女神様は黙ってて

高橋

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三章 ユニ

第四話  ホウレンソウ

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 極東の島国である旧大和皇国の飛行場だから、オリエンタルな建築様式の空港を勝手に想像していたのだが、残念ながら普通だった。見慣れた西域風の建築様式で、飛行機から降り立ってしばらく、乗る便を間違えたかと思ったくらい普通だった。
 まあ、テレーゼが勝手に期待しただけなのだが。

「がっかりだ」

 空港を出て更にがっかりした。
 周囲には空港と舗装された道路以外の人工物はなく、鬱蒼とした森が広がるだけで景色を楽しもうにも、木々と空からなる茶色と緑と青と灰色しか色がなかった。

『私が住んでた社はこの国の建築様式だったから、本物を見たいわね。あと、生魚食べたい』

 観光気分の女神に「時間があったらね」とだけ言って、左右をキョロキョロする。ちなみに、生魚はコロニーでも食べられるので、興味はない。

(遺跡の管理組織から、担当者が迎えに来るって話だけど)

 そもそも、人っ子一人いない。
 軌道エレベーター内で読んでいた資料によると、東域連合国の一地域になる前の旧大和皇国は、宇宙移民に積極的な国だったので、現在の旧大和皇国領の人口は全盛期の半分程度もいない。東域連合の一地域になった今では、乏しい資源のために、わざわざ侵略する周辺国はいないので、駐屯軍も極端に少ないらしい。
 スーツケースから端末を取り出して、地図アプリを起動する。

(緑化指定区域か。にしては、コロニーの森みたく手入れされた形跡がないわね)

 コロニーの森は、等間隔に木が植えられていて下草も適度に刈り込まれている。
 対する目の前の森は木の間隔こそ等間隔だが、下草は一目で手入れされていないのがわかるくらい鬱蒼と茂っていて、風通しが問題なのか日当たりが問題なのか、所々の木が枯れて朽ちている。
 コロニーの手入れされた森では見かけない光景に少し興味を持ったので、森に近づき倒木に触れてみようと思ったが、目の前を小指の先程度の虫が羽音を立てながら横切り、ビックリして立ち止まる。

「今の虫……なに?」
『なにって、名前? 一瞬だったからよくわからないけど、カナブンかな?』
「カナブン? なんのための虫?」

 コロニーには益虫しかいない。なにかしら人間の役に立つ虫しか存在しないし、地上に降りた人間はコロニーへ帰る際の検疫で、虫を持ち込まないように調べられる。
 そもそも、宇宙育ちにとって、虫は”必要な虫だから放し飼いにしている”という感覚だ。
 地上と宇宙の虫に対する感覚のズレをため息と共に女神から指摘されるが、いまいちピンとこない。

(大幅にズレてる女神に、人間の常識を説かれてもね)

 生前、自分の命を使って馬鹿デカい魔素溜まりを作った女神に常識があるのか疑問だった。

『それよかさ、迎えはどこなの?』

 もう一度キョロキョロしてみるが、やっぱり誰もいない。空港職員すらいない。

(連絡してみるか)

 端末に登録した連絡先に電話すると、2コールで出る。
 担当者の名前を告げて取次ぎを頼む。
 保留音を三周ほど聞かされて、ようやく担当者が出る。

「あ、もしもし?」

 大和皇国では電話の際「もしもし」って言わなければいけないと思い出しながら、使ってみる。照れながら。ちょっと顔が赤くなる。

「わたくしテレーゼ・ブラウンフェルスと申します。ソーイチ……クチキ様、ですか?」

 振り仮名が無しの旧大和皇国語でしか資料に名前が書かれてなかったので、苗字の読み方はちょっと自信がない。

「ソーイチ・クツキ、です」

 違った。
 電話口の男性の声は、ちょっとイラッとしている。

「えっとですね、空港に迎えが来ているって聞いたんですけど……」
「ああ、はい。迎えに行きましたけど、来ないんで帰ってきました」
「ん?」
「いや、飛行機遅れるんなら連絡しないと。ね? ブラウンふぃ、ふぇ? えーっと……テレーゼさん」

 どうやら、大和皇国人にはテレーゼのファミリーネームは発音しにくいらしい。ただ、もう少しチャレンジしてほしかった。

「テレーゼさんね、ホウレンソウって知ってるかな? ああ、西域の人にはちょっとわかんないかな?」

 人種は西域だが、宇宙生まれ宇宙育ちのテレーゼには、あまり西域東域の区別は関係ない。
 とりあえず「はぁ」とだけ答える。

「報告、連絡、相談。で、ホウレンソウ。社会人の常識だよ?」

 これにも「はぁ」だけ。
 心の中で「こいつ性格悪いな」と思う。女神は非常識だが、テレーゼには声に出さないだけの常識がある。

「最近の若い人には、わっかんないかなー」

 もう面倒なので「はぁ」で乗り切ろう。

「まあ、遅れるのに連絡しなかったそっちの責任だからさ、そっちでなんとかしてね。場所、わかるでしょ?」
「え? ええ。場所はわかります。資料にある事務所ですよね?」
「そ、そ。それそれ」
「でも、移動手段は? バス停もないんですけど」

 タクシーを探そうにも、駐車場はあるけど車は一台もない。

「そんなの、歩けばいいじゃないですか」
「いやいや。地図によると20キロくらいありますよ。そんな長距離歩けませんよ」
「正確には27キロですよ。それくらい、ちょっとがんばれば歩けますよ」

 これも宇宙育ちと地球育ちのズレなのだろうか。少なくとも、宇宙育ちのテレーゼには、そんな長距離を歩いた経験はない。

「せめてレンタルサイクルでもあれば」

 それっぽいものは見当たらない。

「20キロくらい歩けば、コンビニがありますよ」

 ちょっと意識が遠退いたのは、暑さのせいではないだろう。
 ちなみに、テレーゼが住む社員寮の隣はコンビニだった。

「あ、空港でスポーツドリンクを買っておいた方がいいですよ」

 その親切を、迎えに来る労力まで発揮してほしい。「小さな親切は大きなお世話」という名言もある。大きな親切を発揮してほしい。今すぐに。

「それじゃあ、がんばってくださいね」

 それだけ言い置いて通話が切れた。
 しばし呆然とするが、呆けていても状況は好転しない。現に体内の水分が汗としてダラダラ垂れているから、状況はむしろ悪い方向へ転がっている。
 担当者の”小さな親切”に従って、自販機でスポーツドリンクを買おうと思って空港内に戻るが、自販機も見当たらない。
 テロ対策なのかなんなのか、色々な物がない。
 なにより、人がいない。

「無人化もやりすぎると不便ね」

 十分ほど空港内を歩き回って、ようやくコンシェルジュAIを発見して自販機の位置を調べる。入り口のすぐ側だった。
 ついでに公共交通機関を検索。
 路線バスは通っていたが、次は五時間後だった。一日二便しか来ない空港だから、飛行機の発着に合わせてバスも一日二本なのは妥当なのだろうか。その辺りはちょっとわからないが、飛行機が遅れたのでバスに乗り遅れたということは、よくわかった。
 ついでのついでに、タクシーを呼べないだろうか。
 呼べなかった。てか、連絡先が見つからなかった。

(地上にはタクシーがないの?)
『あ、そこ、緑化指定区域だから、ガソリン車は入れないわよ』
「ん? ガソリン車? まだそんな骨董品があるの?」

 コロニーでは電気自動車が主流で、空気を汚すガソリン車は当然のように廃止されている。一部のコレクターが家に飾っているが、ガソリンを入れて動かすのは禁止されている。
 徒歩しか移動手段がないのが確定してしまったので、諦めてスポーツドリンクを買ってから歩き出す。

『地上ではでかい発電所を造るスペースがないのよ。特に大和皇国は土地がないからでっかい加速器なんて作れないし、発電所による自然破壊とガソリン車の使用による空気の汚染だと、ガソリン車の方が少しましなのよ。人口も減ったし』

 なにより、近海の海底油田にはまだまだ原油が余っている。
 人口が減ってガソリンの需要は少ないが供給が多いので、ガソリン車の方が安価で好まれているのもガソリン車が生き残っている原因だ。

『あと、何十年か前、テレーゼちゃんが生まれる前ね。当時の大和皇国が縮退炉を暴走させかけてね。それ以来この国の人は、大規模なエネルギープラントを嫌がって、殆どの発電所を解体しちゃったの』

 人口が減ったのもそれが原因。
 エネルギー不足による生活水準の低下を嫌がった人達が、挙って宇宙へ移民した。

「それ、歴史の授業で習った。テロリストに縮退炉を占拠されたんだってね」
『当時の大和皇国は平和ボケしてたからね。マニュアル通りのセキュリティしかなかったから簡単に占拠されて、挙句、他国の軍隊に介入されちゃって、テロリスト殲滅の手柄を掻っ攫われちゃったの』
「東域連合に加盟する原因だっけ?」

 信頼を失った国が外交で力を失うのは、あっと言う間だ。テロからわずか三年で世界に対して発言権を失った大和皇国は、あっさり東域連合に吸収された。

『まあ、あのまま縮退炉が暴走していたら、ガイア様が死んでたからね。人類全体の危機の責任を取らされた、ってことなんだろうね』
「で、地上で縮退炉を作っちゃいけない、って国際条約ができたんだよね」
『それが巡り巡って世界的なエネルギー不足に繋がって、でっかい縮退炉を作れる宇宙への移民が加速したわけだ』
「さらに巡り巡って、今、私が汗水流して歩いてるわけだ」

 空港を出てまだ数分しか経っていないのに、汗がダラダラ出る。

『丁度お昼だから、一番暑い時間帯ね』

 中天で燦々と輝く太陽を睨み、眩しさに目が眩む。

「太陽神に”がんばらないで”って伝えて」
『今の太陽神はアマテラス様だから、がんばってないわよ。三年後の日食予定を来年にしちゃうし』
「え? 変えられるの?」
『公転周期とかを変えちゃえるのが太陽神。んで、力があるくせにヒキニートなのがアマテラス様。来年なのに、もう岩戸に引き篭もろうとしてるし』
「いやいや。引き篭もっても、すぐに出るんでしょ?」
『すぐに出ないのがアマテラス様。引き篭もるたびに長くなるから、アマテラス様が担当の時代は日食をなしにしようって話だったんだけど”なら、担当やんない”って言い出すし。結局、アマテラス様を働かせるために、いつ引き篭もってもいいようにって予備の太陽神を待機させてんだから、天界って無駄が多いわよね』

 あまり知りたくない太陽神の労働事情を知ってしまった。

「太陽神が引き篭もったままだと、どうなるの?」
『んー。ガイア様が風邪ひく?』
「いや、真面目に」
『ああ、うん。氷河期にでもなるんじゃないかな。今までに太陽神が不在の状態って長くても五時間程度だから。まあ、それでも地上の気温は結構下がるんだけどね』
「風邪ひくってのも、あながち間違っていないか」
『うん。神は風邪ひかないけどね』

 間違ってんじゃねえか。

 歩きながらそんなやり取りをしていたのは、最初の三十分だけだった。
 一時間経つ頃にはペットボトルが空になり、二時間経つ頃には女神の声に返事する元気もなくなった。三時間歩き続けて、ようやくコンビニの看板が遠くに見え始めた。
 もっとも、ひたすら真っ直ぐな道だったので、見えてからも長いけど。

『蜃気楼だったらどうする?』

 怪談よりも怖い話だ。

「神を呪う」
『セシリアか!』

 誰だか知らない名前が出た。
 誰だかは知らないが、きっと今の自分と同じ心境だったのだろう。

「そのセシリアさんとは、仲良くできそう」
『む。なんだろう。あれ? なんかムカつくな。嫉妬?』

 なんだかよくわからないことを女神がブツブツ呟き始めた。
 相手にするのも面倒なので聞き流しておく。

『けどけど、ここで嫉妬するのって、なーんかあいつに負けた気がするわね』

 コンビニの看板の文字がはっきり見える距離まで来た。あと一息だ。

『あー。憂さ晴らしにテミス殴ってこようかな』
(憂さ晴らしになにを殴っても構わないけど、私は巻き込まないでほしい)
『あー。でも、もう一匹も殴んないといけないからなー』
(”匹”ってことは動物?)
『あいつら、本当に正義の神やめんのかな』
「どゆこと?」
『なんかさ。あいつら……マゾの神になるって言い出してさ』
(正義を司る神がどうしてマゾを司る神になるんだ?)
『私が殴りすぎたのかしら』
(あんたが原因? ユニさんがマゾの扉を開けたの? でも、ちゃんとした理由があって殴ったんだよね?)
『ストレス解消に丁度良いのよね』
「人類に謝れ!」

 自分の担当神のせいで正義が失われたなんて知られたら、生きていけない。

『大丈夫よ。あいつら何千年も人類に干渉してないから』

 正義はとうの昔に失われていた。

「けど、悪を司る神様は? いるんだよね?」
『え? いないわよ。神は人間に求められなければ存在できないの。悪を求める奴はそもそも神を信じていないから、悪を司る神なんて生まれようがないのよ』
(悪を司る神がいないのに、正義を司る神はいるの?)
『天界の会議でも”対になる悪の神が存在しないんだから、正義の神も必要なくね?”って意見が出てね』
(え? 会議で決めるの?)
『でも、正義の神を廃止にしちゃうと、自国の正義を売りにしている連中が困っちゃうじゃん?』
(んー。まあ、そうだけど……あの大国、正義だけじゃなくて自由も謳い文句にしてるから、そんなに困らないかもな)

 立ち止まり、その国の方の空を見ようとして、方向がわからずただ立ち止まっただけになった。

『自分達が振りかざしてる物が存在しないなんて知ったら、恥かしくなるでしょ?』
(権力者は、正義なんて存在しないって知ってるわよ)

 コンビニまでもう少しなのだが、その”もう少し”が遠い。

(あー、暑い。疲れた。喉渇いた。もう)
「帰りたい」

 カサカサの唇から弱音がこぼれる。

『お? ニートの巫女の自覚がようやく出てきたかな? いいよいいよ。仕事なんて辞めちゃえよ』

 悪魔のような囁きが女神の声で聞こえる。
 しかし、給料のためには前に進まなければいけない。

「うるさいよ。ユニさん」

 それだけ搾り出すのが精一杯だった。
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