これはきみとぼくの出逢い〜黎明へと続く夜明け前の物語〜

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第十章 ルノールの混乱

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 第十章 ルノールの混乱



 アレクがカインから報告を受けて、弟の後を追ったのは、ふたりが出て行った直後だった。

 だが、相手の移動手段は自動車である。

 馬車で追い付けるはずがない。

 仕方なくカインからの連絡を頼りに、やっとの思いで辿り着いた。

 ふたりがいる花畑に。

 すぐにウィリアム大統領の護衛たちがやって来た。

 アレクを庇うようにカインが居て、他に護衛はいなかった。
 
 何故なら闇討ちと判断されないため、アレクひとりでカインの後を追ったからだ。

「そこを通して貰いたい。私はシャーナーンの世継ぎアレクだ。ウィリアム大統領にご挨拶したいだけ。その証拠に護衛も弟だけだろう?」

 睨むアレクの眼光の鋭さにウィリアム大統領の護衛たちが顔を見合わせる。

 やはり格の違いか。

 やがてアレクの意見を認めて護衛たちご身を退けた。

 ズカズカとアレクが進んでいく。

 その後をカインが追おうとしたが、護衛たちはそれを止めた。

「なにをする?」

「カイン様の腕前は存じております。ご挨拶だけならカイン様の護衛は必要ないでしょう? ここをお通しするのは、アレク様おひとりです」

「だがっ」

「閣下はおひとりです。ならアレク様もおひとりで出向かれるべきでは?」

 弟と護衛たちのやり取りを少し先から聞いていたアレクは、振り向いて弟に告げた。

「気にするな、カイン。何事もあろうはずがない。わたしはひとりで行く」

「兄上」

 心配そうなカインを残して、アレクは花畑の中央で横たわっているふたりを目指す。

 近付けばウィリアムか目を開けた。

 どうやら寝ていたようである。

 少し呆れる。

 こんなところで眠れるとは。

「‥‥‥ああ。アレク皇子か。何用かな?」

 上半身を起こしたウィリアムには笑顔が浮かんでいる。

 随分上機嫌なようだ。

 それがアレクを苛々させた。

 それでも挨拶もしないで喧嘩は売るまいと、グッと文句を言いたい気持ちを飲み込んだ。

「正式なご挨拶がまだだったことを思い出しまして。あの頃はゴタゴタしていてご挨拶どころではありませんでしたからね」

「そうか。それはご丁寧に痛み入る。だが、本心を言えばどうだ?」

「‥‥‥」

「わたしが彼を連れ出したから後を追って来た、と」

「わかっているなら話は早い。彼は瀬希皇子の第一位のご側室。そしてなによりもわたしのものになるかならぬか賭けている最中です。このような真似は慎んで頂きたい。瀬希皇子も良い気分にはなれないでしょう」

 アレクは腹芸が出来ないわけじゃない。

 だが。このときは何故か、そういう気分になれなかった。

 自分の前では気を許してくれない綾都が、ウィリアムの側で安心したように眠っているのを見ると、腹立たしかったのだ。

 ふたりの間でパチパチと火花が飛ぶ。

 だが、いい機会かも知れないとウィリアムも判断した。

 いつまでも蚊帳の外では、彼も困るからだ。

「でははっきり言おう。わたしも彼が欲しい」

 予期していた宣言を受けて、アレクの眼光の鋭さが増す。

 その眼を真っ直ぐに受け止めて、ウィリアムは笑った。

「彼の傍は居心地が良い。わたしはこんなに安らかに眠れたのは久し振りだ。だから、欲しい。その気持ちを恥じないし、譲って頂けるよう、瀬希皇子にもお願いするつもりだ。国家間の問題として」

「恥じない? 先約はわたしだというのに?」

「出逢いが遅かっただけのこと。それを言うなら瀬希皇子に対しても同じことが言える。たまたま彼が先に出逢っただけだ。欲しいと思うなら、手に入れたいのが男というもの。だったら国を統べるべき者として動いて、なにを恥じることがある! こういうことは歴史上でよくあることだ。それはあなたも認めていることのはず。でなければ瀬希皇子に賭けを申し込めはしないだろう?」

 自分だって禁忌を犯している自覚があるから、賭けなんて手段に出ているんじゃないかと、遠回しに指摘され、アレクは握りしめた拳を震わせた。

 この狸がと罵倒を浴びせているか、いかんせん。

 まだ場数でウィリアムに勝てない。

 年齢差が重くのし掛かって来る。

「出逢いの早い遅いも、運命というものですよ。ウィリアム大統領」

 不意の声に振り向けば、いつの間に来たのか、そこに瀬希皇子と朝斗、そしてルパートとルノエが立っていた。

 ルノエが綾都に撒かれたことを報告し、ウィリアムの邪魔か入っていることを知って、4人で追いかけて来ていたのだ。

 ここまで飛ばしたのはルパートの風の力である。

「出逢いの早い遅いが運命を決めることもある。その場合、綾はわたしのものになる運命だった。それだけです。おふたりのどちらにも言えることですが、横槍を入れるのはやめて下さい。そもそもウィリアム大統領に至っては、綾に素性を打ち明けてもいないはずです」

「何故そう言える?」

「ルパートたちのことを知っている綾が、ウィリアム大統領だと知っていて、こうしてついて来ることなど有り得ない。卑怯な手は使わないで頂きたい」

 朝斗は国家間の問題になるので口を挟んでいないが、実はウィリアム大統領に文句を言いたかった。

 何故なら綾都の顔が赤かったからだ。
 
 酒を飲まされたことは、すぐにわかる。

 暫く3人は揉めていたが、やかて堂々巡りの言い争いに疲れて、朝斗は口を挟んでしまった。

「あんた。綾都に酒を飲ませたのか、ウィリアム?」

「呼び捨てか。そなた本当に人間か」

「俺が人間かどうかなんてどうでもい。綾都に酒を飲ませたのかどうかと聞いてるんだっ‼︎ 答えろ‼︎」

「飲ませてはいない。ただウィスキーボンボンを少し食べたので、それで酔って寝ているだけだ」

「ウィスキーボンボン? そんなもの。この世界にあったのか?」

「うぃすきーぼんぼんってなんだ? 朝斗?」

「チョコレートにウィスキーを入れた大人向けのお菓子だよ。でも、綾にはきつかっただろうな。酒は飲ませないようにしていたから」

「うぃすきーぼんぼん?」

「朝斗様は物知りですね」

 ルパートとルノエは朝斗を褒める。

 いや。

 育った世界にあっただけなんだけどと、朝斗はため息を飲み下す。

 そうして近付いて綾都を抱き上げようとしたが、それは瀬希が視線で制した。

 今の流れでは朝斗ではなく、自分が抱き上げた方がいいと。

 目線でそれを指示され、朝斗もそれを認めて一歩下がる。

 近付いていくと瀬希が綾都を抱き上げた。

「戻ろう。ルパート。頼む」

「わかりました」

 赤と白の魔法陣が広がって全員を包み込む。

 そうして彼らの姿が消えた。

 消えるまでなにも言えなかったアレクは、瀬希が言った一言を考えていた。

 出逢いが早かったことが、そのまま運命になることもある。

 その一言を。

 出逢いが遅かったから、その現実に負けたくない。

 唇を噛み締めてそう思った。
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