竜と獣医は急がない

蒼空チョコ@モノカキ獣医

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冒涜を積み上げて奇跡を作る

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 てってってーと、カドはログハウスを気軽に飛び出した。
 その途端、脳内に声が響く。
 
『カドよ。夜の森は危険だ。汝の目は闇に適応しておらぬし、魔物が活発となる。それに、空の光源たる魔素が地に落ちて夜になると伝えたな? その影響か、別種の魔物も徘徊するのだ』
「ご心配なく。僕もよくわからない土地でそんなことをするほど馬鹿じゃないですよ。何より、自分の力量というものも把握していませんから」

 心配無用と伝えながらカドが向かうのは森の入り口だ。

 先程調理したウサギの内臓や手足、頭は野生動物が食べてくれるということで、この場に放っていた。
 しかしながら人の気配があるということで、動物はまだ漁りにきていなかったらしい。
 カドはそれを手に取り、滝壺から流れる川べりに移動する。

『よもやそれを魔法の試用に使うつもりか?』
「その通りです。だってほら、死霊術師といえば死体を相手にする方が本業っぽいですし」
『そのような点が適正の核であったのであろうな』
「そんなことどうでもいいですよ。曖昧な知識で命を取り扱うことこそ、やっちゃいけないことです」

 確かに残骸や臓物を弄りながらでは見栄えも良くない。
 だが、治癒魔法なんて奇跡を扱えるのにスペック頼りで応用も考えないなんて、それこそ命への冒涜だろう。

「まあ、傍目から見れば危ない人なので弁明として僕の理想を言います。ついでに知っていることがあればアドバイスをしてください」

 竜に語りかけながら、ウサギの状態を確認する。

 空気に晒されていたせいで肉や臓器の表面は乾いてしまっている。
 死後一時間は経っているので、筋肉の痙攣も腸の蠕動運動ももうない。一部の細胞は生きているが、酸欠状態で大体の細胞は死んでいるか仮死状態。そんなところだろう。

「例えば、死霊術師は死者を操れるとしましょう。骨を操るのなら、それはちょっと冒涜的なゴーレムって感じです。誰かの死体を操れば言わずもがなですよね」
『故に忌み嫌われておる。アッシャーの街では死霊術師の大家があるものの、良くは思われておらぬだろう』
「まあ、あのおじいさんなら人の恨みを買うようなこともしてそうですからね。より一層、心証は悪いかと――って、それはどうでもいいんですよ」

 あれのことは思い出したくないとカドは顔をしかめる。

「例えば死者は死者でも、死んだ直後の人間を動かせたらどうですか?」
『感心せぬ。その者を慕っている存在が――』
「そうじゃなくて。例えば衰弱して呼吸が止まり、心臓も止まった動物がいます。でも、それに息を吹き入れつつ、胸を押すことで心臓を動かし続けてやったらどうなると思います?」
『……わからぬ。我には経験がない領域だ』

 死に関わることは冒涜的。ドラゴンはそんな論調で否定的だった。
 だが、カドが彼の言葉を遮ってからは神妙な様子だ。

「SPO2……えーと、つまり血液にどれくらい酸素が含まれているかって割合ですね。ちゃんと息をして、心臓が動いている生物はこの数値が高いんです。たっぷり酸素を含んだ血を全身に送り届けている証拠ですね。当然、息をしていなければこの値は下がります。でも、人工呼吸と心臓マッサージを続けてやると、この値は普通に生きているのと同等に維持できます。これがまた、呼吸停止、心停止でも意外と長く維持できるんですよ」

 これはかなり医学用語が混ざってしまったため、それに触れていない竜としては理解しにくいだろう。
 カドはもう少々噛み砕いた説明を考える。

「つまりですね、放っておいたら死体になる患者でも、適切に処置すれば生命維持できるし、蘇生の可能性もあるんです。じゃあ、もし魔法で死体の呼吸筋や心臓を動かせたら? 腐っていない死体を強制的に動かして生命活動と同じことをさせてみたら? 冒涜的なことをしまくったとして、蘇生できたらどうなるんでしょうね。冒涜を積み上げて作った奇跡、面白そうじゃありません?」
『――!』

 死体を前にしながら、死霊術師が語るそれを聞いた竜は言葉を失っていた。
 だがそれは失望の類では決してない。

『死を以って死を克服せんとするか。治癒の術式は今まで多く目にしてきたが、思いも寄らなんだ。汝の思考は驚嘆に値する』
「死を司る魔法使いって言ったらそういうのを期待しちゃいますよね。神様お願い、この人を助けて! って祈って蘇生させられる魔法もあるかもしれないけど、こっちの方が地に足を付けて実現できそうじゃないですか。というわけで早速、試し打ち!」

 自分の傷に向けて使っても効果が見えなかった初級治癒魔法(ファーストヒール)をウサギの死体に向けてみる。
 すると、変化が見えた。
 頚静脈など、大きな血管に相当する部位から血清が流れ出て宙に浮かんだのだ。

 しかもこれには動きがある。どこに行きつくかと思ったら、頚静脈から流れ出た血清は心臓の大静脈へと流れ込もうとしていた。
 それを観察していたカドはぴくりと眉を動かす。

「ああっ! これ、と殺直後の血管と心臓で見るべきやつだっ!」

 こうして確認できた事実だけでは効果について確信を持てない。
 血液は凝固すると、塊である血餅と、上澄みの血清に分かれてしまう。血液が固まっていなければ、血清ではなく血液がこのように動いていてもおかしくなかっただろう。

 料理よりも先に天啓を聞いていたなら、もっとやりようもあったはずだ。それに気付いたカドは頭を抱えて悔しがった。

『……わからぬ。汝には何が確認できたのだ?』

 意識の共有で同じものを確認したであろう竜は怪訝そうな声だ。

「これでわかる範囲だと、死霊術師の治癒魔法って血流を操作して治癒を促すって方向性じゃないかって感じですね。まあでも、そしたら治癒というより止血とか血流操作魔法って言った方が正しそうな気がする……。これ、リリエさんの誤訳って可能性はありません?」

 なんだこの魔法の命名はとカドは腕を組み、悩ましく思っていた。

『天使は天啓を解読しているにすぎぬ。我もそれがどのような行為か詳細を知り得ぬが、可能性としてはあろうな』
「後で問い詰めましょうね。後で」

 折角の機会なので、頼らねば損である。
 誤訳があるかどうかもきっちり改めておいた方が互いのためだ。
 幸い、優しそうなお姉さんなので、頼りにすればそれだけ喜んで答えてくれるかもしれない。

「こうだとするなら他の魔法についても徹底的に試行、解析するべきですね。フハハハッ、面白くなってきた!」

 死体を前に魔法で実験し尽くす。そして高笑い。
 確かに冒涜的と言われれば否定のしようがない。だが、医療なんてこんなものだ。

 薬一つ作るのにも、犠牲にしている命はある。
 難しい手技の手術では、これならば上手くいくだろうとトライアンドエラーの繰り返しだ。
 それを冒涜的というならそれもいいだろう。治癒の奇跡や神の慈悲を祈るより、死を操って死を遠ざける方がよほど医療従事者的だ。

 まったく、何なのだろう。死にゆく人に用いれば穏やかになり、死せる人に用いれば生き返る――カドゥケウスの杖の曰くと本当に似通ってしまいそうで笑えてしまう。

 ともあれ、他の試射もしなければならない。
 魔素吸収(ドレインタッチ)、毒素生成(ポイズンクリエイト)、操作魔糸(マジックスレッド)、そして付与術師の魔法付与(エンチャント)。
 それぞれの分析と応用のためにも繰り返し使用する。

 魔素吸収については、単なる動物であるウサギ相手には効果不明。
 毒素生成は壊死毒と出血毒は確認できたが、その他の毒は不明。毒の強さや持続時間にしてもまだ実験が必要だ。

 操作魔糸は最高である。本来は死体をマリオネットのように操る魔法のようだが、伸縮自在、糸の太さも増減可能とまさに縫合糸にぴったりな技術だった。また、生物以外にはどこにでも付着可能なため、足場にしたり何かの捕縛に使ったりと応用範囲が無限大だ。
 魔法付与に関してはまさに文字通り。物体に魔法の効果を付与できるようだが、治癒魔法も毒素生成も道具に付与して使うものではないので、便利さはこれから見極めていく必要があるだろう。

 そう思って、各魔法を極めるつもりで各種数回使い続けていたら急に疲労がどっと押し寄せてきた。
 ひと通り調べ、再度治癒魔法を使おうとしたその時のことである。
 頭がぐわんぐわんとしており、まるで二日酔いの心地だ。

「あ、れ。おかしい。疲労感が半端ない……」
『ふむ、治癒魔法は特別に消耗が激しいと聞く。それによる魔力不足であろうな』
「消耗……激しい、理由って……?」
『その状態でも振るうその探求心には恐れ入る』

 頭を押さえて耐えようとしていたものの、耐えきれなくなったカドはその場に横たわろうとした。
 そうして空を仰いだその時、視界に白い翼の天使が映った。
 リリエだ。彼女はどこかからひっそりと見ていたのだろうか。舞い降りると、そっと抱えてくれる。

「見ていてよくわかった。君はひたむきだし、いろいろと知らないしでより一層危なっかしくなっているのね。それを鍛える意味も込めて、黄竜は私のもとに送ってきたわけか」

 もう、あいつは……と、どこか文句ありげな表情だ。
 けれどこちらの視線に気づいた彼女は慈愛に満ちた表情に戻る。

「……あぁ、リリエさん」
「いいの。今は喋らないで休んで」

 支えてくれる彼女に言葉を向けようとしたところ、遮られてしまった。
 だが、言わないわけにはいかない。カドは朦朧とする中、どうにか言葉を形にしようとする。
 すると、彼女も意を汲んで耳を傾けてくれた。

「下降してくる時、羽ばたいてなかったんですけど、どういう仕組みで……」
「今は喋らないでいいから休んで。ね、そういうことは後でいいから」

 頭を撫でて労わってくれていた彼女はその言葉を聞いた途端、アイアンクローを仕掛けて強制的に眠りにつかせてきたのだった。
 はい、眠りにつきます。おやすみなさい。
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