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在りし幻影の塔 Ⅱ
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それは何とも巨大だ。
近づいてみるとより一層その迫力に圧倒される。
ぐるりと一周歩いて回るなら、数十分は持っていかれるだろう。そんな直径の建造物がそのまま天を突くほどに伸びていた。
しかも何であろうか。
塔の上層は雲ではなく、霧のようなものが周りに発生しているらしい。それは風によって流れて巨大な尾を引いていた。
竜は高度をぐんぐん上げていく。
もしかしなくとも、頂上を目指しているのだろう。
辿り着いた先は、まるで森の中にある泉だ。
雲を超えるほどの高度にあった塔の頂は、およそ真っ当な植物の体系とは思えないものが広がっていた。
まず目についたのは黄金色の穂を垂れる植物だ。稲や麦に似たものだろう。それが一面に生えている。
それ一色かと思いきや、そうでもない。青々とした樹も所々に生えているし、崩れた遺跡のような造形がある場所には草や苔が生い茂っている。
また、塔の中央には大きな窪地があり、そこに溜まった水が泉のように見せていた。
なんとも綺麗な場所である。
草木の葉先に付いた雫は宝石のように煌めき、水は透き通っていた。その中では水源地のように水草が揺らめいている。
まるで誰かの夢の中だ。
『あの剣を見よ』
そこには常識では測りようのないものがあった。
水面に剣が浮いているとでも言えばいいのだろうか。台座に切っ先を埋めた聖剣の如く、一本の西洋剣が水面に対して垂直に突き立っている。
その切っ先からは、どんな異次元から召喚しているのか水が滾々と湧き続けていた。
どうやら塔を包んでいた霧の正体はこれらしい。
この泉に収まらなかった水が溢れ、塔の側面から落ちたのだ。それが地上に到達する前に霧散しているのだろう。
《あの剣がどうかしましたか?》
『そこな剣は魂の象徴だ』
《……?》
竜の言葉は未だによくわからない。また抽象的な例えだろうか。
疑問に思っていると、竜は続きを口にした。
『それは剣聖と謳われた人間――この境界域の五層まで踏破した人類の最高到達者の成れの果て。我のような深層の幻想種も含め、魔素を多く取り込み続けた生物は命が尽きた時、一つの遺物(アーティファクト)となることがある。それがこの塔であり、この剣だ』
《塔まで含めて?》
魂が結晶化して武器になるという下りは物語でもありがちなものだ。
しかしこんな施設まで一部と言われると覚えがないので反復してしまった。
『意志と力があまりに強いと、残った力が生存本能を持つのだよ。担い手を求めるために人や幻想種を誘い、自らを維持するために作った迷宮に入った者を食らうのだ』
《なるほど。アリジゴクみたいなものですか》
この世界に点在して見えた不可思議な施設はそれと見るのが適切なのだろう。
遺物は魂そのもの。そして迷宮は魂の生命維持装置。そこに迷い込む存在は消化吸収される栄養源。そんな把握で良いようだ。
しかし、ダンジョンの中にダンジョンができるとはこれまた奇妙な話である。
《それで、この剣を見せに来た理由はなんですか?》
『急かさずとも答えは見せよう』
単なる観光ではないことは確かなようだ。
竜は勿体ぶりながらも歩を進め、泉に足を踏み入れる。
これまた何とも不思議なことに足は沈まない。重力さんと比重さんはこのファンタジー世界ではよく仕事を忘れているらしい。水面は波紋を広げながらも、地面と同様に立つことができていた。
そうして剣に一歩一歩近づいていくと、不意に剣の傍で空間が揺らいだ。
立体映像のように、ぼうと浮かび上がるのは全身甲冑の騎士である。
こんな場所では人間の何倍もの大きさをした動く鎧でも出そうなものだが、この騎士は違う。禍々しいものは感じさせない、人間サイズの甲冑だった。
『この通り、遺産に担い手が現れない上に豊富な魔素があった場合は遺物を核に幻想種が生まれることもある』
《こういうのって、聖剣の持ち手に相応しいのか力試しに来ますよね。なんか残っている知識からするに、そういうのがセオリーだった気がします》
『手出しすればありえよう。だが、このままであれば間違いは起こらぬよ』
竜は互いの間合いの一歩外と思われる場所で歩みを止めた。
そこで咥えられていた自分――杖をあの剣と同じく水面に浮かせる。
『汝という存在はあれとよく似ておる』
《うん。抽象的なので、素人にもわかりやすく懇切丁寧な説明をしてください》
わからないことを率直に伝えると、竜はちーんという擬音が適切な様子でしばらく沈黙した。
小難しい言葉遣いを多用していることもあり、自覚のある弱点だったのだろうか。
『ある物体を基点とした存在という点が類似している』
その共通点はあるのかもしれないが、この世界の常識はまだ全く捉えきれない。
ここは大人しく、竜に語ってもらうのが正解だろう。今は聞くだけに徹する。
『あれを例に語ろう。一つは汝の起源。もう一つは肉体の取り戻し方についてだ。まず一つ目について語ろう。降霊術然り、依代に何かしらを宿らせるには縁が必要だ。そうさな、鳥を呼び寄せようと巣箱を置くにしても、まず適した形状を選ぶであろう?』
《それはわかります》
これはいくらでも言い換えができるだろう。
例えば、悪魔を召喚する触媒にロザリオなんて使わない。それらしい魔術書を持ち出すに決まっている。
臓器提供なんてものでも、家族など近しい存在の方が適合しやすい。
要するに、何らかの縁や所縁があったり、性質が近かったりした方がいろんな物事で都合がよくなるという話だ。
『或いは宿したもの自体の性質になじむ機構を備えた依代を用いることもある。要するに、その杖は汝に合わせた形状や性質に変化していく素材であることが多いという話だ』
《ある程度の形状は整えたけど、最終的な住みやすさは鳥自身の巣作りに任せるということですね》
自分の認識を口にしてみると、竜は頷いた。
『左様。元の身とは違うものに定着させるのだ。これが封印や依代の基本となる。然るに、汝が依代としているその杖の意匠にも意味がないとは思えない。何らかの繋がりを持っていることだろう。あの遺物とこの塔も、かつての存在を象徴するに相応しいものなのだ』
《なるほど。杖の見かけから出自に思い当たることがないかって話ですか》
理屈はわかった。
竜が見つめるこの杖の意匠は自分からも確認できる。
これは木製の杖に一匹の蛇が巻き付いた特殊な形をしている。それが何を表すのかは、思い当たるものがあった。
ああ、だからこそわかる。どうやら竜に無駄足を踏ませてしまったようだ。
《残念ですけど杖自体は生まれには関係しないですね。これはやっていた仕事を表すシンボルとして使われていたんですよ。名前はアスクレピオスの杖。医療の神様が持っていた杖に、Veterinarian(獣医)の頭文字を入れたデザインなんです》
獣医の知識を目当てにされ、それ以外の記憶の多くは削ぎ落とされてしまったのだ。
となると記憶の中でより多くを占めていたこの形に合うように杖が変形した――そういうことなのかもしれない。
『ふむ。そこから名を思い出せればと思ったが、そうであるか』
当てが外れた竜は残念がってくれている。
だが、そうまでしてくれたのだ。名無しのままでは困るので、折角だからこの杖にちなんだ名前をもらうというのもアリなのかもしれない。
《いや、待てよ。そういえば……?》
ふと思うところがあった。
こんな自分を見つめてくる竜の存在に改めて意識を向ける。
《ここで新しく名前を用意するのはやぶさかじゃないんですけど、このままアスクレピオスの杖から名前を頂くのはどうも味気ないと思います》
『ではどのようにする?』
名付け親になってくれとは言わない。竜のセンスもわからない以上、そこで変な名前が飛び出されても困る。
であれば、たった今思いついた案だ。
《ちょうど手頃なのを思い出しました》
それはこのアスクレピオスの杖とよく混同される、もう一つの杖のことだ。
近づいてみるとより一層その迫力に圧倒される。
ぐるりと一周歩いて回るなら、数十分は持っていかれるだろう。そんな直径の建造物がそのまま天を突くほどに伸びていた。
しかも何であろうか。
塔の上層は雲ではなく、霧のようなものが周りに発生しているらしい。それは風によって流れて巨大な尾を引いていた。
竜は高度をぐんぐん上げていく。
もしかしなくとも、頂上を目指しているのだろう。
辿り着いた先は、まるで森の中にある泉だ。
雲を超えるほどの高度にあった塔の頂は、およそ真っ当な植物の体系とは思えないものが広がっていた。
まず目についたのは黄金色の穂を垂れる植物だ。稲や麦に似たものだろう。それが一面に生えている。
それ一色かと思いきや、そうでもない。青々とした樹も所々に生えているし、崩れた遺跡のような造形がある場所には草や苔が生い茂っている。
また、塔の中央には大きな窪地があり、そこに溜まった水が泉のように見せていた。
なんとも綺麗な場所である。
草木の葉先に付いた雫は宝石のように煌めき、水は透き通っていた。その中では水源地のように水草が揺らめいている。
まるで誰かの夢の中だ。
『あの剣を見よ』
そこには常識では測りようのないものがあった。
水面に剣が浮いているとでも言えばいいのだろうか。台座に切っ先を埋めた聖剣の如く、一本の西洋剣が水面に対して垂直に突き立っている。
その切っ先からは、どんな異次元から召喚しているのか水が滾々と湧き続けていた。
どうやら塔を包んでいた霧の正体はこれらしい。
この泉に収まらなかった水が溢れ、塔の側面から落ちたのだ。それが地上に到達する前に霧散しているのだろう。
《あの剣がどうかしましたか?》
『そこな剣は魂の象徴だ』
《……?》
竜の言葉は未だによくわからない。また抽象的な例えだろうか。
疑問に思っていると、竜は続きを口にした。
『それは剣聖と謳われた人間――この境界域の五層まで踏破した人類の最高到達者の成れの果て。我のような深層の幻想種も含め、魔素を多く取り込み続けた生物は命が尽きた時、一つの遺物(アーティファクト)となることがある。それがこの塔であり、この剣だ』
《塔まで含めて?》
魂が結晶化して武器になるという下りは物語でもありがちなものだ。
しかしこんな施設まで一部と言われると覚えがないので反復してしまった。
『意志と力があまりに強いと、残った力が生存本能を持つのだよ。担い手を求めるために人や幻想種を誘い、自らを維持するために作った迷宮に入った者を食らうのだ』
《なるほど。アリジゴクみたいなものですか》
この世界に点在して見えた不可思議な施設はそれと見るのが適切なのだろう。
遺物は魂そのもの。そして迷宮は魂の生命維持装置。そこに迷い込む存在は消化吸収される栄養源。そんな把握で良いようだ。
しかし、ダンジョンの中にダンジョンができるとはこれまた奇妙な話である。
《それで、この剣を見せに来た理由はなんですか?》
『急かさずとも答えは見せよう』
単なる観光ではないことは確かなようだ。
竜は勿体ぶりながらも歩を進め、泉に足を踏み入れる。
これまた何とも不思議なことに足は沈まない。重力さんと比重さんはこのファンタジー世界ではよく仕事を忘れているらしい。水面は波紋を広げながらも、地面と同様に立つことができていた。
そうして剣に一歩一歩近づいていくと、不意に剣の傍で空間が揺らいだ。
立体映像のように、ぼうと浮かび上がるのは全身甲冑の騎士である。
こんな場所では人間の何倍もの大きさをした動く鎧でも出そうなものだが、この騎士は違う。禍々しいものは感じさせない、人間サイズの甲冑だった。
『この通り、遺産に担い手が現れない上に豊富な魔素があった場合は遺物を核に幻想種が生まれることもある』
《こういうのって、聖剣の持ち手に相応しいのか力試しに来ますよね。なんか残っている知識からするに、そういうのがセオリーだった気がします》
『手出しすればありえよう。だが、このままであれば間違いは起こらぬよ』
竜は互いの間合いの一歩外と思われる場所で歩みを止めた。
そこで咥えられていた自分――杖をあの剣と同じく水面に浮かせる。
『汝という存在はあれとよく似ておる』
《うん。抽象的なので、素人にもわかりやすく懇切丁寧な説明をしてください》
わからないことを率直に伝えると、竜はちーんという擬音が適切な様子でしばらく沈黙した。
小難しい言葉遣いを多用していることもあり、自覚のある弱点だったのだろうか。
『ある物体を基点とした存在という点が類似している』
その共通点はあるのかもしれないが、この世界の常識はまだ全く捉えきれない。
ここは大人しく、竜に語ってもらうのが正解だろう。今は聞くだけに徹する。
『あれを例に語ろう。一つは汝の起源。もう一つは肉体の取り戻し方についてだ。まず一つ目について語ろう。降霊術然り、依代に何かしらを宿らせるには縁が必要だ。そうさな、鳥を呼び寄せようと巣箱を置くにしても、まず適した形状を選ぶであろう?』
《それはわかります》
これはいくらでも言い換えができるだろう。
例えば、悪魔を召喚する触媒にロザリオなんて使わない。それらしい魔術書を持ち出すに決まっている。
臓器提供なんてものでも、家族など近しい存在の方が適合しやすい。
要するに、何らかの縁や所縁があったり、性質が近かったりした方がいろんな物事で都合がよくなるという話だ。
『或いは宿したもの自体の性質になじむ機構を備えた依代を用いることもある。要するに、その杖は汝に合わせた形状や性質に変化していく素材であることが多いという話だ』
《ある程度の形状は整えたけど、最終的な住みやすさは鳥自身の巣作りに任せるということですね》
自分の認識を口にしてみると、竜は頷いた。
『左様。元の身とは違うものに定着させるのだ。これが封印や依代の基本となる。然るに、汝が依代としているその杖の意匠にも意味がないとは思えない。何らかの繋がりを持っていることだろう。あの遺物とこの塔も、かつての存在を象徴するに相応しいものなのだ』
《なるほど。杖の見かけから出自に思い当たることがないかって話ですか》
理屈はわかった。
竜が見つめるこの杖の意匠は自分からも確認できる。
これは木製の杖に一匹の蛇が巻き付いた特殊な形をしている。それが何を表すのかは、思い当たるものがあった。
ああ、だからこそわかる。どうやら竜に無駄足を踏ませてしまったようだ。
《残念ですけど杖自体は生まれには関係しないですね。これはやっていた仕事を表すシンボルとして使われていたんですよ。名前はアスクレピオスの杖。医療の神様が持っていた杖に、Veterinarian(獣医)の頭文字を入れたデザインなんです》
獣医の知識を目当てにされ、それ以外の記憶の多くは削ぎ落とされてしまったのだ。
となると記憶の中でより多くを占めていたこの形に合うように杖が変形した――そういうことなのかもしれない。
『ふむ。そこから名を思い出せればと思ったが、そうであるか』
当てが外れた竜は残念がってくれている。
だが、そうまでしてくれたのだ。名無しのままでは困るので、折角だからこの杖にちなんだ名前をもらうというのもアリなのかもしれない。
《いや、待てよ。そういえば……?》
ふと思うところがあった。
こんな自分を見つめてくる竜の存在に改めて意識を向ける。
《ここで新しく名前を用意するのはやぶさかじゃないんですけど、このままアスクレピオスの杖から名前を頂くのはどうも味気ないと思います》
『ではどのようにする?』
名付け親になってくれとは言わない。竜のセンスもわからない以上、そこで変な名前が飛び出されても困る。
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