女神様は黙ってて

高橋

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四章 ミネルヴァ

第六話  ああ、妹様

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「兄さん。宰相閣下から実家に連絡があって、”こちらは、あなた好みの皇孫女を用意できます”と伝言を預かりました。言い訳を聞きます」

 仕事が音速の宰相に呆れながら、妹への言い訳を探す。

「……ちゃうねん」

 ホロ酔いの頭では、名案は出なかった。

「ついでに言うと、私も皇族の殿方を薦められましたが、お断りしました」
「えっと、参考までに、なんて言って断ったの?」
「”実の兄が性的に好きなブラコンなので無理です”と、言いました」

 いっそ清々しい。

「で? 兄さんの言い訳は?」

 話題を戻された。

「あー、うん。えっと、ね」

 恐る恐る話し始める。少し酔いが醒めた頭で状況を整理しながら、試験に落ちたことや、その理由。そして自棄酒により鈍った頭で、皇族を口説いてしまおうかと皇族のデータにアクセスしたことを説明する。途中で尋問されてるような気がしたのは、きっと気のせい。

「軍の尋問マニュアルって、使えるわね」

 尋問だった。

「で? 兄さんは皇族を娶りたいの?」
「いや。それじゃあ、未開宙域に行けない」
「そ。なら、なんで皇族のデータを?」
「えっと……酒のアテ?」
「兄さんは、ただでさえ暗部にマークされてるんですから、迂闊な行動はしないで下さい」
「いや。わかってるよ? 皇族に手ぇ出しちゃったら、人生詰んじゃうのもわかってるよ? この通信が傍受されているであろうこともわかってるし、妹が重度のブラコンなのもわかってるし、皇族に俺好みの女の子が少ないのもわかってるし、女神が使えねえのもわかってるよ?」

 関係ないのが混ざってる。

「なら」
「それでも、俺は自分の夢のために足掻きたいんだよ!」

 エーベは沈黙する。空調が作り出す自然に近い風が、公園の木の葉を揺らす。
 沈黙を破るのは、端末から聞こえるため息。

「……わかりました。できるだけ協力はしますが、あまり期待しないで下さい」
「協力? どんな?」

 嫌な予感しかしない。

「帝国が瓦解するような情報って、アイゼン家には結構転がってるんですよ」
「えっと……例えば?」
「傍受されてる通信で言うとでも?」
「その……次期当主の俺がなぜ知らない?」
「私は、母さんから子守唄代わりに聞かされました」
「帝国が瓦解するような情報を?」
「はい」
「恐ろしい一族だな」
「兄さんが次期当主です」

 詳しく聞きたい気がしたけど、わざわざ藪をつつくのは怖い。次期当主だからといって知る必要はない。蛇が出ると思ってつついたら、竜が出るかもしれない。

「そもそも、未開宙域調査船団の船団長になっちゃえば、アイゼン家の当主を誰かに丸投げできるな」
「私に丸投げですか?」

 現在のアイゼン家では、ウーゴとエーベと二人の母親だけが神の子の直系だ。

「エーベは、どうせ俺に付いて来るんだろ?」

 音声だけなので見えないが、頬を染めることもなく、ごく自然に「当然です」と返された。

(まあ、二十七にもなって、兄にテレたりしないか)

 テレたらテレたで困るけど、なんの反応もなければ、それはそれで寂しい兄心。

「なら、手始めに、アイゼン家次期当主の座を、従兄弟殿に丸投げしようか」
「それになにか意味が?」
「発つ鳥後を大掃除」
「身辺整理、ですか」

 それが、暗部に対する「どうしても行きたい」というメッセージにもなる。

「あの三人はまともですからね。譲った方がアイゼン家のためにもなります」

 十人以上いる従兄弟の内、三人は、側室も愛人もいない。恋人が複数いるわけでもない。

「この場合の”まとも”は”アイゼンらしくない”ってことだよな?」

 アイゼン家イコール恋多き人生ではない。それは、当のウーゴ達アイゼン家の面々も理解している。アイゼン家にも純情一途な人はいる。例えばエーベのような。……重度のブラコンを、”純情一途”と評して良いのかはわからないけど。

「まあ、結果としてアイゼン家がまともな一族になれば、帝国としても利益になるだろう」

 神の子の遺伝子の影響なのか、アイゼン家は優秀な人材が豊富だ。その優秀な人材の多くが帝国に利益をもたらす反面、その優秀な人材の多くが恋多き人材で、国内だけに留めておけばいいものを、他国の要人にまで手を出して外交問題に発展する場合もある。それを差し引いても利益をもたらしてしまう一族なので、帝国も処分できないでいる。その当主がまともな人材に入れ替わるというなら、まともじゃない次期当主が未開宙域へ旅立つのを許してくれるかもしれない。そんな計算もあっての”身辺整理”だ。

「もう一押し、欲しいですね」
「ちなみに、俺はもうネタ切れ」

 戦争にはめっぽう強いウーゴも、政争にはめっぽう弱い。こういった厄介事は、エーベに丸投げだ。

「一番楽なのは、戦争で大敗すること、ですかね」

 軍人としての価値と危険性が、自分達の勘違いだったと理解したら、ウーゴの価値は大暴落だ。

「却下。部下を死なせたくない」

 AIによる自動化で、数人のクルーだけで一艦隊を運用できる時代に、ウーゴは多くの人材で艦隊を運用している。

「人が死なないから、AI任せで考えて艦隊を運用しなくなったんだよ。人の命がかかってれば、皆俺くらいがんばって頭を捻るよ。死なせない為に。それと、主力がAI艦でも、指揮艦は人間が運用してるから、沈められたら運用クルーが戦死するんだよ? そもそも、AI艦で戦争するなら、チェスで戦争すればいいのに。誰も死なない人道的な戦争だ。人道派兵だテロ撲滅だって謳う前に、人が死なないで済む方法、戦争しないで済む方法を政治家が模索すれば、俺が楽できる」

 結局、楽をしたいだけ。

「それは、政治家を過大評価しすぎです。連中が兄さんの評価通りなら、AI艦による戦争が常識になった百五十年前に、戦争がチェスになっています」
「そうだな。うん。そうだったら、俺は未開宙域に行けたんだろうけど、軍人としては大成しなかっただろうね」

 軍事以外は異性を口説くくらいしかできないので、ジゴロになっていただろう。

「兄さん、チェス、弱いですからね」

 軍人としての正しい資質なのか、捨て駒を嫌がるウーゴは、犠牲を最小限にしようとして、結局大敗してしまう。ゲームなのに。

「性格の問題だ。俺の優しい性格では、チェスに向かないんだよ」
「国を四つ滅ぼした人が”優しい性格”なら、宇宙は優しさの過剰供給で膨張しているんでしょうね」
「まあ、ジゴロになったかもしれない”もしも”より、俺が未開宙域に行けるかもしれない”もしも”の話をしようよ」
「ジゴロには……ほぼ、なってますね。副業がジゴロ? でも、収入はありませんから、副業ではないですね」

 むしろ、副業はプレゼントやらなんやらで出費が多い。本業の給料が良くて助かってる。

「ところで、兄さんに前から聞きたかったことがあるんですけど」
「ん? 俺が未開宙域に行きたい理由?」
「ええ。ミネルヴァ様は知ってるみたいだけど」
「いや。言ってないよ」
「え? でも、こないだパンドラがミネルヴァ様を吐かせようとした時、”わたくしとウーゴだけの秘密です”って」

 面識がないはずなのに、物真似が微妙に似ていた。

「知ったか? 知ったかぶりたいお年頃?」
「……ミネルヴァ様って、面倒臭いですね」

 おそらく只一人の信者の心が、少しだけ離れた。
 リンクが切れてて良かった。聞いていたら、さらに面倒な事になっていただろう。

「で? 結局、なんでなんですか?」
「んー。言いたくない。言うんなら、まず、ミネルヴァに言いたい。ミネルヴァが一番最初に知るべきこと……でもないんだけど、一番に知ってほしい」
「……なんでしょう? 嫉妬ですかね? イラッとしました。パンドラ、ミネルヴァ様を殴っといて」
「やめてあげて」

 女神と繋がる感覚と共に。

『パンドラさんに殴られたー! なんか”これはエーベちゃんの分”って、殴られたー!』

 どうやら、パンドラはエーベの言葉に、ウーゴが止める間もなく脊髄反射のように殴ったようだ。

『わたくし、なにもしてないのに!』
「あ、パンドラが殴り返されたみたいです」
「これは俺のせいなのか?」

 女神同士の殴り合いが始まり、音声通信が全く聞こえない。

「俺は悪くないよね。ミネルヴァを口説いたわけじゃないし、エーベを怒らせるようなこと言ってないよね」

 ウーゴも感づいているが、この妹は、ミネルヴァを口説くと露骨に嫌がる。
 誰を口説いても気にしないエーベが、ミネルヴァを口説いた時だけ怒るのは、ピタゴラスイッチ的な理由だ。

 1. ウーゴがミネルヴァを口説く。
 2. ミネルヴァが浮かれる。
 3. パンドラがウザがる。
 4. パンドラがミネルヴァを殴る。
 5. 天界で喧嘩が始まる。
 6. パンドラとミネルヴァの巫の頭の中で、女神がうるさくなる。
 7. エーベがウーゴに八つ当たり。

 十年以上繰り返しているが、四者共に進歩しない。何度でも繰り返す。

『これも武器だもん!』
「兄さんの担当神は、南瓜に釘バットを刺した物を振り回しているそうよ」

 女神の泣き声の向こうから途切れ途切れに聞こえる妹の声からして、戦神のくせに変な物で戦っているらしい。

「独創的な趣味の子は、その独創的なところを認めて褒めてあげれば簡単に堕ちる」

 それは「ただしイケメンに限る」が付く。整った顔立ちが多いアイゼン家であるウーゴがやるからこそ堕とせるだけであって、一般人がやっても意味はあまりない。逆に、ウーゴであれば趣味を否定しても堕とせる。過去に堕とせた女の子がいたし。
 その辺りのことを知っている妹は、女神の泣き声の隙間に、ただため息を返した。
 顔は見えないけど、不機嫌なのははっきりとわかった。

「今回のことは俺が悪いのかなー? ミネルヴァがうるさすぎてなにも聞こえないけどさ、エーベが不機嫌なのはわかるよ? その原因は俺なの? 大体の場合は俺だけど今回は違うよ? 今回はこんな合否通知を送った連中だよ?」

 見えてないのはわかっているけど、合否通知の紙切れをヒラヒラさせてみる。
 ミネルヴァの泣き声によるストレスと、アルコールによる程よい酩酊感が、ウーゴの口を軽くする。

「兄さんの、普段の行いでは?」

 途切れ途切れに聞こえる声のトーンから、言わんとすることは伝わった。

「俺は悪くない!」

 伝わったから全力で否定する。駄々っ子のように。

『やっぱり、わたくしが悪いんだー!』

 ミネルヴァに飛び火したのに、火の粉は、頭の中にガツンと響く大声という形でウーゴにどっさり降りしきる。

「俺、悪くないもん! 女神が使えねえのも俺のせいじゃないし!」

 泣き声のボリュームが上がる。

「不合格なのも、俺、悪くないし! 妹がブラコンなのも俺のせいじゃないし!」

 端末から反論しようとする息遣いが聞こえるが、その前にウーゴが被せるように続ける。

「ちょっと壁ドンの練習に使ったら堕ちちゃうチョロインなのが悪いんだもん!」

 その件で、父親にボコられたのを思い出す。
 通信越しに、なにかを握り潰す音が聞こえる。

「お姫様抱っこの練習はきつかったんだよ? 結構、重かったんだよ?」

 エーベ史上、一番太っていた時期のことだ。なにかが割れる音が聞こえる。

「いつからなの? おねしょしたの庇った時から?」
「にいさ」
「それとも、同級生の女の子に襲われてるのを助けた時? アレはギリギリだったんだよ? 助けに行く途中で、女の子を口説いてたからなんだけどね!」

 その時のことを思い出して頬を染めたのに、ギリギリだった理由を聞いてがっかりした。百年の恋も冷めそうだけど、百年の恋と呼ぶには重過ぎる恋なので冷めなかった。むしろ、恋心以外が燃え盛りそうだ。

「機関長に口説かれてたみたいだけど、もう助けないよ? むしろ、襲ってる機関長を口説いちゃおうか?」
『馬鹿って言う方が馬鹿だもん! パンドラさんの方が馬鹿だもん!』
「お前ら黙れ」

 ゾクッとした。最近の量子通信は、妹の殺気も送れるらしい。
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