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三章 ユニ
第五話 遺跡の価値
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蝉と呼ばれるクソうるさい虫のせいで、説明が半ば聞こえない。
炎天下の中連れ回されて、近代になって作られたレプリカの高床式住居を見せられる。
身振り手振りを交えながら説明する太った男は、禿げ頭をタオルで拭きながら、渇いた喉を潤すためにペットボトルのお茶をゴクゴク音を立てて飲む。
テレーゼも、スポーツドリンクの入ったペットボトルに口をつける。
もう、真夏の炎天下を舐めたりしない。
結局、コンビニに辿り着く前に熱中症で倒れた。
幸い、空港から歩いて来る物好きな観光客を見ていたコンビニ店員のおかげですぐに病院へ運ばれたが、滞在期間一週間の内、二日も病院で過ごすことになった。おまけに、保険が効かないので、点滴と入院費だけだが結構な出費にもなった。労災下りるかな?
「とまあ、主要な遺跡はこんなとこですかね」
案内役を務める、この遺跡の管理組織でそこそこ偉いポジションのソーイチ・クツキ氏は、タオルで拭いたばかりの頭をテカテカさせながら自慢気に胸を張る。
(んー。事前に貰った資料通りの説明だったわね)
ほぼ聞き流していたが、事前に貰った資料を暗唱できるくらい読み込んできたので全く問題なかった。
「いかがでしょう。この遺跡は、地上にあってこそ意味がある遺産ではありませんか?」
(そういえば、この人、遺跡の引越し、反対派だっけ。てか、顔が近いわね)
電話口ではあんなにも素っ気なかったのに、会った途端、距離を詰められた。詰められた分、物理的な距離も心の距離も離れたけど。
今も前のめりで距離を詰めたから、半歩後ろへ下がる。
「クツキさんは、引越しに反対なんですね?」
今更わかりきったことをカモフラージュにして、半歩下げた足に合わせる形で右足を下げる。
「そうなんです! やはり、この素晴らしい遺跡は、地元にあってこそなんですよ!」
また一歩詰められる。今度は、クツキの口からお汁を飛ばされ頬がピクっとなった。
(きったねーな。ああ、この服クリーニングに出さなきゃ)
幸い、顔には飛ばなかったので奥歯を噛みしめながら我慢する。
『ハゲでデブのおっさんの唾液を我慢とか無理。ペストばら撒こう。大丈夫。島国だから被害は最小限だ。ノルンだってわかってくれるよ』
そこまでは怒っていない。女神の声で少し冷静になれた。
『そういえば、ノルンの末っ子になんか恨まれてんのよね。心当たりないんだけど初めて会った時、ビール瓶でおもっくそ殴られたんだよ。無言で。あれ、怖かったなぁ。なんだったんだろ?』
(知らない所で恨み買ってんだよ。多分)
「当社としても”全ての遺跡をコロニーで保護するべきだ”と謳っているわけではありません。この遺跡のように、近世になって再建されたレプリカは保護候補からも外されますので、このままで大丈夫です」
話しているうちに、クツキの顔が赤くなり、こめかみがピクピクする。
(あれ? なんか怒ってる? 引越ししなくていいんだよ?)
「えっと、クツキさん?」
「なるほど。引越し公社にとって、この遺跡には価値がない、と?」
(なるほど。引っ越す必要なし=価値なし、と受け取ったのか)
別にそう受け取ってもらっても構わないのだが、SNSに今のやり取りを呟かれたら、テレーゼが悪者になってしまうかもしれない。そうなったら、引越し公社はテレーゼを処分して「ごめんなさい」するだけだ。
それは困る。
引越し公社に愛着があるわけではないけど、引越し公社の給料には愛着がある。仕事のついでに、地上観光ができるし。
「いえ。歴史的な価値は十分理解しています。しかし、この遺跡から発掘された高床式住居の土台は、博物館に展示されています。その博物館もコロニーへの引越しが終わっています。地上に降りる前にそちらの博物館へ見に行きましたけど、そちらにも高床式住居のレプリカが展示されていましたので、レプリカが重複するなら、引越しは必要ないと判断、しました」
間近まで顔が迫ったクツキの肩を両手で押し戻しながら正論をぶつけると、クツキは「ぬぐっ」と呻き、額から流れる汗をタオルで拭う。
(口調が強すぎたか? それとも、正論を前面に出しすぎたか?)
とはいえ、残りの滞在期間で観光を楽しみたい。あと、押し戻した手が汗でジットリ濡れていて気持ち悪いから、手を洗いたい。
そのためには、この遺跡の件をさっさと終わらせてしまいたい。
そういった思いが前面に出すぎてしまうと、今みたいに反感を植えつけてしまうことになる。
しかし、まだ案内されていない遺跡の説明があるようで、彼の話をいちいち最後まで聞いていたら観光する暇がなくなる。
時間を作るためには、多少強引にでも引越しの必要はないということをクツキに理解させなければいけない。
そうなると、遺跡を地元活性化の観光資源にしたいらしいクツキは怒ってしまう。
堂々巡りだ。
クツキを怒らせずに済ませるには、どうすればいいのか。考えれば考えるほどわからなくなる。
「そうですね。テレーゼさんには、こちらの資料を見ていただいた方が早いでしょう」
テーレーゼがあれこれ考えている間に、クツキは背負ったリュックの中から紙の束を取り出す。
(え? 今時、紙媒体の資料?)
コロニーでは木材が貴重な資源だから紙も高級品だが、地上では未だ現役の媒体だ。むしろ、人口が減り消費も減って、木材は少し余っているから紙も安く手に入る。
(木材が安いなら、まとめて買って宇宙で売れば一財産……)
早くに親を亡くして、お金で少しだけ苦労してきたから、金の匂いに敏感だ。
『木材の持ち出し制限があるから、個人では儲かるほど持ち出せないわよ』
ダメだった。匂いがしただけで、味はなかった。美味い汁は吸えそうにない。
「あの。ざっと見た感じだと、この資料は、引越し公社に送られた資料と同じですよね?」
「ええ。そうですね。けど、暗記しているわけではないでしょう? それを見ながら説明を聞いていただければ」
長い説明をされたら面倒なので、言葉の途中で資料を返しながら資料の頭から暗唱してみせる。
記憶力には自信があるし、資料をじっくりと見る時間もあったので、一言一句間違えていない自信がある。
唖然とするクツキに「資料は全て憶えています」と告げて続きを暗唱する。
(んー。ちょっと強気すぎたかな? 早く電気街に行きたいんだけどな)
大和皇国にかつてあった有名な電気街は、大和皇国時代にコロニーへ移設されているが、一部の店は、今でも地上の旧本店を支店として営業している。
(前世紀のゲームは、地上の方が手に入れやすいからね)
コロニーでも取り寄せようと思えば可能だが、値段が平社員にはちょっときつい額になってしまう。
クツキの視線が起死回生の言葉を捜して彷徨う。
(それに、ゲームで遊ぶのは私じゃなくてユニさんだから、お金をかけたくないのよね)
初めて神降しをして以降、ユニは地上のゲームに嵌ってしまい、頻繁に神降しを強請っている。
斜め上を彷徨っていたクツキの視線が、徐々に下がり、斜め下で固定される。
(けど、徹ゲーは勘弁してほしいな。ゲーム中、私の精神体は寝てるけど、肉体はユニさんが使ってるから疲れが取れないのよね)
すっかり気落ちしてしまったクツキに気づいて、暗唱をやめる。
(やりすぎたか?)
俯くクツキの顔をそーっと覗き込む。
角度が悪く表情がわからない。だからといって、角度を変えてもう一度覗き込むような手間はかけない。そこまで興味はないから。
背筋を伸ばし、クツキが立ち直るのを待つ。
(五分くらいなら待ってあげよう。立ち直るのにそれ以上かかるなら……その時に考えよう)
そう思っていたら、思いのほか早く立ち直ったクツキが、勢い良くテレーゼに詰め寄る。
「テレーゼさん! 僕と結婚してください!」
なにがどうしてそうなったのかわからないプロポーズに、テレーゼが固まる。
「え?」
『娘はやらん!』
「そして、僕と一緒にこの町を盛り上げよう!」
『娘はやらん!』
「あの、ちょ」
「大丈夫! それだけこの遺跡を愛しているのなら大丈夫だ!」
『娘はやらん!』
「早速両親に会ってほしい。いいよね?」
『娘はやらん!』
「いやいや。会っていきなりプロポーズは。ねえ? お互いよく知らないわけですし」
遠まわしに「ふざけんな」と言ってみる。
「大丈夫。実家暮らしだから、家、すぐそこなんだ」
『娘はやらん!』
「いきなりお邪魔しても、ご両親が迷惑するでしょう?」
遠まわしに「お前、四十で実家暮らしって自立してんの?」と聞いてみる。
「大丈夫! 結婚したら、実家で一緒に暮らしてもらうから」
『娘はやらん!』
「ご両親も、いきなり私みたいなのと暮らせないでしょ」
遠まわしに「てめえ、プロポーズするなら、狭いワンルームでも自分の家くらい用意しとけ」と言ってみる。
「大丈夫。僕、一人暮らししたことないから、実家暮らしの方が上手くいくよ」
『娘はやらん!』
「プロポーズは、自立してからにしましょう」
面倒になったので、直接的に言ってみた。あと、女神がうるさい。
「大丈夫! 母さんには”ソーイチはやればできる子”って言われてるから」
『娘はやらん!』
「それは”やらない子”を焚きつけるために言う言葉では?」
もう遠慮なく思ったことを言ってみる。が、クツキには響いていないようで。
「大丈夫。僕は”やらない子”じゃなく”やればできる子”だから!」
『娘はやらん!』
「ともかく、会ったばかりで結婚を決めるほど切羽詰ってませんから」
テレーゼも二十八なので、そろそろ結婚も考えてはいる。けど、これは違う。学生時代の友人はちらほら結婚しているが、まだまだ焦るには早い。
「いや。テレーゼさん! あなたは僕と結婚するべきだ!」
『娘はやらん!』
「え? なぜに?」
意味がわからないを通り越して、少し気持ち悪い。顔に出たかもしれない。あと、女神がマジでうるさい。
「テレーゼさんが美人で、僕の大好きなこの遺跡を愛してくれるからだ!」
『娘はやらん!』
「遺跡を愛しているのではなく、仕事として資料を暗記しただけです」
気のない人に「美人」と言われてもそれほど響かない。むしろ、裏や下心を考えてしまう。あと、この憤りは、クツキに対してなのか、さっきからうるさい女神に対してなのか、よくわからなくなってきた。
「な! そ、そうなのか? けど、それだけの知識があるのなら、遺跡を愛していなくても僕と上手くいくよ」
『娘はやらん!』
「知識があるだけで、仕事対象として以上の興味はありませんよ」
どこかで落とし所を用意しなければ、引くに引けなくなっているのはテレーゼにもわかる。しかし、それを用意してあげられるほど対人スキルは高くない。
「と、とにかく! テレーゼは僕と結婚するべきなんだー!」
『娘はやらーん!』
「ちょっと黙ってて!」
ユニとクツキの、どちらに言ったのかテレーゼ自身もわかっていないが、結果としてどちらも静かになったので良しとした。
炎天下の中連れ回されて、近代になって作られたレプリカの高床式住居を見せられる。
身振り手振りを交えながら説明する太った男は、禿げ頭をタオルで拭きながら、渇いた喉を潤すためにペットボトルのお茶をゴクゴク音を立てて飲む。
テレーゼも、スポーツドリンクの入ったペットボトルに口をつける。
もう、真夏の炎天下を舐めたりしない。
結局、コンビニに辿り着く前に熱中症で倒れた。
幸い、空港から歩いて来る物好きな観光客を見ていたコンビニ店員のおかげですぐに病院へ運ばれたが、滞在期間一週間の内、二日も病院で過ごすことになった。おまけに、保険が効かないので、点滴と入院費だけだが結構な出費にもなった。労災下りるかな?
「とまあ、主要な遺跡はこんなとこですかね」
案内役を務める、この遺跡の管理組織でそこそこ偉いポジションのソーイチ・クツキ氏は、タオルで拭いたばかりの頭をテカテカさせながら自慢気に胸を張る。
(んー。事前に貰った資料通りの説明だったわね)
ほぼ聞き流していたが、事前に貰った資料を暗唱できるくらい読み込んできたので全く問題なかった。
「いかがでしょう。この遺跡は、地上にあってこそ意味がある遺産ではありませんか?」
(そういえば、この人、遺跡の引越し、反対派だっけ。てか、顔が近いわね)
電話口ではあんなにも素っ気なかったのに、会った途端、距離を詰められた。詰められた分、物理的な距離も心の距離も離れたけど。
今も前のめりで距離を詰めたから、半歩後ろへ下がる。
「クツキさんは、引越しに反対なんですね?」
今更わかりきったことをカモフラージュにして、半歩下げた足に合わせる形で右足を下げる。
「そうなんです! やはり、この素晴らしい遺跡は、地元にあってこそなんですよ!」
また一歩詰められる。今度は、クツキの口からお汁を飛ばされ頬がピクっとなった。
(きったねーな。ああ、この服クリーニングに出さなきゃ)
幸い、顔には飛ばなかったので奥歯を噛みしめながら我慢する。
『ハゲでデブのおっさんの唾液を我慢とか無理。ペストばら撒こう。大丈夫。島国だから被害は最小限だ。ノルンだってわかってくれるよ』
そこまでは怒っていない。女神の声で少し冷静になれた。
『そういえば、ノルンの末っ子になんか恨まれてんのよね。心当たりないんだけど初めて会った時、ビール瓶でおもっくそ殴られたんだよ。無言で。あれ、怖かったなぁ。なんだったんだろ?』
(知らない所で恨み買ってんだよ。多分)
「当社としても”全ての遺跡をコロニーで保護するべきだ”と謳っているわけではありません。この遺跡のように、近世になって再建されたレプリカは保護候補からも外されますので、このままで大丈夫です」
話しているうちに、クツキの顔が赤くなり、こめかみがピクピクする。
(あれ? なんか怒ってる? 引越ししなくていいんだよ?)
「えっと、クツキさん?」
「なるほど。引越し公社にとって、この遺跡には価値がない、と?」
(なるほど。引っ越す必要なし=価値なし、と受け取ったのか)
別にそう受け取ってもらっても構わないのだが、SNSに今のやり取りを呟かれたら、テレーゼが悪者になってしまうかもしれない。そうなったら、引越し公社はテレーゼを処分して「ごめんなさい」するだけだ。
それは困る。
引越し公社に愛着があるわけではないけど、引越し公社の給料には愛着がある。仕事のついでに、地上観光ができるし。
「いえ。歴史的な価値は十分理解しています。しかし、この遺跡から発掘された高床式住居の土台は、博物館に展示されています。その博物館もコロニーへの引越しが終わっています。地上に降りる前にそちらの博物館へ見に行きましたけど、そちらにも高床式住居のレプリカが展示されていましたので、レプリカが重複するなら、引越しは必要ないと判断、しました」
間近まで顔が迫ったクツキの肩を両手で押し戻しながら正論をぶつけると、クツキは「ぬぐっ」と呻き、額から流れる汗をタオルで拭う。
(口調が強すぎたか? それとも、正論を前面に出しすぎたか?)
とはいえ、残りの滞在期間で観光を楽しみたい。あと、押し戻した手が汗でジットリ濡れていて気持ち悪いから、手を洗いたい。
そのためには、この遺跡の件をさっさと終わらせてしまいたい。
そういった思いが前面に出すぎてしまうと、今みたいに反感を植えつけてしまうことになる。
しかし、まだ案内されていない遺跡の説明があるようで、彼の話をいちいち最後まで聞いていたら観光する暇がなくなる。
時間を作るためには、多少強引にでも引越しの必要はないということをクツキに理解させなければいけない。
そうなると、遺跡を地元活性化の観光資源にしたいらしいクツキは怒ってしまう。
堂々巡りだ。
クツキを怒らせずに済ませるには、どうすればいいのか。考えれば考えるほどわからなくなる。
「そうですね。テレーゼさんには、こちらの資料を見ていただいた方が早いでしょう」
テーレーゼがあれこれ考えている間に、クツキは背負ったリュックの中から紙の束を取り出す。
(え? 今時、紙媒体の資料?)
コロニーでは木材が貴重な資源だから紙も高級品だが、地上では未だ現役の媒体だ。むしろ、人口が減り消費も減って、木材は少し余っているから紙も安く手に入る。
(木材が安いなら、まとめて買って宇宙で売れば一財産……)
早くに親を亡くして、お金で少しだけ苦労してきたから、金の匂いに敏感だ。
『木材の持ち出し制限があるから、個人では儲かるほど持ち出せないわよ』
ダメだった。匂いがしただけで、味はなかった。美味い汁は吸えそうにない。
「あの。ざっと見た感じだと、この資料は、引越し公社に送られた資料と同じですよね?」
「ええ。そうですね。けど、暗記しているわけではないでしょう? それを見ながら説明を聞いていただければ」
長い説明をされたら面倒なので、言葉の途中で資料を返しながら資料の頭から暗唱してみせる。
記憶力には自信があるし、資料をじっくりと見る時間もあったので、一言一句間違えていない自信がある。
唖然とするクツキに「資料は全て憶えています」と告げて続きを暗唱する。
(んー。ちょっと強気すぎたかな? 早く電気街に行きたいんだけどな)
大和皇国にかつてあった有名な電気街は、大和皇国時代にコロニーへ移設されているが、一部の店は、今でも地上の旧本店を支店として営業している。
(前世紀のゲームは、地上の方が手に入れやすいからね)
コロニーでも取り寄せようと思えば可能だが、値段が平社員にはちょっときつい額になってしまう。
クツキの視線が起死回生の言葉を捜して彷徨う。
(それに、ゲームで遊ぶのは私じゃなくてユニさんだから、お金をかけたくないのよね)
初めて神降しをして以降、ユニは地上のゲームに嵌ってしまい、頻繁に神降しを強請っている。
斜め上を彷徨っていたクツキの視線が、徐々に下がり、斜め下で固定される。
(けど、徹ゲーは勘弁してほしいな。ゲーム中、私の精神体は寝てるけど、肉体はユニさんが使ってるから疲れが取れないのよね)
すっかり気落ちしてしまったクツキに気づいて、暗唱をやめる。
(やりすぎたか?)
俯くクツキの顔をそーっと覗き込む。
角度が悪く表情がわからない。だからといって、角度を変えてもう一度覗き込むような手間はかけない。そこまで興味はないから。
背筋を伸ばし、クツキが立ち直るのを待つ。
(五分くらいなら待ってあげよう。立ち直るのにそれ以上かかるなら……その時に考えよう)
そう思っていたら、思いのほか早く立ち直ったクツキが、勢い良くテレーゼに詰め寄る。
「テレーゼさん! 僕と結婚してください!」
なにがどうしてそうなったのかわからないプロポーズに、テレーゼが固まる。
「え?」
『娘はやらん!』
「そして、僕と一緒にこの町を盛り上げよう!」
『娘はやらん!』
「あの、ちょ」
「大丈夫! それだけこの遺跡を愛しているのなら大丈夫だ!」
『娘はやらん!』
「早速両親に会ってほしい。いいよね?」
『娘はやらん!』
「いやいや。会っていきなりプロポーズは。ねえ? お互いよく知らないわけですし」
遠まわしに「ふざけんな」と言ってみる。
「大丈夫。実家暮らしだから、家、すぐそこなんだ」
『娘はやらん!』
「いきなりお邪魔しても、ご両親が迷惑するでしょう?」
遠まわしに「お前、四十で実家暮らしって自立してんの?」と聞いてみる。
「大丈夫! 結婚したら、実家で一緒に暮らしてもらうから」
『娘はやらん!』
「ご両親も、いきなり私みたいなのと暮らせないでしょ」
遠まわしに「てめえ、プロポーズするなら、狭いワンルームでも自分の家くらい用意しとけ」と言ってみる。
「大丈夫。僕、一人暮らししたことないから、実家暮らしの方が上手くいくよ」
『娘はやらん!』
「プロポーズは、自立してからにしましょう」
面倒になったので、直接的に言ってみた。あと、女神がうるさい。
「大丈夫! 母さんには”ソーイチはやればできる子”って言われてるから」
『娘はやらん!』
「それは”やらない子”を焚きつけるために言う言葉では?」
もう遠慮なく思ったことを言ってみる。が、クツキには響いていないようで。
「大丈夫。僕は”やらない子”じゃなく”やればできる子”だから!」
『娘はやらん!』
「ともかく、会ったばかりで結婚を決めるほど切羽詰ってませんから」
テレーゼも二十八なので、そろそろ結婚も考えてはいる。けど、これは違う。学生時代の友人はちらほら結婚しているが、まだまだ焦るには早い。
「いや。テレーゼさん! あなたは僕と結婚するべきだ!」
『娘はやらん!』
「え? なぜに?」
意味がわからないを通り越して、少し気持ち悪い。顔に出たかもしれない。あと、女神がマジでうるさい。
「テレーゼさんが美人で、僕の大好きなこの遺跡を愛してくれるからだ!」
『娘はやらん!』
「遺跡を愛しているのではなく、仕事として資料を暗記しただけです」
気のない人に「美人」と言われてもそれほど響かない。むしろ、裏や下心を考えてしまう。あと、この憤りは、クツキに対してなのか、さっきからうるさい女神に対してなのか、よくわからなくなってきた。
「な! そ、そうなのか? けど、それだけの知識があるのなら、遺跡を愛していなくても僕と上手くいくよ」
『娘はやらん!』
「知識があるだけで、仕事対象として以上の興味はありませんよ」
どこかで落とし所を用意しなければ、引くに引けなくなっているのはテレーゼにもわかる。しかし、それを用意してあげられるほど対人スキルは高くない。
「と、とにかく! テレーゼは僕と結婚するべきなんだー!」
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