女神様は黙ってて

高橋

文字の大きさ
37 / 57
三章 ユニ

第一話  怠惰の巫女

しおりを挟む
 ブロンドのショートボブを掻き上げながら、円柱形のエレベーター内にあるフカフカのベンチに座り、手元の端末で資料を読む女性がため息をつく。

『それにしても、凄いわよねー』

 赤いフレームの伊達眼鏡をクイっと上げて、資料を読み進める。

『私が生きてた頃は、宇宙に人間が住む時代が来るなんて思いもしなかったわよ』

 端末には旧大和皇国の遺跡が映されている。

(これって、中世以降に再建された石器時代の住居よね)
『こんなでっかい軌道エレベーター? だっけ? で、ガイア様の上に降りる日が来るなんてねぇ』
(これ、移設する必要ある? 石器時代からの土台部分は博物館に移されてるからレプリカだし、上の部分も一緒にコロニーへ移設しても、全部レプリカだから、保護の名目で移設する意味がないんじゃないかしら?)

 資料を読めば読むほど首を傾げる内容だ。

『てか、ガイア様もビックリしただろうね。ある日いきなり、こんなぶっといバ○ブ突っ込まれるんだから』
(ウチは国連傘下の公社とはいえ、なんでもかんでも保護する必要はないんじゃないかしら)

 正確には、国連教育科学文化機関の外部組織的な位置づけで発足した、地上の文化遺産をコロニーに移設するための公社。その名もそのまま文化遺産引越し公社だ。
 大ボスは国連だが、あくまで出資組織の一つ。直属は教育科学文化機関だ。

『こりゃあ、パンドラが言ってた、星間戦争の時代もあっという間かもな』
(つい百年ほど前に宇宙移民が始まったばかりなんだから、そんなSFな時代は、まだまだ先でしょ)

 資料を見るのにも飽きてきたので、エレベーターに乗る前からうるさかった脳内に響く女神の言葉に耳を傾けてみる。面倒だから返事はしないけど。

『お? そろそろ対流圏じゃね? 視線上げてみ』

 そういえば、女神は自分の視界で人間界を見ているのだったと思い出し、言われるまま視線をエレベーターの壁に向ける。
 エレベーター内は数人しか乗客がいなかったので、反対側の壁面にある液晶パネルが妨げるものもなく見えた。

(まあ、宇宙標準時間では深夜だから、空いていて当たり前ね)

 そう思っているうちに、パネルに外のリアルタイム映像が映し出される。
 といっても、遠くの方に薄っすらと雲に隠れた山が見えるだけで、ほぼ空しか見えない。

(いや、あれは山じゃなくて大型輸送機か。前にも見間違えたわね)

 研修で地上に降りた時に、雲間に見えた大型輸送機を山だと言って、先輩に笑われたのを思い出す。

『まだ高度が高いからねぇ』
(ちょっと残念)

 パネルの上方へ消えていく大型輸送機を見送って、視線を端末に戻す。

『いやいや。軌道エレベーターのスピードなら、すぐだよ』
(景色がいいって言っても、今回の第三軌道エレベーターの周りは海ばっかだろ)

 彼女が乗ってる第三軌道エレベーターの基底部は、赤道直下の海に作られた人工の大地だ。

『ねえねえテレーゼちゃん? 視線を上げてよ。何度も地上に降りてるから見慣れちゃった?』
(何度も地上に降りてるけど、飽きるほど見てはいないわよ。コロニーと違って季節や天候や気温によって全然違う景色になるから飽きないし、なにより、第三エレベーターで降りるのは初めてだし)

 初めて下りた高校の修学旅行では南半球の大陸だったし、研修は北半球の大陸西域だった。どこもそこ独自の景色を見せてくれた。きっと、今回もそうだろう。
 とはいえ、綺麗な景色が見れるまでもう少しかかりそうなので、女神にテレーゼと呼ばれた女性は、手元の端末を操作して目的地までの交通手段を確認する。

『時間的に朝日を見れそうなんだよ。テレーゼちゃん初めてでしょ? 日の出見るの。いつもお寝坊さんなんだから』
(寝坊するのは、あなたが夜中までうるさいからですよ。そんで、軌道エレベーターの乗降口から真っ直ぐ行けば空港か。で、飛行機で旧大和皇国領へ飛んで、あっちの空港に現地の遺跡管理組織の担当者が待っててくれるから合流する、と)
『今の太陽神はインテイ様だから、いきなり日食になったりしないし』
(朝食は……飛行機の待ち時間でなんとかなるにしても、昼食はどうしましょう。合流する時間によって変わるかな?)
『ん? あれ? 違った。インテイ様じゃなくてアマテラス様じゃん。あの方が引き篭もる前に見とこうよ』
(引き篭もるの前提なのね。それより、今日中に、一度遺跡を見ておきたいわね。ライブラリ映像でしか見てないから、実物がどうなってるのか知っておきたいし)

 端末を操作して次のページを見る。

『あ。そういえば、私はニートの神を名乗ってるけど、本当は怠惰と災害の神だから神託魔法で災害を起こすこともできるからね』
(コロニーへの移設を反対してる人達がいるのよね)

 無理に移設する必要はないから、あちらの話を聞くための時間も無理に取る必要はない。

『ま、テレーゼちゃんなら神託魔法でヤンチャしないと思うけど、あんまり羽目外すと、ノルンの長女に私が怒られるからやめてね』
(そう言う神様は、生前やらかしたって中央教会で聞いたけどね。んで、滞在期間は一週間あるんだけど、仕事を前半に詰め込んで、後半はノンビリしたいわね)

 端末であちらの担当者の情報を出す。五十過ぎに見える、頭が禿げ上がったおじさんだ。男性としては、好みではない。

『うわ。見事に禿げ上がってるね。てか、証明写真なんだから、脂ぎった顔をなんとかしとけよな』
(それには同感。とりあえず、この担当者と合流してからじゃないと予定が立たないわね)

 担当者のパーソナルデータも、ざっと読む。

『てか、これでまだ四十かよ。苦労してんのか、ただの不摂生か……どっちかね?』
(不摂生じゃないかしら。さて、それじゃあそろそろ高度もさが)

 丁度、電子音と共にアナウンスが始まり、地上への到着を知らされる。

『って、着いちゃったの? 絶景は?』
(残念。見逃しちゃったわね)

 壁面パネルの映像は、高いビルの隙間に海が見えるだけだった。パネルの下から中層ビルが生えるように映り込むと、隙間の海もビルに遮られて見えなくなる。
 端末を、足元に置いてあるキャスター付きのスーツケースに入れて立ち上がる。サイズ的に、女性が一週間出張するにしては少ない大きさだが、中身はさらに少ない。現地で買える物は持って行かないし、我慢できる程度の物も持って行かない主義だ。昔から旅行と言ったらこの程度の荷物だ。女神にはなにも言われなかったからこれでいいと思っていたが、大学時代の友人には少なすぎると言われていた。
 地上への到着にあたって、ブレーキによるちょっと鬱陶しい程度の荷重が緩やかになり、代わりに天然の重力を強く意識できるようになる。

(ああ。胸、邪魔。重い)

 巨乳でも貧乳でもない中途半端なサイズの胸でも、低重力になれた宇宙育ちには地上の重力下は、ただの重石になる。
 胸の下で腕を組む。ただ胸が強調されるだけで軽くなるわけではないけど、気分的に楽になったような気がする。

『あん? それは貧乳の私に対する宣戦布告か? 手袋的なアレか?』
(それは決闘)
『大体さ、テレーゼちゃんは昔っからそうだよね。そんなんだから恋人ができ、うわっ! パンドラ? え? いつからいたの? ……ち、違う! べ、別にお姉さんぶったわけじゃないもん!』
(パンドラって、主神だったかしら? 呼び捨てでいいの?)

 首を傾げるついでに、重力で重くなった体を解すように首を回す。

『ちょっ! ユニ”ちゃん”って呼ばないでよ。恥かしいな』
(私も二十八だから、テレーゼ”ちゃん”はきついかな)
『そんなんだから合コンで、ひきいったーい! 殴った! アリスにも殴られたことないのに!』
(誰?)

 電子音の後、乗降口が開く。
 開かれた乗降口から風に乗って運ばれる潮の匂いを、肺いっぱいに吸い込む。

『ぼーりょくはんたーい! ほら、テレーゼちゃんからもなんか言ってやってよ』
「女神様は黙ってて」

 クールに呟いて外へ歩き出す。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

新人メイド桃ちゃんのお仕事

さわみりん
恋愛
黒髪ボブのメイドの桃ちゃんが、働き先のお屋敷で、旦那様とその息子との親子丼。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

慈愛と復讐の間

レクフル
ファンタジー
 とある国に二人の赤子が生まれた。  一人は慈愛の女神の生まれ変わりとされ、一人は復讐の女神の生まれ変わりとされた。  慈愛の女神の生まれ変わりがこの世に生を得た時、必ず復讐の女神の生まれ変わりは生を得る。この二人は対となっているが、決して相容れるものではない。  これは古より語り継がれている伝承であり、慈愛の女神の加護を得た者は絶大なる力を手にするのだと言う。  だが慈愛の女神の生まれ変わりとして生を亨けた娘が、別の赤子と取り換えられてしまった。 大切に育てられる筈の慈愛の女神の生まれ変わりの娘は、母親から虐げられながらも懸命に生きようとしていた。  そんな中、森で出会った迷い人の王子と娘は、互いにそれと知らずに想い合い、数奇な運命を歩んで行くこととなる。  そして、変わりに育てられた赤子は大切に育てられていたが、その暴虐ぶりは日をまして酷くなっていく。  慈愛に満ちた娘と復讐に駆られた娘に翻弄されながら、王子はあの日出会った想い人を探し続ける。  想い合う二人の運命は絡み合うことができるのか。その存在に気づくことができるのか……

男として王宮に仕えていた私、正体がバレた瞬間、冷酷宰相が豹変して溺愛してきました

春夜夢
恋愛
貧乏伯爵家の令嬢である私は、家を救うために男装して王宮に潜り込んだ。 名を「レオン」と偽り、文官見習いとして働く毎日。 誰よりも厳しく私を鍛えたのは、氷の宰相と呼ばれる男――ジークフリード。 ある日、ひょんなことから女であることがバレてしまった瞬間、 あの冷酷な宰相が……私を押し倒して言った。 「ずっと我慢していた。君が女じゃないと、自分に言い聞かせてきた」 「……もう限界だ」 私は知らなかった。 宰相は、私の正体を“最初から”見抜いていて―― ずっと、ずっと、私を手に入れる機会を待っていたことを。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

処理中です...