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間章2
フッラ
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愛の神には色々なタイプがいる。
性愛を重視したり、親愛を重視したり、家族愛を重視したり。中には自己犠牲しか愛と認めないという、極端な神もいる。
そんな中、女神フッラは、実に普通の愛の女神だと自認している。
今日も自室で日課の下界観察をして、面白そうな人間を探している。
彼女にとっての面白い人間とは、恋多き人間だ。恋が多ければ、自然、それが愛に発展することも多いからだ。
ただ、最近は面白味のある人間が少ない。
彼女の観察対象は主に大和皇国だったが、最近の大和皇国は、浮気に不寛容な国になってしまったから、昔のように派手なゴシップが少なくてつまらなくなっていた。
大和皇国といえば、目をかけている一番下の部下の巫覡が、彼女好みの面白ハーレムを作っていたことを思い出して探してみる。が、丁度仕事中だったのか、真面目に働く巫覡しか見れなくてがっかりする。
しばらく大和皇国内を観察。
今日もまた面白い人間が見つからず、ぼんやりとしながらため息をついていた。
「フッラ先輩。なに、たそがれてんすか?」
声に振り向くと、同じ主神に仕える後輩の、女神フリーンが煎餅をポリポリ食べていた。鍵をかけていたはずだが、どうやって入ったのか。いや、それより、彼女は主神から呼び出されていたはずだ。無断で部屋に入ったお説教は後回しにして、おっかない主神を優先する。
「フリッグ様の御使いはどうしたんですか?」
「ああ。丁度、グナーがいたから、押し付けたっす」
「またか」と、ため息が出る。
「いや。あいつの馬の方が速いから」
言い訳しながらも、煎餅を食べるのを止めないから、反省はしていないのだろう。
「そういえば、あいつ、なんか様子がおかしかったような」
「ああ。あの子、妊娠中ですから」
「へぇ」
煎餅をポリポリ。
「……え?」
ようやく言われた意味を理解したのか、持っていた煎餅を落とす。
「いやいやいや。グナーっすよ? あのクソ真面目な。相手は?」
「相手はあの子の巫覡です。あと、あの子、あなたが思うより真面目じゃないですよ」
首を傾げるフリーンに「腐ってますし」と続けたら、首どころか腰から傾げた。
「ともかく、あの子の相手は、あの子の巫覡です」
「あの巫覡も、高校までは普通だったんっすよね」
「そう、でもないですよ。まあ、大学で一人暮らしを始めてからは、ね」
「そういえば、あの頃からグナーのヤツ、ちょくちょく地上に行ってましたよね」
「ええ。あの巫覡は、あの子に手を出してから女性を口説くのに遠慮しなくなったというか、当たって砕けるのを恐れなくなったというか、同性相手にも遠慮なく手を出すようになりましたし」
「え? あの巫覡って、そんなに?」
フリーンが、落とした煎餅を拾う体勢のまま驚く。
頷き「現在進行形で無双中です」と言うと、フリーンは感心したように「はぁ」と返した。
「そっかぁ……今の大和皇国では珍しいっすね」
下界に疎いフリーンでも、大和皇国の不寛容さは知っているようだ。
「まあ、それはともかく、久しぶりに神の子が生まれるんだ」
「ええ。そうなりますね。ノルンの三柱が忙しくなるでしょうね」
一般的に神の子供は、地上に大きな影響を与える。
世界の過去と現在と未来を司るノルンシステムの管理神にとって、現在と未来に大きな揺らぎを与える神の子が天敵だ。特に未来へ与える影響が大きすぎて、未来担当であるノルンの三女は、酔うと「神の子は一人残らず殺すべし」と危険思想を周囲に押し付ける。
「まあ、神の子ではなくても、未来に大きな影響を与えた人間はいますけどね」
「ああ。あの、でっかい魔素溜まりを作った巫女っすか」
「そういえば、あの子、研修が終わって、近い内に巫を作るそうよ」
「へぇ、うらやまっすね。ま、役職付きの私らじゃ、忙しくて巫なんて作ってる暇はないっすけどね。そんで? 災害の巫っすか?」
「いえ。怠惰の巫って言ってたわ。パンドラ様が酔っ払って”うちの子が災害を継いでくれない”と、管巻いてましたよ」
「あれだけのことをしでかして、怠惰っすか。歴代の災害の巫でも”災厄の巫女”って呼ばれるのは、あいつだけなのに」
「それ、あの子とパンドラ様には言わないで下さいよ。その呼び方、嫌いなんだそうです」
陰湿なあの二人に目を付けられるのは面倒だ。
「人間が言い出した呼び方でしょ」
「ですから、尚更、定着してしまうんですよ。私達は所詮、人間に願われて生まれた存在ですから」
「ああ。人間にはあまり知られてないけど、私達って、人間の願いから生まれたんでしたっけ」
「正確に言うと、人間の祖先、原人達が、自然エネルギーに自分より上位の存在を幻視して、祈り、願い、原初の神を生み出した」
「根暗のアンラより古い神っすよね」
どこから出したのか、湯飲みのお茶を啜る。
「もう、滅びてしまった古い神々ですけどね。あと、自分より上位の神には”様”を付けなさいな」
優しく注意するのでは、煎餅を咥えながら手をヒラヒラさせるフリーンには届かない。いつものことだが、こうも聞き流されるとため息しか出ない。
「あ、そういや、あの魔素溜まり、だいぶ小さくなったって聞いたんっすけど」
「……ええ。何十年か前に、人間の調査隊が魔素溜まりに踏み込んでいましたね」
「ああ、あいつの日記が発見されたヤツか。”人の黒歴史をネットに公開すんな”って怒ってたな」
「ああ。私が見た時は”二度目の公開処刑!”と言ってましたよ」
「日記を公開するなんて、人間も残酷なことするよな」
それよりも、先輩である自分に、後輩であるフリーンが、タメ口になってる方が気になり始めた。
「あ。日記といえば、ロキの野郎が日記を書いてるって聞いたんっすけど、本当ですかね」
「ロキ殿は今、女性ですよ。また、雌馬に化けているそうですよ」
「は? またっすか? スヴァジルファリのナニが恋しくなったんすかね」
ジト目で「下品ですよ」と窘めるが、お茶を啜りながら「んー」と返された。
「けどさ、これでロキのヤツが妊娠でもしたら、うちのボスがヤバいっすね」
「ご子息の敵討ちですか。前の時は、逃げられてしまいましたからね」
「どうしても、同じ目に合わせたいみたいっすね。前みたく、ぶっ殺す前にボスの旦那に献上されたら手出しできねえっすからね」
「ともかく、ロキ殿の日記は気になりますが、あの方にはあまり関わらない方がいいでしょう。迂闊に関わって、フリッグ様に目を付けられるのはよろしくないでしょう?」
「うちのボスも、おっかないっすからね」
他人事のように言っているが、数年前、そのボスをキレさせたのはフリーンで、間に入ってそのボスを宥めたのはフッラだ。
思い出したらイラッとする。
「ま、そん時は、またお願いしゃーす」
反省もしていないし、タメ口なのが尚更イラつかせる。
「あ、グナーから馬借りて逃げるってのも、いや、あの馬、グナーしか乗せないか。馬刺しとパシリくらいしか利用価値がねえな」
その価値のない馬を可愛がっている、一番下っ端の後輩が憐れになってきた。
「価値はあるでしょう。足が速いのですから」
「ん? だから、パシリにしか使えないんすよ。それに、足の速さならスレイプニルの方が上だし、その子供よりちょっと速いってくらいでしょ」
スレイプニルの子供は、どこだかの英雄の愛馬になっていたはずだ。
「神の馬としては、遅いっしょ」
確かに、神馬としてはそれほど速くないし勇ましくもない。なにより、知名度もない。変な名前なのに。
「てか、あの馬の両親も変な名前だし」
その変な名前をつけたのも、ボスだ。「自分の子供には、ちゃんとした名前を付けたのに」とは、フリッグの侍女である、十四柱の陪神全員が思っていることだが、誰も指摘しない。
「駄馬とまでは言わないけど、名前以外の特徴がないなら、いっそ、駄馬の方がましっすよ」
「それは言いすぎです」
ついでにタメ口を注意しようと思ったが、どこからか出した煎餅を差し出され、それを断っていたら注意するタイミングを逃した。
「というか、あなた、グナーさんの馬が嫌いなんですか?」
もう悪意しか感じない。
「馬に興味はないっすよ」
「それなら」
「グナーが気に食わないんっすよ」
なにを思い出したのか、煎餅をバリバリ噛み砕く。
「あいつ、すぐ泣くし、すぐ拗ねるじゃないっすか」
「まあ、そうですね」
何度か仕事のことで注意したことがあるが、言い方が悪かったのかすぐ泣いてしまった。その後も、不貞腐れて非常に面倒だし、職場の空気が悪くなって、先輩上司になんとかしろと言われるし、後輩部下からも突き上げられるしで、中間管理職としては胃がキリキリした。
「すぐ泣く女って、嫌いなんすよ」
「そうは言っても、あの子は一番下の後輩なんですから、ちゃんと面倒を見てあげないと」
「そうやって甘やかすから、ああなったんじゃね?」
ガッツリタメ口に、かなりイラッとした。
が、今は可愛がっている一番下の部下を庇うのが先だ。
「そもそも、なんであいつを甘やかしてんすか?」
「え? 可愛くないですか?」
巫覡も観察対象として面白いし。
「んー、見た目は……さすがに美の女神クラスじゃないけど、まあ、可愛いっすね。ただ、性格がなー」
「性格に少し難があるのは認めますけど、それはあなたもですからね」
言外に「あなたよりは礼儀正しいです」と言ったつもりだが「そっすね」と言ってお茶を啜る姿を見たかぎりでは、伝わっていないだろう。
「あと、見ていて飽きません」
「すぐ泣くけど、すぐ笑うからね」
「やっぱり気になるから言っておきますけど、さっきからタメ口になっていますよ」
言ってスッキリした。
「いや、そんな”言ってやったぞ”みたいな顔されても」
タメ口継続で呆れられた。
「ご、誤魔化さないで」
フリーンにとっては誤魔化したつもりはなく、ただ率直な感想を言っただけなのだが、フッラには誤魔化されたように感じた。
「いやいや。誤魔化す意味がないって」
「もう誤魔化してるかどうかより、今すぐタメ口を直しなさい」
「そっちこそ誤魔化してんじゃん」
正論は反論を封じてしまうもので「うー」としか言えなくなる。それでも、拳を握り一歩踏み出す。
「でもでも、言葉って大事だと思うの。私が上司で、あなたが部下なんだから」
「そんなの、ボスみたいに威厳があれば、皆勝手に敬語になるもんっすよ」
心に言葉のナイフがザックリ刺さる。
「でもでもでも、私だってがんばって」
「がんばるのは当たり前でしょ。人間だって、虫だって、がんばって生きてますよ。がんばるのは当然のことで、褒められるようなことじゃないっすね」
言葉のナイフだと思ってたら、グングニルだった。
「でもでも……うー」
返す言葉を捜して、思考が無駄に空転する。
それでもなんとか言い返してやろうと言葉を発するが、イライラしたフリーンに切り落とされる。
で、結果。
「あーもう。先輩うるせえ!」
そう後輩に切り捨てられ、天井を見上げながら「ボスのような威厳が欲しい」と思った。
性愛を重視したり、親愛を重視したり、家族愛を重視したり。中には自己犠牲しか愛と認めないという、極端な神もいる。
そんな中、女神フッラは、実に普通の愛の女神だと自認している。
今日も自室で日課の下界観察をして、面白そうな人間を探している。
彼女にとっての面白い人間とは、恋多き人間だ。恋が多ければ、自然、それが愛に発展することも多いからだ。
ただ、最近は面白味のある人間が少ない。
彼女の観察対象は主に大和皇国だったが、最近の大和皇国は、浮気に不寛容な国になってしまったから、昔のように派手なゴシップが少なくてつまらなくなっていた。
大和皇国といえば、目をかけている一番下の部下の巫覡が、彼女好みの面白ハーレムを作っていたことを思い出して探してみる。が、丁度仕事中だったのか、真面目に働く巫覡しか見れなくてがっかりする。
しばらく大和皇国内を観察。
今日もまた面白い人間が見つからず、ぼんやりとしながらため息をついていた。
「フッラ先輩。なに、たそがれてんすか?」
声に振り向くと、同じ主神に仕える後輩の、女神フリーンが煎餅をポリポリ食べていた。鍵をかけていたはずだが、どうやって入ったのか。いや、それより、彼女は主神から呼び出されていたはずだ。無断で部屋に入ったお説教は後回しにして、おっかない主神を優先する。
「フリッグ様の御使いはどうしたんですか?」
「ああ。丁度、グナーがいたから、押し付けたっす」
「またか」と、ため息が出る。
「いや。あいつの馬の方が速いから」
言い訳しながらも、煎餅を食べるのを止めないから、反省はしていないのだろう。
「そういえば、あいつ、なんか様子がおかしかったような」
「ああ。あの子、妊娠中ですから」
「へぇ」
煎餅をポリポリ。
「……え?」
ようやく言われた意味を理解したのか、持っていた煎餅を落とす。
「いやいやいや。グナーっすよ? あのクソ真面目な。相手は?」
「相手はあの子の巫覡です。あと、あの子、あなたが思うより真面目じゃないですよ」
首を傾げるフリーンに「腐ってますし」と続けたら、首どころか腰から傾げた。
「ともかく、あの子の相手は、あの子の巫覡です」
「あの巫覡も、高校までは普通だったんっすよね」
「そう、でもないですよ。まあ、大学で一人暮らしを始めてからは、ね」
「そういえば、あの頃からグナーのヤツ、ちょくちょく地上に行ってましたよね」
「ええ。あの巫覡は、あの子に手を出してから女性を口説くのに遠慮しなくなったというか、当たって砕けるのを恐れなくなったというか、同性相手にも遠慮なく手を出すようになりましたし」
「え? あの巫覡って、そんなに?」
フリーンが、落とした煎餅を拾う体勢のまま驚く。
頷き「現在進行形で無双中です」と言うと、フリーンは感心したように「はぁ」と返した。
「そっかぁ……今の大和皇国では珍しいっすね」
下界に疎いフリーンでも、大和皇国の不寛容さは知っているようだ。
「まあ、それはともかく、久しぶりに神の子が生まれるんだ」
「ええ。そうなりますね。ノルンの三柱が忙しくなるでしょうね」
一般的に神の子供は、地上に大きな影響を与える。
世界の過去と現在と未来を司るノルンシステムの管理神にとって、現在と未来に大きな揺らぎを与える神の子が天敵だ。特に未来へ与える影響が大きすぎて、未来担当であるノルンの三女は、酔うと「神の子は一人残らず殺すべし」と危険思想を周囲に押し付ける。
「まあ、神の子ではなくても、未来に大きな影響を与えた人間はいますけどね」
「ああ。あの、でっかい魔素溜まりを作った巫女っすか」
「そういえば、あの子、研修が終わって、近い内に巫を作るそうよ」
「へぇ、うらやまっすね。ま、役職付きの私らじゃ、忙しくて巫なんて作ってる暇はないっすけどね。そんで? 災害の巫っすか?」
「いえ。怠惰の巫って言ってたわ。パンドラ様が酔っ払って”うちの子が災害を継いでくれない”と、管巻いてましたよ」
「あれだけのことをしでかして、怠惰っすか。歴代の災害の巫でも”災厄の巫女”って呼ばれるのは、あいつだけなのに」
「それ、あの子とパンドラ様には言わないで下さいよ。その呼び方、嫌いなんだそうです」
陰湿なあの二人に目を付けられるのは面倒だ。
「人間が言い出した呼び方でしょ」
「ですから、尚更、定着してしまうんですよ。私達は所詮、人間に願われて生まれた存在ですから」
「ああ。人間にはあまり知られてないけど、私達って、人間の願いから生まれたんでしたっけ」
「正確に言うと、人間の祖先、原人達が、自然エネルギーに自分より上位の存在を幻視して、祈り、願い、原初の神を生み出した」
「根暗のアンラより古い神っすよね」
どこから出したのか、湯飲みのお茶を啜る。
「もう、滅びてしまった古い神々ですけどね。あと、自分より上位の神には”様”を付けなさいな」
優しく注意するのでは、煎餅を咥えながら手をヒラヒラさせるフリーンには届かない。いつものことだが、こうも聞き流されるとため息しか出ない。
「あ、そういや、あの魔素溜まり、だいぶ小さくなったって聞いたんっすけど」
「……ええ。何十年か前に、人間の調査隊が魔素溜まりに踏み込んでいましたね」
「ああ、あいつの日記が発見されたヤツか。”人の黒歴史をネットに公開すんな”って怒ってたな」
「ああ。私が見た時は”二度目の公開処刑!”と言ってましたよ」
「日記を公開するなんて、人間も残酷なことするよな」
それよりも、先輩である自分に、後輩であるフリーンが、タメ口になってる方が気になり始めた。
「あ。日記といえば、ロキの野郎が日記を書いてるって聞いたんっすけど、本当ですかね」
「ロキ殿は今、女性ですよ。また、雌馬に化けているそうですよ」
「は? またっすか? スヴァジルファリのナニが恋しくなったんすかね」
ジト目で「下品ですよ」と窘めるが、お茶を啜りながら「んー」と返された。
「けどさ、これでロキのヤツが妊娠でもしたら、うちのボスがヤバいっすね」
「ご子息の敵討ちですか。前の時は、逃げられてしまいましたからね」
「どうしても、同じ目に合わせたいみたいっすね。前みたく、ぶっ殺す前にボスの旦那に献上されたら手出しできねえっすからね」
「ともかく、ロキ殿の日記は気になりますが、あの方にはあまり関わらない方がいいでしょう。迂闊に関わって、フリッグ様に目を付けられるのはよろしくないでしょう?」
「うちのボスも、おっかないっすからね」
他人事のように言っているが、数年前、そのボスをキレさせたのはフリーンで、間に入ってそのボスを宥めたのはフッラだ。
思い出したらイラッとする。
「ま、そん時は、またお願いしゃーす」
反省もしていないし、タメ口なのが尚更イラつかせる。
「あ、グナーから馬借りて逃げるってのも、いや、あの馬、グナーしか乗せないか。馬刺しとパシリくらいしか利用価値がねえな」
その価値のない馬を可愛がっている、一番下っ端の後輩が憐れになってきた。
「価値はあるでしょう。足が速いのですから」
「ん? だから、パシリにしか使えないんすよ。それに、足の速さならスレイプニルの方が上だし、その子供よりちょっと速いってくらいでしょ」
スレイプニルの子供は、どこだかの英雄の愛馬になっていたはずだ。
「神の馬としては、遅いっしょ」
確かに、神馬としてはそれほど速くないし勇ましくもない。なにより、知名度もない。変な名前なのに。
「てか、あの馬の両親も変な名前だし」
その変な名前をつけたのも、ボスだ。「自分の子供には、ちゃんとした名前を付けたのに」とは、フリッグの侍女である、十四柱の陪神全員が思っていることだが、誰も指摘しない。
「駄馬とまでは言わないけど、名前以外の特徴がないなら、いっそ、駄馬の方がましっすよ」
「それは言いすぎです」
ついでにタメ口を注意しようと思ったが、どこからか出した煎餅を差し出され、それを断っていたら注意するタイミングを逃した。
「というか、あなた、グナーさんの馬が嫌いなんですか?」
もう悪意しか感じない。
「馬に興味はないっすよ」
「それなら」
「グナーが気に食わないんっすよ」
なにを思い出したのか、煎餅をバリバリ噛み砕く。
「あいつ、すぐ泣くし、すぐ拗ねるじゃないっすか」
「まあ、そうですね」
何度か仕事のことで注意したことがあるが、言い方が悪かったのかすぐ泣いてしまった。その後も、不貞腐れて非常に面倒だし、職場の空気が悪くなって、先輩上司になんとかしろと言われるし、後輩部下からも突き上げられるしで、中間管理職としては胃がキリキリした。
「すぐ泣く女って、嫌いなんすよ」
「そうは言っても、あの子は一番下の後輩なんですから、ちゃんと面倒を見てあげないと」
「そうやって甘やかすから、ああなったんじゃね?」
ガッツリタメ口に、かなりイラッとした。
が、今は可愛がっている一番下の部下を庇うのが先だ。
「そもそも、なんであいつを甘やかしてんすか?」
「え? 可愛くないですか?」
巫覡も観察対象として面白いし。
「んー、見た目は……さすがに美の女神クラスじゃないけど、まあ、可愛いっすね。ただ、性格がなー」
「性格に少し難があるのは認めますけど、それはあなたもですからね」
言外に「あなたよりは礼儀正しいです」と言ったつもりだが「そっすね」と言ってお茶を啜る姿を見たかぎりでは、伝わっていないだろう。
「あと、見ていて飽きません」
「すぐ泣くけど、すぐ笑うからね」
「やっぱり気になるから言っておきますけど、さっきからタメ口になっていますよ」
言ってスッキリした。
「いや、そんな”言ってやったぞ”みたいな顔されても」
タメ口継続で呆れられた。
「ご、誤魔化さないで」
フリーンにとっては誤魔化したつもりはなく、ただ率直な感想を言っただけなのだが、フッラには誤魔化されたように感じた。
「いやいや。誤魔化す意味がないって」
「もう誤魔化してるかどうかより、今すぐタメ口を直しなさい」
「そっちこそ誤魔化してんじゃん」
正論は反論を封じてしまうもので「うー」としか言えなくなる。それでも、拳を握り一歩踏み出す。
「でもでも、言葉って大事だと思うの。私が上司で、あなたが部下なんだから」
「そんなの、ボスみたいに威厳があれば、皆勝手に敬語になるもんっすよ」
心に言葉のナイフがザックリ刺さる。
「でもでもでも、私だってがんばって」
「がんばるのは当たり前でしょ。人間だって、虫だって、がんばって生きてますよ。がんばるのは当然のことで、褒められるようなことじゃないっすね」
言葉のナイフだと思ってたら、グングニルだった。
「でもでも……うー」
返す言葉を捜して、思考が無駄に空転する。
それでもなんとか言い返してやろうと言葉を発するが、イライラしたフリーンに切り落とされる。
で、結果。
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そう後輩に切り捨てられ、天井を見上げながら「ボスのような威厳が欲しい」と思った。
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