女神様は黙ってて

高橋

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二章 グナー

第五話  神降し

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 屋上に出たタイミングで、始業のチャイムが鳴る。

「さて」

 当然ながら、屋上を見渡しても人影はない。

『でもねでもね、パシらせる時ね、たまにお金くれるんだよ? わかってるの。それがフリッグ様の遣り口だって。いつもはくれないのに、たまにくれるから、それだけで嬉しくなっちゃうのは、私が騙されてるだけだって、わかってるの!』

 人影はないが、神の声による愚痴は続いている。

「どうしたもんかね」

 ベンチに座り、無駄に快晴な空を仰ぐ。

(とりあえず、会って話すか)

 恋愛相談をしてきて思うのは、誰であれ、会って話してみないことにはその人の人となりはわからないし、その人が大切にしていることもわからない。
 その相手が神であってもだ。
 ……何度も会ってるけど。

「グナー。神降しを要請する」
『だからってね、フリッグ様は、もう少し相手の気持ちを理解してくれてもいいと思うのよ! まあ、私は優秀だから? フリッグ様の無茶振りにも対応できるし? 他の陪神より、お声をかけていただく機会が多いけど? わた』
「グナー! 黙れ!」
『ふぇっ!』

 やっと、静かになった。

「グナー。神降しだ」

 改めて要請する。

『え? なぜです?』
「グナーの愚痴に付き合ってや」
『承認します』

 言い終わる前に承認された。
 グナーの言葉から一拍置いて、愛知の目の前に、光に包まれた人影が現れる。
 愛の女神グナーだ。
 ごく稀に、肉体を持った神を神降しすると、神の肉体ごと人間界に顕現することがある。
 グナーの場合、その「ごく稀に」が毎回だ。

「相変わらず、後光が鬱陶しいな」

 後光どころか、全身が光っている。

「これってなんなの?」
「神の肉体という、多すぎる情報量が、光として誤認されているだけです」

 人間の脳が理解できない視覚情報を”眩し過ぎる光”として処理したのだろう。
 同様に、音声情報も普通なら聞き取れない騒音になる。しかし、愛知には、最近は慣れてきたのか、ノイズ交じりだが、少し聞き取りにくい程度に聞こえていた。

「まあ、薄っすら人相がわかるくらいには慣れてきたけど……鬱陶しいな」
「それだけ見えれば十分ですよ」
「グナーの方で、なんとかできないの?」
「普通、肉体を持つ神が地上に顕現する時は、自動で人間に認識しやすい状態に情報量を落として降りるんですけど……なんででしょうね。私は、そのままなんですよね」

 原因の調査をノルンの三女神に依頼したのだが、全く音沙汰がない。忙しいのかな?

「それより、愛知は私の顔が見えているのですか?」
「ん? ああ、薄っすらとだけどな。結構、美人だな。……多分」
「そ、そんな見え透いたお世辞を、って、多分ってなんですか!」
「いや。はっきりとは見えないし……それより、その服って、ひょっとしてウチの制服?」
「ええ。似合いますか?」

 クルッと回るが、光っていて、似合っているのかよくわからない。

「ああ。多分?」

 薄目で見ると……多分似合っている。

「まあ、初めて神降しした時よりは、ましか」

 お試し感覚で神降しをした時は、なぜか全裸の女神が顕現した。その時は、眩し過ぎて、愛知や一緒にいた才人と彩歌にも見れなかった。

「忘れなさい」

 忘れようにも忘れられない思い出だ。いや、そもそも、その当時は、今ほど慣れていなかったので、光を強く認識してしまい見れなかった。

「あん時は大変だったな」

 登校中になんとなく神降しをして、いきなり交差点に顕現したピカピカのなにかに、周囲の目が眩んだ。それだけなら目を逸らすだけで対応できたのだが、いきなり全裸で羞恥プレイとなった女神が悲鳴をあげて、情報量の多すぎる音声に、交差点にいた生物の聴覚を破壊した。
 その後、その場で無事だったのは、巫である愛知と神官の素質があった才人と彩歌だけだった。

「あれは! お風呂に入ってたら、いきなり人間界に飛ばされたから!」
「あの時あの場でグナーの悲鳴を聞いた人の半分くらいが、まだ、入院中だからね」

 情報の洪水で脳にダメージを受けた人たちは、中央教会の系列病院に入院中だ。

「中央教会のおっさんらに、すっげー怒られたよな」
「随分、他人事ですね」
「聞き流してたしね。あれ以上お説教が続いたら、あの場にグナーを呼ぼうと思ってたし」

 女神がふかーいため息を吐く。

「そういえば、無事退院した人たちはどうなったんでしょうね」
「ああ。なんか、特殊能力が覚醒してたよね」

 特殊能力と言っても、物を少しだけ浮かせるとか、明日の深夜の天気がわかるとか、どれも微妙なものばかりだが、発生原因が神の悲鳴なので、中央教会で保護されている。

「あれも原因がわからないんですよね」

 情報量を落としていない生の声を聞いても、必ずしも覚醒するわけではない。人類史でも、一度にこれほど多くの特殊能力者が覚醒したのは例がない。

「スポーツ新聞の一面を飾っちゃったしね」
「あれこそ忘れてほしいです。特に見出し」
「”愛の女神のストリーキング”だっけ?」
「記事の内容も気に入りません」
「”美神と噂のアフロディーテじゃないのが残念”だっけ?」
「その翌日の美女神ランキングも気に入りません」
「入ってなかったね」
「フリッグ様に笑われるし」
「けど、フリッグ様は21位だったね」
「それを指摘したら笑顔で殴られた」
(言わなきゃいいのに)

 シルエットしかわからないが、グナーは肩を落としている。
 神でも人でも、言わなくてもいいことを言う奴はいる。

「そもそも、あのランキングのソースって、過去の巫からの情報が元でしょう? 女神を直接見たことがある巫なんて、数える程度しかいないんだから、あんなの無効よ! 大体、バト様が9位ってなんでよ! 牛よ?」
「俺に言われてもね。実際どうなの? 愛と美の女神アフロディーテ様を抑えて1位になったフレイア様って、本当に美人なの?」
「……まあ」

 なにかあったのか、素直に認めたくないらしい。

「私は、アフロディーテ様の方が美しいと思いますけどね」
「へぇ。そこまで言うんなら、どっちも見てみたいな」
「フレイア様は、巨乳崇拝者が多いだけです」
「え? アフロディーテ様って貧乳なの?」
「いえ。大きいですよ。フレイア様ほどではないですけど。美乳?」
「ふーん……」

 巫は担当神に似ると巷では言われるが、愛知もその例に漏れず、グナー同様、言わなくてもいいことを言ってしまう人間だ。
 だから言ってしまう。

「グナーってさ、貧相だよね」

 グナーは相変わらず変身途中の魔法少女のようにピカピカ光っているが、愛知の一言に、雰囲気が変わったことだけはわかる。

「一応、聞いておきます。それは、胸が小さいという意味ですか? それとも、貧乏臭い姿という意味ですか」
(ああ、どっち答えてもアウトだ)

 ピカピカで姿がはっきり見えないくせに、拳を握って構えているのは、はっきりとわかる。

「そんなに小さいの?」

 どうせ殴られるなら、触って殴られようと手を伸ばす。
 グナーの胸に伸ばされた手が、ブラウスに触れた途端。

「がっ!」

 触れた指から腕、肩、そして頭にかけて、激痛が走る。
 今まで何度か神降しして視覚情報と聴覚情報に耐性ができてきたが、触覚情報に対する耐性はできていなかった。

「天罰覿面ですね」

 痛みに頭を抱え込んで悶絶する愛知を見下ろし、グナーが呟く。

「トドメに殴っておきますか」
(今触られたら、ショック死する)

 ショック死は大袈裟だが、これ以上脳に負荷がかかると、巫といえども脳に障害が残ると思い、ズキズキと脈打つような痛みに歯を食いしばりながら身を起こす。

「立ちますか。しぶといですね」

 なんかイラッとして、また余計なことを頭が過ぎる。

「パット入り?」

 声に出してしまった。

「今のが遺言ですか?」

 そして、それは事実だった。

「ごめんなさい」

 できることが、謝罪か余計なことを言うかのどちらかしかなさそうなので、謝罪を選ぶ。

「ごめんで済むなら、警察と神は必要ありませんよ」

 今までグナーのスタイルに関しては触れてこなかったので、こんなに怒るとは思っていなかった。

「グナー。世界中を見てみろ。巨乳崇拝者より、貧乳崇拝者の方が多いはずだ」

 なんとか宥めようと、適当な嘘をでっち上げる。

「いえ。どちらかというと、巨乳派の方が多いですよ」

 これは時代によって違うのだが、数百年ほど前に主神から聞いた情報を、グナーはいまだに信じ続けている。

「いやいや。時代は貧乳でしょ」

 本当は巨乳崇拝者だが、命が惜しいので今だけ宗旨替えをする。

「あなたのエロゲコレクションは、巨乳妹ヒロインばかりだったと記憶していますが?」

 グナーは普段から視覚リンクを切っていないので、この嘘は通用しない。

(これはアプローチを変えた方がいいか)
「グナー、わかった。ちゃんと言う。聞いてくれ」

 アプローチを変えるにしても、聞いてもらえないと意味がない。後退りしながら、必死に会話の糸口を作り上げる。

「まず、認めよう。俺は巨乳好きだ」
「よし。死ね」

 愛知は話したことがある神はグナーしかいないが、天界は割と短絡的な神ばかりだったりする。

「聞いて!」

 迫る拳を紙一重でかわしながら、必死に言葉で抵抗する。
 武神ではないのでへなちょこパンチだが、かわす方の愛知も空手を習っていたものの喧嘩慣れしているわけではないので、ギリギリでの回避になっている。

「俺は巨乳も好きだが、あくまで二次元オンリーだ!」

 学校の屋上で、自分の性癖を叫ぶ巫覡。

「それがどうした!」

 回し蹴りをしゃがんでかわす。残念ながら、パンツどころか全身が謎の光で隠されていて見えない。

「リアルに好きなのは貧乳だ!」

 授業中の屋上だ。誰もいない。が、聞いている人がいたら、通報されていただろう。

「嘘をつくな!」

 軸足がしっかりしていない回し蹴りでふらついたまま、裏拳をテキトウに振り回す。当然、避けるまでもなく当たらない。

「グナーは俺の人生を見てきただろう? それなら、俺がどんな女の子に反応するか、知っているはずだ!」

 思い起こしてみると、愛知が言う通り、普段の生活で愛知がチラチラ視線を向けるのは巨乳だが、凝視するのは貧乳だ。

「いやいや。チラ見するのは巨乳でしょう?」
「チラ見するのはね。これは本能なんだから、目が行っちゃうんだからしょうがない。けど、本当に好きなら凝視するよ。我を忘れて!」
「えっと、じゃあ、愛知は貧乳が好きなの?」
(よし。拳が緩んだ。あとは、論点をすり替えれば)
「俺の性癖はともかくさ、今問題にしなければいけないのは、グナーがパットを入れてたってことだ。自分の個性なのに、そうやって認めようとしていないのが気に入らないんだよ!」
「入れてなにが悪い」

 グナーの声の温度が、氷点下まで下がる。

(あれ?)

 すり替える論点を間違えた。

「フリッグ様にイジられるならまだしも、他の陪神にもイジられて、挙句、自分の巫覡にもイジられるんですか」

 再び拳を握り、肩がフルフルと震える。
 すり替えた論点は、地雷だった。ピンポイントで地雷に飛び乗ってしまった。

(担当神に殺された巫っているのかな?)

 遺言を残す他は、現実逃避しかできることがなくなった。
 それでも、生きるために抵抗をしなくては。

「あのね。聞いてほし」
「お黙りなさい」

 抵抗は虚しく潰えた。
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