一通の重さが全く違う。
さらに厳選した話題を、と思うと書くことがなくなる。理沙とターシャちゃんのこと以外に書くことがないのだ。仕事の内容は機密事項に引っかかりそうで、しかも何が機密に当たるのかがよく分からないので怖くて書けない。その結果、内容はほとんどふたりの観察日記だ。
それでも文章を書く練習になるから、頑張っている。
「長かったような、あっという間だったような、不思議な二年だったわ」
「お母さんがいてくれなかったら、きっとずっと泣いてたと思う。お母さん、ありがとう」
「私のほうこそ。理沙がいてくれたから頑張れたのよ。ありがとう」
信号待ちの最中に理沙の手を掴んでから怒涛の日々だった。
ただただ必死で、けれど理沙がいたから、守りたいと思う人がいたから頑張れた。
これからもいろいろ起きるのだろう。この世界の常識は、私たちの非常識だ。寂しさや悔しさに眠れぬ夜を過ごすこともあるかもしれない。
未来に絶望しようとも、変わらず明日はやってくる。
泣きながら迎えるその明日は、誰かが待ちわびた輝かしい日でもある。
私たちが笑っていても泣いていても世界には与り知らぬことなのだから、だったら笑っているほうがいい。
笑う門には福来る。
これからはきっといいことが待っている。そう信じて明日を迎えよう。
せっかくの異世界だから、楽しまなきゃね。
(了)
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