女神様は黙ってて

高橋

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四章 ミネルヴァ

第五話  凹んだ時は酒

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 ククルス帝国の帝都は巨大な宇宙船だ。
 巨大な半球体ブロックの周囲に小さい半球体ブロックがくっついていて、巨大な半球体ブロックの中央には皇帝が住む帝城がある。
 帝国の規模からすると、巨大帝国の皇帝が住むには小規模な城だが、土地に限りがある帝都ではこれでも一番大きな建物だ。
 夜時間の帝都中央ブロックの隅にある公園で、グビっと缶ビールを一口飲む。
 ライトアップされた帝城を、ボンヤリ眺めながら脇に置いた大きな鞄からつまみを探る。その手に探し物ではない紙が触れる。
 今時珍しい紙媒体に何が書かれているか、飽きるほど何度も読み返した。
 それでも、結果が変わるわけでもないのにもう一度取り出して見る。

「落ちたねー」

 先日受験した試験、未開宙域調査船団等の船団長となるために必要な、第一種大規模船団指揮資格の合否通知だ。

「試験は満点なのにねー」

 書かれている結果は、筆記試験は全て満点。
 面接の結果も「優良」とある。しっかり演技したから。
 なら、なぜ不合格なのか。

「”戦神の巫覡だから”かー」

 小国の未開宙域調査船団であれば、未開宙域を調査して帰ってくるだけだが、ククルス帝国における未開宙域調査船団は、移民船団も兼ねている。そして、居住可能惑星が見つかり、そこに移民したら、そのまま船団長がそこの領主になる。強大な戦力である戦神の巫覡を、未開拓の宙域に放り出して、万一、裏切られでもしたら厄介なことになる。それを危惧しての不合格だろう。まあ、実際には、移民してすぐに帝国と事を構えられるほどの戦力は揃えられないから、帝国が心配するようなことにはならない。

「国際ライセンスでも、国内で受験したら、合否判定の基準がこの国でのものになるか」

 第一種大規模船団指揮資格は、国際航宙法によって定められた試験内容だ。国家権力に介入されないのが大原則だが、何事にも例外はある。例外というか暗黙のルールというか、各国で、自国の国力になりそうな巫を、法を多少無視して囲い込むのは、古代から行われていた。そもそも、類稀な軍事的能力を見せるウーゴが、未開宙域調査船団の船団長になりたいと言うこと自体が、ウーゴの囲い込みにククルス帝国が失敗しているということだ。そのため、ウーゴの知らない水面下では、ウーゴの引き抜きに各国のスパイが血生臭い応酬を繰り返していたりする。
 今回の不合格もそういった囲い込みの一環で、合否通知書に”戦神の巫覡だから”と明確に書かれているのは、「てめぇ、勝手に国外に出たら、ぶっ殺してでも止めるぞ」という意味でもある。

「んー。試験を受けるの、暫く控えた方がいいかな」

 ウーゴは、第一種大規模船団指揮資格を三年連続で受験して、今回が三年連続の不合格だ。「どうしても未開宙域に行きたい」という、熱いメッセージを軍上層部へ送っているつもりだったのだけれども、暗殺の危険性があるなら控えた方がいいのかもしれない。

「あくまで”危険性がある”だけ、なんだけど……気をつけた方がいいか」

 ちなみに、原因の一端となっている女神は、不合格となった理由を見て、泣きながらウーゴとのリンクを切った。そんなわけで、ウーゴは久しぶりに一人を満喫している。満喫はしているのだが、今は一人で呑むより大勢でドンチャン騒ぎをしたい気分だ。

「士官学校の同期は大体前線だし、なにより、俺が一番上の階級だから奢らにゃならんし、野郎ばっかで集まってもなー」

 気分的に女の子も欲しい。

「エーベに合コンをセッティング……いや、あいつに頼むとなー」

 そもそも、兄弟揃って階級が高いので、軍人以外でセッティングしないと、会話すらまともにできなくなる。もう、返事の前後に「サー」が付く合コンは嫌だ。

「てか、エーベは実家だったな……虚しー」

 自分の独り言の多さに自嘲気味に笑う。
 普段はミネルヴァが聞いてくれているので気にしていなかったけど、アルコールのせいか、今日のウーゴは独り言が多い。
 虚しさを払うように、缶ビールの残りを一気飲みする。

「ふぇー……やっぱ虚しい」

 座っているベンチの、鞄が置かれてる方とは反対に、空き缶を並べる。
 軍での対ハニートラップ訓練という名目の接待で、散々酒を飲まされたおかげなのか、ウーゴはアルコールに強い。

「ビールじゃ酔えないか」

 並んだ空き缶は十缶。飲むペースは遅いので、このペースでビールだけを呑んで酔うには、朝までかかりそうだ。

「次は……ワインにしよっかねー」

 鞄から取り出したのはウォッカのビン。

「んー……まあ、いいか」

 蓋を開けてグビっと一口。

「んー……こーゆー時は、酒強いと不便だな」

 酔って忘れたくても、なかなか酔えない。けど、さすがにウォッカは喉にガツンと来た。ガツンと来て、呑むペースが落ちた。

『あのー』

 頭の中でなにかが繋がる感覚と共に、慣れ親しんだ女神の声がする。

「ん、なに?」

 一人酒の寂しさから、ちょっとホッとした内心を隠すために、少しばかり冷たく問い返してしまった。

『うー、やっぱり、怒ってますよね?』

 戦神とは思えないビクビクした声に、なんの話か首を傾げる。

「怒る? なにに?」
『やっぱり怒ってるー!』

 状況はわからないままだけど、声からすると女神も酔っているようだ。

「ミネルヴァ、酔ってる?」
『酔ってませんよー。バッカスしゃんから貰った、特製の山田錦のジュースを飲んららけでふー』

 うん、酔ってる。

(不合格の理由を見て、俺が怒ると思い込んでリンクを切って、なんだかんだあって、バッカス様から酒を貰って酔っ払って……今、か?)

 付き合いの長い女神の行動を、トレースしてみる。”なんだかんだ”の部分は、情報不足でわからない。

「パンドラ様と飲んでたの?」
『パンドラしゃんはー……あれれす。相談に行ったら……なんらっけ? 変態が歩いてて……ああ、ヴァルハラで呑もうってころになってー』

 要領を得ないミネルヴァの話を要約すると、ウーゴが怒っていると勘違いしてリンクを切ったものの、その後どうすればいいのかわからず、とりあえず、パンドラに相談したら、呑み屋ヴァルハラで一杯やりながら聞くってことになって、途中で変態に出会ってパンドラがつい殴ってしまって厄介な事になって、ヴァルハラでは常連客である酒の神のバッカスに特製のお酒を貰って、それをパンドラにハイペースで呑まされて、ここで漸く話を聞いてもらえたけど「怒ってるかどうかは本人に聞け」と言われ、その後もお説教され、パンドラ同伴の元、こうしてリンクを繋いでいるそうだ。
 全く要約できてないけど、ミネルヴァが言いたいことを短く纏めると「私のせいで落ちたけど怒ってる?」だ。そんな感じだ。

「パンドラ様も、そこに?」
『うん。いる』

 いつも以上の頼りになりそうにない担当神の声に、妹の担当神と交換してほしくなる。
 ここで「チェンジで」とか言ったら、絶対拗れるとわかっているのだけど、言いたい衝動に駆られる。
 衝動をウォッカと一緒にグッと飲み込む。

「怒ってはいるよ」
『やっぱりー!』
「自分に」

 意味のない倒置法で女神が号泣。

「”戦神の巫覡だから”って理由で落とされるのは、予想できたはずだ」

 生憎、女神は泣き続けているので、聞こえていないみたいだ。
 エーベはいないが、なんらかの方法でパンドラが覗いているのを期待して続ける。

「三年間もそれに対処しなかったのは、俺の落ち度だよ」

 単純に、偉い人達にごますりするのが、面倒だっただけだ。

「まあ、接待か脅迫くらいしか対処法が思いつかないけど」

 どちらにしろ面倒だし、脅迫は相手が開き直ったら諸共に落ちてしまう。確実性はない。確実性で言えば、接待もそうだ。酒の席の口約束など、信じるに値しない。

「そう考えると……打てる手がないな。あとは……皇帝を落とす?」

 国のトップである皇帝と信頼関係を築こうにも、当代の皇帝は既に高齢だ。先代の在位が長かったので、即位した時点で七十を過ぎていた。そんな現皇帝は、最近、体調が思わしくないらしい。

「なら、皇太子は……あいつには嫌われてるんだった」

 皇帝の孫である皇太子とは士官学校の同期だった。しかし、取り巻きの女性を寝取ったことにより皇太子からは嫌われている。

「愛人の一人や二人で……器の小さい」

 正確には寝取った愛人は十三人だ。三人ほど好みじゃなかったので口説かなかった。

「それじゃあ……皇女を口説く。……ダメだ。一番若い皇女でも三十代後半だったな」

 それでも、美人で性格が良ければ脊髄反射で口説いてしまうだろう。しかし、近衛艦隊司令官に就任する際、謁見の間で見た数人の皇女はあまり好みではなかった。

「そもそも、政略結婚が前提の皇族に生まれながら三十代後半まで独身って、見た目か中身に問題があるってことだよな」

 女好きのウーゴにも、「人妻はできるだけ口説かない」という、一応のルールがある。あくまで”できるだけ”で”一応”なので、過去に何度か痛い目に会っている。なので、嫁いだ皇女は対象外だ。

「そんなら……皇孫女? えっと、皇孫女の情報は、っと」

 さすがに皇帝の孫までは詳しく知らないので、鞄から端末を出して調べる。アクセス履歴が残るけど、監視カメラに映る位置なので、女好きとして有名な艦隊司令官が、酔った勢いで女性皇族のデータを調べたと思ってもらえるだろう。

「ああ、さすがに、十四歳未満の皇族のデータは、アクセス制限がかかってるか」

 それでも、近衛艦隊司令官の肩書きで、皇族の一般的なパーソナルデータから一歩踏み込んだデータまで閲覧できた。

「近衛騎士団の団長なら、全部見れたんだろうけど……お? この子、可愛いな」

 可愛いとは思うけど、進んで口説きたいとは思わない。本人を前にしたら脊髄反射で口説くかもしれないけど。

「ま、皇族に取り込まれたら、未開宙域調査船団どころじゃないもんな」

 迂闊に口説き落として皇族の夫にでもなってしまったら、未開宙域になんて行かせてもらえないだろうし、近衛艦隊も取り上げられるかもしれない。戦神の巫覡を安全に囲い込みたい帝国としては、それが最良の選択だろう。
 しばらく皇族のデータを眺めていたら、端末が着信音にしている一昔前のアイドルソングを鳴らす。いつの間にか女神の泣き声は止んでいたが、ただ、リンクが切られただけだった。

「ん? エーベから?」

 普段なら、直接言うか短文メールで済ませるエーベからの電話に首を傾げる。
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