これはきみとぼくの出逢い〜黎明へと続く夜明け前の物語〜

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第十章 ルノールの混乱

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「うー。喉が渇いた。頭も痛い」

 目が覚めたのか。

 寝台に寝かせた綾都が、ぶつぶつとぼやく。

 呆れて瀬希が声を投げた。

「起きたのか、綾?」

 その声に綾がうっすら眼を開ける。

「瀬希皇子? あれ? ウィルさんは? ここ瀬希皇子の寝室? どうなってるの?」

「ウィルさんて‥‥‥」

 再度呆れてため息を披露してから、瀬希は綾にお説教を始めた。

 自分が置かれた立場の危険性を欠片も理解していない綾に。

「人を疑わないのは綾都のいいところだが、もう少し慎重になって」

「どうして? あの人いい人だよ? チョコレートくれたし」

「チョコレートくれたら誰でもいい人なのかよ、綾。頼むからもう少し警戒してくれ。綾が瀬希皇子の側室じゃなかったら、今頃綾は誘拐されてたぞ?」

「なんで?」

 頭を抱える兄に弟は理解しない声を上げる。

 呆れて瀬希が教えてやった。

「愛称を教えただけのようだが、あの人はダグラスのウィリアム大統領だ」

「ウィリアム大統領?」

「綾都の正体を知った上で素性を隠して連れ出したんだろう。そういう真似をする人がいい人なわけか、綾?」

 ふたりに畳みかけられて綾都は答えに詰まる。

 確かに騙されていたとしたら、いい人とは言えないかも知れない。

 でも、チョコレートをくれたとき、今になって気付いたが、ウィリアム大統領はウィスキーボンボンをさりげなく退けていた。

 花畑でいつ眠ったのか知らないが、眠ってしまった後も特になにもしなかった。

 それでも「いい人」ではないのだろうか。

 ただ素性を隠していたというだけで。

「綾がなにを考えているかはわかるけど」

「兄さん」

 頭を撫でられて戸惑うような視線を兄に向ける。

 兄は苦い笑みを浮かべていた。

「綾はあまりにも自分の価値を知らなすぎる」

「ぼくの価値? そんなものぼくには」

「あるんだよ。あるからアレクもウィリアムも綾を狙うんだ。手に入れようとして、なんとか正式に権利を持つ瀬希皇子を説得して、皇子から綾を引き離そうとしてる。瀬希皇子が手放したら、綾を奪えるからな」

「なんでそんな真似を」

「綾を手に入れることにそれだけの価値があるから。綾の価値は綾が決めるんじゃない。周囲が既に決めてる。だから、瀬希皇子も俺も警戒してくれって言ってるんだ。まだわからないか?」

 噛み砕いて説明されて、綾都はとうとう言い負かされた。

 もう二度とこんな形で出掛けないと約束させられて、やっとお説教から解放された。

 周囲が求める綾都の価値。

 その言葉がぐるぐると綾の脳裏を駆け巡っていた。





 綾都に水を飲ませて休ませると、やはり病弱な身体にお酒が堪えたのか、綾は昏倒するように眠ってしまった。

 その周囲で瀬希と朝斗が会話している。

 ルパートたちは朝斗の配下ということで、滅多に自分からは会話には参加しない。

 そのため今会話しているのも、瀬希と朝斗のふたりだけだった。

「やっぱり綾をルノールの大神殿に連れて行くしかないな。綾が力に覚醒して、健康を取り戻せば、今日だってどうとでもなったんだ」

「だが、ルノールまでの旅はなんとかなっても、いざルノールへの入国となったら」

「ルノールへの入国はなんとかなる。ルノールの世継ぎのレスターが協力してくれると言ってるんだ。レスターの賓客として正式に訪れれば入国は拒否されないって」

 朝斗の言っていることはわかるが、瀬希だっそう簡単に国許を離れるわけにはいかないし、まあ見聞を広めるための旅とでも理由をつければ、父は反対しないだろうが。

「問題は大神殿の方なんだ」

「大神殿は確か」

「そう。レスターの話によれば大神殿は今、王族でしかも精霊使いしか入れないらしい。だから、万が一レスターが精霊使いだという事実を明かしたって、俺たちは誰も入れないんだ。それだけはレスターにも、どうしようもないらしい」

「大神殿が四神の管轄だとして、だ。どうしてわたしがいなければならないんだ?」

「あれ? その説明しなかったっけ?」

「聞いていないな」

 キョトンと返す朝斗に瀬希は不機嫌そうだ。

 それは暗黙の了解みたいになっていて、瀬希はきちんとした説明を受けたことはない。

 受けて朝斗はこめかみを掻いている。

 さすがに理由も説明せずに他国に連れて行けというのは、瀬希にしてみれば理不尽だったことだろうと思って。

「大神殿は四神の管轄。それは理解してるよな」

「ああ」

「それで綾都の力を覚醒させるために四神が必要で、しかも儀式の手順を知っているのも四神のみ。だから、瀬希皇子に四神を召還して貰わないといけないんだ。四神を召還できるのは瀬希皇子ひとりだから。瀬希皇子がいないとそもそも四神は起きてくれないし」

「しかしそれだと願いをひとつ使ってしまうことになるんじゃ」

 不安そうに言う瀬希に朝斗はあっけらかんと言い放つ。

「大丈夫。綾を見れば事情を察して、それは自分たちの義務だと四神は思うから、絶対にそれを瀬希皇子の願いのひとつとは受け取らないから」

 少しホッとした。

 同じ愛し子と呼ばれる立場でも、無制限に力を使えるレスターと、威力はレスターより遥かに上だとはいえ、4回しか願いを叶えられない瀬希と。

 回数が制限されているからこそ、瀬希は願い事は慎重にいきたい。

 まあどうしてもそれしか方法がなかったら、それを願い事のひとつにするのも吝かではないが。

 綾都がけんこうになるなら、それもいいかなと思うので。

「それと以前から疑問だったんだけど、願い事が4回しか叶えられないというのは、一体どこから来てるんだ?」

「どこからと言われても、昔からそう伝わって」

「おかしいな。俺が知っている限りだと3回のはずだけど」

「え? 一回減るのか⁉︎」

「あれ? もしかして四神全員で3回だと思ってる?」

「違うのか?」

 違う、違うと朝斗は片手を振った。

 意外なことを言われ、瀬希は眼を瞠る。

「例えば火神ひとりにつき3回」

「つまり合計で12回?」

「そう。だから、そんなに慎重にしなくても、願い事が4回しか叶えられないってことはないよ」

 そう言われ少しホッとした。

 やはり少ない回数より多い回数の方がなにかと助かるから。

「とにかく問題は俺たち部外者が大神殿に入ることを、どうやってルノールの王族たち。特に国王に認めさせるかってことなんだ。大神殿と呼ばれている以上、統括している神官たちがいるはずだこら、神官たちも納得させないといけないし」

「最終的にはわたしたちが知っていることを打ち明けるしかないんじゃないのか? ルノール側にしてみれば、ルパートやルノエは主神なんだろうし」

「できればそれは避けたい」

「やっぱりそうか」

 無理は承知で言ってはみたものの、朝斗に却下されたので、瀬希もため息を漏らす。

 すべてを打ち明けることが危険を伴うことは、瀬希も理解していたから。

「綾や俺、ルパートやルノエの存在の意味を知られることは危険と背中合わせだ。今以上に綾は狙われるだろうし、俺たちだって動きが制限される。それだけは避けたいんだ」

「だが、だったらどうやって」

「基本的にはレスターに頼りたいんだけどな」

「しかし大神殿については、レスターにもどうにも出来ないと言っているんだろう?」

「だから、俺とレスターが最上級の精霊使いで、しかも四精霊の加護を受けていることを明かして、そこから上手く話を運べないかなって」

「しかし最上級の精霊使いそのものが珍しいという話だし、その上四精霊の加護を受けていることを明かしたら、レスターにも迷惑がかかるんじゃないか? 朝斗はなんとかなるにしても」

「あんたさ。他国の世継ぎの心配をする前に、少しくらい俺の心配もしろよ。形だけとはいえ俺だってあんたの側室なんだぜ?」

「いや。これが綾都の場合無条件でする刷り込みが入っているが、朝斗の場合なんとかなりそうで」

「あんたさあ。どんなイメージ持ってんだよ、俺に」

 さすがに真剣に呆れられ、瀬希も不味かったかなという気がしてきた。

 こめかみを掻いていると朝斗が「まあいいけど」と言ってきた。


 いいのなら文句を言うなとは思ったが、今は立場が弱いので言わない。

「レスターのことは覚悟を決めてもらうしかない」

「どうして?」

「俺たちが揃ってしまった以上、四つの鍵はどうやったって歴史の胎動の渦に巻き込まれる。それはレスターにしても、あんたにしても同じなんだ。レスターが最上級の精霊使いで、四精霊の加護を受けているのも不老不死であることも事実。そこはあいつが自分で乗り越えるしかないよ。俺たちには協力はしてやれても、乗り越えることはレスターにしかできない」

「本当にお前たちどういう存在なんだ?」

 瀬希が染み染みそう言うと、朝斗は軽く肩を竦め、ルパートとルノエは苦笑していた。
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