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二章 グナー
第二話 屋上の恋愛相談所
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高校二年生になっても、相変わらず愛知の隣にはイケメンの幼馴染がいる。
中学からの変化を強いてあげるなら、制服が学ランからブレザーに変わったこと。去年からの変化となると、イケメン幼馴染とは反対の隣に、今年入学したイケメン幼馴染の妹が追加されたことだけだ。
「サイちゃん。これは?」
幼馴染の妹、竜崎彩歌が差し出す箱を見ながら聞く。
「先輩の餌です。愛の巫覡さん」
愛知は「弁当じゃないんだ」と呟きながら、一応受け取る。
蓋を開けて、隣で既に食べ始めている幼馴染の、竜崎才人の弁当と見比べる。
「サイちゃん? 才人の弁当と同じに見えるんだけど?」
「……ついで、です」
気のせいか、彩歌の顔が赤い。
「大好きな兄さんのついでです。二人分作るのも三人分作るのも、手間は変わりません」
「そ? ま、ありがたいから、なんでもいいけどね。たとえ餌でも」
「彩歌。愛知の家で朝ごはんと一緒に作ったのに、それはどうかと思うよ」
愛知の両親は、彼が小さい頃から海外の仕事でいない。そんな愛染家の家事を取り仕切るのは、この竜崎兄妹だ。
「少しは素直にならないと伝わらないぞ」
「兄さんもね」
兄妹にしかわからない会話に、愛知が首を傾げる。
『この兄妹も相変わらずですね』
「グナー?」
ため息交じりの女神には、兄弟の会話が理解できるらしい。
「今の話、わかるの?」
色々と誤解が生まれるしややこしいことになるから、この三人の取り決めで、女神と話をする時は顔を上に向けてするようにしている。
「「答えないで下さい」」
兄妹も愛知と同様に、空を見ながら言う。
『答えませんよ。そんな無粋なことはしません』
「そんな無粋なことはしない、ってさ」
兄妹へ女神の言葉を伝えると、二人は律儀に女神への感謝を口にする。
雑談をしながらの昼食が終わると、才人が切り出す。
「それで? 今日の相談は? 机の上に手紙、置いてあったよね?」
愛知は、愛の巫覡になってから恋愛相談を受けるようになっていた。
中学生の頃は、呼び出されて相談を受けるような形だったが、高校に入ってからは、才人が間に入ってくれたおかげで、相談者は予め手紙を出し昼休みに屋上で話を聞く、という形になった。
(まあ、中学の時は、殆どの恋愛相談の対象が才人だったけど)
その全てを断った才人が、高校では恋愛相談の手伝いをする神官見習い的な立ち位置に落ち着いている。そして、今年からは彩歌も恋愛相談に参加している。恋愛相談のためにベンチを二つ向かい合わせにして、一つのベンチに三人仲良く座っている。恋愛相談の時はこの座り位置でもいいと思うが、食事中は対面のベンチに座ればいいのに、と一度提案してみたが竜崎兄妹には無視された。
「今日は一件。最近、落ち着いてきたね」
五月も末になると、新入生の相談も落ち着く。
懐から手紙を出す。
一見するとラブレターに見えなくもないが、表の宛名に「愛の巫女様へ」と書かれている。
「巫覡な」
「そこに拘ってるのは、先輩だけですよ」
「いや、だって……”巫女”って言われてもさ。せめて、”巫”って書いてほしいよ」
「巫女でも巫覡でも構いませんから、相談内容を教えてください」
「えー、拘ってよ」
「興味ありません」
そう言いながらも、水筒からお茶を入れてくれる辺り、彩歌に嫌われているわけでもないようだ。
お茶を一口飲んで、手紙の封を切る。恋愛相談の手紙に、ハートマークのシールは紛らわしいのでやめてほしい。違うとわかっていても、少しだけ期待してしまう。
「サイちゃんは、神官でもないのに聞くの?」
「兄さんも、正確には神官ではありませんよ」
「一応、中央教会から許可は貰って、先月から正式な神官見習いになったよ。言ったよね。彩歌」
気のせいか、彩歌が舌打ちしたような気がした。
可愛い女の子が舌打ちする姿を見たくないので、記憶から追い出そうとして。
「うん。追い出せないね。サイちゃん、舌打ちはダメだよ。可愛い女の子の舌打ちは、結構怖いから」
優しく窘めたら、彩歌の頬が赤く染まる。
(なぜ?)
「可愛く、ない、です」
俯き呟く彩歌の耳も赤かった。
「愛知。兄の前で妹を口説くのはやめてほしいな」
「兄さん!」
彩歌が愛知越しに才人の肩をポカポカ叩く。密着する美少女の胸の感触を肩で味わいながら、美形兄妹にホンワカする。
まだ温かいお茶を一口。
『平和ですね』
「平和だね」
折り畳まれた便箋を広げて、内容を斜め読みする。やはり、愛知へのラブレターではなかった。少しがっかり。
斜め読みなのは、経験上、この手の手紙は、相談内容が感情任せになっていて纏められていない。今回も便箋三枚に書かれているが、重要な所だけを読み解けば、一枚に収まる程度の内容だ。
「なるほど。サッカー部の部長が好き、と」
『折角、勇気を出して書いてくれたのですから、そんな短文に纏めないで』
「長文に纏めても”サッカー部の部長が好きなんだけど、告白する勇気がありません”だろ?」
『もう少し思いが籠った手紙です』
「じゃあ”サッカー部の部長が好きなんだけど、告白する勇気がありません。助けて”か?」
『”もう少しの思い”を、一言に纏めないで』
「はぁ。グナーはうるさいな」
「愛知。女神様にうるさいはダメだよ」
兄妹でじゃれ合っていた才人に怒られた。
愛知越しに、イケメンの兄に頭を撫でられてときめいている妹は、いつものことなので無視する。ちなみに、才人の胸板の感触にはなにも思わなかった。
「けどさ。あのイケメン部長って、確か、誰かと付き合ってなかったっけ?」
サッカー部の部長などの運動部のイケメンは、今までの恋愛相談に何度も相談対象として登場していたので、ある程度の個人情報を知っている。
「三年の白井先輩と付き合ってるはずだよ。てか、知ってるよね」
「リア充の個人情報なんか、憶える必要ない。けど、白井先輩は憶えてるな」
「ん? 愛知の好みって白井先輩みたいな人だっけ?」
才人が知る限り、愛知は人の名前も顔も憶えない。女性に興味がないわけではないが、憶えるのが苦手だ。そんな愛知が憶えているのは珍しいので、愛知の好みかと思ったのだが、幼馴染としての記憶を思い出してみると、愛知の好みは色白で黒髪ロングの美少女。丁度、彩歌のような女性が好みだったはずだ。
「いや、真逆。あんな黒ギャルビッチは好みじゃない。一度、廊下で”相性チェック”を頼まれただけだよ」
ちなみに、誰でもヤらせてくれるという噂もあって知っていたが、それは黙っておく。
「って、なんで二人共ホッとしてんの?」
「いや、気のせいだよ」
「ええ。気のせいです」
取り繕う兄妹をジト目で見ると。
『流してあげなさい』
女神が優しく兄妹をフォローする。
「まあ、いいや。そんでその白井先輩と付き合ってるサッカー部の部長の、えっと……双葉……翔? 双葉先輩のことが好きだから告白したい、と」
「けど、勇気がなくて告白できない、と」
愛知の言葉を、手紙を読んでいない才人が補足する。
「いつもの相談内容ですね」
彩歌の言う通り、愛知に恋愛相談する人の九割が「告白する勇気がない」という内容だ。
「いつもの神託魔法で解決?」
告白する前に、グナーの名を唱えると勇気が出る神託魔法は、少ない信仰心でも使えるので重宝している。重宝しすぎて、ほぼ毎回使っているくらいだ。ちなみに、愛知は神託魔法の名前を考えるのが面倒になって、テキトウに決めた”告白アタック”という名称を採用している。
「今回は既に付き合ってる人がいるからな。まずは、相性を見てみようか」
愛の女神グナーの神託魔法は、少ない信仰心でも使えるものが多いが、その中でもなぜか飛びぬけて消費する信仰心が少ないのが、相談者と相談対象の相性を数値化する神託魔法だ。ちなみに、愛知は”相性チェック”と呼んでいる。”告白アタック”の名称決定にはグナーが渋ったが、こちらの名称はすんなり決まった。
「相性値を見て、白井先輩との相性より上なら……そうだな、告白を勧めようか」
「いつもは投げ遣りに告白を勧めるのに、珍しいですね」
「そう、だな。今回は二人だけの問題じゃないからな」
彩歌の指摘に答えながら、腕時計を見る。
「あと、十五分で昼休みが終わっちゃうんだけど……来ないな」
「誰かわかってるなら、こちらから出向くか」
「いや、手紙には自分の名前が書いてない」
これも、中学生の頃から続けていると、よくあることだ。
「ま、来なきゃ来ないでなにもしなくて済むんだ。その方がありがたい」
愛の巫覡の恋愛相談は、確実に恋が実るわけでもないのに勘違いする人が多い。そのため、告白に失敗して恨まれることもよくある。
「もう、刺されるのはごめんだ」
中学生の頃は、恋に破れた乙女がどういう心境で愛知へお礼参りに来るのかわからなくて、ついつい暴言を吐いてしまい、刺されて入院したことが数回あった。
「あれは全部先輩が悪い」
「そうだね。ふられたばかりの女の子に”ふられるとわかって、なんで告白したの?”って聞くのはダメだよね」
「まさか、彫刻刀を持ってるとは思わないじゃん?」
「思ってても思ってなくても、言ったらダメなんです」
「そもそもさ、俺は恋愛相談って柄じゃないんだよね」
「知ってましたけど、今更言いますか」
「それに飽きちゃったし」
「それも言っちゃダメだよね」
「そもそも、愛の巫覡なのに恋の相談って」
「それこそ、今更ですよ」
「あーもーやりたくねー。てか、俺こそ恋してーよ」
「あ、相手がいるんですか?」
身を乗り出して聞く彩歌にビックリする。てか、美少女の顔がすぐ目の前に来てドキドキする。幼馴染の妹の、見慣れている顔なのにドキドキする。
「彩歌。落ち着いて」
才人が助け舟を出してくれた。
「それで? 愛知は誰か好きな人がいるの?」
助け舟の船首に、ラムが付いていたようだ。
肩に優しく置かれた手が、妙な圧力を伴っている。
「なんで、お前らが俺の恋愛事情に興味津々なのかはともかく、いつも一緒にいるんだから知ってんだろ?」
「ん、まあ、そうだね。よく考えたら知ってるね」
「そうですね。毎回ヘタレて、告白できないのも知ってますね」
「何気ない言葉が、深く刺さることもあるんだよ。サイちゃん?」
結構深く刺さった。
「愛の巫覡のくせに告白する勇気がないとか。なんのための神託魔法ですか」
「勇気はともかく、”相性チェック”は自分には使えないんだよ! 使えても、相性最悪だったらどうすんだよ! 折角、勇気出しても失敗すんだよ? 人がふられるとこも、散々見てきたんだから、こえーよ!」
恋愛相談した全ての相談者が、成就したわけではない。あくまで相談だ。背中を押す程度のことしかしていないので、多くの場合が、相性が悪いので告白をやめさせている。それでも、殆どの相談者が、諦めきれずに告白して玉砕している。
そんな死屍累々の地獄絵図を見てきた愛知は、自分もその仲間に入るかもしれないから、相性を見ずに告白するなんて、恐ろしくてできない。
「じゃあ、私達の相性も見れないんですか?」
「俺とサイちゃんの相性はね」
「いえ。私と兄さんの相性です」
「ああ。近すぎる血縁も無理。家族愛とごちゃ混ぜになって、ややこしいから」
また、美少女に舌打ちされた。
「さっきも言ったけど、女の子の舌打ちは怖いからやめよう?」
今度は睨まれた。
「……”可愛い”が抜けました」
呟く声は愛知には聞き取れなかったが、才人には聞こえた。
素直になれない妹に苛立ち、その苛立ちを隠すために、ため息を吐き出す。
『才人に伝言を』
「ん?」
『その苛立ちは同族嫌悪ですよ』
女神の言葉を才人に伝えると「わかっています」とだけ答えた。
「なんの話?」
わかっていない愛知だけが首を傾げ、美形兄妹に「なんでもない」と言われる。
そんなやり取りをしていたら、屋上の扉がギギーっと音を立てて開く。
『今回の相談者ですね』
「彼女が?」
『ええ』
女神の言葉に立ち上がり、扉の前でキョロキョロしている少女に軽く会釈する。
「ようこそ。屋上の恋愛相談所へ」
愛の巫覡になって以来、恒例となった恋愛相談を始める。
中学からの変化を強いてあげるなら、制服が学ランからブレザーに変わったこと。去年からの変化となると、イケメン幼馴染とは反対の隣に、今年入学したイケメン幼馴染の妹が追加されたことだけだ。
「サイちゃん。これは?」
幼馴染の妹、竜崎彩歌が差し出す箱を見ながら聞く。
「先輩の餌です。愛の巫覡さん」
愛知は「弁当じゃないんだ」と呟きながら、一応受け取る。
蓋を開けて、隣で既に食べ始めている幼馴染の、竜崎才人の弁当と見比べる。
「サイちゃん? 才人の弁当と同じに見えるんだけど?」
「……ついで、です」
気のせいか、彩歌の顔が赤い。
「大好きな兄さんのついでです。二人分作るのも三人分作るのも、手間は変わりません」
「そ? ま、ありがたいから、なんでもいいけどね。たとえ餌でも」
「彩歌。愛知の家で朝ごはんと一緒に作ったのに、それはどうかと思うよ」
愛知の両親は、彼が小さい頃から海外の仕事でいない。そんな愛染家の家事を取り仕切るのは、この竜崎兄妹だ。
「少しは素直にならないと伝わらないぞ」
「兄さんもね」
兄妹にしかわからない会話に、愛知が首を傾げる。
『この兄妹も相変わらずですね』
「グナー?」
ため息交じりの女神には、兄弟の会話が理解できるらしい。
「今の話、わかるの?」
色々と誤解が生まれるしややこしいことになるから、この三人の取り決めで、女神と話をする時は顔を上に向けてするようにしている。
「「答えないで下さい」」
兄妹も愛知と同様に、空を見ながら言う。
『答えませんよ。そんな無粋なことはしません』
「そんな無粋なことはしない、ってさ」
兄妹へ女神の言葉を伝えると、二人は律儀に女神への感謝を口にする。
雑談をしながらの昼食が終わると、才人が切り出す。
「それで? 今日の相談は? 机の上に手紙、置いてあったよね?」
愛知は、愛の巫覡になってから恋愛相談を受けるようになっていた。
中学生の頃は、呼び出されて相談を受けるような形だったが、高校に入ってからは、才人が間に入ってくれたおかげで、相談者は予め手紙を出し昼休みに屋上で話を聞く、という形になった。
(まあ、中学の時は、殆どの恋愛相談の対象が才人だったけど)
その全てを断った才人が、高校では恋愛相談の手伝いをする神官見習い的な立ち位置に落ち着いている。そして、今年からは彩歌も恋愛相談に参加している。恋愛相談のためにベンチを二つ向かい合わせにして、一つのベンチに三人仲良く座っている。恋愛相談の時はこの座り位置でもいいと思うが、食事中は対面のベンチに座ればいいのに、と一度提案してみたが竜崎兄妹には無視された。
「今日は一件。最近、落ち着いてきたね」
五月も末になると、新入生の相談も落ち着く。
懐から手紙を出す。
一見するとラブレターに見えなくもないが、表の宛名に「愛の巫女様へ」と書かれている。
「巫覡な」
「そこに拘ってるのは、先輩だけですよ」
「いや、だって……”巫女”って言われてもさ。せめて、”巫”って書いてほしいよ」
「巫女でも巫覡でも構いませんから、相談内容を教えてください」
「えー、拘ってよ」
「興味ありません」
そう言いながらも、水筒からお茶を入れてくれる辺り、彩歌に嫌われているわけでもないようだ。
お茶を一口飲んで、手紙の封を切る。恋愛相談の手紙に、ハートマークのシールは紛らわしいのでやめてほしい。違うとわかっていても、少しだけ期待してしまう。
「サイちゃんは、神官でもないのに聞くの?」
「兄さんも、正確には神官ではありませんよ」
「一応、中央教会から許可は貰って、先月から正式な神官見習いになったよ。言ったよね。彩歌」
気のせいか、彩歌が舌打ちしたような気がした。
可愛い女の子が舌打ちする姿を見たくないので、記憶から追い出そうとして。
「うん。追い出せないね。サイちゃん、舌打ちはダメだよ。可愛い女の子の舌打ちは、結構怖いから」
優しく窘めたら、彩歌の頬が赤く染まる。
(なぜ?)
「可愛く、ない、です」
俯き呟く彩歌の耳も赤かった。
「愛知。兄の前で妹を口説くのはやめてほしいな」
「兄さん!」
彩歌が愛知越しに才人の肩をポカポカ叩く。密着する美少女の胸の感触を肩で味わいながら、美形兄妹にホンワカする。
まだ温かいお茶を一口。
『平和ですね』
「平和だね」
折り畳まれた便箋を広げて、内容を斜め読みする。やはり、愛知へのラブレターではなかった。少しがっかり。
斜め読みなのは、経験上、この手の手紙は、相談内容が感情任せになっていて纏められていない。今回も便箋三枚に書かれているが、重要な所だけを読み解けば、一枚に収まる程度の内容だ。
「なるほど。サッカー部の部長が好き、と」
『折角、勇気を出して書いてくれたのですから、そんな短文に纏めないで』
「長文に纏めても”サッカー部の部長が好きなんだけど、告白する勇気がありません”だろ?」
『もう少し思いが籠った手紙です』
「じゃあ”サッカー部の部長が好きなんだけど、告白する勇気がありません。助けて”か?」
『”もう少しの思い”を、一言に纏めないで』
「はぁ。グナーはうるさいな」
「愛知。女神様にうるさいはダメだよ」
兄妹でじゃれ合っていた才人に怒られた。
愛知越しに、イケメンの兄に頭を撫でられてときめいている妹は、いつものことなので無視する。ちなみに、才人の胸板の感触にはなにも思わなかった。
「けどさ。あのイケメン部長って、確か、誰かと付き合ってなかったっけ?」
サッカー部の部長などの運動部のイケメンは、今までの恋愛相談に何度も相談対象として登場していたので、ある程度の個人情報を知っている。
「三年の白井先輩と付き合ってるはずだよ。てか、知ってるよね」
「リア充の個人情報なんか、憶える必要ない。けど、白井先輩は憶えてるな」
「ん? 愛知の好みって白井先輩みたいな人だっけ?」
才人が知る限り、愛知は人の名前も顔も憶えない。女性に興味がないわけではないが、憶えるのが苦手だ。そんな愛知が憶えているのは珍しいので、愛知の好みかと思ったのだが、幼馴染としての記憶を思い出してみると、愛知の好みは色白で黒髪ロングの美少女。丁度、彩歌のような女性が好みだったはずだ。
「いや、真逆。あんな黒ギャルビッチは好みじゃない。一度、廊下で”相性チェック”を頼まれただけだよ」
ちなみに、誰でもヤらせてくれるという噂もあって知っていたが、それは黙っておく。
「って、なんで二人共ホッとしてんの?」
「いや、気のせいだよ」
「ええ。気のせいです」
取り繕う兄妹をジト目で見ると。
『流してあげなさい』
女神が優しく兄妹をフォローする。
「まあ、いいや。そんでその白井先輩と付き合ってるサッカー部の部長の、えっと……双葉……翔? 双葉先輩のことが好きだから告白したい、と」
「けど、勇気がなくて告白できない、と」
愛知の言葉を、手紙を読んでいない才人が補足する。
「いつもの相談内容ですね」
彩歌の言う通り、愛知に恋愛相談する人の九割が「告白する勇気がない」という内容だ。
「いつもの神託魔法で解決?」
告白する前に、グナーの名を唱えると勇気が出る神託魔法は、少ない信仰心でも使えるので重宝している。重宝しすぎて、ほぼ毎回使っているくらいだ。ちなみに、愛知は神託魔法の名前を考えるのが面倒になって、テキトウに決めた”告白アタック”という名称を採用している。
「今回は既に付き合ってる人がいるからな。まずは、相性を見てみようか」
愛の女神グナーの神託魔法は、少ない信仰心でも使えるものが多いが、その中でもなぜか飛びぬけて消費する信仰心が少ないのが、相談者と相談対象の相性を数値化する神託魔法だ。ちなみに、愛知は”相性チェック”と呼んでいる。”告白アタック”の名称決定にはグナーが渋ったが、こちらの名称はすんなり決まった。
「相性値を見て、白井先輩との相性より上なら……そうだな、告白を勧めようか」
「いつもは投げ遣りに告白を勧めるのに、珍しいですね」
「そう、だな。今回は二人だけの問題じゃないからな」
彩歌の指摘に答えながら、腕時計を見る。
「あと、十五分で昼休みが終わっちゃうんだけど……来ないな」
「誰かわかってるなら、こちらから出向くか」
「いや、手紙には自分の名前が書いてない」
これも、中学生の頃から続けていると、よくあることだ。
「ま、来なきゃ来ないでなにもしなくて済むんだ。その方がありがたい」
愛の巫覡の恋愛相談は、確実に恋が実るわけでもないのに勘違いする人が多い。そのため、告白に失敗して恨まれることもよくある。
「もう、刺されるのはごめんだ」
中学生の頃は、恋に破れた乙女がどういう心境で愛知へお礼参りに来るのかわからなくて、ついつい暴言を吐いてしまい、刺されて入院したことが数回あった。
「あれは全部先輩が悪い」
「そうだね。ふられたばかりの女の子に”ふられるとわかって、なんで告白したの?”って聞くのはダメだよね」
「まさか、彫刻刀を持ってるとは思わないじゃん?」
「思ってても思ってなくても、言ったらダメなんです」
「そもそもさ、俺は恋愛相談って柄じゃないんだよね」
「知ってましたけど、今更言いますか」
「それに飽きちゃったし」
「それも言っちゃダメだよね」
「そもそも、愛の巫覡なのに恋の相談って」
「それこそ、今更ですよ」
「あーもーやりたくねー。てか、俺こそ恋してーよ」
「あ、相手がいるんですか?」
身を乗り出して聞く彩歌にビックリする。てか、美少女の顔がすぐ目の前に来てドキドキする。幼馴染の妹の、見慣れている顔なのにドキドキする。
「彩歌。落ち着いて」
才人が助け舟を出してくれた。
「それで? 愛知は誰か好きな人がいるの?」
助け舟の船首に、ラムが付いていたようだ。
肩に優しく置かれた手が、妙な圧力を伴っている。
「なんで、お前らが俺の恋愛事情に興味津々なのかはともかく、いつも一緒にいるんだから知ってんだろ?」
「ん、まあ、そうだね。よく考えたら知ってるね」
「そうですね。毎回ヘタレて、告白できないのも知ってますね」
「何気ない言葉が、深く刺さることもあるんだよ。サイちゃん?」
結構深く刺さった。
「愛の巫覡のくせに告白する勇気がないとか。なんのための神託魔法ですか」
「勇気はともかく、”相性チェック”は自分には使えないんだよ! 使えても、相性最悪だったらどうすんだよ! 折角、勇気出しても失敗すんだよ? 人がふられるとこも、散々見てきたんだから、こえーよ!」
恋愛相談した全ての相談者が、成就したわけではない。あくまで相談だ。背中を押す程度のことしかしていないので、多くの場合が、相性が悪いので告白をやめさせている。それでも、殆どの相談者が、諦めきれずに告白して玉砕している。
そんな死屍累々の地獄絵図を見てきた愛知は、自分もその仲間に入るかもしれないから、相性を見ずに告白するなんて、恐ろしくてできない。
「じゃあ、私達の相性も見れないんですか?」
「俺とサイちゃんの相性はね」
「いえ。私と兄さんの相性です」
「ああ。近すぎる血縁も無理。家族愛とごちゃ混ぜになって、ややこしいから」
また、美少女に舌打ちされた。
「さっきも言ったけど、女の子の舌打ちは怖いからやめよう?」
今度は睨まれた。
「……”可愛い”が抜けました」
呟く声は愛知には聞き取れなかったが、才人には聞こえた。
素直になれない妹に苛立ち、その苛立ちを隠すために、ため息を吐き出す。
『才人に伝言を』
「ん?」
『その苛立ちは同族嫌悪ですよ』
女神の言葉を才人に伝えると「わかっています」とだけ答えた。
「なんの話?」
わかっていない愛知だけが首を傾げ、美形兄妹に「なんでもない」と言われる。
そんなやり取りをしていたら、屋上の扉がギギーっと音を立てて開く。
『今回の相談者ですね』
「彼女が?」
『ええ』
女神の言葉に立ち上がり、扉の前でキョロキョロしている少女に軽く会釈する。
「ようこそ。屋上の恋愛相談所へ」
愛の巫覡になって以来、恒例となった恋愛相談を始める。
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