眠れる獅子は生きるために剣を握る

文字の大きさ
29 / 36
第九章 禁戒の初恋

(3)

しおりを挟む
「マックス」

「はい」

「ジェラルド様は度々アドラー公爵邸を訪れているが、おふたりの対面の場にお前は同席しているのか?」

「いえ。同席は禁じられていて一度も」

 薄々感じ取ってはいる。

 ジェラルドが祖父と逢いたがっていないこと。

 幼い頃は慕っていた祖父を今では煩わしく感じ、できれば関わりたくないと感じていること。

 でも、公爵の野望に自分が必要不可欠な存在であり、このままではラスと対立する可能性が高いこと。

 それらに主人が悩んでいることは、お側付きだからこそマックスは知っていた。

 知ってはいるが、それはジェラルドの難しい立場や気持ちを知っているという意味でしかなく、アドラー公爵の悪事の証拠を掴んでいるというわけではなかった。

 だから、ここでは言葉を濁したのだ。

 どれほど疑わしくても、証拠がなければなにも言えないのだから。

「しかしすべてが当たっていた場合、先帝弑逆の真犯人はまさか」

 彼に目をかけていた皇后陛下の前では言えないが、ひとりだけ心当たりがあった。

 先帝を弑逆するだけの実力を持ち合わせ、当時皇太子妃だったキャサリンとも親しかった人物。

 そして何があってもアドラー公爵を裏切れない小心者。

 その名からして相応しい裏切り者。

 この予想が当たっていたら、決して許さない!

 ユダ!

 皇帝一家をこんな苦境に追い込んだ。

 キャサリン様にはあれほど目をかけて頂いて、裏切り者と揶揄される度に庇って頂いていたのに!

 いや?

 だからか?

 だから、せめてキャサリン様と産まれてくる子供は助けようと海の貴族を頼って、なんとか策を練った?

 それほどまでにアドラー公爵が恐ろしかったのか?

 ユダ?

 どんな理由があろうとも、お前はお前を信じてくれたたったひとりの女性を裏切った。

 同じ騎士としてお前だけは決して許さない!

「お前だけは断じて赦さない。陛下からお許しが出たら、そのときは必ずわたしの手で!」

 無意識に決意を口にするヴァンにラスは、どうやら真犯人に心当たりがあったらしいと難しい顔付きになる。

 どちらにせよ、ジェラルドとジュエルは渦中の人か。

 おそらくラスを邪魔だと感じ、母親ごと葬ろうとしたのは、ふたりの祖父、アドラー公爵だ。

 昔は兄弟仲は良かったのかもしれない。

 しかし皇太子と第二皇子では、どうしても扱いに差が出てくる。

 その差が大きくなるほど憎らしくなっていったとしたら?

 何故自分が皇太子ではないのかと、そんな風に感じ始めたとしたら?

 それは殺意に変じる可能性が、十分にあることを意味しないか?

 そんな矢先娘が兄の息子である皇太子に叶わぬ恋をしていることを知ったとしたら、キャサリンが邪魔だと感じ、お腹にいたラス諸共葬ろうと決意した。

 それが先帝弑逆に繋がったとしたら。

「俺とジェラルドたちは、生まれながらにして敵同士ってわけか。血を分けた兄弟妹だってのに!」

「「殿下」」

「ラス」

 誰もが声をかけられないとラスの名を呼ぶが、母であるキャサリンだけは、きちんと声をかけた。

「確かに血筋的にはそうかもしれません。でも、ふたりにあなたに対する悪意や敵意があるか、それは話し合ってみなければ解らないでしょう?」

「母さん」

「行動を起こす前から諦めて答えを決めつけてはいけません。それはあなたの推測であって、ふたりに確認するまでは事実ではないのですから」

「母さんって頭がいいんだな。それに物の道理がわかってる。それに同じ顔してるのになんだけどすげー美人だし」

「うふふ。それよりもさっきから気になっていたのだけれど。時々陛下のことを妙な呼び方をしていますね?」

「うっ」

 痛いところを突かれたラスが、気まずそうに顔を背ける。

「殿下の悪い癖ですね。お父上をオッサン呼ばわりですから」

「まあ」

 ヴァンを恨めしそうに睨んでしまうラスに、キャサリンは柔らかく微笑む。

「ラスの育ちでは仕方がないかと思いますがねえ。色町で上品な言葉遣いというのは、あまり聞きませんしねえ」

「貴女はお名前はなんて仰るの?」

「マリアとお呼びくださいな。皇后陛下」

「貴女はルイの生い立ちを知っていて?」

「知ってますよ。でも、そういうことはラスから聞くべきかと」

「あの子に聞いても心配をかけることは伏せられそうで」

 当たっていたラスは苦い顔付きで黙っている。

「それはキャサリン様も同じでは?」

「ヴァン」

「陛下にしても殿下にしても、そして皇后陛下にしても、伝えたら心配をかけることは言いたくない。そういうものではありませんか?」

「そうです。確かにそうです。自分も言えないことがあるのに傲慢でした」

「母さん」

 辛そうなキャサリンを見て、ラスは殊更明るく声をかけた。

「でも、言えないこともあるかわりに、言えることもあるから、これからゆっくり離れ離れだった時間を埋めていこう? お互いにさ」

「貴方は優しい子ですね、ルイ」

 思い掛けないことを言われて照れるラスだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

推しの完璧超人お兄様になっちゃった

紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。 そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。 ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。 そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

うちの家族が過保護すぎるので不良になろうと思います。

春雨
BL
前世を思い出した俺。 外の世界を知りたい俺は過保護な親兄弟から自由を求めるために逃げまくるけど失敗しまくる話。 愛が重すぎて俺どうすればいい?? もう不良になっちゃおうか! 少しおばかな主人公とそれを溺愛する家族にお付き合い頂けたらと思います。 説明は初めの方に詰め込んでます。 えろは作者の気分…多分おいおい入ってきます。 初投稿ですので矛盾や誤字脱字見逃している所があると思いますが暖かい目で見守って頂けたら幸いです。 ※(ある日)が付いている話はサイドストーリーのようなもので作者がただ書いてみたかった話を書いていますので飛ばして頂いても大丈夫だと……思います(?) ※度々言い回しや誤字の修正などが入りますが内容に影響はないです。 もし内容に影響を及ぼす場合はその都度報告致します。 なるべく全ての感想に返信させていただいてます。 感想とてもとても嬉しいです、いつもありがとうございます! 5/25 お久しぶりです。 書ける環境になりそうなので少しずつ更新していきます。

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

処理中です...