一人では戦えない勇者

高橋

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2章

3話  命名

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 拾った双子の名前は、夕食後まで持ち越された。
 同じ食卓に着くことに、奴隷であるシュェさんとエウフェミアさんが恐縮していたけど、誰も気にしていないのがわかってからは、普通に食事してくれた。

「では、二人の名前を考えます」

 縁が急遽作ったホワイトボードモドキの前で、御影さんが議長として会議の開始を宣言する。

「現在の候補は、孫一さんの"アリス"と"テレス"だけね」

 キュッキュと、ペンでホワイトボードに書く。

「他にはないかしら?」

 え? 不満?

「はい。アリストテレス繋がりで、"フィロ"と"ソフィア"は?」

 縁がピシッと手を挙げて発言する。優等生っぽい。

「日本っぽい名前じゃダメなの?」

 そう聞く由香は、由希と一緒に赤ん坊の世話をするのが楽しいらしく、料理の合間合間に二人を構っていた。

「んー。金髪だから、違和感がなぁ」

 金髪で外国人顔の人が、純日本産の名前を名乗ると、違和感が半端ない。慣れれば気にならないんだけどね。僕の初恋の相手みたいに。……トラウマが治ってないな。胃がゴリュゴリュする。

 しばらく待ってみるけど、他に候補が出ない。てか、話が脱線し始めてる。なぜ、杏仁豆腐の話になったんだ?

「あれ? 候補、出ない?」

 一人一案くらい出るかと思ったけど、あまり候補が出ないな。

「んー。マゴイチにしてはまともな名前だったから、特に反対する理由はないかなって」

 縁の案は不採用?

「じゃあ、二人の名前はアリスとテレスでいい?」

 御影さんが一同を見渡し一つ頷く。

「できた」

 丁度、静かになったタイミングだったので、小さな呟きなのに、エウフェミアさんの声がはっきり聞こえた。
 赤い子供服と青い子供服を持つエウフェミアさんに視線が集まり、集まった視線に気づいて、一人ワタワタする。蜘蛛の足もワタワタして面白い。

「人蜘蛛族は、裁縫の名人って本に書いてあったから、私たちが作った染色済みのミスリル糸を渡しといたのよ」

 てことは、この子たちは、赤ん坊なのにミスリル糸の服を着るのか。貴族でもそういないよ。【貴族】だけど。
 ユリアーナがアリスに青い服を着せ、御影さんがテレスに赤い服を着せる。
 うん。似合う。可愛い。

 エウフェミアさんは、ミスリル糸のような高価な糸に触れるのは初めてだから上手くできてるかわからない、と言ってるけど、上出来だよ。
 まあ、【裁縫士】をカンストさせてるユリアーナたち程ではないけど。
 エウフェミアさんを鑑定してみたら、〈裁縫〉のスキルレベルが8だった。二十歳という年齢から考えるとこれは高レベルだ。上位スキルの〈天衣無縫〉になりそうだな。まあ、そうなると、クラスも同名の【天衣無縫】を設定できるようになる。あれ? 〈操糸〉もカンストさせる必要があったっけ? まあ、近い内になれるだろうから、その時に聞けばいいか。

 ……それにしても、アリスとテレスは全然歩かないな。それ以前に立たない。確か、一歳くらいで立つよな。
 まあ、これから立つようになるんだろうな。……立つ瞬間を見たいな。
 そういえば、以前、ネットで調べた情報によると、一歳五ヶ月くらいで意味のある単語を喋るようになるらしい。
 立つ瞬間に立ち会うのが先か、喋る瞬間に立ち会うのが先か。成長が楽しみ。

「マゴイチ。アリスとテレスにも、成長チートを使うの?」
「いや。赤ん坊に使って、どんな悪影響が出るかわからないから……そうだな、四歳くらいに一回様子見で使ってみようか」

 第一次成長期が終わるのが、四歳くらいだっけ? それまでは、使わない方がいいと思う。
 【貴族】のレベルを急速に上げて、どんな悪影響が出るかちょっと予想できないからね。
 二人の将来に影響することだ。慎重になるべきだろう。
 勇者より強い赤ちゃんを作るのは、面白そうだけどね。

「シュエさんとエウフェミアさんには?」
「二人には使ってる。次の探索までには、それなりに強くなってるだろう」

 あと二日は休むつもりだ。時間は充分。

「マゴイチの"それなり"と、世間一般の"それなり"は、大きく違うわよ」

 そうだろうね。自覚はしてるよ。僕の"それなり"の強さは、第三クラスを設定できるくらいが最低ラインだ。



 明日の予定を決めて解散になった。
  話をしている間に、シュェさんとエウフェミアさんの【奴隷】がカンストして、奴隷から解放された。
 二人は大層驚いていたが、僕が【支援の勇者】だってことを説明したら、理解はできなくとも、一応の納得はしてくれた。今はそれでいい。
 どうせ、この二人にも僕の記憶を見せるんだろ?

 で、明日の予定は、奴隷商に行く以外の予定がない。
 この豪邸でダラダラ過ごすのも有りだ。
 今横になってる主寝室のバカデカいベッドで一日中ゴロゴロして過ごすのもいい。
 御影さんが城にいる連中の様子を見がてら、書庫から本を借りてきたので、写本済みの物から読んでいけば二日くらい潰せそうだ。

 あ、町をブラつくのもいいかも。
 ユリアーナを誘ってデートするのもいいな。でも、デートなら、ちゃんとプランニングして行きたい。
 王都の定番デートコースってあるのかな?

 明日は用事を済ませて情報収集しよう。
 ギルドか酒場に行けば聞けるかな? それとも、おっちゃんから教わった情報屋に聞けばわかるか? でも、情報料を取られるか。お小遣いが……。娼館代が……。

 ユリアーナに情報料を出してもらうか……なんて言って? 「ユリアーナが喜びそうなデートコースの情報料を下さい」とか? 格好悪すぎる。
 自力で調べよう。ユリアーナが喜んでくれるのなら、少しくらい兎人族のお姉さんが遠ざかっても……そうか!
 娼婦のお姉さんにデートコースを聞けばいいんだ!
 よし。頑張ってお小遣いを貯めよう!



 孫一さんが、よからぬことを考えている。
 パスを介して感情を見られてるの、わかってるはずよね?

「ねえ。明日は私も行った方が」

 先程の話し合いで、奴隷商に行くのは、孫一さんと縁さんとマーヤさんの三人に決まった。
 けど、やっぱり心配だから、私も行きたい。
 主寝室の大きなベッドに二人きりなので、ちょっとズルいとは思ったけどお願いしてみた。

「ダメ。場合によっては値段交渉しなきゃいけないから」

 素っ気ない。
 ロジーネさんへの夜這いで頭が一杯なのかしら?

「お金は充分あるんでしょ?」

 ギルドで換金してもらった査定額は予想より多かった。

「白金貨になるとはねぇ」

 小白金貨一枚と大金貨二枚とちょっと。
 ビックリする収入だ。日本円にすると軽く億越えかしら?
 まあ、あまりに多くて、弱小ギルドの支払い能力を超えてしまい、支払いが分割になってしまったけど。

「とりあえず、大金貨五枚以上を払ってしまうとギルドの運営に支障が出るらしいから、三枚だけ払ってもらいましたけど、これだって大金ですよね」
「それなら、値段交渉しなくても買えるんじゃないの?」
「んー。御影さんを連れてかない理由は、そこなんだよ」

 言われた意味がわからず首を傾げたら、「可愛い」と言いながら頭を撫でられた。
 嬉しいけど、今はやめてくれないかな?

「御影さんって、腹芸ができないんじゃないかなって思ったんだよ」
「私だっていい大人だから、腹芸くらいできるわよ」

 いい大人なのに、ちょっと拗ねたような言い方になってしまった。って、だから、頭を撫でないで。

「俺にはできるようには見えないよ。そんで、できなくて困るのは、値段を吊り上げられる本田真弘さんだ。それで買えない値段にされたら、御影さんは自分を責めるでしょ?」

 私をソッと抱き寄せ、耳元で「御影さんには笑顔でいてほしい」と囁くのはズルい。
 本田さんのことが心配なのに、年下の男の子に甘やかされて喜んでる自分が情けない。
 肩を押して離れてもらう。顔が熱い。離れてもらったものの、今の顔を見られたくないので俯く。

「テレてる御影さんも好きです」

 あー、もう!
 って、だ、か、ら! 頭を撫でないでよ!



 困った。
 ドアノブを掴んだまま開けられず、聞き耳をたてている。
 主寝室にいる弟に、逆に私から夜這いをかけてやろうと思ったら、ミカゲさんとイチャついていた。
 これ、入ったら不味いよね。
 真面目な話をしてたからタイミングを見計らっていたけど、これ、今入る方が邪魔になるよね。
 てか、二人とも〈気配察知〉をカンストさせてるって言ってたから、気づいてるんじゃないのかな。
 入るか戻るか早く決めないと、今の私って、かなり怪しい人よね。

 参ったな。経験豊富なお姉さんとして、弟を翻弄してやろうとしたのに。あれか? 父親の血か? イケメン俳優の父親の血なのか? 年上を悉く転がしてやがる。あんなに父親を否定してるくせに、やってることは父親と同じじゃないの。

 しかも、昨晩のアレはなんなの? 〈性豪〉が凄いの? 三人相手でも余裕って、スキルのせいなの? あそこに加わるの? ユリアーナちゃんとミカゲさんが、デレデレに甘えちゃってたよ。マーヤちゃんは……うん。あの子は脇に置いとこう。

「どうしたの?」

 後ろからした声に、ビクンってなって、ドアノブから手を離す。
 振り返ると、ユリアーナちゃんとマーヤちゃんがいた。
 気配を消して後ろに立たないでよ。

「ミカゲさんって、二人きりになると可愛いよね」
「え? いつからいたの?」
「ロジーネ姉さんが、ドアノブに手を伸ばした辺りから」
「最初からじゃん」

 ユリアーナちゃんは、私のツッコミを気にせずドアを開ける。
 開けちゃうの?

「ほら、ロジーネ姉さんも」

 腕を掴まれ引きずられる。
 抵抗しようとしたら、マーヤちゃんが私の腰を抱えて小脇に抱え、ベッドに放り投げる。

「アリスとテレスは、ユカユキに任せてきたわよ」
「そう。それじゃあ、夜這いに来た姉さんを返り討ちにしようか」

 蛙顔の可愛い笑顔が、言外に「逃がさない」って言ってるような気がした。
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