こうして僕らは獣医になる

蒼空チョコ@モノカキ獣医

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第4章 命の意味

第42話 三人寄れば文殊の知恵 ①

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 室内で鬱屈と調べるのと違い、開放感のある風景を見ながら答えを求めに動くのは実に気持ちがいい。
 塞ぎ込み続けるのは無理というものだろう。

 適度に休憩を挟みながら下道を旅すること、三時間ほど。
 ようやく目的地に到着した。

 尾根付近に敷かれた道路の両脇は白っぽい石灰岩が表出した草原だ。
 この高原の周囲の山々には木々が茂っているが、この土地だけ様相が全く違う。

 道路の両脇には柵が設けられ、道路の一歩外側には牛が放牧されていた。
 そういえば山や高原などの観光地ではこのように放牧を見た覚えがある。
 その時は単に牛がいるとしか思わなかったが、実際のところはどんな場所だったのだろうか。

 よくよく考えてみると和牛の肥育農家や乳牛の酪農家とはまた違った世界に思える。

「解剖牛がやって来たのってここのこと?」
「いや、ここじゃないよ。でも、ここも見せたかった場所ではあるんだ。放牧にもいろいろ種類があるからひと括りには言えないんだけど、ここはいわゆる預託牧場っていうの」
「預託って言うと、農家が牛を預けているってこと?」
「え、ええとねえ……。それは……」

 知らない言葉について問いかけてみるとどうだ。彼女は記憶を探るように唸り始めた。どうも彼女もパッと説明できる知識ではないらしい。

 そうこうしているうちに一本道の先に車が多く停まる休憩所が見えてきた。
 すると彼女は「あ、あそこまで待って……」と苦しげに訴えてくる。
 頼もしかった半面、かわいらしい反応である。

 到着してバイクから降りると、彼女はポケットから紙を取り出した。

「まずは解剖に連れて来られたあの牛たちが生まれる前のお話。黒毛和牛の繁殖牛とか、立派な乳牛を育てる時にこういう預託牧場が利用されるんだって。ほら、やっぱり広いところで運動をして育ったら体が丈夫になるの。だから数ヶ月齢の子牛をこういうところに集めて、妊娠させた後に元の牧場に戻すんだって」

 つまり、母牛がどう育つかという話だ。

 市町村が運営していたり、私設の牧場だったり、そういった繁殖に関するものではなく肥育牛のための放牧もあるそうだが、その辺りは話が複雑になるそうだ。
 渡瀬はカンニングペーパーから目を離し、「その説明はムリ」と訴えてくる。

 正直なところは彼女の美徳だ。日原も深追いはしない。

「大丈夫だよ。続きをどうぞ」
「もちろん。任せて」

 渡瀬は大きく頷き、また紙に視線を落とす。

「ほら、連れて来られた牛に牛白血病の子がいたでしょう? こういう預託牧場では放牧特有の病気だけじゃなく、それも重要になってくるんだって」
「エイズと同じレトロウイルスが原因で、治療法がない牛特有の白血病なんだよね。ただ、すぐに発症するわけじゃなくて四歳くらいのまだ子供を産める乳牛が発症するから経営へのダメージも大きい。だから防ぎたい病気だっけ」
「そっ、そうだね……!?」

 解剖教授に言われてから調べたことを思い出してみると、渡瀬は怪しい様子で頷く。
 目を見開いた彼女はあわあわとカンニングペーパーを探り始めたが、読み込んだ後で肩を落とす。

 これは日原もネットだけでなく、図書館で借りた病理学や内科学の教科書から知ったことだ。普通の一年生が知っている内容ではないだろう。
 彼女の挙動がおかしくて口元を緩めていると、紙に書かれた文字が見えた。

 その文字は鹿島の文体である。続きに見えるのは朽木のものだろうか。
 この知識があやふやそうなところは三人で協力して調べたり、計画してくれたりしたものだからなのかもしれない。

「とにかくその牛白血病なんだけど、エイズと同じで体液で感染が広がるんだって。だからこういうたくさんの農場から牛を集める農場に牛白血病の陽性牛は来ちゃだめって条件を設けているらしいの。他の病気も含めて、そういう事前の検査は家畜保健衛生所の獣医師が検査しているらしいよ」

 なるほどと、日原は二重の意味で頷く。
 つまりこの知識は鹿島が親を介して調べてくれたのだろう。

「ただね、現場の農場では管理が大変みたい。主にアブみたいな大きな吸血昆虫が広めるんだけど、口に付いた血が渇かないうちに続けて吸血すると感染するものなんだって。だから繋ぎ飼いの農場ではオセロみたいに隣の牛がどんどん陽性に変わっていくの。畜舎に余分なスペースがあれば隔離して防げるんだけど――」
「そういう余裕があったらもっとたくさんの牛を飼うものだから、なかなか難しい?」

 続く話を予想してみると、渡瀬は頷きを返してきた。

「うん。だから牛白血病がない牧場は全くないし、あるところはかなりの頭数が陽性って二極化する傾向があるんだって。そういうところが今回連れて来られた牛に関係してくるの」

 はて、それは一体どういうことだろうか。
 首を傾げていると、彼女は説明を続けてくれる。

「さっき日原君が言った通り、普通は成長した牛ばかりがかかる病気だけど、連れて来られた牛は子牛だったでしょう? この病原体はウイルスだから、若くても大量のウイルスに暴露されれば発症するとか、免疫能力に問題があって発症したとか理由はあったはず。その病因を調べるための病理解剖と、私たちの解剖実習も兼ねてやったことみたいだよ。実習の後半には、検査に関する研究室の先輩も来ていたの」

 その言葉を聞いて、日原は教授の言葉を思い出す。『単に君たちの勉強のためだけというわけではない』と言っていた。

 そういえばニクダシの時に似た話を聞いたはずだ。
 牛や馬だけでなく、動物園の動物やイルカなどの残渣も混じっていた。それは病因を究明し、その動物の医療をより発展させるためと聞いたではないか。

 加藤教授が口にした言葉の意味に日原が一つ一つ気付きつつあったところ、渡瀬はカンニングペーパーを捲った。

「確かに実習で代替の器具を使う動きは広まっているよね。だからゆくゆくは医者でそうされているみたいに、献体を募る方式を目指している大学もあるみたい」

 紙に書かれた文字からするに、そういう点については朽木が調べをつけてくれたらしい。
 そういえば少々前にはとある大学の獣医学科がモデル使用実習を進めていくためにクラウドファンディングをおこなったのが話題になっていただろうか。

 命が無駄になくなることはない。目指すべきこととしては理想的に思う。
 ただしその取り組みも外科、内科、放射線、繁殖などの臨床分野のモデルを活用する話で、解剖を始めとした基礎分野でのモデル代替は今後検討していくという話らしい。

 日原はふむと考え込んだ。
 解剖教授がモデル使用のみでは学びきれないと言った点もこの辺りに関係しているのだろう。

「……でも、いくら勉強していても本物を前にしないとわからないこともあるんだよね」

 勉強は人一倍したつもりだったが、実物を前に倒れてしまった自分としてはより一層強く思う。
 するとその呟きを耳にした渡瀬はまた紙に目を向けた。
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