女神様は黙ってて

高橋

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二章 グナー

第一話  将来は未定

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 大和皇国において職業適性試験は、義務教育の一環として行われていた。
 しかし、時代は修文になって、才能がなくても本人が望む職業に就くべきだという、親バカを職業選択の自由という名のオブラートで包んだ考えが一部の教育ママによって広まり義務ではなくなった。現在では、法に明記されているわけではないが、希望する中学二年生のみ行うことになっていた。

「んで? お前は神官?」

 死後数時間のまだまだフレッシュな魚の目を持つ少年が、読んでいた文庫本をパタンと閉じて目の前のイケメンに聞く。

「ちょっと意外だな。お前のルックスならアイドルとか? 身体能力ならアスリート? 学力なら学者とか? お前なら、選びたい放題じゃね?」
「勘弁してくれ」

 このイケメンの幼馴染は、肩をすくめる姿も様になる。
 遠くで吹奏楽部の音が聞こえる校舎の廊下で、女子生徒が頬を染めて通り過ぎた。

(せめてこいつが馬鹿だったらな。なんか欠点作っておけよ神様)
「それより、そっちは受けないのか?」
「義務じゃないからな。ヒモって言ってくれるなら受けるけど」

 イケメンは失笑で答える。

「そんなこと言ってると、また彩歌に怒られるよ」
「サイちゃんは最近冷たいよな。反抗期? 嫌われたかな?」

 毎日ご飯を作ってくれるイケメンの妹には、顔を合わせるたびに罵られているような気がする。

(癖になったらどうすんだよ)
「本気でそう言ってるから、あいつも報われない」

 ボソッと呟いたイケメンの言葉は、扉が開く音に掻き消された。

「次の方! いらっしゃいませんか?」

 神官の声に周囲を見渡すと、廊下に残っているのは少年とイケメンだけだった。

「ほんじゃ、かえ」
「あ、彼がまだです!」

 帰ろうとしたら、イケメンに腕を掴まれた。

「おい? 俺はさ、将来は未定にしておきたいんだよ」
「まあまあ」

 イケメンは得だ。同性であっても、イケメンスマイルにやられてしまう。背の高いイケメンに抱き寄せられる格好になっていて、頬が熱くなる。

(この扉は閉じておきたいな)
「では、こちらへどうぞ」

 否定するタイミングを逃してしまった。
 しぶしぶ神官の案内に従って、司祭がいる教室へと会釈しながら入室する。
 教室の奥にいる年配の司祭の前まで行くと、見た目通りの優しい好々爺声で椅子に座るように言われて、大人しく座る。

「お名前は?」
「愛染愛知、です」

 司祭が手元のタブレットで生徒の個人情報を見る。

「あ、い、ぜ、ん、あ、い、ち君、ね。……うん」

 適性検査に個人データが必要とも思えない。自分の個人データのセキュリティレベルを心配しながら大人しく待つ。

「愛に満ちたお名前ですね」
「……よく言われます」

 実際、名前をイジられるのは慣れている。

「では、調べますね」

 司祭が愛知の額に手をかざし目を瞑る。

「……」

 沈黙が居心地悪くなった頃に、カッと目を見開いて。

「神託の巫覡!」

 愛知は自分を普通の人間と定義していた。なんでも人並み以上にこなすイケメンの幼馴染と一緒に過ごしているうちに、人間の能力の基準がハイスペックな幼馴染になっていたからだ。本当はそこそこ優秀だが、基準が人類の標準より上なので自分を過小評価している。
 そんな愛知にとって、将来就くだろう職業は「サラリーマン」か「ホームレス」の二択だろうと予想していたため、予想だにしなかった結果にしばしの間、脳がフリーズする。

「ふ、げき?」
「ええ。神託の巫覡です。最近の男女平等の風潮からすると神託の巫と言った方が良いのでしょうが、男の巫は、正しくは神託の巫覡です。男女まとめて神託の巫と呼ぶこともありますが、中央教会では男性の巫は巫覡、女性は巫女という名称を正式に採用しています」
「はあ」

 そこには興味がない。

「……神様から、御声はかかりませんか?」

 探るように聞く司祭の目は先程の優しい印象ではなく、利益のみを求める経営者のようだった。

「……神様の声? ですか?」

 ようやく、自分が言われた「神託の巫覡」がなんなのか、意味を理解した。
 歴史上の人物で、神託の巫覡や神託の巫女は結構な人数がいる。某歴史ゲーム好きの愛知も、神託の巫覡のキャラで大和を統一したことがある。なので、神託の巫覡がどんなものか少しだけ知っている。豆知識として、その殆どがまともな死に方をしていない史実も。

「ええ。聞こえませんか?」

 愛知は首肯で答える。

「……はあ、そうですか。巫覡の失敗作ですか。神によっては儲かるから期待したのですが……はぁ……ああ、もう帰っていいですよ」

 「失敗作」の部分にカチンときたが、関わりたくないタイプの人なので流すことにした。
 愛知への興味をなくした司祭に、一応の会釈だけして立ち上がろうとすると。

『なんと無礼な。中央教会も、ここまで腐りましたか』
「な! 誰?」

 突然頭の中で聞こえた若い女性の声に、左右を見渡す。教室には数人の神官がいたが、それらしい声の主はいない。若い女性の神官はいるが、一番離れた場所で驚いている愛知に首を傾げている。

(違う。あんな遠くからの声じゃない)

 しかし、一番近くにいるのは正面の司祭だ。

(てことは、本当に)

 神託の巫覡である事実を、間違いだったと思いたかったのだが、否定する材料はなさそうなので認めざるを得ない。

「聞こえたのかい? 神様の御声だね? 誰なんだい?」

 司祭に肩をガシっと掴まれ、グワングワン揺さぶられる。見た目では高齢だと思っていたが、揺さぶる力からすると意外と若いのかもしれない。

『このような守銭奴に答えたくありません』

 揺れる視界の中で聞いた女神様の声は、不快感が滲み出ていた。

「答えたく、な、ちょ、やめ、酔っ、ちゃう」

 さすがにやりすぎと思ったのか、周りの神官が司祭を止めてくれた。

「ハァハァ、それで、誰、なんだい?」

 瞳の中に¥が浮かぶ司祭に、愛知も不快に思う。

「答えたくないと言ってます」

 その答えに再び司祭の興味が失われる。

「なんだ。名乗れもしないような禍津神ですか」
『な! この者の首を刎ねなさい! 今すぐに!』

 突然の怒鳴り声に、頭をガツンと殴られたような衝撃が走る。

「つぁ!」

 椅子から転げ落ちた愛知を、若い男の神官が支えるが、司祭は興味なさそうに見下ろしている。

『立ちなさい! このような者に見下されるなど許しませんよ!』
「くぅ……声が、でかい」
「それでは私は帰りますから、後片付けはあなた方に任せます」

 いっそ清々しくなるほど無関心な司祭は、それだけ言い置いて、愛知を一顧だにせず退室した。

「君、大丈夫かい?」

 愛知を支え起こし椅子に座らせてくれた神官は、イケメンだった。

(俺の周りには、イケメンしかいないのか。全員もげろ!)

 愛知は、親切な神官に対して失礼なことを考えていた。

「ありがとう、ございます。もう、大丈夫です」
『ふむ。中央教会が腐ったといっても、一部だけのようですね。よろしい。この者に褒美をあげましょう』
「なんか、神様? が、あなたに褒美をあげるって言ってます」
「自分に、ですか? 必要ありませんよ。自分は自分の役目を果しているだけですから」
(イケメンで性格も良しか。爆ぜろ!)
『素晴らしいです』

 女神と正反対のことを考えていた。

『では、愛の告白をする前に、私の名を唱えるよう言いなさい』
「ん? 神託魔法ってヤツ?」

 一応の知識はあるが、それが具体的にどのような物か知らない。

『成否に直接影響するような力は使えませんが、少しだけ勇気が出るようになります。信仰心が少なくてもできます。それと、私には敬語を使いなさい』
「……だそうです」

 女神の言葉をイケメン神官に伝えると、涙を流して喜んでくれた。

(イケメンで純粋か。悪く言ったら俺が悪く言われるじゃないか)

 結局、親切にするしかない。

「それで? 女神様。そろそろ名前を教えてほしいんだけど」

 神様に対する礼儀作法どころか、教師に対する礼儀作法も知らない愛知にしては、丁寧な言葉で聞く。

『言葉遣いがなってませんね』

 ダメだった。

『まあ、そのあたりは追々直すとしましょう』
(口の悪さと目つきの悪さは、今更治らないと思うけど)
「そっすか。で? 御名前は?」
『……まあ、いいわ。私の名は愛の女神グナーです』
「グナー?」

 初めて聞く名前だった。少なくとも、大和を統一する某歴史ゲームには登場しない。海を挟んだ隣の大陸を統一する某歴史ゲームにも、登場しない。

『”様”を付けなさい』
(面倒な人と関わっちゃったな、あ、違う。神様か)

 とりあえず、神様の名前を神官に教える。

「グナー様、ですか。失礼ですが、初めて聞く御名前です」

 他の神官たちも初耳らしい。

『まあ、無理もありません。神託の巫覡を作るのは初めてですし、肉体はありますが、人間界に悪影響を及ぼす可能性があるので、下りないようにしていますから』
「けど、他の神様から名前が出たりはしないの? ですか?」
『最後だけ体裁を整えても、敬語にはなりません。主神のフリッグ様以外とは、あまり付き合いがありませんから』
「え? ボッチなの?」

 愛知の一言に、周囲が凍る。

『ち、違います!』
「ぐあっ!」

 突然の大音量に頭を抱える。

『ちょっと神付き合いが苦手なだけです!』

 その結果一人になったのならボッチなのだが、声が大きすぎて頭が割れそうだ。

「ちょ、声」
『そもそも! 話の合う神がいないのが問題なんです!』

 ボッチは皆そう言う。周りが悪いと言う。
 視界の端で教室の扉が開き、イケメンの幼馴染が驚いている。
 駆け寄り心配そうな顔でなにかを言っているが、女神の言い訳で全然聞こえない。

『とにかく! 酔った勢いで私の愛馬に変な名前をつける方だけど! フリッグ様は素晴らしい方なの!』

 いつの間にかボッチの話から主神の話になっていた。

「愛知? 大丈夫か?」

 女神はまだブツブツとなにか呟いているが、声のボリュームはだいぶ小さくなったので、愛知を抱きかかえるように起こすイケメン幼馴染の声も聞こえる。

「ん、ああ、頭が痛いけど」

 先ほどのイケメン神官に続き、日に二度もイケメンに優しく支え起こされる。少女マンガみたいな展開に、少しだけときめいてしまう。

「なにがあったの? 機嫌悪そうな司祭様が出て行ったけど」
「ああ、神託の巫覡って言われた」

 それだけでは司祭の機嫌が悪くなった理由の説明になっていないのだが、イケメンの幼馴染はひとまず納得してくれたようで、それ以上の追求はしなかった。

『あら、この子は……そうですか』
「ん? 神様? 才人がどうかしたの? ですか?」

 自分はともかく、長い付き合いの幼馴染、竜崎才人のことで言葉を濁されると心配になる。つい、食いつくように聞いてしまった。

『いえ、なんでも。私から言うのは無粋ですから。ただ……』

 女神が少し溜める。

『素敵な掛け算を期待しています』
「掛け算?」

 愛知の問いに、若い女性の神官だけピクンと反応した。

「神様はなんて?」
「ああ、なんかな、才人のことだと思うんだけど”素敵な掛け算を期待しています”って、なんかそっちの人はわかるみたいだけど」

 周囲の反応を窺いながら話していたら、嬉しそうにしていた若い女性の神官と目が合う。

「いえ、私はその、あれですよ。ほら、乙女の嗜みとしてですね」
「ん?」
「ともかく、愛の巫覡であっても、そういうことを女性に聞くものではありませんよ」

 必死の抗弁に「なんか追及したら面倒だな」と男性陣の内心が一致したので、この話はこれでおしまいになった。

「んで、女神様? 愛の女神のグナー様ってのはわかったけど、わかりましたけど……大声出さないで下さい。頭にガツーンって響くんです」

 神様に対して随分な物言いだが、頭が痛くて蹲るという被害が出ているので、直してほしい。

『ああ、そうだったのですか。私は巫を作るのが初めてなので、そういったことも、一つ一つ教えていただけるとありがたいですね』

 愛知は女神の話を聞きながら、机を手繰り寄せノートを鞄から出して、適当なページに女神の言葉を走書きする。汚い字なので、すんなり読めるのは幼馴染の才人だけだが、神官たちも前後の文脈からなんとか解読していた。

「へぇ。巫を作る前は、なにをしてたの? ですか?」

 愛知の質問に不自然な間ができる。
 周囲の神官も幼馴染も、愛知と女神の遣り取りを邪魔しないように静かにしてくれているので、遠くの吹奏楽部の下手くそな音がはっきり聞こえる。

「女神様?」

 沈黙に耐え切れず呼びかけてみるが、返事はない。

「……グナー様?」

 呼び方を変えてみるが、効果はない。

「……グナーちゃん?」

 いっそ、失礼な呼び方にしてみたがダメだった。返事はない。代わりに、神官たちの咎める視線が痛い。

『……がんばったもん』

 掠れるような女神の泣き声に、愛知の頭に大量の疑問符が浮かぶ。

(泣く要因あった?)

 ノートに「女神様が泣いちゃった」と書いたら、イケメン神官が、痛いくらいの力で肩を掴む。

「いや、待って。俺のせいですか?」
「他に原因があるとは思えませんが?」

 問いに問いで返すのも、正論だと納得してしまう。

『私、がんばったもん!』
「がっ!」

 何度やられても慣れない痛みに、頭を抱える。

『がんばったんだから、パシらせないでよ!』
「ぐぅ」

 イケメン神官とイケメン幼馴染に優しく支えられ、頭痛と劣等感で押しつぶされそうになる。

『私の愛馬が速いからって、パシらせないでよ! せめて”お前ちょっと行ってこい”くらい言ってよ! 文字通り顎で使わないでよ! せめて言葉にしてよ! 焼きソバパンかメロンパンか、言ってくれないとわかんないよ!』
「うるせー!」

 放課後の中学校に、愛知の雄叫びが響いた。
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