女神様は黙ってて

高橋

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二章 グナー

第四話  中丸さんとお話し

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 昼休み開けの授業は、拷問のような古文だった。
 睡眠を司る神の神託魔法には、睡眠を誘発するものもあるがその神託魔法に匹敵する退屈な授業内容と、教師が時々発する「ここ試験に出すぞ」の目覚ましで、夢と現を数十往復した結果、中途半端な睡眠による疲労感で、愛知はグッタリしていた。

「愛知。急いで。休み時間終わっちゃうよ」

 イケメン幼馴染に手を引かれ、階段を駆け上がる。

「ほら、早く。次の休み時間って指定したのは、愛知なんだから」

 すれ違う女子生徒が、イケメンに手を引かれる愛知を羨ましそうに見る。

(俺も、美少女に手を引かれたいよ)

 眠い目を擦りながら、才人に遅れて階段を駆け上がる。
 屋上へ出る扉を開けると、約束していた少女、中丸恵は、既に来ていてベンチに座っていた。

「愛知が起きないから、待たせちゃったね」
「古文の山下が退屈だから、待たせちゃったな」

 愛知は、座ったまま会釈する大人しそうな眼鏡少女の中丸に言い訳した。

「そんじゃあ時間もないことだし、質問させてもらうよ」

 休み時間は十分だけ。才人が愛知を起こすのに手古摺り、休み時間の残りは五分少々だ。
 愛知がなかなか起きないから時間がなくなったのだが、ここでそれを追及すると余計に時間がなくなるので、才人は黙って成り行きを見守ることにした。

「知ってると思うけど、まず、状況を説明すると、中井さんから恋愛相談を受けました。サッカー部の部長の双葉先輩のことが好きだけど、告白する勇気がないのでなんとかしてくれって内容だ」
「愛知。個人情報保護法って知ってる?」

 守秘義務を大幅に無視した内容に、中丸が呆気に取られている。

「時間がないから最短で行きたいんだよ。で、双葉先輩って二股してるよね? ああ、答えなくていいよ。そんで、その相手が白井先輩と君」

 中丸をチラリと見ると、まるで「犯人はお前だ」と探偵に指差されたみたいな表情だ。

「わ、私は」
「ああ、君がどういうつもりかはどうでもいいよ」

 時間がないので中丸の言葉を遮る。

「けど、君がどうしたいかは、後で聞くつもりがある」

 中丸の反応を見て、続けて良さそうだと判断する。

「で、どうするかの前に、君と先輩の相性を見ておきたい。神託魔法を使いたいから、君の許可が欲しい。見ても構わないのなら”許可する”と言ってほしい」

 中丸は、助けを求めるように才人に視線を向けるが、才人は首を横に振る。

「ああ、安心して。君を責めるつもりも、晒し者にするつもりもない。面倒だし、君に興味がないからね。説明してもわからないだろうけど、中井さんの相談をなんとかするのに必要だから、君の相性を見ておきたいんだ。許可してくれないかな?」

 中丸がおずおずと頷く。

「声に出して」

 優しく言ったつもりだが、中井の肩がビクンとなる。
 消え入りそうな声の「許可します」を受けて神託魔法を使用する。

「……なるほどね。あの数値が双葉先輩でいいんだよね?」
『ええ』

 女神の声が聞こえない中丸が、愛知の独り言に首を傾げる。

(こっちも低いな)

 校舎の三階西側辺りに表示されている双葉の数値は、中井と双葉との相性値と、どっこいどっこいだった。

(双葉先輩にとっては、どっちでもいんじゃね?)
「グナー。白井先輩とも同じくらいかな?」
『でしょうね。彼女も、複数の異性と現在進行形で関係がありますから』

 経験上、双葉や白井のような異性を顔で選ぶようなタイプの人間は、誰とでも人並み以上の相性値だが、抜群に高い相性値の人はいなかったりする。

『まあ、相性値は絶対値ではありませんけどね。人との出会いで考え方が変われば、相性値も変動します』
「そうそう性格は変わらないでしょ」
『ええ。性格は、そう簡単には変わりません。しかし、相性値は割とすぐに変わりますよ』
(ふーん。……しっかし、中井さんとの相性は高いな。同性とはいえ、お互いに高い相性値ってのは、久しぶりかも)

 前回を思い出そうとしても、思い出せなかった。ちなみに、前回は、職業適性検査で愛知に親切にしてくれたイケメン神官と、彼の思い人の男性だ。恋愛相談も彼から始まった。

『そういえば、双葉翔の相性値なら、以前の相談で許可を得ているので見れますよ』
「え? 許可って、その場限りじゃないの?」
『いえ。一年間見れますよ』
「長っ!」

 普段は”相性チェック”の許可の効力が切れたら面倒なので、恋愛相談を一週間以内で終わらせるようにしていた。その許可の効力が一年も持つなら、そんなに急がなくてもいいような気がする。

(とはいえ、放課後に返事するって言っちゃったからな。ノンビリやるのは、次の相談からにすっか)
「まあ、いいや。グナー、双葉先輩の相性値も出して」
『どうぞ』

 二人分の相性値を表示するのは初めてだが、親切なことに色分けされているので混乱せずに済むと思っていたが、双葉の交友関係が”広く浅く”なので、双葉の数値を表す青い数値が、やたらと多くてゴチャゴチャしている。

「んー」

 校舎内から、必要な二人の数値を見つける。

(三人共低いな。てか、白井先輩との相性、低すぎでしょ。21って、よく付き合えてるな)

 相性最悪とまではいかないが、愛知が知る男女交際が成立する数値を少しだけ下回る。

(中井さんと中丸さんは、まだ、ましな方か。つっても低いけど……いや……これって、双葉先輩と親密になればなるほど、双葉先輩との相性値が低くなるのか)

 双葉の場合、見た目の格好良さから、女子からの初期相性値が高いのだろう。しかし、親密になればなるほど、人間としての底の浅さが浮き彫りとなり、相性値が低くなる。実際、双葉翔のクラスがある辺りの数値は、軒並み低い。

「あの……休み時間が」

 思考に没頭していた愛知が、中丸の声に引き戻される。

「ん。ああ、ごめん。中丸さんの話を聞かないとね」

 時計を見ると、休み時間は残り三分だ。移動時間を考えると、一分程度か。

「それで、君の親友である中井さんが、君が付き合っている双葉先輩に告白するわけだけど……君はどうしたい」
「私は……」

 当然だが、こんなストレートな問いに答えられるわけがない。

「考えが纏まらないなら、次の休み時間まで待つよ。中井さんには、放課後に話をする約束をしているから、それまでに聞かせてくれると助かるな」
「その……」
「まあ、君がなにも答えなくても、話は進むけどね」

 愛知の冷ややかな一言に、中丸は俯いてしまう。

「愛知。言い方」

 長年連れ添った嫁のように、才人が愛知を窘める。

「……円ちゃんを、裏切りたくない、です」
(親友の好きな相手と付き合ってるのに黙ってるのは”裏切り”じゃないんだ)

 恋愛相談で女性と話す度に、男女は別の生物だと思い知らされる。
 男同士の友人であれば、これは”裏切り”だ。

「双葉先輩は裏切ってもいい?」
「……それは……先輩ならわかってくれます」
(勝手な思い込みだな。相性値からすると、むしろ、先輩の方がわかってくれないと思うけどな)

 自分が好きな相手なら、自分のことを理解してくれる。これも、恋で盲目になった結果だろう。

「ま、いっか。ほんじゃあ、纏めると、中井さんを裏切りたくない。双葉先輩は理解してくれる。白井先輩のことは気にしていない。で、いいかな?」

 白井の話が出なかったので、勝手に気にしていないと判断した。

「あの、白井先輩は……いえ、なんでもないです」

 実際、気にしていないようだ。

(表情からすると、二股相手だってことは知っているけど、白井先輩と接点がないみたいだな。接点があれば、なにかしらの要求があるはずだもんな)
「そ。じゃあ、それで中井さんの恋愛相談を考えてみるよ。お疲れ様。ありがとうね」

 少しばかり配慮不足だった自覚があるので、これで良い印象が残るわけではないけど、最後にお礼だけ言っておく。
 一礼して、逃げるように校舎の中へ走る背中を見送り、一息吐く。

「お疲れ」

 才人の労いに片手で答えながら、教室に戻るため歩き始める。

「随分急いでたけど、次の休み時間に跨っても良かったんじゃない?」
「そういえば、跨ぐって考えがなかったな」

 隣を歩く才人の言葉に考え込む。

「……ああ。面倒だから早く終わらせたいんだ」
「酷いな。恋愛相談って、そんなに嫌?」
「嫌だよ」

 幼馴染だからこそ素直に言える。こんなことは、相談に来た人やクラスメートには言えない。

「愛の巫覡なのに?」
「愛の巫覡だからだよ。愛の巫覡なのは、もう諦めたけど」
『え? 嫌なんですか?』

 巫覡は神の声が聞こえるだけで、一身同体ではない。本心を言わなければ、神であってもわからない。

「嫌だったけど、諦めちゃえばどうでもいい。もう、俺の中で消化できたことだ」
『そういうことは、相談してほしい』
「ああ、グナーに不満があれば相談するけど、グナーに相談してもどうなるもんでもなかったからな」
『例えば?』

 声の感じからして、女神様は少し拗ねているようだ。拗ねると口調が幼くなる。

「例えば、恋愛相談をさっさと終わらせたい理由、だな」
「愛の巫覡なのに、恋の相談をしているってこと?」
「せーかーい。さっすが才人」

 いちいち言葉にして相談しなくても、悩んでいる姿を見て、察してくれるのが人間の幼馴染だ。
 グナーは愛知が生まれてからずっと、愛知の視界で愛知を見守っているが、それは所詮、神の視点から見た人間の人生だ。人間を理解できるのは人間だけ。これでグナーが何度も巫を作っていれば、言動から察することもできたかもしれないが、愛知が初めての巫だ。神とて万能ではない。万能ではない神の身では、無理のない話だろう。

『でもでも、恋が愛の始まりでもあるんだよ?』
「それはあくまで男女間での話だろ? 愛にはいろんな形があるのに、恋愛相談に来る連中は、親愛や性愛に偏ってるんだよ。そういうのを見続けてるとさ、愛の巫覡として、このままでいいのかとか、もっと積極的に突っ込んで、いろんな愛を認めて広める必要があるんじゃないか、とか色々考えちゃうわけ」
「考えた結果?」
「愛を広めるなんて、余計なお世話だから、恋愛相談も力を抜いてやる」
『そこは突き抜けてほしいです。もっと積極的に、ね?』
「いやいや。そんなことしたら、迷惑でしょ。勿論、真剣な相談に対しては真摯に向き合うよ。愛の巫覡として。けど、こちら発信で積極的に行動しても、押し付けでしかないからな。俺は、感謝されないことはしたくないんだよ」

 愛の巫覡といっても人間だ。巫になった瞬間に、神の使徒になり神の代弁者になるなんて世間では言われているが、巫もまた、どこにでもいるただの人間にすぎない。余計なお節介をして怒られるのは嫌だし、感謝をされたいと思う。ぶっちゃけ、褒めてほしいと思っている。

「褒めてほしいんだよ」

 幼馴染が隣にいる気安さか、ついつい、隠さなければいけない本音が漏れてしまった。

『私だって褒めてよ!』

 似た者同士だった。

『パシったんだから褒めてよ! せめて、ありがとうくらい言ってよ! ”んー”ってなによ! あんたの嫁か!』

 なにがきっかけか知らないが、スイッチが入ってしまったみたい。
 主神のフリッグに顎で使われて、なにも言ってもらえなかったのだろう。

(あ、これメンドいヤツだ)

 こうなったグナーは、延々、愚痴を言い続ける。今まで何度か経験したことがあるが、これといった対応策が見出せずにいた。

「才人。グナーがあの状態になった」

 自分の声すら聞こえないくらいグナーがうるさいが、才人にちゃんと伝わった。
 横目で見ていると、才人が内ポケットからスマホを取り出し、メモアプリでなにかを打ち込み、愛知に見えるように差し出す。スマホには「早目に謝った方がいいよ」と表示されていた。
 愛知は首を横に振りながら「謝る隙間がない」とだけ答える。

(それに、俺が謝る必要があるか? 今回は俺は悪くないよな)

 歩きながら少し考えて、ため息を吐く。

(やっぱ、直接会って話すしかないか)

 経験上、この調子で一時間は愚痴を言い続けるだろう。
 愛知は立ち止まり、遅れて止まった才人の目を見る。以心伝心なのか、それだけで大体わかってくれたようだが、一応、言葉にして伝える。

「グナーに付き合って、次の授業サボるわ。先生にはテキトーに」

 返事を待たずに、下りた階段を引き返す。
 屋上への階段の途中で、スマホの無料通話アプリの着信に気づいてスマホを操作して見ると、才人から「女神様とイチャつかないように」とあった。

「しねーよ」

 再び着信。今度は「ちゃんと”ごめんなさい”するんだよ」と。

「おかんかよ」

 また着信。「自分は悪くないと思っても謝る必要があれば謝った方が早いよ」と。
 才人と比較したら愛知の対人スキルは低いと思うが、一般的な男子高校生レベルの対人コミュニケーションスキルはあると思う。

「ったく……うるせーよ」

 女神の愚痴で不快に歪んでいた顔が、笑顔になった。
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