女神様は黙ってて

高橋

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間章1

ノルンの三姉妹

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 天界にもいくつかの部署がある。
 一番神員が多いのが、ユグドラシステムがある中央管制室。
 ここはその中央管制室の片隅にあるノルンシステムが設置された小部屋だ。
 ここの仕事は主に、人間界の過去データの管理と、現在の監視、そして未来の予測。非常に忙しく面倒な仕事なので人気がない。いや、神気がない。おかげで万年神員不足だ。最後に休暇をとったのはいつか思い出せないくらい忙しい。

「そもそも、姉様が安請け合いしたのが悪い」

 人間界が滅びるような危険な未来の監視をしている末の妹が文句をこぼす。
 神魔大戦で肉体を失ったので地上に下りられないし、他の神のように巫女を作るつもりもなかったから、暇を持て余していたのは確かだ。

「あれはロキが悪い」

 天界のトリックスターに責任を押し付ける。

「あんな口車に乗るのは姉様だけ」

 最近、末の妹が生意気だ。

「まあまあ、ミネルヴァさんの巫女が死んで十年。ようやく戦乱も収まり始めましたから、もう少ししたら休暇が取れそうですよ。ね、お姉様?」

 真ん中の妹が地上を監視しながら間に入ってくれる。

「そん時は、ロキに留守番を押し付ける」
「そんなこと言って、また騙されないで下さいね」

 真ん中の妹が厳しい。

「そもそも、姉様は過去データの管理だけなんだから、そんなに仕事ないでしょ? あ、この未来は潰さないと」

 末の妹が、端末を操作して暇してる神に指示を出す。これで、未来の一つの可能性が潰れた。

「仕事なら山積みよ。ベルってば、次々データよこすから」
「私は、管理しやすいようにちゃんと地域ごとに分けて送ってますよ。山積みになるのはお姉様の責任ですね」
「姉様の能力不足」

 最近、妹が二人とも厳しい。

「未来が変わることなんて、神の権能を使わない限りそうないんだから、未来の管理なんて楽なもんでしょうけどね」

 精一杯強がってみるが、その神の権能を使う神が、時々やらかして未来が大幅に変わることがあるのは知っている。よーく知っている。おかげで休暇が消し飛んだのから、彼女達が天界で一番知っている。
 そんな長女の強がりに、末の妹は端末を操作しながらのため息で答えた。

「あら? これって……不味いかもしれませんね」

 のんびりしているようにしか見えないが、真ん中の妹にしては珍しく慌てている。

「またスサノオがやらかしたの?」
「いえ。これは……国が一つ滅びます」
「え? そんな未来はありま……これか!」

 感情の起伏が乏しい末の妹が珍しく大声を出す。

「これは……神の権能が使われてる?」
「どこの国?」
「ローラント王国です」

 長女の問いに真ん中の妹が短く答える。

「誰がいるの?」
「えっと……パンドラさんの巫女です」
「ああ、虫の」

 十年ほど前に、神託魔法で蝗害を起こして隣国を滅ぼした巫女だ。過去データの管理時に、神託魔法の変わった使い方として記憶していたのを思い出す。

「命を使ったとしても、国を滅ぼすとは思えないんだけど」

 現在のローラント王国は、旧ハルケニア帝国の半分を支配下に治める大国だ。一都市を滅ぼすくらいはできるかもしれないが、大国を滅ぼせるとは思えなかった。

「人間界の五分後に、日食が起きます」

 真ん中の妹の説明は、端的すぎてわからない。

「ん? それが?」
「魔素溜まり」

 末の妹が呟いた単語一つだけでは、説明になっていない。
 説明になっていないが、真ん中の妹が言ったことと合わせて、長女の中で二つが繋がり意味を成す。
 魔素溜まり。
 災害の巫女が使う神託魔法の中でも、それほど脅威にはならないはずの災害だ。
 魔素の特性として太陽光の下では、綿飴のような形で一箇所に留まり風が吹いてもその場を動かない。水に流されやすく、雨が降ると大地に雨と一緒に吸収される。
 神魔大戦時代に人間が発明したガスで、当時は自然発生することはなかったのだが、災害の神たちが面白半分で災害として扱うことにしたため自然発生するようになった。自然発生したとしても、雨に流されて消えるのでたいした被害が出ないのも面白半分が黙認された理由でもある。
 そんな魔素は太陽光が当たらないと、増殖し拡散する特性がある。
 特に、日食の時にはバカみたいに増える。もっとも、日食と重なることなどほとんどないので、忘れがちな特性ではある。
 もう一つ、特性として、大規模な魔素溜まりは、雨でも流されない。こちらはあまり知られていない。

「予想規模は? てか、なんで今、日食?」
「アマテラスさんが引き篭もりました」
「あのヒキニートが!」

 度々日食の原因となっている太陽神だ。

「どうせまたスサノオだろ?」
「ええ。どうやら、玄関にでっかい方をされたようですね」
「構ってほしいからって、姉の家の玄関に糞すんなよ」

 頭が痛くなる。

「とりあえず、アメちゃんに連絡して」
「それが、嫌だって言ってます」
「は? なんで?」
「またストリップは嫌だそうです」
「それがお前の存在意義って言っといて」

 真ん中の妹が操作している端末から、女の子の号泣が聞こえる。
 岩戸からアマテラスを引きずり出すのは諦めよう。

「代わりの太陽神は? 確かシャマスが待機中よね?」
「美少年を探しに人間界へ行く、と書置きが残されていたそうです」

 太陽神シャマスは、神魔大戦で肉体を失わなかった神だ。度々人間界に下りて、見つけた美少年を自分好みに磨き上げる悪癖がある神としても、天界では有名だ。

「どうせまた金ピカ鎧でヤンチャすんだからやめさせろ」

 言っても聞かないのはわかっているが言いたくなる。

「イシュタルさんみたいなストーカーが増えますしね」

 真ん中の妹は、切羽詰ると毒舌になるみたいだ。

「あ、時間切れです」
「うん。未来が確定した」

 これで大陸西域の文明は大きく後退する。
 人間界を移すモニターに黒いモヤが急速に広がる。

「まだよ! 休暇中の太陽神を呼び出して! 太陽神なんて売るほどいるんだから、だれか一柱くらいすぐ来れるヤツがいるはずよ!」
「あ、アポロンさんが暇してるみたいです」
「すぐ連絡して、特別手当出すって言って」

 アポロンは巫女の作成に失敗して、失敗した巫女が死ぬまで天界でブラブラしていたはずだ。

「失敗した巫女に、アポロンの声が聞こえるようにしてもらうから」

 申請しても普通なら許可が出ないだろう。けど、今は非常時だから許可も下りるだろう。遺伝子操作はリソースを結構食うが、ユグドラシステムなら可能だ。

「ついでに巨乳にしてほしいと……はぁ、顔もですか?」
「それは無理」

 そこまでするにはリソース不足だ。巨乳にして顔を整形するのは可能だが、それを周囲の人間に悟らせないように彼女を知る人間の記憶を書き換えるとなると、リソースがかなり足りない。そしてなにより、彼女の過去データも書き換えなきゃいけないし、未来も大きく変動するだろう。仕事が増えるので、リソースが足りたとしてもやりたくない。

「じゃあ、やらないって言ってます」
「じゃあ、いい」

 仕事を増やしたくない。現在進行形で増えてるけど。

「それじゃあ、アテンは?」
「休眠中です」
「ソールは?」
「スコルとハティにイジメられて、どこかに行きました」
「じゃあ、サウレ?」
「休眠中ですね」
「ダジボーグは?」
「春なんで再婚して浮かれてます」

 そういえば、この男神は月の女神と、秋に離婚して冬を一人で過ごし、春になるとまた結婚するというサイクルを繰り返している。会えない分、春に燃え上がるのだそうだ。
 勘違いかもしれないが、出会いのない自分達に対する、当て付けのような気がする。あの二柱は、自分達の夜の生活を燃え上がらせるためにやっているだけだ。だから、本音は抑えて生暖かい目で見守ってあげよう。

「死ね!」

 本音が溢れ出た。

「じゃあ……ウィツィロポチトリ?」
「生き残りの兄弟に追いかけられてます」

 中途半端に殺すからそうなる。

「んー、マリナ!」
「休眠中です」
「あー、うー……あ! 大日如来は?」
「……なんか難しいこと言ってます」
「いいから黙ってやれ! 座って照らしゃあいい楽な仕事なんだから!」
「なんかブツブツ言ってますよ」
「テキトウに、はいはい言っときゃいいから」
「……ああ、はい。これから向かうそうです……多分?」

 これでようやく魔素の拡散を止められる。
 実際には、太陽で照らそうが雨で洗い流そうが、そうそう簡単には消えないレベルの魔素溜まりができてしまっている。おそらく、この魔素溜まりは数千年単位で残るだろう。

「予想被害範囲が狭まった」

 末の妹が、長女の前の端末に大陸西方の立体図を表示する。

「どれ」

 ローラント王国の中央、カロッテ村がある辺りを中心に、王国の国土の大半が黒く塗りつぶされている。
 予想より若干被害が大きくて頭が痛くなる。

「ん? なんかメールが……ああ、パンドラの休眠期間の通知か。まあ、妥当な年数……あ? パンドラの巫女が昇神?」
「仕事が増えそう」
「最近、審判の連中の審査基準低くね?」
「そうですね。また、なにかやらかしそうな神が生まれましたね」
「それより、未来が不安定になった」

 これも端末に表示させる。
 いくつも枝分かれした未来の系統樹を見て、ふかーいため息を吐く。

「幸せが逃げますよ」
「幸せの在庫がないから逃げねぇよ」

 言って悲しくなる。

「それよか、これ、どうすんの?」
「姉様がんば」

 末の妹の、感情のこもらない応援に脱力する。

「あんたの仕事だろ?」
「私の能力以上の量」

 認めやがった。

「私が手伝うの?」

 視線で真ん中の妹に助けを求める。

「私は現在の管理が忙しいです」

 再び無数に枝分かれした未来を見る。多すぎて、全てを一目で見るのは無理だった。
 普通なら枝分かれする未来は数個から数十個。しかし、今表示されている未来は、ざっと数えて数万。こうしている間も増え続けている。この中から世界が滅ぶ可能性がある未来を潰さなければいけないのだが、一見、安全そうに見える未来でも、なにが原因で滅びるか神であっても全てを予想するのは無理だ。

「やりたくねぇ」

 こぼしている間に、末の妹が端末を操作して、危険な未来を潰すために暇を持て余している神へ指示する。
 それでも、まだ万単位の未来が待ち受けている。

「やっぱ、神託の巫、廃止にしようよ」
「私に言われましても」
「いいから作業して」

 妹二人は端末を向いたまま。

「だいたいさ、巫、多過ぎね?」
「そもそも、神が多いですからね」

 下の妹は答えず作業に没頭している。

「てか、パンドラの巫女に手伝わせりゃいいんじゃね?」

 真ん中の妹も答えない。

「ああ、これから研修に入るから、手伝いに来るとしても……数十年後かね」

 妹二人は長女の存在を無視し始める。

「あー、仕事したくねぇ。結婚してぇ。けど、こんな地味な仕事してっと、出会いがないしなぁ。合コンに行ってもフレイアの一人勝ち、ってか、あいつが全員お持ち帰りすっし。あのクソビッチ死ね!」

 原因を作った巫女の話でも、その担当神でもない神の悪口に移行する。

「あー、フレイア、毛虱になんねぇかな。疫病神に頼んでみっかな。けど、あの根暗どもに近寄りたくねぇしな。いっそ、ロキをけしかけてみっか? ああ、だめだ。あいつに関わると私も巻き込まれる。なら、パンドラ……は、休眠か。んー……ねえ、どうすればいい?」
「お「姉様は黙ってて」」

 この後、妹二人に怒られた。
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