女神様は黙ってて

高橋

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一章 パンドラ

第十話  謁見

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 礼儀作法の勉強は付け焼刃に終わった。
 そもそも、中央教会での勉強をサボっていたので「そういえばそんなこと習ったな」程度の手応えすらなく、一から教えられていたのだが、そうこうしている間に王都に到着してしまい、アリスも一緒に謁見してアリスが斜め後から指示するという、裏技としては少し頼りない方法を使うこととなった。
 ところが、一応念の為、宰相には内々にそんな状況にあることは伝えておいたら、今現在の謁見の間は、帝国への対処でそれどころではないから、多少の非礼なら許されると言われアリスはホッと胸を撫で下ろした。

「ね? だからなんとかなるって言ったじゃん?」
「ユニちゃんの礼儀作法は、なんとかなるレベルじゃなかったよ」
「それよりさ、パンドラがまた黙ったままなんだよね」

 なおもお説教が続きそうな気配を感じたので、話をパンドラに逸らす。

「え? いつから? ユニちゃん、またなにか言ったの?」
「いや、今回はアリスが原因じゃないかな?」

 思い返してみると、パンドラが喋らなくなったタイミングは、アリスの発言の後からだ。
 別に喋らなくても困らないのだが、これから王に謁見するに当たってパンドラの機嫌を直しておいた方が良いだろう。

「アリスが”神様だって見栄を張る”って言ってからだよ」
「え? ……言ったかも。え? でも、それが原因?」
「パンドラはあれで繊細なんだよ」

 嘘だ。嘘だが信心深いアリスは信じだ。

「人間だって神様だって図星を突かれると痛いもんだよ? それが愛するアリスちゃんに言われたなら、そのショックは大きいだろうねぇ」

 少しわざとらしい言い方になった。

「これはもう、アリスが一緒にお風呂入ってくれないと、機嫌を直してくれないね」

 先日のお風呂をまだ憶えているのだろう。アリスが「うー」とか「でもー」とか唸りながら頭を抱える。

「むー。わかったよ。一緒に入るけど、あんまり胸ばっかり触らないでくださいね」
『許す!』

 ちょろい神様。

「許すって」
「んー。なんか納得いかないな」
「それより、ほら、扉が開くよ」

 アリスはまだ言い足りなそうな顔をしていたが、都合が良いことに謁見の間の扉が開き、呼び出しの声が室内に響く。

「そのまま進んで、壇上の三歩位手前で臣従礼」

 小声でアリスが教える。

「え? 巫女って臣下じゃないでしょ?」

 斜め後からアリスの呆れたような気配を感じる。気のせいかもしれないけど、パンドラにも鼻で笑われたような気がする。

「簡易式でいいの」

 普通の巫女であれば、最低でも一回は謁見した経験がある。神託の巫女になってある程度礼儀作法を学んだら王に謁見するのだが、ユニは礼儀作法をはじめ、いろんな授業をサボり続けた。結果、王の方からサボっているユニの様子をこっそり覗いて「会う必要はない」と言われてしまったため、今回が初の謁見だ。
 当然、アリスも初めてなのだが、幼馴染みで現在は自分が仕える相手であるユニがあまりにもダメダメなので、逆に落ち着いてしまっていた。
 言われた通り、玉座がある壇上の手前で両膝をついて、目を伏せ、胸の前で両手を組む。確かこれが巫女の簡易臣従礼だったはずだ。

「……」

 本来であれば、ここで王の「面を上げよ」の声が直にかかるはずなのだが、やけに待たされる。
 作法を間違えて怒ってしまったのかと思いながら、前髪で目線が隠されているのをいいことに、堂々と王の様子を窺うと、割とイケメンの髭面王の視線はユニを通り過ぎて彼女の斜め後ろのアリスに向けられていた。

(これって……)

 左右をチラ見して確認。

(やっぱり)

 居並ぶ重鎮も、視線はアリスに向けられていた。

『そりゃあ、見ちゃうよねー』
(そりゃそうだ)

 その大きな胸が組まれた両腕でムニっと形を変えたら、誰だって見てしまう。たとえ、国が滅ぶかどうかの重要な会議中であったとしても、男であればそれは遺伝子に組み込まれた礼儀作法なので仕方ないだろう。

「陛下。お呼びにより参上しました」

 面倒だからあまり喋りたくないが、これ以上、アリスが視姦されるのを黙っておくわけにはいかない。多少の非礼に目を瞑るのなら、これくらいは許されるだろう。

「む。うむ」

 今更威厳を出そうとしても鼻の下を伸ばした顔を見た後なので、威厳なんてものは感じない。

「失礼ですが、あまり時間がないと思いますので、こちらから質問をさせていただいても?」

 面倒なことは終わらせて、早く帰りたい。
 王の隣に立つ全身鎧の男が「無礼であろうが!」と声を上げ剣を抜こうとするが、王が片手を挙げて止める。

(話を早く進めて帰りたいだけなのに)
『面倒臭いわねー。あいつ、ペストにしていい?』
「ペストにしちゃダメ」

 女神に向けて言った一言なのだが、その一言に、玉座と扉を繋ぐ絨毯を中心に左右に分かれた臣下の最前列が一歩下がる。
 皆、疫病は怖い。

「なにか考えがあってのことか?」

 王は動じていないようだ。
 王の言葉に首肯で返すと、王が「許す」と一言。

「では、始めに一番重要なことを。戦うつもりですか? それとも、降伏するつもりですか?」
「それを聞いてどうする?」
「戦うのなら勝たせます。降伏するなら逃げます」
『簡潔ねー』

 ユニの言葉に謁見の間がザワつく。

「ユニちゃん?」

 アリスが心配そうに小声で声をかけてくる。

(そういえば、アリスには神託魔法でなにができるか教えてなかったな)
「勝たせる、と?」

 鼻で笑われた。

「一応言っておきますけど、私は戦いませんよ」
「で、あろうな。しかし、だとするとどうする? 神託魔法か?」
「はい」

 また鼻で笑われた。

「嘘を申すな」

 宰相に怒られた。

「そなたの神託魔法にそれほどの力はないのは知っている。精々、つむじ風を起こす程度の信仰心しかないだろう」
「風は起こしませんよ」
『風じゃ、第七騎士団に通用しないしねー』

 たとえ巨大な竜巻を起こしたところで、戦神の巫女が率いる第七騎士団が相手では、たいした被害は出ないだろう。

「ローラント軍が一年間戦を長引かせてくれれば、勝てます」

 謁見の間のざわめきが大きくなる。反応は三パターン。嘲る様な反応。「不可能」と断ずる者。興味深そうにユニが続きを話すのを待つ者。
 ユニにとって有難かったのは、王と宰相が三番目の反応だったことだ。ユニの予想より、この二人は理性的だ。

「なにをするのか、ここでは具体的に言えません」
「理由は?」
「その情報を和平派が取引材料にするからです」

 ユニへ罵声が飛ぶ。和平派の一人だろう。

「ただ、私を信じていただければ、確実になります。ご存知の通り、私への信頼がそのまま神託魔法の対価となりますので」
「それで戦神の巫女を殺せるのか?」
「殺しませんよ」

 また罵声が飛ぶ。

「かの巫女を戦場で殺すのは、不可能でしょう」
「なら」
「なら、相手にしなければ良いのです。防衛に、ゲリラ戦に徹して時間を稼いでいただければ、あの巫女の政敵が彼女を殺してくれます。要は、一年後までローラント王国が存在していれば、勝ちです」

 ざわめきは収まらない。
 王はしばらくユニを見つめた後、周囲にバレないようにそっとため息をつく。

「ユニ、だったか。奥で話を聞く」

 王はそう言って玉座から立ち上がり、壇上の奥へ向かう。途中で振り向いて「こっちだ」とユニを促す。
 アリスにここで待つように言って、王の後を追う。
 奥と言われたので王の私室かと思っていたが、謁見の間のすぐ奥、扉一枚を隔てた隣だった。
 その部屋がなんのための部屋かユニにはわからないが、入って最初の感想は「質素な部屋」だ。実際、その部屋には簡素なテーブルと椅子があるだけだった。とても、謁見の間の奥にある部屋とは思えない。

『ここからは王族のプライベートスペースだからー、対外的に着飾る必要のない場所なのよー』
「詳しいわね」
『城の全てに金をかけた国はー、すぐに滅びるわよー。ローラントは長い国だからー、金をかける所とかけない所の区別が、代々の王家に受け継がれているんでしょうねー。つっても、そのテーブルと椅子は見た目は質素でも、ちゃんとした職人が作った物だからー、テーブルだけで王都に中古の家が買えるよー』

 平民の質素と王族の質素には、大きな隔たりがある。謁見の間までの道のりが豪華絢爛だったため、この部屋が質素に感じただけだった。

(他の部屋と落差があっても、落ち切ってはいないと)

 王が座り、ギシっと音を立てるその椅子を見ながら、そっとため息をつく。

「座りなさい」

 王と対面の椅子を勧められ、一礼してから座る。

『王様と密室で二人っきりかー』
「聞かせてもらおうか」
『ユニの恥かしい声を』

 王の声真似でパンドラが悪ふざけを始める。
 下品な悪ふざけに顔をしかめる。舌打ちはかろうじて堪えた。

「この部屋に呼んだ意味はわかるだろう?」
『お前と二人きりになるためだ』

 前髪で目は見えていないはずなのに、王には雰囲気でわかってしまったのだろうか。それとも口元か? まあ、勘違いなんだけど。

「ええ、はい」
『わたくしも陛下にお情けをいただけるも』
「パンドラ。真面目な話するから黙れ」

 神に対する遠慮のない言葉に、王が目を見開いて固まる。

「ユニ、よ。神に対して、その……随分と気安いのだな」
「パンドラ自身の希望ですから」

 パンドラからは「堅苦しい話し方はやめて」と言われたが「黙れ」と命令して良いとは言われていない。ユニの拡大解釈だ。

「そう、か。まあよい。先程の話の続きを」

 それ以上追求しなかったのは、この巫女とこの巫女の担当神にこれ以上深入りすると、面倒なことになりそうだという、王族固有の危機回避能力とでもいう勘のおかげだろう。君子は危うきに近寄らないのだ。

「はい。では、私が使う神託魔法から説明させていただきます」

 手始めに、ユニが今回使う神託魔法から説明した。勘が良い者ならそれだけで全てを察することができるとユニは思っていた。が、王は全てを聞いてから納得した。まあ、ユニがやろうとしていることは飢えた経験のある人にしか理解できないだろう。王にとって、飢えるというのは、下々の、雲の下の出来事なので、全て説明しなければわからなかったのだろう。
 全て説明し終えた後、謁見の間へ戻る。スッキリした王の表情を見てなにか勘違いした家臣が数人いた。
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