女神様は黙ってて

高橋

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四章 ミネルヴァ

第四話  帝都に帰るまでが戦争

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 艦隊司令官とは、案外、暇な仕事だ。
 勿論、戦闘前は、行軍計画だったり、補給計画だったり、その他細々とした作戦の立案だったりで忙しい。目が回るほど忙しい。忙しすぎるから、ほとんどの司令官が参謀に丸投げする。けど、ウーゴは参謀達に意見を求めるが、殆ど一人でやってしまう。その方が早いから。
 ウーゴがもう少し無能な司令官であれば、もっと楽ができるのだろうが、パンドラ曰く「かつての脳筋巫女並に有能」だそうだ。
 その”脳筋巫女”が誰か知らないし、褒められた気もしなかった。

『暇そうですね』

 ソファに横になり、やり込み過ぎたレトロゲームを遊ぶでもなく眺めていたウーゴの頭に、ミネルヴァの声が聞こえる。

「暇だよー。暇だけど、こんな時に限って、面倒事が転がり込むもんなんだよね」

 レトロゲーム機の電源を入れる。
 そのタイミングで、艦内通信が艦橋への呼び出しを知らせる。

「ほらね」

 レトロゲーム機の電源を落として立ち上がる。
 腰が重い。一度座りなおし、気力を振り絞ってもう一度立ち上がる。廊下へ出ると、隣の部屋から髪の毛を纏めながらエーベが出てきた。
 ウーゴに続いてエーベが廊下を進み、艦橋への直通エレベーターに乗る。
 会話する暇もなくエレベーターが到着を教える電子音を鳴らし、艦橋に入る。

「状況報せ」
「はっ。国籍不明の軽巡洋艦を発見。停船命令を無視しています」

 短く命令すると、艦長が敬礼を返しながらこちらも短く報告する。
 面倒な予感がしたので、脊髄反射的に「沈めろ」と命令しそうになる。しかし、停船命令に従わないからといって、いきなり沈めるのは国際法的に少しばかり不味い。
 具体的に言うと、未開宙域調査船団の船団長になるための試験で、かなりのマイナスポイントになるくらい不味い。

「あと二回、停船命令を無視したら、威嚇射撃。それでも止まらないなら、無人駆逐艦で囲んで無理矢理止めろ。んで、臨検」
「反撃してきたら?」
「沈めて良し。臨検は、出番がなかった海兵隊にやらせろ」

 先日の戦闘では、地上戦も想定していたのに、艦隊戦だけで終わった。艦隊戦でも白兵戦にはならなかったので、海兵隊は降伏した有人艦の制圧以外、出番がなかった。

(あー、これって、このまま部屋に戻ったら怒られるよね?)

 正直、最後まで付き合うのは面倒だ。

(なんか上手い言い訳を)
「不明艦から通信」

 好転かどうかわからない通信士の声に、渋々なのを顔に出さないように指令座に座る。
 指令座に付属する端末に送られた通信内容を読む。

「所属はガイア神国。艦種は軽巡洋艦。艦名は……これって大和皇国語か? たしか……”イスズ”って読むんだっけ?」

 横から覗き込んでいるエーベを見ると、無言で首肯する。

「んで、推進機関の異常のため遭難中、っと」

 不明艦からの通信は、救難要請のような内容だった。

「以降、不明艦をガイア艦と呼称。それと、こんなとこにいる目的を聞いて」

 本来艦長越しにしなければいけないのに、通信士に直接指示する。

「ガイア神国って、こないだのだよね?」
「ええ。先日の戦闘で滅びた小国です。ガイア様を信奉する宗教国家ですね」

 ウーゴの質問に、艦長が答えようと口を開きかけたが、それより早くエーベが答える。

「信奉してるわりに、ガイア様を穴だらけにして資源を掘り尽くしてる謎の宗教な」
『あの国ができる前から穴だらけですし、資源はとっくに枯渇してましたよ』

 無駄に長く生きてる女神が訂正する。

「ん? 俺を作る前は休眠期間だったって、パンドラ様から聞いたよ」

 正確に言うと「エーベからパンドラの言葉を聞いた」だ。

『そんなことはありません。休眠が明けてしばらく巫を作ってませんでした。それと、パンドラさんに”様”は要りませんよ』
「パンドラ様が言うには、巫に呪いの言葉を吐かれるのが怖くて作らなかったそうじゃないか。それと、”しばらく”って言うけど、六百年は”しばらく”とは言わない。も一つついでに言うと、口煩くてクソ真面目なミネルヴァより、気軽に話せるパンドラ様の方がい……うわー」

 最後の一言で泣かれた。
 ミネルヴァにシクシク泣かれた。

「私は下品なパンドラより、上品なミネルヴァ様の方がいいですよ」

 パンドラ経由で状況を把握した妹が気を使ってくれた。

『けど、エーベさんも、ユニさんみたいになるんでしょ?』

 どこかで聞いた名前が出てきた。

「ああ、えっと、怠惰の神だっけ? 元パンドラ様の巫女の」
『あの子みたいに、正義の神を調教するような神になっちゃうんでしょ?』

 状況がわからない。なにをどうしたら人の身から神になって正義の神を調教するのか、ウーゴにはさっぱりわからない。

「ガイア艦より返信」

 端末に表示された返信内容を読みながら、どうやってミネルヴァの機嫌を取るか考える。
 ちなみに、返信の内容は、「ククルス帝国帝都に、停戦交渉のため向かう途中」とのこと。

「停戦交渉の前に、本国が降伏しちゃったわけか……第九のおっさんに、あの艦の座標を教えてあげな。んで、俺達はこのまま華麗にスルー」
「救助しないのですか?」

 艦長の意外そうな声は、ミネルヴァの泣き声で途切れ途切れだった。

「そもそも、救難信号を出してないから、救助の義務はない。それと、戦後処理は第九艦隊の仕事だ。一応、ガイア艦に首都星ガイアが落ちたことと、しばらくしたら第九の連中が迎えに来るってことを教えてあげな」

 手をプラプラ振り「あとは知らん」と放り投げる。
 敗残の外交官より、頭の中で泣き続ける女神のご機嫌取りだ。
 しばらくご機嫌を取る方法を考えていたら、通信士が振り返りなにか言っていた。手元の端末を見ると、ガイア艦からの抗議の通信が入っていた。

「無視しろ。陣形変更なし。警戒態勢を維持したまま帝都へ帰還する」

 艦橋では集中できそうにないから、部下に仕事を押し付けて、部屋に引き篭もることにした。

「警戒態勢を維持したまま、ですか?」

 怪訝そうな艦長の顔と途切れ途切れの言葉から、疑問を推測。

「戦後は宙賊が多いからな。帝都に帰るまでが戦争だよ」

 取りこぼした敗残兵がいるかもしれない。旧国境を越えるまで気を抜くべきではない。
 追加の抗議文を横目で斜め読みして、視線が止まる。

「聖女様?」

 抗議文に齧り付く。抗議文には、ガイア神国の聖王である、なんたら陛下の祖父の弟の側室の孫である、聖女ユリアなる女性が乗艦している。と、あった。他はどうでもいいから読み飛ばした。

「聖女様の情報は?」

 ウーゴの質問に艦長が「このアイゼンめ」と言いたそうな顔をしていた。
 通信士がガイア艦と遣り取りすること3分。
 手元の端末に聖女の情報が表示される。
 最初に目が止まったのは年齢。御歳九十二歳。

「ババァじゃねえか!」

 脊髄反射でツッコむ。

「いやいや。まだわからない。最近は、ライフサイクル技術で体のパーツを若い肉体に取り替えて、若さを維持する金持ちもいる。見た目が若けりゃ、イケる!」

 虫けらを見るような目で、自称適度な女好き、他称重度の女好きである兄を見る妹。艦長が可哀相な子を見る目でなにか言っているが、女神の泣き声が一段階うるさくなって聞こえない。
 端末を操作して写真を表示。
 皺くちゃのお婆ちゃんだ。

「ババァじゃねえか!」

 先程と寸分の狂いもないツッコミ。

「よし。主砲照準、不明艦。……艦長復唱は?」
「提督。戦闘データとして艦のフライトレコーダーに記録されますよ」

 艦長の正論に舌打ちする。

「あの艦にも愛人候補がいるかもしれませんよ?」
「老婆は愛人にしない」

 ウーゴは、女好きだけど敬老精神はあまりない。

「ババァを口説こうとしただなんて、アイゼン家の恥だ」

 前言撤回。敬老精神は皆無だ。

「兄さん。熟女好きのアイゼンもいましたよ」

 女神の泣き声越しに聞こえる妹の訂正は聞き流す。

『こないだ”可愛い”って言ったのに』

 面倒な女は嫌い。でも、ウーゴは女性に関する学習能力がないから、何度でも面倒な女を口説いてしまう。

「ともかく、あのガイア艦は放置で」

 投げ遣りな命令に、艦長は実直に従う。
 艦長の復唱に頷き、艦橋を後にする。
 エーベも続いてくるかと顔だけ向けると、通信士になにか指示を出していた。ウーゴがやりたがらない細々とした雑事を片付けてくれているのだろう。艦橋の扉が閉まる瞬間に見た、エーベに向ける機関長の目が少し気になったが、「妹の人間関係に口を出すような年齢でもない」と思い直して私室へ戻る。
 時間が経てば泣き止むかと思っていたけど、残念ながら時間は解決してくれなかった。
 現在進行形で泣き続ける女神にうんざりしながら、私室のソファに沈むように座る。

『”ミネルヴァは物知りだね”って言ったのに』

 この時代、馬で牽く戦車の作り方はトリビアでしかない。そのトリビアを終わらせるために言った言葉が、ミネルヴァの記憶に深く残っていたらしい。

(てか、戦車の運用方法とか知ってなんになるの?)

 宇宙艦隊の司令官には不要な知識だ。

『”良いお嫁さんになるね”って言ったのに』

 アンドロイド技術が発達した現代、家事ができる人間の方が少ない。部屋の掃除の仕方や服の畳み方などもトリビアでしかない。

(まあ、俺の世話を焼くのが趣味のエーベは、普通にできるけど)

 艦隊司令官など、艦隊の重役の部屋は、アンドロイドを使用せず人の手で掃除するのが伝統になっている。その下士官がするべき伝統を、大佐であり副官でもあるエーベがやろうとしたので全力で止めた。それでも、時々、下士官が掃除する前に掃除したりして、小姑みたいになっている。

『そもそも、戦略研究も戦術研究も頑張り過ぎなんです!』
「人類の努力を、女神が否定しないでよ」
『戦神のすることがなくなるじゃないですか!』

 身も蓋もない。

「言っちゃったよ。”女神なのにできることがない”って言っちゃったよ」

 常々「こいつ役に立たないな」とは思ってたが、女神自身も思っていたらしい。

「でもさ、時々役に立つこと言うじゃん? ”急がば回れ”だっけ?」
『それ、昔の軍師が書いた兵法書の受け売りです』
「おぅ」

 初手にして打つ手がなくなった。

「あとは……そう、”風林火山”とか」
『同じ兵法書です』

 投了したい。

「あー……”五事七計”は?」
『それもです』
(どんだけその兵法書を気に入ってんだよ!)
「なら! ”善く攻むる者には、敵、其の守るとこ”」
『それもですー』

 古代の兵法家が、戦神であるミネルヴァより勝っていた。

(これ、もう、無理っぽいな。パンドラ様に丸投げするか?)

 ミネルヴァとパンドラは、なんだかんだで仲がいい。本神達は否定するけど。
 以前、ミネルヴァが今と似たような状態になった時に、パンドラにお願いして泣き止ませてもらったことが数回ある。内一回は悪化したけど。

(って言ってもな。言い難いよな)

 毎度のことになっているが、神託の巫覡でありながら、担当神以外の神にお願いをするのは気が引ける。

(……うん。よし。やっぱ、お願いしよう)

 頭の中でシクシク鬱陶しい。
 内心で決意したタイミングで、部屋の扉が開く。
 艦隊司令官の部屋の扉を、断りもなく開けるのは一人だけだ。
 予想通りの相手だ。その相手、妹ではなく妹の少し上を見ながら言う。

「パンドラ様! 助けてください!」

 ソファでグッタリしたままなので、神様にお願いしているようには見えない。

「”おまかせー”だって」

 それでも引き受けてくれるのがパンドラだ。

『パンドラさんを頼らないでー!』
「うん。うるさい」

 妹の担当神に全てお任せして、レトロゲームを楽しむことにした。
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