これはきみとぼくの出逢い〜黎明へと続く夜明け前の物語〜

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第九章 思惑

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「こんなところで走ってはいけないぞ? 誰かにぶつかれば怪我をする。そもそもここは迎賓館だぞ?」

「迎賓館? そんなところまで迷い込んでたんだ?」

 相手が綾都を立たせてくれる。

 赤毛が目立つ男らしい顔立ちをしていて、凄く身分のある人なんだろうなとわかる。

 スーツを着ているし、この髪と瞳の色。

 褐色の肌。

 ダグラス人だろうか?

「それで? どうして走っていたんだ? 鬼ごっこか?」

「違うよー。王都に遊びに行きたくて逃げてたんだ」

「王都に遊びに行くのに何故逃げる?」

「行けないように見張られてたから」

「成る程」

 そう呟くと相手は綾都の髪を撫でてくれた。

 大きな手だなあと思う。

「わたしが連れて行ってやろうか?」

「でも、迷惑かけるし」

「別にそのくらい迷惑にはならない」

「貴方、誰?」

「ウィル、という。君は?」

「綾都!」

「そうか。良い名だな。で。行くのか? 行かないのか? わたしなら城門も問題なく出られるが?」

「でもぉ。兄さんと瀬希皇子が怖い」

「少しくらい心配を掛けてもバチは当たらないぞ? 閉じ込めようとする方が悪い」

「そう、かな?」

「閉じ込められて嬉しい者はいないからな。当然だろう?」

「うんっ! じゃあ行くっ!」

 綾都が同意すると彼が手を打ち鳴らした。

 何処からともなくスーツ姿の集団が現れる。

「お呼びでしょうか」

「わたしたちは王都に行ってくる。そうだな。護衛を数名とあと彼を探しているらしい追手を撒け」

「承知致しました」

「車を用意してくれ。城門ではなくここの正門にな」

「畏まりました」

 このやり取りを聞いて綾都は、今更のように身分の高い人なんだなと理解する。

 車の準備と言った。

 この世界では普通馬車と言うし、車は自動車を意味し、それに乗れるのは裕福なダグラス人だけだという。

 彼は自動車に普通に乗っているのだ。

 意外だった。

 こちらでお目にかかれるとは思っていなかったので。

「では行こうか? いつまでに帰ってきたいとか、目安はあるのか?」

「うーんとね」

 言いながら綾都は腕時計を見た。

 ウィルと名乗った男性がハッと顔色を変える。

「今10時か。だったら2時間内には戻りたいかな。それ以上はさすがに兄さんも瀬希皇子も許してくれなくなりそう」

「その腕時計‥‥‥誰に貰ったのだ?」

「あ」

 そうだった。

 この腕時計は人前では見せては行けないと、瀬希皇子に言われていたのだ。

 すっかり忘れていた。

 ダラダラと冷や汗を掻くとウィルは、ふっと笑った。

「済まない。余計な詮索だったな。では行こうか?」

 肩を抱いて促され、不思議な気分のまま従った。




 その姿を同じ迎賓館で暮らしているカインが見ている。

「あれは」

 彼はそのまま兄に伝令を出すと、慌ててふたりを追い掛けた。




「うわあ。自動車だあ。懐かしー」

「懐かしい? 乗ったことがあるのか?」

「しょっちゅうお世話になってたね。救急車には」

「きゅうきゅうしゃ?」

 首を傾げる相手に綾都はなにも言わずに座席に乗り込んだ。

 ウィルも乗り込むとドアが閉まり、車が静かに走り出す。

 ふうんと綾都は感心する。

 乗り心地もかなりいいし、別段、地球との差を感じない。

 文明はもっと進んでいない印象だったけど。

「それで? どこに行きたいとか、なにをしたいとかあるのか? お望みを叶えるが?」

「望みかあ」

 窓の外を見ても流れる景色は、やはり見慣れない。

 宮殿も見慣れても消せない違和感があって馴染めない。

 消えない違和感。

「そうだなあ。チョコレート食べたい」

 甘党でしかも西洋菓子が好きだった綾都は、チョコレートが好きだった。

 パフェなんて大好物だ。

 体調的に食べることは禁止されていたが。

 身体に悪いと言って。

 しかしこの華南は、どちらかといえばアジア的な国なので、この時代にチョコレートなんてなかった。

 宮殿でも一度も出ていない。

 綾都は飢えていたのだ。

 しかしそういうとウィルかま合図を送って、助手席に座っていた男性がなにかの箱を差し出した。

 なんだろう?

 と、首を傾げる。

 すると受け取った彼が綾都にそれを差し出した。

「開けてみるといい」

 受け取って開けてみる。

「それ」

 銀紙に包まれた丸い物体。

 どこから見てもチョコレートだ。

「どうしたの、これ?」

「いや。国からお土産にと持ってきたんだが、こちらでは珍しいらしく、誰も食べてくれないのでな。仕方なく置いてあった」

「食べていいの?」

「構わない。わたしには甘すぎるし」

「うわーい。頂きまーす!」

 パクパクと綾都が食べているのを眺めつつ、ウィルは不思議な子だなと感じていた。

 チョコレートはダグラスの特産品で、まだ輸出を始めていないので、あまり知られていない。

 そのせいでこれを渡しても気味悪がられ、侍女たちにすら食べてもらえたなかったのだが、この子供はどうやらチョコレートを知っているらしい。

 しかもなんの抵抗もなく食べている。

 一体どこの出身なのだろう?

「うわっ。ウイスキーボンボン入ってた」

 フラフラと綾都が揺れ出した。

 でも、チョコレートを食べる手は止まらない。

「もしかしてお酒苦手なのか?」

「飲んだことない。でも、ボンボンなら食べる。頑張る」

「いや。そういうところで頑張らなくても」

 さりげなくウイスキーボンボンだけを退けていく。

 食べることに夢中になっている綾都は気付かない。

 半分くらいがウイスキーボンボンなので、程なくしてチョコレートはなくなった。

「あれー? おかしいなあ。もっとあった気がするんだけど」

「いや。元からそのくらいだぞ?」

 髪を撫でて誤魔化す。

 半分くらい酔っていたのか、綾都はあっさり納得した。

「それでどこに行きたい?」

「うーん。広いところ?」

「広いところ? さっきまでいた宮殿より広いところはないと思うが?」

「そうじゃなくて壁のない広いところ。外に出てないから」

「成る程。そういう意味か」

 運転手に指示をして後は任せた。

 元よりこの国の都には詳しくはない。

 自国でもそうなのだ。

 他国の王都の地理に詳しいはずがない。

 だが、運転手はこちらにきてから調べているので、それなりに詳しい。

 ウィルにどこに行けと言われても行けるようにだ。

 だから、お任せしたのである。

 程なくして小高い丘の上に到着した。

 車から降りれば広がっているのは一面の花畑。

 綾都は眼を輝かせて駆けて行ったが、ウィルはじっと運転手を睨んだ。

「わざとじゃないだろうな?」

「なんのことですか?」

「あれは男だ」

「承知しています。ですが側室となったご身分なら、こういう場の方が喜ばれるかと。それにウィル様にとっても、この方が好都合かと思いまして」

「確かに‥‥‥あれには近づきたいとは思っていたが」

 舞い込んだ好機を逃す気はない。

 だが。

「気の回しすぎだ」

 それだけを言ってウィルは綾都を追い掛けた。

「綾都?」

 近付いて声を投げれば、綾都は大地に寝転がっている。

 花々に囲まれる姿は美しい。

 年齢が意識させる幼さではなく。

 単純に綺麗だ。

 ウィルは美女との遊びには慣れているが、その中の誰と比べても見劣りしないどころか勝っていないか?

 もう一度声を投げてみる。

「綾都?」

 静かに寝息が聞こえてくる。

「なんだ。酔って寝てしまったのか」

 起こすのも可哀想なので隣に座る。

 こんなにのんびりした時間は久しぶりだ。

「この子供が、な」

 この国の異分子、宰相、大志からとルノールの異分子、王弟の息子、ロベールから大体の事情は聞き出している。

 だから、どうやって近付こうか悩んでいたのだ。

 シャーナーンのアレク皇子も、綾都に眼をつけて瀬希皇子に賭けを申し込んでいると聞いたし、どうにかして近付いて奪えないかと悩んでいた。

 こんな形で近付けるとは思わなかったが。

 花畑を見渡せばチラチラと護衛の影が見える。

 ならいいかと身を投げ出した。

 綾都の隣に。

 彼の寝顔を眺めて、そうして眼を閉じる。

 すぐに心地良い睡魔が襲ってきた。

 心を落ち着ける暇もなかったはずなのに、すべての警戒と緊張を解いて。

 その理由は聞こえてくる寝息にあった。

 彼の傍は心地良い。

 だから、瀬希皇子は彼を側室にし、アレク皇子も彼に執着するのだろうか。

 そんなことを考えながら意識は闇に落ちた。
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