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森林の破壊者編
過去編 狐と竜とマレビトと。 その1
空を掴む紅い翼があった。
上空を吹き抜ける突風にも等しい風をその双翼で悠然と受けて滑空し、それは地上を睥睨している。
それは紅いドラゴンだった。
ドラゴンはどんな生き物よりも高く飛び、山岳に根差した巨大樹の足元に広がる森の上空を羽ばたいていた。
体色をなす紅い竜鱗とは別。
炎の語源となったと言われる火の穂。まさにその色をした眼が眼下に広がる森の一角を捉えて止まる。
『此方も侵されておるようだな』
声ではなく、心に直接響く音だ。
それが指す場所では木々が黒く萎れて痩せ細り、枯死している。
一本や二本が通常の枯れ方をしてもこうはならない。
まるで菜っ葉が傷んで変色し、ただれてしまったように巨大な木々が群れて死んでいるのである。
虫が食ったにしても、病魔に侵されたとしてもこうは枯れないはずだ。
「奴はいるか?」
『すでに去った後だろう』
ドラゴンは背から向けられた声に答え、片翼を傾けるとゆるく降下しながらその場所の上空を旋回する。
枯死した黒い森には動物も見えなければ魔物もいない。地表には一つとして動くものがなかった。
「ふむ。なら一度引き返すか。森全体を見回す限り、どこで奴が食事をしたのか見当もついた。それをエルフに伝えるのも必要だろう。俺達がやるのはそれからだ」
『何を悠長なことを。一思いに我らの炎で燻り出してしまえばいいのだ。あの老木も了承していたではないか』
「そうもいくまいよ。人は自然とは切っても切れない間柄。誰だって自分の庭が汚されれば良くは思わない。報告する義務くらいはあるだろうさ」
ふんっと機嫌悪そうに鼻を鳴らしたドラゴンであったが声に従って進路を変える。
行く先には岩が多く植物がまれな山間部があった。
これもいつものことなので男には気にした風はない。
だが、そんな彼の背からひょっこりと狐耳が覗いた。男の背に少女が張り付いていたのである。
「もう、ハチったら相も変わらず傲慢なのね。そうやって鼻にかけて物事を見ているといつか皆に嫌われちゃうかもしれないんだから」
『口を慎め、小娘。貴様に言われる筋合いなどないわ』
「わかりました。黙るわ。そうしたらハチも聞く耳を持ってくれる?」
『…………』
ドラゴンの背にはもう一つ幼い声が乗っていた。
彼女は九つの尾を揺らしながら竜の背を歩くと長い首にまたがり、たしたしと叩いて気を引く。
ちらと振り向いたドラゴンに、彼女はにこりと無垢な笑みを返した。
が、ドラゴンはそっけなく視線を戻すと不機嫌そうに押し黙ってしまった。
「残念。今日こそはもうちょっと会話をしてくれると思ったのに。お父様、ココノビは今日も振られてしまいました」
嘆息をついた彼女は12、3という年の頃だろうか。
あどけなさの残る童顔ながらもすでに女性としての成長は確かにあり、着物を押し上げる胸の膨らみがその兆しを覗わせていた。
身長もまだ伸びきっているわけでもなく、香る幼さとはそぐわない成長である。
彼女は強く吹き付ける風をものともせずに歩いて戻ると、傷心なのですと獣の耳を萎れさせ、目の前の男性に抱き着いた。
すると先程までの表情もどこへやら。
体を預けるほどに伝わる温もりで表情が解け、尻尾はパタリパタリと左右に揺れて喜びを示していた。先程の会話はこれのためのダシだったのではと思われるくらいの沈みっぷりである。
男はハッハと小さく笑うと少女の頭を撫でた。
「そういう時もある。俺とてハチには度々振られる始末だ。だがまあ、ハチは行動で表す男。言葉ばかりでは見れないな」
暴風が吹き荒れる背でそんなことを言われていても竜の耳は音をしかと捉えてしまう。
ハチと呼ばれたレッドドラゴンは忌々しそうに口を歪めるも、そのまま目指す先へと羽ばたいていくのだった。
□
竜が着地したその場所はエルフが住む小さな集落だった。
岩が目立つ小山に生えた大きな木々にいくつかのツリーハウスが存在し、総勢五十人ほどのエルフが住むだけの小さな村であった。
竜から降りた男性は、ココノビと自称した少女と竜をそこに置いたままその村の中心部に向かう。
そこにはすでに二十数名にもなるエルフが集まっていた。
彼らはそれぞれ衣服の特徴が多少違い、老齢の者と若い者がセットで立っている。
この近隣に分散して住む各村の長とその警護の者たちだ。
集団の中、最も老齢で背丈が半分になるほど腰が曲がっている老人は小さな子供に寄り添われて建物から出て来た。
きっとこの子供は彼の直系なのだろう。時が経てば同じように族長の職につくこととなるのかもしれない。
「マレビトよ。して、どうであったのか?」
老人は子供から手を離し、杖に体重を預けて立つとしわがれて聞き取りづらい声を出す。
マレビトと呼ばれたのは竜から降りてきた男だった。
細身のエルフと並ぶと多少大柄に見える男は無精ひげを生やし、髪も切るのを怠けて目にかかるほど伸ばしっぱなしである。
タイトな服を着こなすエルフとは反対に黒染めの着物を羽織っただけという簡素な出で立ちだ。
しかしながらそれでも彼は頼りない見かけなどではない。
目には芯が据えられており、遊び人とは一線を画しているのは明白だ。
覗く腕や顔にも小さな刀傷の跡がいくつか残っており、様々な戦いを渡り歩いてきたことが判る。
「もう食われた後だった。奴なら一昼夜もしないうちに消化し、今度は周囲一帯を喰らいに出るだろう。エサをたらふく飲み込んで球体化した奴は実を作って胞子を散らす。そうなると手の施しようがない。食われるだけ食われて地表は丸裸だ。見える一帯どころではない広さが焦土にも等しくなる」
「しかし何故そのような尋常ではないスライムがこの地に? この地にはいないもののはずだ」
「あれはシュツィアン鍾乳洞の魔獣、ヒュージスライムの欠片だな。“帰還者”が持ち込んだものには違いない。帰還者は大抵、大きな力も持って帰ってくるものだ」
「帰還者か……」
それは魔境や秘境と呼ばれる魔獣が治める地から戻って来れた者のことを指す。
竜の巣。
ヘリオン要塞。
アギト大渓谷。
ヴィエジャの樹海。
シュツィアン鍾乳洞。
この山岳樹の近場にあるそれと言えばこの辺りが挙がる。
そこには魔獣だけでなく多種の強力な魔物も生息しており、戦闘を一切せずに抜けるというのは不可能だ。
しかしそれらを倒せば強力な付加武装を手に入れることができる。また、行き倒れた前人の武器や防具を手にすることもあるだろう。
まともな世界には決して存在しない、強力な武器がいくらでも手に入るのだ。
当然そこから戻って来れた者は強力な力を持って帰ることだろう。
尤も、それはマレビトと呼ばれる彼とて同じだ。
竜の巣の若き主、レッドドラゴンを背後に従え、その腰には古い妖刀を下げている。
背には弓と矢を負っているがそれらもただの和弓ではない。素材はグランドオークや竜の髭など希少な魔物の素材が使われている。
ひとたび放てば大量生産の甲冑なんて紙切れのように抉ることだろう。
「ただ単に世界を荒らすのを楽しんでいるのか、それとも謀があるのかは不明だ。ただ、俺たちが育ててきた国に手を出してきた以上は見過ごす気はない。まずはこの森に散らされたスライムを焼き払ってくる。多少、燃やしてしまうが森全てがスライムに食われるよりはマシだと思って堪えて欲しい。この役は風や水を操る律法しか持たないエルフではできないことだろう?」
「それは重々承知していることじゃ。致し方あるまい。ドリアードが許す範囲ならば我らに影響が出ることもないだろう。お頼み申す」
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