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後方からの加勢(鈍行)

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 エルタンハスでは防塁に多くの冒険者が集まり、カドの戦闘模様を観察していた。

 のどかな牧畜ですら、ひしめき合ったその様相を目の当たりにすれば圧迫感を覚えるものだ。それくらい見覚えのない規模を前にした冒険者の多くは絶句し、予想を超えた事態にどよめいていた。
 場を俯瞰するフリーデグントは、それも当然だと息を吐く。

 冒険者は軍隊ではない。生活の糧として狙うのは財宝や希少資源、もしくは安定して狩ることができる魔物だ。
 当然、混戦、乱戦に長けた者はこの一年間、〈剥片〉をあしらってきた自警団を除けばごく少数と言っていい。

「防塁を最大活用しつつ、遠距離攻撃ができる者を中心に凌ぐのが最善策か」

 近接戦闘しかできない者には敵の流れの誘導と強力な個体の排除を命じ、弓使いなどはその撤退の補助。敵が集まった場所には魔術師による砲撃。できるのはそんなところだ。
 そんな思案をしていたところ、カドがいる前線に動きがあった。

 クラスⅣの魔物――ゲイズの亜種と焦灼の悪魔と交戦し始め、ユスティーナが合流。敵は撃破したもののハルアジスと会敵し、群れの多くを死に至らしめていたカドの魔法も解除された。
 それに代わってハルアジスが生み出した影の騎士が次々と魔物を殺戮し、その魔素を以って新たな騎士を生み出している。

 不死者が不死者を作るとも言える、異様な光景だ。
 それに顔をしかめていたところ、背後から声がした。

「自分も初めて目にしますね。恐らく、あれは影精霊の創造と死霊術との併用と思われます」

 声の主は近くにいたスコットだ。
 ハルアジスとの戦いでは彼とイーリアスがカドに加勢する話だった。その傍でイーリアスが屈伸をしているとおり、彼らはこれから出陣する。
 残る死霊術師の中では彼が最も高弟だったので、有益な情報提供はこれが最後となるだろう。

「実体を持たないレイスと異なり、あれは胸部の中心に核を持ちます。影は物理攻撃によって破壊できますが、核を破壊しなければ消滅しません。また、戦闘時も多少なり変形する点と、水のようにありとあらゆる隙間から侵入してくる点に気を付けてください。普通は高性能な個体を数体用いるものなのですが、あれは恐らく殺害して集めた怨念を用いて操作を簡略したものです」
「くっ。単なる兵ならばよかったものを、籠城の天敵ではないか」
「こちらを攻めることでカドさんに精神的な揺さぶりをかけるためか、はたまた被害を大きくするためか。どちらにせよ、このエルタンハスに向けられた脅威です。お気をつけて」
「承知した。気を引き締めて当たるとしよう」

 フリーデグントは頷きを返す。
 スコットはイーリアスに頷きかけると防塁から飛び降り、大きく迂回する形で前線を目指した。

 さて、これからが本当の闘いだ。
 まばらに敵が到達した今までとは異なり、毎秒数体の魔物が来襲し、じきに影の騎士も到達することだろう。

「死地での魔物の発生はハルアジスの到来と共に止まったという話だ。最後尾にいたはずの彼がここにいるということは、平原に見える限りの敵をあしらえば終わりというところか」

 魔物一体あたりの大きさが牛と同等だとしても、数万は下らないだろう。
 その大半はクラスⅠやⅡとの報告ではあるが、これはなんとも厳しい。
 こちらはクラスⅡとⅢが中心で約百人。クラス差で五倍、統制された強みで十倍の数字的不利でも覆せるだろうと希望的な観測をしても、数万の敵は明らかに御しきれない。

 境界からの報告では、冒険者が撤退中とのことだが、半数はすでにハルアジスの攻撃で戦闘不能らしい。
 この差を覆すならば五大祖のユスティーナでも不足だ。クラスⅤやⅥ。カドやリリエ、守護竜といった一騎当千以上の存在でなければどうにもならないだろう。

「結局、あの場の戦いが我らの命運を握るという訳か」

 ハルアジスはこちらの動きと弱みを見切り、予想を大いに上回る戦力をぶつけてきた。完全に作戦負けである。決死の覚悟を伴った相手はやはり侮れるものではなかった。
 フリーデグントは防塁を固める自警団を見回した後、正門後方に詰めている冒険者に目を向ける。

「冒険者諸君! 何度も死線を潜った諸君ならこの窮地はすでに肌で感じ取っていることだろう。我らに出来るのは一致団結した持久戦のみだ! それに長けた自警団を中心に指示に従ってもらいたい!」

 その声を耳にした冒険者の反応は二分している。
 生身の肉体である純系冒険者は死を恐れて震えながらも、それが最善策と認めた様子だ。
 一方、死んでもやり直しが効く混成冒険者はやる気を見せない。彼らはその躯体を失えば今までの経験値は失うし、新たな躯体を作るにも費用がかかる。何とかやり過ごせないか考えているのだろう。
 クラスが高位の者ほど混成冒険者が多いだけに、この街を囮にした逃亡も考えられる。
 誰か一人でも裏切れば、多くが真似をして組織が瓦解することもあり得た。非情なことだろうが、フリーデグントは先んじて釘を刺す。

「また、理解しているとは思うが敵前逃亡は重罪だ! 万が一、そのような事態があれば生き残った者が此度の問題を統括しているギルドと管理局にも連絡するだろう。裏切ることがなきよう、心しておいてほしい」
「くっ……!」

 一部の冒険者が忌々しそうに口元を歪める。

「では、作戦を通達する! まず影の騎士の排除を念頭に――」

 当初考えていた作戦に、影の騎士の対策を盛り込んだ形で指示を飛ばしていく。
 通達が終わると、冒険者たちはそれぞれ持ち場に移動していった。
 あとは敵の到来を待つのみ。そう思って緊張の内圧を下げるように息を吐き、束の間の休息を取ろうとしたその時、周囲の自警団から視線が投げかけられる。

「エルタンハス発足以来、最大規模の戦いでしょうねぇ。団長」

 年季としてはフリーデグントよりも上の古強者が、はははと笑う。

「このような事態に巻き込み、すまなかった」
「何を言っているんですかい。アッシャーの街のギルドや管理局なんぞ、関係ない。この街は俺たちの故郷で、ここしか居場所がない。だから今日も皆で守るんでしょう。そんなことに嫌気が差すんなら〈剥片〉が発生するようになった一年前にここを去っているもんですって」

 フリーデグントが頭を下げると、一人が武骨に笑って答え、「そうだそうだ」、「違ぇねえ」と同意の言葉が続く。
 戦友でありながら、一個の家族でもある。そんな温かみに、今さら謝罪は無用だ。フリーデグントは笑顔で頷きを返す。

 そうとも。この街は寄り集まった者共の約束の地。皆が諸々の理由で離れにくくなり、居ついてできた街なのだ。
 この一年、〈剥片〉が寄生したガグなどの襲来で防塁は傷つき、人も多くが負傷した。けれどそれでなお街を捨てあぐねた筋金入りたちなのだ。

「そうだな、戦友たち。悲観することはない。此度の戦闘には守護竜も、五大祖を越える存在も我らに味方している。我らのしぶとさを凌駕する絶望には程遠い。今日もまた敵を退け、明日の光を望むとしよう!」

 軍における鼓舞ともまた違う、砕けた呼びかけだ。
 けれど、自警団にはそれがよく似合う。雑多に武器を上げて雄叫びを上げ、勢いを共にした。

 と、そんなひと幕を終えたところでエイルとトリシアが小走りでやって来る。

「父さん、ちょっといい?」
「どうした、お前たちも持ち場に――ん?」

 娘だからといって特別扱いはしない。そう思って声をかけた時、フリーデグントは彼女が抱えているものに気付いた。
 この状況にはそぐわない、のっぺりした顔。カドの従者のサラマンダーである。

「カド殿の従者か。正直なところ、意思疎通できなければ戦力には……」
「いや、そうじゃなくてって、あわわ――痛ぁっ!?」
「あっ!?」

 突然、魚のようにびちびちと暴れたサラマンダーの顔が横っ面を強打し、エイルは手を放してしまう。
 その後の動きが異様に早かった。
 気付いたトリシアが捕まえようとするのも振り切り、サラマンダーは防塁から飛び降りてしまったのである。

 俊敏なのはそこまでだ。
 そこからのそのそと歩き始めたサラマンダーには、今もまばらにやってくる敵が接近した。だが、直後には〈昇熱〉によって茹で殺され、魔素に還っていく。
 状況が状況なので捕まえに行けないと困って見つめていた一同は、その光景に口を閉じるのを忘れてしまいそうになった。

 フリーデグントは顎を揉む。

「彼の従者だ。見捨てるのは心苦しいが、存外、心配はいらないかもしれないな……」
「あ……、うん。でもそれだけじゃなくって……」
「まだ何かあるのか?」

 エイルの表情はさほど深刻ではない。ちょっと困り顔とでも言うべきものだ。
 促してみると、彼女は答える。

「あのね、カドが置いていったガーゴイルも見当たらなくって……」
「……すまない。それを探す余裕はない。これより数万の敵を切り払い尽くすまで休みはない。二人もそう思って事に当たるんだ」

 ハルアジスとの決着がすぐにつけばいいが、最悪も想定せねばならない。
 これだけの事をしでかした五大祖が相手なのだ。それこそ、カドが敗北する――口には出さないが、そんなことだってあり得るとの含みを持たせて娘たちに注意を促すのだった。
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