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冒涜から為る奇跡 Ⅱ
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「嗚呼、悲嘆なるかな。地には冷たき骸が伏し、現し世には非業が数え余る」
魔素を見る目で見回せば、魂と呼べそうなものを捉えられる。死して拡散しかけた魔素が死体を傍で見つめる人型としてこの世にしがみついているのだ。
街にいるのは戦闘員と非戦闘員が百名ずつくらいだっただろうか。防衛戦力が半壊していたので死亡者は数十。放っておけば死ぬ負傷者も同程度はいると思われる。
自分とハルアジスの戦いをきっかけにこれだけの数が犠牲になったのだ。それを非業の死と言わずして何となるだろう。
詠唱を耳にした亡霊はこぞってこちらに意識を向けてくる。
「冥府の呪縛に引きずられてなお叫び、門を叩く者よ。永久の眠りを拒む者よ。汝らの望みは如何なるものか」
そこから読み取れる感情は言うまでもない。死んでもなお不幸のきっかけを憎まずにいられる聖人君子なんてそうそう実在しないだろう。
命を失った今、彼らの望みは一つだ。
「カドさん、まさか……?」
以前、アルノルドを延命しているところを目撃していたトリシアは勘付いた様子でこちらを見つめる。
そう。普通は死者を蘇らすことなんて不可能だし、重傷を癒すことすら難しい。だが、物は使いようだ。
死霊術師の〈彷徨う死者〉は死体の損傷を補い、力を付与し、そして自分や誰かに向けられる怨嗟を都合よく利用して敵にぶつける駒にする魔術だ。
けれどそれも、その上位に当たる魔術も、使いようによっては現代医学を超えた処置にできる。
子供や恋人を守るために命を盾とした。戦友に敵を討たせるため、捨て石となった。そんな美しい散り様もあったのだろうが、知ったことではない。
それらの死の責任なんてカドには取り切れないし、ここでみすみす死なせては守れるものは守るというエイルとの約束も反故にしてしまうのだからやり直しだ。
ハルアジスを打ち破った“死霊術師”らしく、彼らが抱える妄執に応えようではないか。
「――聞き届けよう。我はこの世の理を覆し、数多の死を冒涜する。亡者よ、いざ天を仰げ。〈死屍跋扈〉」
たっぷりと練った魔力を街中に張り巡らし、死体と半死人を捉える。
その体の損傷を精査し、循環機能の代替を最優先。壊れた血管を補い、薄壁だけでも形成する。
これは死霊術師が会得するクラスⅤの魔術だ。
本来は手近な死肉の使える部分だけ繋ぎ合わせて作った合成ゾンビを無数に放つものであり、そこを起点に〈腐敗〉や〈操骨〉、〈操血〉、〈死体経典〉などを合わせ、えげつなく攻め立てる用途らしい。
一人で一軍としての働きをこなせる大魔術である。
――だというのに攻撃的な機能を捨て、生きている状態の再現に力を費やすなんて用途外もいいところだろう。
ああ、燃費が悪いことこの上ない。
カドは血流や生体機能を理解しているため、一人の損傷を精査した後はその応急処置を真似るように機能を自動化させている。
それでもなお工程と処理が多すぎて頭がパンクしそうなのだ。
魔力も割とかつかつで、精神的にも余裕はない。そのはずなのだが、例の言葉が脳裏で響く。
『今あるものを失うのを怖がって。まだ見ぬものを楽しんで? ――あなたは、そんな風に欲張れる人になる』
今になって思うが、とんだ呪いの言葉だ。もっと適度な手の打ちどころがあるはずなのに、それを許さない思考である。
だが――。
だが、もしもこれを綺麗にこなせたらどうだろう?
死に瀕した彼らは、こぞって怨嗟の感情を向けていた。単に命拾いをさせただけで感謝に変わるとは思わないが、それならどんな感情に変わるのだろうか?
人らしさというものが欠けたカドとしては、そんな点に興味がくすぐられる。
「はい、終わりぃっ……!」
血流操作を始めとした生命維持を各肉体の魔力に紐づけて処理は終了だ。
カドが宣言すると、周囲で輝きを放っていた大魔法陣はふつと消え失せた。
補った魔力はあっという間にほぼ空に戻り、精神力もほぼ尽きかけている。もうそのまま倒れ伏してしまいたいところだ。
けれど、まだである。
カドは膝に手を突いて堪えて周囲を改めて見回した。
「返事をしてよ、おかあさんっ……!」
「……聞こえて、いるよ。そんなに……泣か、ないで……?」
事切れたはずの死体は辛うじて息を吹き返したようだ。
泣きつく我が子に対して消え入るような声で応答を返し、歓喜が沸き上がるなどの反応が各所で上がる。
これはあくまで応急処置だ。肉体の原型を留めない者、脳を破損した者までは決して癒せない。けれどもそれで助けられる命の方がずっと多いようだ。
「……残る処置も、心配なさそうですね」
視線を移らせている時、カドは防壁を巨大な人狼が飛び越えてくる様を見つけた。その肩に乗っているのは一命をとりとめたユスティーナとスコットである。
死霊術師は血流操作のような生体機能の操作が領分。
カドがおこなったのもそこが中心で、失った血肉の補填はしていない。だから処置した人々も体温低下や感染などで衰弱が進めばいつまた死体に戻ってもおかしくなかった。
そこでユスティーナだ。
治癒師は魔素で肉体を作り、補うのが領分。辛うじて息を吹き返した彼らの傷を塞ぎ、血肉を補ってくれることだろう。
「ちゃんと生体機能を理解して分担処置をするからこその死者蘇生ですね」
未だにバジリスクの頭骨にしがみついているだろうハルアジスの妄執に、これが新たな可能性なのだと言外に語る。
治癒師どころか死霊術師の門下生ですらロクに信じようとしなかったハルアジスにとっては選ぶに選べなかった選択肢であろう。
これを見ていたら一体何と答えただろう。
そんなことを考えていたところ、ユスティーナが目の前までやってきた。彼女は人狼の肩から下りると、そのまま近づいて抱き締めてきた。
「うぉっぷ」
中腰であったためにユスティーナの胸に埋もれる形になる。
「我が御手の元、彼の者に恩寵を与える。失いし血肉よ、その在るべき姿を今ここに再び為せ。〈恩寵の奇跡〉」
イフリートとエルダーゲイズを相手にしていた時に使ってくれた治癒術だ。
致命傷はないものの、ハルアジスとの戦闘で少なからず負っていた傷は瞬く間に癒え、疲労感も幾何か薄れる。
体を少しばかり離して彼女を見上げると、真剣な眼差しが返ってきた。
「カド様、あとはわたくしにお任せください」
「あ、はい。よろしくお願いします……?」
今までの彼女であればへらりと笑いながら、『このユスティーナにお任せくださいな』とでも言って引き受けていたことだろう。
少しばかり印象の違うところに首を傾げながらも、彼女に任せた。
「命に関わる重傷者だけこちらへお集めください。軽傷の方は他の治癒師やドルイドにお任せします」
彼女が声を上げると、場は動き始めた。
手隙の者が負傷者を運び集める。誰に手当てが必要か素早く判断を下すユスティーナの姿には治癒師の長としての貫禄を感じた。
「余力がある者は防壁へ! 群れる魔物を蹴散らす必要がある。最後まで気を抜くな!」
ユスティーナの動きと鏡映しのようにフリーデグントが声を上げた。
遠距離攻撃の術がある者は防壁方面に走り、イーリアスのように近接戦闘が主軸の人間はユスティーナの補助に回っている。
もうここでの仕事は終わったと見ていいだろう。カドはようやく安堵の息を吐く。
そこへ今度はトリシアとエイルの二人が近寄ってきた。
「カドさん、申し訳ありません。私は防壁の補助に回ります」
「ええ、どうぞお構いなく」
「カド、言いたいことはたくさんあるけどゴメンね? 私、今は怪我した人を運ぶよ」
「もちろんです。僕は大丈夫なので行ってください」
彼女らはこちらを気にしつつも、忙しなく走った。
全員がバタバタと動き回っている。
自分としてはもうここを離れてエワズとリリエの合流を急ぎたいところだが、その前にやり残したことが一つあった。
カドは残ったバジリスクの頭骨に歩み寄る。
ぼろぼろと風化し、今にも全てが塵に還りそうなそれの前に正座した。
これだけ手段を尽くした末に敗北したハルアジスの心境としては、どんなところなのだろうか。
カドが見つめる先にはバジリスクの頭骨に侍る魂が一つある。
けれども予想に反してそのしぶとさは消え失せ、骨の風化とともに消えゆこうとしていた。それに対してなんとなく手を合わせて拝んでしまう。
周囲が動き回る中、一人だけこんな行動を取るものだから風景としては浮いていることだろう。自覚したカドは改めて周囲を見回す。
「うーんと。ああやって忙しくしている以上、いちいち止めて説明するのも時間のロスですよね」
まあ、背景はすでに自分の手を離れているのでこの際どうでもいい。時間が限られている以上、やりたいことは実行に移すべきだろう。
カドは頭骨に手をかざし、呟いた。
「ここに願い奉る。強き想いに応える盃を此処に。〈血命の盃〉」
呪文はすぐに効果を表す。
その場に揺蕩っていた魔素の一部が渦巻き、一人の老爺を形成した。
「「えっ?」」
「「はっ……!?」」
「――なぁっ!?」
この一部始終を耳で、或いは目で捉えていた者は愕然とした表情を浮かべる。
何より驚いた顔をしているのはこの場に形を成した老爺だ。信じられない事態に打ち震えていた彼は、我に返るなり叫ぶ。
「何をやっておるか、貴様ァァァーーッ!?」
多分、目撃者の全員が口にしたかったであろう言葉を最初に口にしたのは、呪文によって新たに体を得たハルアジスその人だった。
魔素を見る目で見回せば、魂と呼べそうなものを捉えられる。死して拡散しかけた魔素が死体を傍で見つめる人型としてこの世にしがみついているのだ。
街にいるのは戦闘員と非戦闘員が百名ずつくらいだっただろうか。防衛戦力が半壊していたので死亡者は数十。放っておけば死ぬ負傷者も同程度はいると思われる。
自分とハルアジスの戦いをきっかけにこれだけの数が犠牲になったのだ。それを非業の死と言わずして何となるだろう。
詠唱を耳にした亡霊はこぞってこちらに意識を向けてくる。
「冥府の呪縛に引きずられてなお叫び、門を叩く者よ。永久の眠りを拒む者よ。汝らの望みは如何なるものか」
そこから読み取れる感情は言うまでもない。死んでもなお不幸のきっかけを憎まずにいられる聖人君子なんてそうそう実在しないだろう。
命を失った今、彼らの望みは一つだ。
「カドさん、まさか……?」
以前、アルノルドを延命しているところを目撃していたトリシアは勘付いた様子でこちらを見つめる。
そう。普通は死者を蘇らすことなんて不可能だし、重傷を癒すことすら難しい。だが、物は使いようだ。
死霊術師の〈彷徨う死者〉は死体の損傷を補い、力を付与し、そして自分や誰かに向けられる怨嗟を都合よく利用して敵にぶつける駒にする魔術だ。
けれどそれも、その上位に当たる魔術も、使いようによっては現代医学を超えた処置にできる。
子供や恋人を守るために命を盾とした。戦友に敵を討たせるため、捨て石となった。そんな美しい散り様もあったのだろうが、知ったことではない。
それらの死の責任なんてカドには取り切れないし、ここでみすみす死なせては守れるものは守るというエイルとの約束も反故にしてしまうのだからやり直しだ。
ハルアジスを打ち破った“死霊術師”らしく、彼らが抱える妄執に応えようではないか。
「――聞き届けよう。我はこの世の理を覆し、数多の死を冒涜する。亡者よ、いざ天を仰げ。〈死屍跋扈〉」
たっぷりと練った魔力を街中に張り巡らし、死体と半死人を捉える。
その体の損傷を精査し、循環機能の代替を最優先。壊れた血管を補い、薄壁だけでも形成する。
これは死霊術師が会得するクラスⅤの魔術だ。
本来は手近な死肉の使える部分だけ繋ぎ合わせて作った合成ゾンビを無数に放つものであり、そこを起点に〈腐敗〉や〈操骨〉、〈操血〉、〈死体経典〉などを合わせ、えげつなく攻め立てる用途らしい。
一人で一軍としての働きをこなせる大魔術である。
――だというのに攻撃的な機能を捨て、生きている状態の再現に力を費やすなんて用途外もいいところだろう。
ああ、燃費が悪いことこの上ない。
カドは血流や生体機能を理解しているため、一人の損傷を精査した後はその応急処置を真似るように機能を自動化させている。
それでもなお工程と処理が多すぎて頭がパンクしそうなのだ。
魔力も割とかつかつで、精神的にも余裕はない。そのはずなのだが、例の言葉が脳裏で響く。
『今あるものを失うのを怖がって。まだ見ぬものを楽しんで? ――あなたは、そんな風に欲張れる人になる』
今になって思うが、とんだ呪いの言葉だ。もっと適度な手の打ちどころがあるはずなのに、それを許さない思考である。
だが――。
だが、もしもこれを綺麗にこなせたらどうだろう?
死に瀕した彼らは、こぞって怨嗟の感情を向けていた。単に命拾いをさせただけで感謝に変わるとは思わないが、それならどんな感情に変わるのだろうか?
人らしさというものが欠けたカドとしては、そんな点に興味がくすぐられる。
「はい、終わりぃっ……!」
血流操作を始めとした生命維持を各肉体の魔力に紐づけて処理は終了だ。
カドが宣言すると、周囲で輝きを放っていた大魔法陣はふつと消え失せた。
補った魔力はあっという間にほぼ空に戻り、精神力もほぼ尽きかけている。もうそのまま倒れ伏してしまいたいところだ。
けれど、まだである。
カドは膝に手を突いて堪えて周囲を改めて見回した。
「返事をしてよ、おかあさんっ……!」
「……聞こえて、いるよ。そんなに……泣か、ないで……?」
事切れたはずの死体は辛うじて息を吹き返したようだ。
泣きつく我が子に対して消え入るような声で応答を返し、歓喜が沸き上がるなどの反応が各所で上がる。
これはあくまで応急処置だ。肉体の原型を留めない者、脳を破損した者までは決して癒せない。けれどもそれで助けられる命の方がずっと多いようだ。
「……残る処置も、心配なさそうですね」
視線を移らせている時、カドは防壁を巨大な人狼が飛び越えてくる様を見つけた。その肩に乗っているのは一命をとりとめたユスティーナとスコットである。
死霊術師は血流操作のような生体機能の操作が領分。
カドがおこなったのもそこが中心で、失った血肉の補填はしていない。だから処置した人々も体温低下や感染などで衰弱が進めばいつまた死体に戻ってもおかしくなかった。
そこでユスティーナだ。
治癒師は魔素で肉体を作り、補うのが領分。辛うじて息を吹き返した彼らの傷を塞ぎ、血肉を補ってくれることだろう。
「ちゃんと生体機能を理解して分担処置をするからこその死者蘇生ですね」
未だにバジリスクの頭骨にしがみついているだろうハルアジスの妄執に、これが新たな可能性なのだと言外に語る。
治癒師どころか死霊術師の門下生ですらロクに信じようとしなかったハルアジスにとっては選ぶに選べなかった選択肢であろう。
これを見ていたら一体何と答えただろう。
そんなことを考えていたところ、ユスティーナが目の前までやってきた。彼女は人狼の肩から下りると、そのまま近づいて抱き締めてきた。
「うぉっぷ」
中腰であったためにユスティーナの胸に埋もれる形になる。
「我が御手の元、彼の者に恩寵を与える。失いし血肉よ、その在るべき姿を今ここに再び為せ。〈恩寵の奇跡〉」
イフリートとエルダーゲイズを相手にしていた時に使ってくれた治癒術だ。
致命傷はないものの、ハルアジスとの戦闘で少なからず負っていた傷は瞬く間に癒え、疲労感も幾何か薄れる。
体を少しばかり離して彼女を見上げると、真剣な眼差しが返ってきた。
「カド様、あとはわたくしにお任せください」
「あ、はい。よろしくお願いします……?」
今までの彼女であればへらりと笑いながら、『このユスティーナにお任せくださいな』とでも言って引き受けていたことだろう。
少しばかり印象の違うところに首を傾げながらも、彼女に任せた。
「命に関わる重傷者だけこちらへお集めください。軽傷の方は他の治癒師やドルイドにお任せします」
彼女が声を上げると、場は動き始めた。
手隙の者が負傷者を運び集める。誰に手当てが必要か素早く判断を下すユスティーナの姿には治癒師の長としての貫禄を感じた。
「余力がある者は防壁へ! 群れる魔物を蹴散らす必要がある。最後まで気を抜くな!」
ユスティーナの動きと鏡映しのようにフリーデグントが声を上げた。
遠距離攻撃の術がある者は防壁方面に走り、イーリアスのように近接戦闘が主軸の人間はユスティーナの補助に回っている。
もうここでの仕事は終わったと見ていいだろう。カドはようやく安堵の息を吐く。
そこへ今度はトリシアとエイルの二人が近寄ってきた。
「カドさん、申し訳ありません。私は防壁の補助に回ります」
「ええ、どうぞお構いなく」
「カド、言いたいことはたくさんあるけどゴメンね? 私、今は怪我した人を運ぶよ」
「もちろんです。僕は大丈夫なので行ってください」
彼女らはこちらを気にしつつも、忙しなく走った。
全員がバタバタと動き回っている。
自分としてはもうここを離れてエワズとリリエの合流を急ぎたいところだが、その前にやり残したことが一つあった。
カドは残ったバジリスクの頭骨に歩み寄る。
ぼろぼろと風化し、今にも全てが塵に還りそうなそれの前に正座した。
これだけ手段を尽くした末に敗北したハルアジスの心境としては、どんなところなのだろうか。
カドが見つめる先にはバジリスクの頭骨に侍る魂が一つある。
けれども予想に反してそのしぶとさは消え失せ、骨の風化とともに消えゆこうとしていた。それに対してなんとなく手を合わせて拝んでしまう。
周囲が動き回る中、一人だけこんな行動を取るものだから風景としては浮いていることだろう。自覚したカドは改めて周囲を見回す。
「うーんと。ああやって忙しくしている以上、いちいち止めて説明するのも時間のロスですよね」
まあ、背景はすでに自分の手を離れているのでこの際どうでもいい。時間が限られている以上、やりたいことは実行に移すべきだろう。
カドは頭骨に手をかざし、呟いた。
「ここに願い奉る。強き想いに応える盃を此処に。〈血命の盃〉」
呪文はすぐに効果を表す。
その場に揺蕩っていた魔素の一部が渦巻き、一人の老爺を形成した。
「「えっ?」」
「「はっ……!?」」
「――なぁっ!?」
この一部始終を耳で、或いは目で捉えていた者は愕然とした表情を浮かべる。
何より驚いた顔をしているのはこの場に形を成した老爺だ。信じられない事態に打ち震えていた彼は、我に返るなり叫ぶ。
「何をやっておるか、貴様ァァァーーッ!?」
多分、目撃者の全員が口にしたかったであろう言葉を最初に口にしたのは、呪文によって新たに体を得たハルアジスその人だった。
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