女神様は黙ってて

高橋

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一章 パンドラ

第十六話 お別れ

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 前門の変態が視界から消え、入れ替わりに金髪の美少女が現れる。

「パンドラ様?」

 全裸寄りの半裸にされた半泣きの戦神の巫女だ。

「なんか……うちの女神がご迷惑をかけたようだな」

 ユニの哀れむような言葉に状況を把握したセシリアが、慌てて服を直して立ち上がり、誤魔化すように咳払いする。

「そ、それほど迷惑では」
「え? お前、そっちの趣味があんの?」
「ち、違う!」

 そんな二人を生暖かい目で見ながら、アリスがお茶を出してくれる。

「おかえり。ユニちゃん」
「うん。天界は今日もカオスだったよ」

 ユニの言葉に美少女二人が首を傾げる。

『てかー、ユニが助けを求めるなんて珍しいからそっこーで入れ替わったけどー、この状況はなに? あと、顔と脇腹が痛い』
「えっと……変態の、開きっぱなしの扉をノックしちゃった?」
『ああ』

 比喩表現オンリーのユニの説明は、付き合いの長いパンドラに通じた。

「顔と脇腹はミネルヴァがやった」

 顔を殴ったのはユニだが、見捨てた報いを受けてもらおう。

『あいつは後でシメる。って、触んな! ……は? やだよ。なんで、ユニを呼ばなきゃいけないの?』

 ユニの背筋に悪寒が走る。

『ん? んー。つまり、うちのユニを気に入ったと……うん。そんで、定期的に神降ろしで入れ替わって、お前らにご褒美を?』
「断る!」

 突然叫んだユニに、アリスとセシリアが驚く。

「パンドラ。多少の我儘は聞くから、そいつらなんとかして」
『アリスちゃんに添い寝したい』
「アリス。私のためにパンドラと寝てくれ」
「「へ?」」

 返事は同じだが、戸惑うアリスと赤面するセシリア。

「ああ、違う。そっちの”寝る”じゃなくて」
『そっちの”寝る”でも可ー』
「ちょっと黙れ。パンドラと添い寝するだけだから。それ以上はさせないから」
「んー。それならかまわないけど……」

 頭の中にパンドラの「よっしゃー!」という叫びがガツンと響く。

「でも、その間、ユニちゃんは天界にいなくちゃいけないんだよね。一晩」

 この幼馴染みは、断片的な情報から”ユニが天界に行きたくないからパンドラにご褒美をあげる”というこの状況に辿り着いた。アリスは軍事や政治の話しは苦手だが、ユニの話しであれば断片的であっても答えに辿り着けるという、ある種の超能力的な能力を最近身につけつつある。

「う。あ、そうか。そうなると、またあの変態に……」
『待って! こいつらはなんとかするから! ユニに近寄らないようにするから!』

 必死なパンドラに「うわー」ってなった。

「よく考えたら、神降ろしをしなければ問題ないわね」
『ちょ、待ってー』

 無視したいが頭の中で抗議は続く。

「いやいや。それよりさ。神降ろしをしても天界に行かずに済む方法を考えてよ」
『あー、うん。そうなんだけどー、それ多分無理ー』
「なんでよ」
『神降ろししたら勝手に入れ替わるのはー、私とユニの相性が良すぎるみたいなのよー。今もー、私の声を聞きながら周りの音も聞こえてるでしょー? 神降ろしを気軽に使いまくったせいでー、ユニの魂が神に近づいちゃったのー』
「ん? どゆこと? 私人間だよね?」

 確かにアリスがセシリアに「お茶いかがですか?」と聞いてるのが聞こえる。

『肉体はねー。けどー、魂は人間と神の中間くらいかしらー』

 パンドラの説明によると、巫の魂は、人間でありながら少しだけ神に近いらしい。それでも、人間の範疇に入る。が、ユニは度重なる神降ろしによる天界旅行で、神であるパンドラの肉体に魂が何度も入って魂が神に侵食されてしまったらしい。その結果、神と人間の中間くらい、いや、少し神様寄りの魂になってしまい、人間の魂としては異質な存在となってしまった。

「えっと……実害は?」
『人間界で暮らす分にはー……うん。ないと思うー』
「人間界では?」
『天界だと神と誤認される……可能性がある。実際ー、変態どもは、最初私だと思ってたらしいしー』

 よくよく見たら「あれ? こいつ人間じゃね?」となったらしい。

「神の目は節穴か?」
『この場合ー、ユニの魂が紛らわしいのよー』
「ふーん。ま、いいわ。神降ろしをしなければ問題ないんでしょ?」
『それだと私が困るよー』

 実際のところ、神降ろしをしなくてもユニはそれほど困らない。
 パンドラを神降ろししても、アリスにセクハラするだけなんだから問題ない。
 戦神であれば、ユニの代わりに剣を持って戦ってもらうなどの使い道はある。商売の神なら、面倒な貴族との交渉を押し付けられる。医術の神なら、代わりに難しい手術をやってもらえる。
 なら、災害の神は?

「困らないな」

 結論は出たが、パンドラは納得していないようで、抗議こそしないけど不満に思っている気配は伝わってくる。これも魂が神に近づいたことによる能力だろうか、それとも、長くなりつつある付き合いから、パンドラの思考をトレースできるようになっただけか。

「ともかく、この話はおしまい。それよりセシリアだ。ちゃんと言いたいこと、言えた?」

 セシリアは、縁側に腰を下ろしてアリスが入れたお茶を飲みながら和んでいた。

「いや、和むなよ」
「む。お茶、ありがとう。美味しかった」

 そう言ってアリスへ空のカップを返す。

「ユニ。お前達はいつもそうなのか?」

 なにを聞かれているかわからず、首を傾げる。

「女神さ、パンドラ様とお前のやり取りだ」
「私だって、最初からこんな感じじゃなかったぞ。最初の頃はちゃんと敬ってたし」

 一応、自分が今、失礼な自覚はある。

「嘘ですよ。成人式の会場で”女神様は黙ってて!”って言って、周りを凍りつかせたじゃない」
「いやいやいや。その後はちゃんと敬ってたよ?」
『いやいやいや。その後もちゃんと失礼だったよー?』
「ちょっと黙れ? けど、敬えば敬うほど下ネタが増えるんだもん。相手する方の身にもなってよ。うぜーよ」
『えー? 下ネタで腹抱えて笑ってたじゃん』
「だから黙れって。私はそんなに下ネタ好きじゃないんだよ。むしろ、人の不幸話の方が大好物だ」

 より下種な話が好物だった。

『わったしもー!』
「お前もかい! って、なんでそんな羨ましそうな顔してんだよ」

 セシリアの視線に気づいて聞いてみると、本人は自覚していなかったようだ。照れ臭そうに自分の顔を撫でる。

「いや。私も、ミネルヴァ様とそうやってくだらない話ができる仲になっていればな、と」
「あのクソ真面目が、下ネタ言うとは思えないんだが」
『酔うと割りと言うー』
「え? 下ネタ言うの?」

 これにはセシリアも、意外というかなんだか微妙な顔をしている。

「そ、そうか。今度、その」
「待て。酔うと言うだけだから。素面のヤツにふっちゃダメだ」
『酒飲む時はー、あいつリンク切るからねー』
「パンドラも、酒飲む時はリンク切ってほしいんだけど」

 前に合コン中もリンクしていたが、酔ったパンドラがやらかして、天界なのに阿鼻叫喚な地獄絵図になっていた。一方的に聞かされるユニにとっては思い出したくない思い出だ。

「まあ、ともかくさ、その辺りはこれから変えていけばいいし、変わっていけばいいんじゃない?」

 思い出したくない思い出を振り払うように、話題を元に戻す。

「そう、だな……うん」

 セシリアはそう呟いてユニに手を差し出す。
 いきなり差し出されて少しの間キョトンとしてしまうが、ユニはその手をなにも言わずに握手する。
 握手をしたまま二人はしばらく見つめ合う。

『もっと百合ン百合ンしてよー』

 無視。

「もう、行くのか?」

 少し寂しく思うが顔に出さずに言えた。

「ああ。ローラントの追撃があるかもしれないしな」

 それは嘘だ。追撃がないのを確認してからユニの許を訪れた。

「そ。気をつけて」
「ああ」

 それだけ言って背を向ける。そのまま中庭を歩く背中に。

「なあ、知ってるか? 戦争による民衆への被害を災害の一種と捉えて、戦災と呼ぶことがあるんだ」

 足を止めて振り向いたセシリアは、なにを言わんとしているのかわからず首を傾げる。
 今回の戦でローラントはかなりの被害を受けた。その被害の原因が戦神の巫女なら。

「お前も私と同じ、災害の巫女だな」

 セシリアは嬉しそうに笑った後「一緒にするな」と言って立ち去った。
 セシリアの姿が見えなくなるまで見送ってから、ユニは縁側でゴロンと横になる。

「寂しい?」

 上から覗き込むアリスの質問に、鼻で笑おうとしてやめる。

「ま、二度と会えないだろうからな」
「やっぱり帝国に?」
「うん。今の皇帝はアホで貴族の傀儡だし、あいつは貴族共に尻尾を振らなかったから」
「でも、実家の公爵家なら」

 アリスの言う通り、セシリアの実家は公爵家だ。

「どうかな。帝国内の世論が反セシリアに傾いたら、そこから巻き返すよりセシリアを切り捨てた方が公爵家としてはダメージが少ないはずだ」
「でも、親子だよね?」
「アリスも王都で見てきただろ? 連中は家のためなら親兄弟でも切り捨てる」

 貴族の醜さは、中央教会での修行中に嫌というほど見てきた。

「あの人のために、なにかできることはないの?」
「ちょっと意外だな。アリスはあいつ、嫌いじゃないの?」

 故郷を焼き払って両親を殺した騎士団の団長だ。直接手を下したわけではないし、騎士団の一部隊が暴走したのが原因というのもわかっている。それでも、アリスがセシリアの心配をするのは少し意外だった。

「嫌い、というほど嫌いではないけど、好きではない」

 そう言えるということは、彼女の中で故郷の件は折り合いがついて、過去になりつつあるのだろう。

「ローラントに仕えてくれたら、ユニちゃんの身代わりになるし、パンドラ様のセクハラ対象が彼女になったら嬉しい」
「ああ、本当にね。あいつがいてくれたら、私もアリスも助かるのに」
「どうにもならない?」
「どうにもできない」

 言い回しの違いにアリスが首を傾げる。

「信仰心が足りない」
「今回の件で、パンドラ様を信仰する人が増えるんじゃないの?」
「逆だな。貴族連中は、戦神の巫女に勝った私を恐れて距離をとる」
「けど、農民は? 戦の被害から助けてくれたんだから」
「むしろ、農民の方が私から離れるな。使った神託魔法が蝗害だからね」

 蝗害は農民の天敵だ。その天敵を戦の道具として使ったのだから、農民はユニを恐れ離れていくだろう。

「ま、私が処刑されることになるのはそう遠くない未来だけど、セシリアより長生きしてみせるよ」

 幼馴染みのこの言葉に、アリスの表情が曇る。

「そんな顔しないでよ。一応、足掻いて見せるから。とりあえず、陛下には今回の褒美に社をカロッテ村に移築してもらおう」
「カロッテ村に帰れるのは嬉しいけど、それってなにか意味あるの?」
「王都から少し離れるだけだね。けど、貴族連中は少しだけ安心する」
「神託魔法には、距離って意味がないんじゃ?」
「まあ、ね。あ、でも、私の神託魔法って、私が行ったことある土地にしか使えないよ。教えるのはアリスが初めてだけど」

 ちゃんと教えるのはアリスが初めてだが、ハンクと迎撃作戦を考える時にユニの神託魔法でできることをいくつか教えたので、そこから予想しているかもしれない。補足として言おうかと思ったが「二人だけの秘密」と嬉しそうにしていたのでやめた。

「ねえ、ユニちゃん。カロッテ村に移るのって、もしかして、私とハンクを逃がしやすくするため?」
「どうして?」

 これは図星だった。今いる社からカロッテ村は、川を挟んですぐ近くだ。徒歩でも一日ちょっと歩けば辿り着く距離だ。それでも、貴族達が短慮を起こした時に、アリスを逃がす距離を稼げると思う。少なくとも国境を越える時間稼ぎはできる。しかし、それを教えると心配するだろう。だから、誤魔化そう。顔に出さないようにする。

「やっぱり、そうなんだ」

 出さないようにしたのに即バレた。

「気休めなんだけどね。ハンクなら、私が社で時間を稼いでる間にアリスと一緒に逃げきれるはずだから」
「一緒に逃げてくれないの?」

 今にも泣きそうなアリスの顔に、気持ちが揺らぐ。
 最近のアリスは、パンドラのセクハラでもこんな顔をしない。そんなアリスを見ていたら申し訳なく思える。
 覗き込むアリスの頭を撫でる。サラサラの金髪が指に心地良い。

「大丈夫だよ。そうならないために足掻くんだから。ね?」

 納得はしていないようだ。

『ユニ。聞いてほしいことがある』
「んあ? どうした? 真面目な感じだけど」
『どうしても知っておきたいことがあって、ユグドラシステムのアクセス申請をしてたんだけど……』

 アクセス申請は、なかなか通らないと言っていたような。

『ああ。担当神をちょっと脅して通した。それはどうでもいい。聞いて!』
「なによ。どうせくだらな」
『アリスちゃんが妊娠してる』
「ちょっとハンク殺してくる!」

 勢い良く起き上がり、駆け出したところをアリスのタックルで倒された。

「待って! ハンクがなにしたの?」
『ハンクの位置は?』
「わからん! どこにいる?」
『ちっ! もっかいアクセス申請する!』

 アリスを腰に纏わり付かせながら立ち上がる。

「くあっ!」

 腰にきた。
 ユニには、人一人を腰にぶら下げて立ち上がれるような筋力の持ち合わせがなかった。

『このポンコツ巫女が!』

 思い起こしても、こんなに怒ったパンドラは初めてかもしれない。

『畑仕事をハンクに押し付けるからでしょ!』

 母親に怒られてるみたいだ。

「ねえ。ユニちゃん、どうしてそんなに怒ってるの?」
『いつもいつも、食っちゃ寝食っちゃ寝して、牛になりたいの? バトになるの?』

 誰だよ。

「ユニちゃん? 腰? 腰が痛いの?」

 腰に捕まりながら聞くアリスに退いてほしいとジェスチャーで伝えるが、ハンクの方が心配なのか退いてくれない。

『いつまでも針仕事できないし』

 面倒だし、アリスがやってくれるのでやらない。

「ねえ、返事して。パンドラ様がなにか言ってるの?」

 腰が痛くて声が出ないだけ。

『さっさと貴族の見合い相手と結婚しゃちゃえばいいのよ』

 やだよ。
 押し付けられる貴族が可哀相だし。

「そりゃ、ユニちゃんが反対してるのにハンクとしたのは、って泣いてるの?」

 うん。今はハンクよりぎっくり腰をなんとかしたい。てか、揺すらないで。

『おまけに、アリスちゃんをハンクなんぞに取られちゃうし』
「ユニちゃん? なんで泣いて」
「二人とも黙ってて!」

 叫んだら腰に激痛が走り、意識が遠退いた。
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