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懇親、されそうです
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カドとエワズはこのエルタンハスに寄る必要などなかった。
全てはエイルが故郷に戻れるかどうか見極めるためのお節介であったし、第二層に行くことを考えるのが現状の全てである。
特に、いつ襲ってくるかもわからない冒険者がいる環境ならば避けて然るべきものだ。
そこにエワズは旧知であるリリエがいようとも関係ない。
そもそも彼女は地上や低層暮らしで非力になってしまった天使や、境界域で困っている弱者を助けること――この二点を守る存在で、本当に中立だ。立場は冒険者寄りにもなれば、そうでなかったりもする。
本人の意思はともかく、同族を守るために必要だったから敵に回っちゃったの。ごめんね? なんて展開は本当に笑えない。
冒険者と共に行動している時点で警戒に値したのだが――カドはあえなく捕まってしまった。
クラスⅥなんて今のカドからすれば格上もいいところである。中途半端な対応ではこうなるのも無理はない。
何やら垂れ目でローブを羽織った少女も近くにいるので余計に身構えてしまうのだが、リリエは少女に自分の体を向ける形でカドをヘッドロックし、間を隔ててきた。
リリエとしても冒険者に近づけまいという配慮があるのだろうか。
彼女はこっそりと耳打ちをしてきた。
「カド君、安心しなさい。危害を加えるつもりはないわ。少なくとも私はそう聞いているから、冒険者が何かすれば私が止めてあげる」
ここに冒険者が多くいるのは、何らかの思惑があるようだ。
その上で、リリエはこちらに害がないように計らってくれているらしい。
やはり彼女は優しい人である。間合いに入った瞬間、脳天に拳骨を叩き込まれたのは何かの間違いだったのかもしれない。
「あいたた……。あの、拳骨は危害に入らないんですか?」
「愛よ」
「愛かぁ……」
迷いなく断言されては仕方がない。お世話になっておきながら何も言わずに別れた手前、数発殴られることくらいは想定していた。
さて、これからの対応に困るところだ。
周囲の冒険者はお尋ね者の竜と死霊術師を前にしても殺気立った様子はない。
目の前の少女も同様だ。
寝癖がいくらか残る三つ編みのロングヘアーという容姿で、荒事向きとは思えない。垂れ目でやんわりとした笑みを向けてくるところからして、敵意はまるで感じられなかった。
白いローブの下にはライフルの弾薬ベルトのようなものに、道具を無数に差しているのがわかる。
刃物などが見当たらないので恐らくは魔術師タイプだろう。
〈死者の手〉や〈毒霧〉を全力で展開させれば逃げ延びる自信はあるが、どうしたものか。
そうして悩んでいたところ、頭上に影が差した。
エワズが大仰に尻尾を振り上げ、カドの体すれすれに振り下ろしたのである。
それによって少女とリリエは後退し、カドから離れた。
『再会の空気に水を差してすまぬな。我らはこの場にそぐわぬ者だ。手出しさえされねば、このまま去ろう』
ちらとエワズが目配せをしてくるので、カドは彼の背に飛び乗る。
エワズが逃げに徹し、カドがその援護をするという形であればリリエが相手でも距離は取れるだろう。
エイルと父親の抱擁も解かれ、場に緊張が走った。
すると、リリエが改めて歩み出してくる。
「ちょっと待って。ここに冒険者がいるのはあなたたちを襲うためではないわ。ギルドと管理局から、私とあなたたちに依頼があったのよ。悪くない報酬もあるから、話だけでも聞いていかない?」
『ふむ』
エワズは逡巡して、周囲を見回した。
伏兵らしきものは見当たらない。
そして、嘘をつかないリリエがこのように言っているのだ。少なくとも、それを反故にするようなことがあれば彼女はこちらに味方をしてくれるはずである。
悪いことではないと判断したのだろう。エワズはカドに目を向けてきた。
それに対してカドは頷きを返す。
『この場で聞こう。問題ないか?』
エワズが問いかけると、リリエは「ええ」と頷く。
そして、この街の責任者であるエイルの父親にも視線が集まった。娘との再会という最中であったが、彼は顔を拭いて様子を正すと頷く。
「もちろんだ。守護竜よ、この街はあなたに害為す者ではない。そんな者がいたとすれば、我らもあなたたちの味方をしよう」
この街は元より第二層に旅立つための宿場町として一致団結した雰囲気がある場所だ。住民と見える者たちは彼の言葉に同意している。
街人は二百人程度。場にちらほらと見える冒険者は百人というところだ。
何かがあっても御しきれない数ではない。エワズは彼らの声を聞き入れ、再びリリエに目を向けた。
『して、我らは何を求められている?』
「第二層を封鎖している大蝦蟇の排除よ。報酬は、あなたとカド君をギルドと管理局が公式に認めること。そうね、私みたいに何かをお願いされることはあっても追われる立場にはならないわ」
『ほう、それは思い切ったことをするものだ』
「深層に向かえる冒険者の多くが隔てられてしまった上に、このまま手をこまねいていても境界の異変はより酷くなるばかりでしょうしね。この状態を知った外部勢力に手を出されても堪らないでしょうし、彼らとしても相当に参っているのよ。意地を張っている場合じゃないってね」
リリエはエワズに微笑みかけた。
この街や熟練の冒険者の間でエワズは守護竜と呼ばれている。非公式ではそれだけ慕われている存在だったのだ。
そんな長年の努力があったからこそと、リリエは称えているようである。
その話を聞いたカドも悪くない話だと頷いた。
「大蝦蟇がいれば僕らも先に進めなさそうでしたし、ちょうどいいことではありますよね。リリエさんの助けもあれば心強いことだと思います」
『うむ。そして、汝も人の輪の中へ帰れるというわけだ』
「まだ言うんですか、それー」
そうなったとしても、エイルとは違って帰るべき場所もない。カドは元よりエワズの目的を遂げるまではついて回る予定なので呆れた目を向ける。
しかし、大した反応もくれないので長い首をよじ登り、頭に跨ってぺしぺしと叩いてやった。
それでもエワズは煩わしそうにせず、リリエとの会話を優先する。
『良いだろう。我らとしても拒むものではない。して、これからどのように挑むのか手立ては考えられているのか?』
「そちらについてはこちらのフリーデグントさんから説明してくれるわ」
リリエが促すと、彼は歩み出してくる。
統率者に相応しい気迫だ。歴戦の気配を匂わせるのはその装備の傷だけではない。彼の右足も戦いの中で傷ついたらしく、膝から先がなかった。
「まずは有望な冒険者とこの街の有志を集め、境界主を倒すことでランクアップし、戦力を増やしたいと考えている。その上で守護竜と少年、そしてリリエハイム殿とユスティーナ殿には境界周囲を徘徊しているガグと〈剥片〉を排除してもらいたいのだが、どうだろう?」
〈剥片〉は境界から現れているのだ。ガグの黄泉路に存在する魔物の多くには〈剥片〉が寄生し、ランクアップさせていることだろう。
ただのクラスⅠでは戦うことすら厳しいというのはエイルと兄が証明している。
確かに求められるとすれば妥当な線だった。
『それで良かろう。では、攻略については明朝で問題ないか?』
「メンバーにはこれから話をするが、恐らくは問題ないだろう」
「おう、当たり前だ。こんなところにいても何もすることがないしな。早い方が元の感覚を忘れずに済んでありがたいぜ」
フリーデグントがエワズに答えたところ、それに続く声があった。
目を向ければ、それはカドも見た姿である。
アッシャーの街で刃を交わしたイーリアスだ。人の目を引く彼を抑えようと、スコットやトリシアの姿も見えた。
なるほど、理解できることだ。元々、上位のクラスであった混成冒険者は確かにランクアップさえすれば即戦力だろう。
『威勢の良いことだ。では明日――』
「はいはいはいっ……! それでは本日は懇親会、ですねっ!?」
フリーデグントがユスティーナと紹介したクラスⅣの少女は手を上げて主張すると徐々に歩み出してきた。
しかも興奮が高まってきているのか歩みは次第に早まり、ついには小走りになってエワズの背に飛び乗ってくるではないか。
エワズの首を這って登ってきた彼女はそのままカドを押し倒し、満面の笑みで口を開く。
「仲良く致しましょうっ、カド様ぁっ!」
「わはー、なんか熱烈な歓迎ですね」
暴風に晒されるような心地でカドは漏らすのだった。
全てはエイルが故郷に戻れるかどうか見極めるためのお節介であったし、第二層に行くことを考えるのが現状の全てである。
特に、いつ襲ってくるかもわからない冒険者がいる環境ならば避けて然るべきものだ。
そこにエワズは旧知であるリリエがいようとも関係ない。
そもそも彼女は地上や低層暮らしで非力になってしまった天使や、境界域で困っている弱者を助けること――この二点を守る存在で、本当に中立だ。立場は冒険者寄りにもなれば、そうでなかったりもする。
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冒険者と共に行動している時点で警戒に値したのだが――カドはあえなく捕まってしまった。
クラスⅥなんて今のカドからすれば格上もいいところである。中途半端な対応ではこうなるのも無理はない。
何やら垂れ目でローブを羽織った少女も近くにいるので余計に身構えてしまうのだが、リリエは少女に自分の体を向ける形でカドをヘッドロックし、間を隔ててきた。
リリエとしても冒険者に近づけまいという配慮があるのだろうか。
彼女はこっそりと耳打ちをしてきた。
「カド君、安心しなさい。危害を加えるつもりはないわ。少なくとも私はそう聞いているから、冒険者が何かすれば私が止めてあげる」
ここに冒険者が多くいるのは、何らかの思惑があるようだ。
その上で、リリエはこちらに害がないように計らってくれているらしい。
やはり彼女は優しい人である。間合いに入った瞬間、脳天に拳骨を叩き込まれたのは何かの間違いだったのかもしれない。
「あいたた……。あの、拳骨は危害に入らないんですか?」
「愛よ」
「愛かぁ……」
迷いなく断言されては仕方がない。お世話になっておきながら何も言わずに別れた手前、数発殴られることくらいは想定していた。
さて、これからの対応に困るところだ。
周囲の冒険者はお尋ね者の竜と死霊術師を前にしても殺気立った様子はない。
目の前の少女も同様だ。
寝癖がいくらか残る三つ編みのロングヘアーという容姿で、荒事向きとは思えない。垂れ目でやんわりとした笑みを向けてくるところからして、敵意はまるで感じられなかった。
白いローブの下にはライフルの弾薬ベルトのようなものに、道具を無数に差しているのがわかる。
刃物などが見当たらないので恐らくは魔術師タイプだろう。
〈死者の手〉や〈毒霧〉を全力で展開させれば逃げ延びる自信はあるが、どうしたものか。
そうして悩んでいたところ、頭上に影が差した。
エワズが大仰に尻尾を振り上げ、カドの体すれすれに振り下ろしたのである。
それによって少女とリリエは後退し、カドから離れた。
『再会の空気に水を差してすまぬな。我らはこの場にそぐわぬ者だ。手出しさえされねば、このまま去ろう』
ちらとエワズが目配せをしてくるので、カドは彼の背に飛び乗る。
エワズが逃げに徹し、カドがその援護をするという形であればリリエが相手でも距離は取れるだろう。
エイルと父親の抱擁も解かれ、場に緊張が走った。
すると、リリエが改めて歩み出してくる。
「ちょっと待って。ここに冒険者がいるのはあなたたちを襲うためではないわ。ギルドと管理局から、私とあなたたちに依頼があったのよ。悪くない報酬もあるから、話だけでも聞いていかない?」
『ふむ』
エワズは逡巡して、周囲を見回した。
伏兵らしきものは見当たらない。
そして、嘘をつかないリリエがこのように言っているのだ。少なくとも、それを反故にするようなことがあれば彼女はこちらに味方をしてくれるはずである。
悪いことではないと判断したのだろう。エワズはカドに目を向けてきた。
それに対してカドは頷きを返す。
『この場で聞こう。問題ないか?』
エワズが問いかけると、リリエは「ええ」と頷く。
そして、この街の責任者であるエイルの父親にも視線が集まった。娘との再会という最中であったが、彼は顔を拭いて様子を正すと頷く。
「もちろんだ。守護竜よ、この街はあなたに害為す者ではない。そんな者がいたとすれば、我らもあなたたちの味方をしよう」
この街は元より第二層に旅立つための宿場町として一致団結した雰囲気がある場所だ。住民と見える者たちは彼の言葉に同意している。
街人は二百人程度。場にちらほらと見える冒険者は百人というところだ。
何かがあっても御しきれない数ではない。エワズは彼らの声を聞き入れ、再びリリエに目を向けた。
『して、我らは何を求められている?』
「第二層を封鎖している大蝦蟇の排除よ。報酬は、あなたとカド君をギルドと管理局が公式に認めること。そうね、私みたいに何かをお願いされることはあっても追われる立場にはならないわ」
『ほう、それは思い切ったことをするものだ』
「深層に向かえる冒険者の多くが隔てられてしまった上に、このまま手をこまねいていても境界の異変はより酷くなるばかりでしょうしね。この状態を知った外部勢力に手を出されても堪らないでしょうし、彼らとしても相当に参っているのよ。意地を張っている場合じゃないってね」
リリエはエワズに微笑みかけた。
この街や熟練の冒険者の間でエワズは守護竜と呼ばれている。非公式ではそれだけ慕われている存在だったのだ。
そんな長年の努力があったからこそと、リリエは称えているようである。
その話を聞いたカドも悪くない話だと頷いた。
「大蝦蟇がいれば僕らも先に進めなさそうでしたし、ちょうどいいことではありますよね。リリエさんの助けもあれば心強いことだと思います」
『うむ。そして、汝も人の輪の中へ帰れるというわけだ』
「まだ言うんですか、それー」
そうなったとしても、エイルとは違って帰るべき場所もない。カドは元よりエワズの目的を遂げるまではついて回る予定なので呆れた目を向ける。
しかし、大した反応もくれないので長い首をよじ登り、頭に跨ってぺしぺしと叩いてやった。
それでもエワズは煩わしそうにせず、リリエとの会話を優先する。
『良いだろう。我らとしても拒むものではない。して、これからどのように挑むのか手立ては考えられているのか?』
「そちらについてはこちらのフリーデグントさんから説明してくれるわ」
リリエが促すと、彼は歩み出してくる。
統率者に相応しい気迫だ。歴戦の気配を匂わせるのはその装備の傷だけではない。彼の右足も戦いの中で傷ついたらしく、膝から先がなかった。
「まずは有望な冒険者とこの街の有志を集め、境界主を倒すことでランクアップし、戦力を増やしたいと考えている。その上で守護竜と少年、そしてリリエハイム殿とユスティーナ殿には境界周囲を徘徊しているガグと〈剥片〉を排除してもらいたいのだが、どうだろう?」
〈剥片〉は境界から現れているのだ。ガグの黄泉路に存在する魔物の多くには〈剥片〉が寄生し、ランクアップさせていることだろう。
ただのクラスⅠでは戦うことすら厳しいというのはエイルと兄が証明している。
確かに求められるとすれば妥当な線だった。
『それで良かろう。では、攻略については明朝で問題ないか?』
「メンバーにはこれから話をするが、恐らくは問題ないだろう」
「おう、当たり前だ。こんなところにいても何もすることがないしな。早い方が元の感覚を忘れずに済んでありがたいぜ」
フリーデグントがエワズに答えたところ、それに続く声があった。
目を向ければ、それはカドも見た姿である。
アッシャーの街で刃を交わしたイーリアスだ。人の目を引く彼を抑えようと、スコットやトリシアの姿も見えた。
なるほど、理解できることだ。元々、上位のクラスであった混成冒険者は確かにランクアップさえすれば即戦力だろう。
『威勢の良いことだ。では明日――』
「はいはいはいっ……! それでは本日は懇親会、ですねっ!?」
フリーデグントがユスティーナと紹介したクラスⅣの少女は手を上げて主張すると徐々に歩み出してきた。
しかも興奮が高まってきているのか歩みは次第に早まり、ついには小走りになってエワズの背に飛び乗ってくるではないか。
エワズの首を這って登ってきた彼女はそのままカドを押し倒し、満面の笑みで口を開く。
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