第一王女は夢の中で年下竜人従者に溺愛される

梅乃なごみ

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1.婚約から10年、竜と魔術師の壁

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婚約から十年。ティアは十八歳になり、クロードは十五歳になった。
 ベルス王国では十六歳で成人となる。ティアと同年代の魔術師であれば貴族でなくても結婚している者が多い。
 侍女に着替えさせられるティアは鏡をみて溜め息をつく。

 ――妹に比べてちんちくりんなこの見た目のせいで成人していることをいまだに驚かれるけれど。
 成人を迎える数年前よりティアの背は伸び悩み、妹にも追い抜かされ全ての栄養は胸にいってしまったのかと思うほどそこだけ成長した。
 小さな体に大きな胸。なんてアンバランス。すらりとした妹のリリィが羨ましい。

「あっ、今日は教会に行く予定なの。アクセサリーはいらないわ」

 侍女が手にした王女らしい宝石のネックレスを断る。
 動き回るのにアクセサリーは必要ない。本音をいえばドレスだって平民のようにもっと簡素でもいいくらいだと思う。

「またあの竜人専用の教会ですか?」

 ティアの髪を結う初老の侍女が溜め息混じりにいう。溜め息の原因は竜と魔術師の国の女王である前に魔術師であるティアが竜人と魔術師の共同施設ではなく竜人専用の施設ばかりに赴き『変わり者の王女』と噂されていることからだろう。

「ティア様。クロード様のこともありますしあまり口うるさく言いたくはございませんが……ご存じの通り竜人と魔術師の歴史は――」

「分かってます」

 ティアは侍女の言葉を遮る。

 ――竜と魔術師の歴史があるからこそ、私は王女として竜人と関わりたい。
 なにはともあれ、おてんば姫だったティアは慈悲深く思慮深い雰囲気の王女となり、国民からは一つ違いの妹と共に期待を込めた支持を得ていた。

「ティア王女様! また一緒にお歌を歌ってください!」
「その前に早く湖にいこう! 見せたいものがあるんだ!」
「こらっ! 王女様がお困りになってしまうでしょう! ちょっとお待ちなさい!」

 教会につくと早速子供達がティアの手を引き、あちこちに連れ回す。制止しようと追いかける大人達は子供達の奔放さに慌てているがティアは構わないと子供達にされるがまま駆け出した。

「ティア王女様! みて! さくらって花が咲いてるよ!」

 教会からほど近い魔法の湖に身を乗り出し、水面を覗く。

「まあ。綺麗な桜ね。そうそう、あの紫色の花は藤ね」

 目に入る花や動物はベルス帝国に存在しないものばかりだ。その名称を楽しげに口にする子供達に「すごいわ。物知りね」と優しく頭を撫でる。

 王国にいくつか存在する魔法の湖では異世界である『人間界』を映し出すことができる。
 これは先代の王が人間界好きで長い時間と膨大な魔力によって開いた人間界への道だと伝えられ、ベルス王国には存在しない木花や動物、そして時折人間の生活を映す。
 いわゆる覗き穴だ。人間界はこちらの世界の存在すらごく一部の者しか知らないらしい。

「あっ! こっちのほうがすごいよ! あの黒髪の女の子にもう子供が生まれたんだ!」

 子供達の中の一人が声を上げて水面を指した。ティアはそれをみてくすりと笑う。

「この前まであなた達くらい幼かった子にもう子供が……人間の成長は本当に早いわね」

 つい先日見かけたときはまだ子供だった人間の女の子が大人になり、腕に小さな赤子を抱いている。そしてそのふたりを愛しげに見つめる青年の姿があった。
 ティアはその姿をみていると胸がきゅっと締め付けられる。人間は成長が早く短命だ。恐らく次に人間界を覗いたときにこのふたりを見ることをはないだろう。
 だからこそだろうか。素直で情熱的に愛し合う人間が羨ましかった。
王国民でもその儚さや懸命さから人間に憧れるものは少なくない。

 そんなティアの心情を察したようにティアの隣にひとりの侍従が膝をつく。

「クロード……」
「ティア様。本日はもうこの辺になさっては。来月リリィ様の療養で人間界へ行かれるのですから……人間に情が移ります」
「……ええ。そうですね」

 国民のことを第一に考える必要がある王族が人間に情を移してはならない。憧れるなんてもってのほかだ。クロードの言うとおり、妹のリリィは生まれつき体が弱く、なぜか人間界の空気がどんな薬よりも療養になった。そのため定期的に人間に扮して人間界で過ごしている。

もちろん、無人の島で結界を張り、人間と関わることは一切禁じられているため実物を遠目でみることさえごく稀だが、万が一を案じてクロードを含む侍従たちはとても神経質になっている。クロードがティアの身を案じているのも当然、王女と従者としてだ。

「うわーん!」

 そろそろ帰る支度を始めようとしていた矢先、子供の泣き声が響く。

「どうしたの!?」

 王女であるティアは誰よりも先に子供のもとに駆け寄った。ひとりの子供が遊んでいて転んでしまったらしく、膝を擦りむいている。

「泣かないで……もう大丈夫よ」

 ティアは子供を落ち着かせるように肩を抱いて片手を擦りむいた膝にかざす。すうっと息を吸うとティアは小さな声で歌った。すると柔らかな光が放たれ、子供のケガが治っていく。

「ティア様……」
「大丈夫。他の誰もみていません……そうでしょう?」

 怪訝そうなクロードだったが誰か他者の存在があればティアの行動を無理矢理でも止めていただろう。
 ティアは周りで心配そうにみつめていた子供達をもっと近くに寄せ、歌を続けた。子供達の小さな火傷や痣がみるみる消えていく。

 王族が公務以外で魔法を使うことは禁じられてこそいないものの、よしとはされていなかった。それもティアのように魔術師のなかでもかなり珍しい『治癒魔法』はなおさらだ。発動方法は様々だがティアは歌声に魔力を乗せて治療する。声量に魔力が比例するため小さな声で治せるのは子供たちの小さな傷程度だ。

 魔術師や竜の治療に魔法は欠かせないが、医療魔法を扱える者がかなり少ないため平民――それも教会に医療や良質な薬は回ってこないに等しかった。

「もう大丈夫よ。みんなも他に痛むところはない?」
「うん! 大丈夫! ありがとう、ティア王女様!」

  クロードは野暮用があると一旦退出し、ティアは管理人に寄付を渡し戻ってきたクロードと教会を後にした。

(あの子たちが楽しく過ごせる未来を……そんな国にしたい)

「ティア様」
「クロード!」

 考え事をしていて呼び止められ振り返ると思わず声と体が跳ねてしまい、はっと口元を押さえる。
 あたりを確認するが自分たち以外は誰もいないようだ。
 改めて婚約者を見上げる。クロードはティアの背をあっという間に追い越し、実年齢以上に大人の体つきに成長した。

 目鼻立ちはもとより更に凜々しくなり、目つきは少々鋭いがそれがまた品位のなかに野性味を感じさせる。竜化したときの鱗同様の黒髪は前髪ごと後方へ流し端正な顔を引き立てている。
 なにより、ティアより頭二つ分は高い背と、服の上からでも薄らと分かるほど逞しい腕と背中は男であることを意識させ、ティアの目のやり場を失わせた。

「護衛を置いていかないでください」

 護衛、というのはクロードのことだ。クロードは敏腕な第一王女専属の護衛騎士であり若き指導者でもある。
 15歳にしてクロードの一族であるフォン家の設立した竜人の騎士学校でその才能を認められ既に大人顔負けの仕事っぷりを発揮している。本来であれば王女の付き添いがたった一人などあり得ない。クロードほどの力の持ち主だから故にだろう。
 いつのまにかこうして少しの外出では二人きりになることができるようになった。

 まるで普通の恋人同士のデートみたい。なんて浮かれそうになる。
いつ誰が現れるとも知らないので精一杯涼しげな顔を装う。
 ティアの半歩後ろを歩くクロードは視線だけで先程の教会に目をやると淡々と口を開いた。

「あの教会は竜人専用です。今後は妹のリリィ様のように竜人と魔術師の共同の学校に行かれては――」
「なぜそれをクロードが言うの!」

 ティアは気付くと振り返ってクロードの言葉を遮っていた。
 お父様とお母様に何度も聞かされた。教育係にも耳にたこができるほど。竜人と魔術師の歴史と現在。
 それは確かな事実だったが竜人であるクロードにそれを持ち出されたのがティアは嫌だった。
 竜人であることに誇りをもっている彼が『第一王女の側近として』立場上それを否定することが苦しい。
 淡いブラウンの大きな瞳でクロードを睨み付ける。悔しくて涙まで滲んできた。

「申し訳ありません。出過ぎたことを……」

 クロードが一瞬目を見張ってすぐに頭を下げる。違う。謝ってほしいわけではない。
 婚約者のティアとして感情をぶつけても侍従のクロードとして返すその姿が悲しかった。それを慰める言葉を知らない自分も悔しい。ドレスを握った手が震える。

(私が竜人であるクロードを大好きだとか、そんな言葉はきっと何の意味も持たない)

 頭を下げる婚約者にかける言葉が見当たらず涙が零れないよう堪える王女の背後に人影が忍び寄る。
 先に気配に気付いたのは侍従だった。すかさずティアを後方へやると相手を睨む。が、その目はすぐに敵意を失う。

「あっ、あっ、えっと、ティアおうじょさまっ!」

 クロードの後ろからひょっこりと顔を出し、声の主を確認する。

「あなたは教会にいた……傷はもう大丈夫?」

 先ほど教会でケガを治療した子供だ。子供は元気に頷くと子供は包みを取り出した。

「はいっ、どうぞ。シスターが王女様とクロード様にって。うちの人気商品なんだよ。寝る前に火をつけてね。魔力が込められているから自動的に消えるよ。期限は四日間だから!」

 ティアは小さな手から差し出された包みを反射的に受け取ってしまった。
 王女として簡単に他者から物を受け取ってはいけないと厳しく言われていたティアは子供を呼び止めようとしたが子供は用事は済んだとばかりに足早に去って行ってしまう。

「あっ、えっと、ありがとうー!」

 ティアはクールな王女の猫をかぶることも忘れて素で走り去る子供の背に手を振った。
 王女らしくない姿をクロードに咎められるかと思ったが先程のことがあるからだろうか。クロードは何も言わずティアの手の中の包みを見つめている。
 恐らくあの教会は寄付だけでは成り立たないためこうして子供たちと一緒に物を売っているのだろう。

 包みをひろげてみると中からハート型のピンクのキャンドルが現れた。
 ハートは真ん中で割れるようになっていて両方に芯がついている。
 それに色に似合わない深い香りがする。雨上がりのような寂しいけれど優しい香り。まるでクロードのようで思わず深く吸ってしまう。

「アロマキャンドルですか」

 背の高いクロードが身をかがめて覗き込む。
 先程のことなどなにもなかったかのように振る舞うクロードに納得いかないティアだったが蒸し返しても仕方がない。それに、なぜかこのキャンドルから漂う香りを嗅いでいると妙に心臓がどきどきとする。
 怪しいものでは無いかと訝っている様子のクロードの顔が近い。クロードの香りと混ざって余計に顔が熱くなった。

 なんとか落ち着けたくてクロードに包みを差し出す体で少し距離をとる。
 なんだか不思議な気持ちになる。お腹の中がキュンっと締め付けられるような感覚すらある。

「これ片方はクロードの分ですよね。さっきの子も二人にって言っていましたし」
「俺がいただく訳には……」
「側近としてじゃなくて、その、私の婚約者としてのクロードに受け取ってほしいの」

 頬を染めるティアにクロードは一瞬迷いを見せたものの礼を述べてハートの片割れを受け取った。

「このキャンドル……どうしてティアの香りが……」

 宮殿のティアの部屋まで送り届けたクロードが口元を押さえて熱い息を吐いたのをティアは知る由もなかった。
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