こうして僕らは獣医になる

蒼空チョコ@モノカキ獣医

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第4章 命の意味

第40話 解決の糸口 ①

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 身体的にも精神的にも、あの場でもう一度倒れたりしたら大事だ。何の解決策もなしに向かうのはやはり良策ではないだろう。

 結局のところ、日原は教授の言いつけ通り解剖実習を休むことにした。
 自室に戻ってからしたことといえば与えられた課題――あの牛たちの解剖からその行く末までの意味を調べることだ。
 そのために動物実験の意義についての取り組みや討論に関して検索していた。

「はぁ、駄目だな。これじゃあ、ごく普通に生物や道徳で学んだレベルしか調べがつかないや」

 夜も通して調べ続けたのに進展はあまりない。

 家にある本はあまり参考にならなかったし、ネット検索でも思いつく限りの単語組み合わせで検索し終え、クリック済みの色が羅列していた。
 しまいには動物実験に関しては愛護団体との討論に行き当たり、より一層迷走しそうな気配がして手が止まってしまう。

 そもそもあの牛たちは厳密に言えば実験動物というわけでもない。あくまで農家の廃用牛だ。
 普通に調べようとしたところで、わからないのではないか。

 調べる手段を悩んでいるうちに日付は変わり、朝となった。
 本日も朝から授業はある。しかしながら専門科目ではなく、基礎的な英語などの共用分野ばかりなので獣医師として必須なわけでもない。

 心の落ち込みと相まって、日原はなかなか動きだせずにいた。

「もう九時か……」

 リビングにある時計を見上げた。
 一コマ目はとっくに始まっている。始業から十五分も経てば遅刻判定から休み判定となるので、今から急いでも無駄なことだ。

『朝の授業は休むか? 飯と睡眠はちゃんと取れよ』

 と、鹿島からは安否を気遣うメッセージも届いていたのだが、既読無視の状態である。
 悪いサイクルが積み重なり、心がより一層もやもやしていった。

「誰かに相談した方がいいのかもな」

 コウの火葬の際、担任の武智教授は悩みがあればデスクに来ればいいと言っていた。
 今こそその時ではないだろうか。

 また、生理学研究室の栗原先輩も適役かもしれない。
 彼女はマウスやラットの安楽殺で最初は足腰が抜けかけたと言っていた。けれども現在はそれに関わる生理学研究室に所属している。
 解剖の意義だけでなく、彼女がそのような選択をした理由についても聞いてみたら解決の糸口になるかもしれない。

 悩みは行動に出るまで堂々巡りを続け、体に見えない重しを増やしていく。
 動くなら、きっと早い方がいいのだろう。

「こんなことだと、コウに顔向けもできないもんね……」

 リビング置いた骨壺に、ふと目を向ける。
 まだまだ未熟な飼い主だった。それが今なおこんな体たらくでは安心して旅立つこともできないだろう。

 まずは何かしら、一歩を踏み出そう。
 そう思った時、ギィと金属が擦れる音がベランダからした。
 一体何事かと思って目を向けると、上階から避難はしごが下りてくるではないか。

「えぇ……?」

 そういえばこの部屋は角部屋なので器具が設置されていたのを思い出す。
 まさか施設設備の点検だろうか。だとすれば検査員と顔を合わせるのは非常に気まずい。そんなことを思っていたところ、はしごを下りてくる足が見えた。

 それは検査員らしい作業服ではない。固めの生地のズボンと――少し武骨なバイクジャケットだ。

「検査員……ではないね。確実に」

 想像だにしなかったものが下りてきた。
 そんな困惑を表情にするのも束の間のことだ。それが誰なのかはすぐにわかったし、彼女はすぐにベランダに降り立った。

 渡瀬である。
 そういえば彼女の部屋は三階の角部屋。つまり、真上だと聞いた気がする。

 どういうことかわからないが、物言いたそうな顔をする彼女と会話するためにも、ひとまずベランダの戸を開けた。

「日原君、やっぱりまだ昨日のことを気にしてる……?」
「正直なところ、気にせずにはいられないかな。度々でごめんね……」
「いや、だってコウちゃんが死んじゃって昨日の今日だよ!? そうなってもおかしくないよ。武智教授だって一生懸命に向き合うからこそ起こるって言ってたじゃん! 動物のために悲しんだり、迷ったりできる人が獣医に向いてないなんて思わないよ」
「……!」

 獣医師育成の授業についていけない。それは映画などで見る兵士の訓練過程に落第するようなものと思い、自分の適性を疑った部分はある。
 しかしながらこう言われてみるとどうだ。悩みが少し融解した気がした。

「ありがとう、渡瀬」

 真剣に気遣ってくれる彼女に日原は礼を言う。
 人のためにこれだけ一生懸命になれる彼女には感謝だ。少なくともこうして気遣ってくれて気が楽になる。

 ただ、彼女の真剣な表情を見るに少しばかり誤解がありそうだ。日原は何も昨日の失態だけを気にしていたわけではない。
 床に散らばっている生物系の本に視線を落とす。

「それと休んでいるのはそれだけじゃなくてね、教授に言われたんだ。あの牛たちを大学で解剖する意味やその行く末にどういう意味があるのか今度の実習までに探すようにって。それが全然わからないって点もあって、教授や先輩に聞きにいこうかなって思っていたんだよ」

 彼女は知らないことだろう。
 そう思って口にしたのだが、意外なことにわかった様子で頷いていた。

 そんな様子を見て勘付く。
 加藤教授は何度か会ったこともあって、四人の仲を知っている。彼女らが問いかけたか、教授自身から教えたか、保健センターでの話を知っているのかもしれない。

「まあ、調べるにしても土日もあるし、もうちょっと時間を選べたよね。授業をサボったのは少し悪いことかな」

 たははと苦笑を浮かべる。
 それについては彼女も後ろめたいらしい。気まずそうな表情で頷きを返してきた。

「そこはここにいる私も強く言えないよね、うん……」

 社会や美術系統の授業はともかく、英語は低レベルなものだったので正直なところあまり授業を受ける意味を感じていなかったのは確かだ。
 共通する裏事情でぎこちなく笑いあった後、彼女は「よしっ」と声を出すと両肩を掴んできた。

「でもちょうどよかった。もし授業に来ていたら引っ張り出そうと思っていたところだし。ねえ、これからバイクで風になりにいかない?」

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