こうして僕らは獣医になる

蒼空チョコ@モノカキ獣医

文字の大きさ
11 / 51
第1章 少々特殊なキャンパスライフ

第10話 コレジャナイ感のある授業 ①

しおりを挟む
 テキストを購入してから数日が経過した。
 ついに大学の授業は開始され、獣医学生としての日々が本格的にスタートする。

 最初の講義時間に合わせて起床し、キャンパス内ではラフな格好からモデルもかくやという人とすれ違って講義室に向かう。
 ――となるはずだろうが、日原の場合はまず出だしからして異なる。
 起床時間からして猫様次第だ。

 朝は胸に乗ってくるし、ご飯の用意や皮下点滴もあるので仕方ない。
 こういうこともあるので一部の猫飼いは主人ではなく、猫の奴隷となっていると喜んで自称する。
 気ままな彼らに合わせると、わからないでもない冗談だった。

 本日の起床時刻は午前六時。
 一コマ目の授業に向けて動き出すにはもちろん早すぎるが、授業範囲を軽く予習するくらいならちょうどいい。

 そうして日原がしばらく勉強し、時刻は午前七時。
 来客のインターホンが鳴った。

 誰だろうか?
 鹿島という線はない。

 大動物の世話は朝早いが、蜂の世話は巣内温度を下げると病気の発生に繋がるとのことで、彼はもっぱら気温が上がりきった昼休憩に世話をする。
 恐らくは今日もギリギリまで寝ていることだろう。

 疑問に思いながら玄関の戸を開けたところ、すでに手を合わせて頭を下げ、拝み倒している姿の渡瀬がいた。
 よく見る姿なので驚きはしない。謝罪、お願いのどちらだろうか。

「私、土日は瀬戸内で風になっていました! 日原君、お願いします。教養科目のレポートを見せてくださいっ!」

 土日にほぼ姿を見ないと思ったら、そんなことになっていたそうだ。

 彼女は趣味でバイクに乗っている。
 なんでも、ツーリングスポットであるしまなみ海道や石鎚山スカイラインが彼女を呼んでいたらしい。

 大動物の世話は毎日朝夕に力仕事となる。
 平日はそちらと授業に体力を取られ、土日は彼女曰く風になってしまった。

 なるほど。手を出せなかった理由はわかった。

「それはいいんだけど、部屋が近い朽木は頼らなかったの?」
「私は早寝早起きだけど、クッチーは遅寝だし朝が弱いから……」
「あはは。本人含めて変温動物じみてるもんね。良いよ、好きに参考にして」

 休日だと朽木は昼近くになって気温が上がるまで活動しない。平日でも授業ギリギリまで寝ている彼女の姿は、日原としてもすぐに思い浮かぶレベルだ。
 無碍にするのも気が引ける。日原はとりあえず彼女を部屋に入れた。

「あっ。コウちゃーん、コウちゃーん、元気かな? もう皮下点滴したんだねっ! 背中がポッコリだ」

 リビングに入った彼女はベランダ前で寝転がるコウに這って近づいた。

 コウは素っ気なく、尻尾をぱたんぱたんと揺らして応答したのみである。
 どうもコウは接触を抑えに抑えた日原や、動きの少ない朽木のような静かなタイプの方がお好みらしい。
 けれどその素っ気なさも愛おしいらしく、渡瀬は顔が緩みっぱなしだった。

 ともあれ、時間は限られる。
 一、二年生は授業が多く、朝から夕方までコマが埋まっているのだ。
 こたつ用テーブルを引っ張り出し、彼女が希望するレポートを渡す。

「ありがとー! ……はぁ。それにしても大学に入ったら獣医っぽい授業と実習に専念できると思ったんだけど、そうでもなかったんだね。私、ショックだよ……」

 レポートを見つめ、まず一文字目からつまずいている彼女はため息を吐く。

「確かに。生物、化学、物理と英語は学部学科関係なく一年生全体に教える感じだし、教養科目の第二外国語とか社会科系の教科は高校とあまり変わらない感じだもんね」
「そう。新鮮味に欠けるんです……」

 コレジャナイ感に項垂れた渡瀬はそのままテーブルに突っ伏した。

 獣医は完全なる理系。
 その内容的に生物、物理、英語はこれからも必要だが、他の分野については勉強することもない――かと思いきや、そんなことはなかった。

 一、二年は教養科目という名目で高校生時代の復習や延長と言える授業が続くらしい。その一部は入学試験を乗り切った者からすると今さらこんな授業をしなくてもと思えてやる気が出ないのだ。

「今は悩ましいけど、あの四万円越えの鈍器を買う頃にはきっとそれらしくなっているんじゃないかな?」
「そうだね。まだ基礎部分だから仕方ないよねー。ハイ、我慢します。堪えます」

 日原が冗談めかして言うと、渡瀬はつられて笑った。
 そうして筆の進みの悪い彼女のレポート完成まで付き合い、一コマ目の授業に向かおうと鹿島、朽木の両名にSNSで呼びかけた。

 合流すると、彼らは案の定それぞれ大あくびをして眠さを引きずっている。

「おはよう。あー、一コマ目は解剖学だな。起きていられる自信がないんだが……」

 鹿島は教科書の入ったカバンを重そうに背負っている。
 その姿を見る立場としては、彼の寝落ちが容易に想像できた。日原は一応、今日の授業範囲だけでも彼に伝えておく。

「一年生としては一番獣医らしい科目だけど、授業は淡々としているもんね。シラバス的に、今日は前肢の筋肉の生物種差だったよ」
「うわっ、まさか予習をしてきたのか!? この優等生めっ!」
「コウが起こしてくるし、そのついでとかもあって」

 講義室に向かう最中、鹿島の言葉に苦笑を返していると渡瀬の背がびくっと跳ねた。まだ寝ぼけ半分の朽木を引っ張って歩く彼女はぺこぺこと頭を下げてくる。
 鹿島は疑問顔だが、わざわざ理由を明らかにする必要もないだろう。

 寮からしばらく歩き、講義室に到着した。
 獣医の専門科目なので、受講するのは獣医学科の一年生のみだ。
 退官間近と思われる年齢の加藤教授が用意するのは非常にあっさりとしたスライドである。そのあっさり加減が複数の意味で罠となった九十分授業が、ここに始まる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

N -Revolution

フロイライン
ライト文芸
プロレスラーを目指す桐生珀は、何度も入門試験をクリアできず、ひょんな事からニューハーフプロレスの団体への参加を持ちかけられるが…

処理中です...