不義の子と蔑まれるネコ族の調香師は竜族の極悪王子に指名される〜初恋の人を探しているので溺愛は結構です〜

梅乃なごみ

文字の大きさ
25 / 39

25.「これ以上、俺に生きていたいと思わせないでくれ」

しおりを挟む


 朝の光が差し込む森は、眩しくて暖かい。
 見上げると木々を包む葉がキラキラと風に揺れている。
 まるで一匹の猫を少し戸惑いながら歓迎するように。あのときも、こんなふうに森がニーナを迎え入れてくれていた。

 ――手を引いてくれた彼は、あの日渡した香玉をポケットにいれて嬉しそうに笑っていた。
 陽の光をたっぷり含んで揺れる髪は金色にも、虹色にもみえる美しい銀髪だった。

 また忘れてしまわないようにニーナは頭の中で何度も彼を思い出す。そしてそれは必然のように目の前の男と重なっていった。
 ニーナは周りに人がいないことを確認し、くるくるとその場で回ってみた。木々の中でたんぽぽ色のワンピースがふわりと舞う。

「この森は伝説の竜がつくった森ですよね」
「ああ。伝説上では白銀の竜が愛した猫のために造り上げた森と言われている」
「この森に迷い込んだ猫は歳をとらなかったとか、不治の病が治ったとか、そんな噂もありましたね」

 唐突な話題にロルフは少し訝るような視線を向けたがニーナの無邪気な様子にすぐ目を優しく細めた。

「真偽は不明だがこの森に不思議な力があるのは事実だ。例えばこの果実や植物は他では生息していない。それに、竜族が祈りを捧げるほど森は豊かになり、自然の力と相まって農村も潤すほどの未知な力がある。この森で暮らす子供たちも悪い夢はみないと聞いた。森は竜が望む猫の幸せを実現する……すまない、これでは伝説を読み上げているだけだな」

「それは、たとえば猫の幸せのために記憶を奪うことも……あるんですよね?」

 ロルフはハッとして表情を引き締めた。この森に来てから気持ちを緩めているからだろうか、いつもより感情がはっきりしてみえる。一瞬だったが、確かにロルフは動揺した。

「……昨日のことか?」
「昨日のことも納得していません。でも、それより私はずっと忘れてたことを思い出したのです」

 ニーナの新緑色の瞳はロルフから一瞬たりとも目を離さない。絶対に誤魔化されたくない。

「ロルフ様は私の初恋の方のこと、銀髪が珍しいだけっておっしゃってましたよね。私、覚えてなかったんです。彼のことで覚えていたのは蒼い瞳だけ……」
「……言い間違えだ。忘れてくれ……それ以上なにも考えないでくれ……」
「ロルフ様は私に初めて触れた時、香水ではなく私自身の香りを不思議がっていました。魔力から香るのであればロルフ様が以前仰っていたように運命だから……」
「ニーナ」

 縋るような声だ。これ以上の言葉を遮るような。けれどニーナは止めない。

「あなたは私の運命の方だったから、本能が覚えていたのではないでしょうか。だからあなたを誘う香りを私が魔力にのせていた……あなたは私の初恋の彼。お持ちですよね、十三年前にお渡しした香玉を」

 ロルフはあからさまにニーナから視線を逸らした。そして頭を抱えて俯く。
 ニーナは不安になって、抱きしめたくなるのを必死にこらえた。ロルフの言葉で真実が聞きたい。
 たとえ、貴方にとっての運命が私でなくても。
 けれど、ロルフは答えてくれない。その表情はフードの中に隠れたままだ。

「……俺は、思い出してはいけないんだ。俺がそう望んだ。君を失いたくなくて。俺が君を……」
「ロルフ様。私はここにいます。あなたのいちばん大切な方にはなれなくても、ここにいます」

 ニーナは精一杯微笑んだ。ロルフの隣にいたい。その本音と、少しだけの建前。

「……君が側に……」

 ロルフはうわ言のように呟くと、フードを脱ぎ胸ポケットから小さな包みを取り出した。
 その中にはいっていたのは、ニーナが想像した通りの«香玉»だった。
ニーナ手にそれが渡ると、同時にロルフからはほんのりと寂しげな香りが漂う。
 初めて感じた、ロルフ自身の香り。十三年前の記憶が蘇る。思い出すことを許されたかのように。

「……あなただったんですね。ロルフ様、私、私ずっとあなたを……」

 感極まって抑えきれなくなるニーナを黙らせるようにロルフは強く抱きしめた。でもそれは、熱く抱きしめ返せるものではななった。ロルフの腕は震えていて、息は荒い。圧し掛かってきた体は茹だるように熱い。

「だめだ。それ以上は……頼む、これ以上俺に生きていたいと思わせないでくれ。幸福で……怖いんだ」

 呪いによる発作がおきているのだとニーナは悟った。マント越しに、背中のアザがあった場所が燃えているように熱をもつ。
 昼間だから発作は起こらないだろうと油断していた。

「ロルフ様……!」

 ロルフの意識は朦朧としている。いつもの発作より酷いのは一目瞭然だった。素性を隠している以上、助けを呼ぶことも出来ない。

「……君の言う通りだ。十三年前、この森で彼女に出会った。しかし俺は無能な王子だった。このままでは彼女に危険が及ぶ。だからこの森に願ったんだ。彼女が俺を忘れ幸せになるようにと――だが、もう遅かった。そう、思っていたのに……君は……」

 ロルフの口から初恋の彼女が語られる。目の前にいるのがニーナだということさえ分からない状態らしい。
 ニーナは急いでポケットから香水を取り出した。
 母の形見である未完成の«真実の愛»を持ってきていたのだ。今のロルフの苦しみを救えるならこの香水が完成しなくても構わない。それほど強い想いがニーナの魔力となって溢れ出す。

「――尊き者の盾となり……いいえ、愛する者を導く光となり、寄り添う想いをここに宿してください……っ」

 ニーナが胸に抱いた香水瓶がぱあっと大きく光った。今まで見た事のない輝きに、目を見張る。
 その光は眩しすぎるほどなのに、優しく包み込むような香りに変化する。その光に反応するように森が唸って、大きな風が巻き起こった。

「あっ――」

 しっかり握っていたはずなのにニーナの手から香水瓶が離れ、風に乗せられてくるりと回って光り輝く。まるで、森の力が香水に注がれるようだ。ニーナは手を伸ばして、瓶を森から受け取った。
 淡い黄金色の香水をロルフにしゅっと吹きかける。それは、太陽の香りだった。
 大好きな人と木の上で日向ぼっこをしていて、抱き合った時に溢れるような愛しい香り。

「……っ、……はっ……」

 苦しみに朦朧としていた彼の表情は一瞬穏やかになった。けれど。

「ぅ、ぁああっ……!」
「ロルフ様!」

 突然目を見開いて苦しみだしたのだ。まるで内側からこじ開けられているかのように自身を抱え込んだロルフを強い風が攫うように包み込んだ。ニーナは無意識にロルフを離すまいと抱きしめていた。強風に煽られ目を固く瞑る。眩い光に照らされて、恐る恐る瞼を開く。

「ロルフ……様……?」

 抱いていたはずの体温が感じられなくなり、代わりにひんやりとした硬質なものに触れている。ニーナは目の前の光景に言葉を失った。

 柔らかな陽の光を泳がせ、虹色に輝く白銀の鱗。研ぎ澄まされた刃のように鋭い爪、どこまでも飛んでいけそうで神秘的な勇ましさを感じさせる翼。そして、深い空のように凛々しい碧眼。
 その姿は紛うことなく、白銀の竜そのものだった。 
 ニーナは目の前の竜がロルフであることがすぐに理解できた。そしてこれが、ロルフの本当の姿であることも。

「ロルフ様……っ、すごい、本当に……っ」

 ニーナは無意識に涙を零していた。新緑色の瞳から、ぽろぽろと安堵と感動が伝う。大きな竜は、猫の頬に寄り添うと丁寧にその涙を舌で拭った。ざりっとした感触がくすぐったい。ふふっと身を捩ると、竜は安心したように美しい目を細めた。竜の姿になっても、彼は彼のままだ。

 青い瞳と見つめ合ったとき、遠くからふたりを呼ぶ声が響いた。そしてタイミングを見計らうように白銀の竜はまた光に包まれていく。

『ロル様ー! 大丈夫ですかー! さっきこの辺りからすごい風が……! って、あっ、お邪魔しましたっ』

 ロルフが竜に姿を変えた瞬間に巻き起こった強風だとは知る由もない村人が散歩にでたふたりを心配し探しにきてくれたらしい。たどり着いた村人の前でふたりは静かに抱き合っていた。

「俺たちは問題ない。そろそろお暇するとしよう」

 ロルフはニーナの手を握って歩く。胸に秘めるには大きすぎる感動をニーナは必死に噛み締めて、竜の背中を見つめ足を進めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

甘い匂いの人間は、極上獰猛な獣たちに奪われる 〜居場所を求めた少女の転移譚〜

具なっしー
恋愛
「誰かを、全力で愛してみたい」 居場所のない、17歳の少女・鳴宮 桃(なるみや もも)。 幼い頃に両親を亡くし、叔父の家で家政婦のような日々を送る彼女は、誰にも言えない孤独を抱えていた。そんな桃が、願いをかけた神社の光に包まれ目覚めたのは、獣人たちが支配する異世界。 そこは、男女比50:1という極端な世界。女性は複数の夫に囲われて贅沢を享受するのが常識だった。 しかし、桃は異世界の女性が持つ傲慢さとは無縁で、控えめなまま。 そして彼女の身体から放たれる**"甘いフェロモン"は、野生の獣人たちにとって極上の獲物**でしかない。 盗賊に囚われかけたところを、美形で無口なホワイトタイガー獣人・ベンに救われた桃。孤独だった少女は、その純粋さゆえに、強く、一途で、そして獰猛な獣人たちに囲われていく――。 ※表紙はAIです

【完結】たれ耳うさぎの伯爵令嬢は、王宮魔術師様のお気に入り

楠結衣
恋愛
華やかな卒業パーティーのホール、一人ため息を飲み込むソフィア。 たれ耳うさぎ獣人であり、伯爵家令嬢のソフィアは、学園の噂に悩まされていた。 婚約者のアレックスは、聖女と呼ばれる美少女と婚約をするという。そんな中、見せつけるように、揃いの色のドレスを身につけた聖女がアレックスにエスコートされてやってくる。 しかし、ソフィアがアレックスに対して不満を言うことはなかった。 なぜなら、アレックスが聖女と結婚を誓う魔術を使っているのを偶然見てしまったから。 せめて、婚約破棄される瞬間は、アレックスのお気に入りだったたれ耳が、可愛く見えるように願うソフィア。 「ソフィーの耳は、ふわふわで気持ちいいね」 「ソフィーはどれだけ僕を夢中にさせたいのかな……」 かつて掛けられた甘い言葉の数々が、ソフィアの胸を締め付ける。 執着していたアレックスの真意とは?ソフィアの初恋の行方は?! 見た目に自信のない伯爵令嬢と、伯爵令嬢のたれ耳をこよなく愛する見た目は余裕のある大人、中身はちょっぴり変態な先生兼、王宮魔術師の溺愛ハッピーエンドストーリーです。 *全16話+番外編の予定です *あまあです(ざまあはありません) *2023.2.9ホットランキング4位 ありがとうございます♪

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果

てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。 とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。 「とりあえずブラッシングさせてくれません?」 毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。 そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。 ※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

身代わり令嬢、恋した公爵に真実を伝えて去ろうとしたら、絡めとられる(ごめんなさぁぁぁぁい!あなたの本当の婚約者は、私の姉です)

柳葉うら
恋愛
(ごめんなさぁぁぁぁい!) 辺境伯令嬢のウィルマは心の中で土下座した。 結婚が嫌で家出した姉の身代わりをして、誰もが羨むような素敵な公爵様の婚約者として会ったのだが、公爵あまりにも良い人すぎて、申し訳なくて仕方がないのだ。 正直者で面食いな身代わり令嬢と、そんな令嬢のことが実は昔から好きだった策士なヒーローがドタバタとするお話です。 さくっと読んでいただけるかと思います。

処理中です...