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第九章 禁戒の初恋
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「マックス」
「はい」
「ジェラルド様は度々アドラー公爵邸を訪れているが、おふたりの対面の場にお前は同席しているのか?」
「いえ。同席は禁じられていて一度も」
薄々感じ取ってはいる。
ジェラルドが祖父と逢いたがっていないこと。
幼い頃は慕っていた祖父を今では煩わしく感じ、できれば関わりたくないと感じていること。
でも、公爵の野望に自分が必要不可欠な存在であり、このままではラスと対立する可能性が高いこと。
それらに主人が悩んでいることは、お側付きだからこそマックスは知っていた。
知ってはいるが、それはジェラルドの難しい立場や気持ちを知っているという意味でしかなく、アドラー公爵の悪事の証拠を掴んでいるというわけではなかった。
だから、ここでは言葉を濁したのだ。
どれほど疑わしくても、証拠がなければなにも言えないのだから。
「しかしすべてが当たっていた場合、先帝弑逆の真犯人はまさか」
彼に目をかけていた皇后陛下の前では言えないが、ひとりだけ心当たりがあった。
先帝を弑逆するだけの実力を持ち合わせ、当時皇太子妃だったキャサリンとも親しかった人物。
そして何があってもアドラー公爵を裏切れない小心者。
その名からして相応しい裏切り者。
この予想が当たっていたら、決して許さない!
ユダ!
皇帝一家をこんな苦境に追い込んだ。
キャサリン様にはあれほど目をかけて頂いて、裏切り者と揶揄される度に庇って頂いていたのに!
いや?
だからか?
だから、せめてキャサリン様と産まれてくる子供は助けようと海の貴族を頼って、なんとか策を練った?
それほどまでにアドラー公爵が恐ろしかったのか?
ユダ?
どんな理由があろうとも、お前はお前を信じてくれたたったひとりの女性を裏切った。
同じ騎士としてお前だけは決して許さない!
「お前だけは断じて赦さない。陛下からお許しが出たら、そのときは必ずわたしの手で!」
無意識に決意を口にするヴァンにラスは、どうやら真犯人に心当たりがあったらしいと難しい顔付きになる。
どちらにせよ、ジェラルドとジュエルは渦中の人か。
おそらくラスを邪魔だと感じ、母親ごと葬ろうとしたのは、ふたりの祖父、アドラー公爵だ。
昔は兄弟仲は良かったのかもしれない。
しかし皇太子と第二皇子では、どうしても扱いに差が出てくる。
その差が大きくなるほど憎らしくなっていったとしたら?
何故自分が皇太子ではないのかと、そんな風に感じ始めたとしたら?
それは殺意に変じる可能性が、十分にあることを意味しないか?
そんな矢先娘が兄の息子である皇太子に叶わぬ恋をしていることを知ったとしたら、キャサリンが邪魔だと感じ、お腹にいたラス諸共葬ろうと決意した。
それが先帝弑逆に繋がったとしたら。
「俺とジェラルドたちは、生まれながらにして敵同士ってわけか。血を分けた兄弟妹だってのに!」
「「殿下」」
「ラス」
誰もが声をかけられないとラスの名を呼ぶが、母であるキャサリンだけは、きちんと声をかけた。
「確かに血筋的にはそうかもしれません。でも、ふたりにあなたに対する悪意や敵意があるか、それは話し合ってみなければ解らないでしょう?」
「母さん」
「行動を起こす前から諦めて答えを決めつけてはいけません。それはあなたの推測であって、ふたりに確認するまでは事実ではないのですから」
「母さんって頭がいいんだな。それに物の道理がわかってる。それに同じ顔してるのになんだけどすげー美人だし」
「うふふ。それよりもさっきから気になっていたのだけれど。時々陛下のことを妙な呼び方をしていますね?」
「うっ」
痛いところを突かれたラスが、気まずそうに顔を背ける。
「殿下の悪い癖ですね。お父上をオッサン呼ばわりですから」
「まあ」
ヴァンを恨めしそうに睨んでしまうラスに、キャサリンは柔らかく微笑む。
「ラスの育ちでは仕方がないかと思いますがねえ。色町で上品な言葉遣いというのは、あまり聞きませんしねえ」
「貴女はお名前はなんて仰るの?」
「マリアとお呼びくださいな。皇后陛下」
「貴女はルイの生い立ちを知っていて?」
「知ってますよ。でも、そういうことはラスから聞くべきかと」
「あの子に聞いても心配をかけることは伏せられそうで」
当たっていたラスは苦い顔付きで黙っている。
「それはキャサリン様も同じでは?」
「ヴァン」
「陛下にしても殿下にしても、そして皇后陛下にしても、伝えたら心配をかけることは言いたくない。そういうものではありませんか?」
「そうです。確かにそうです。自分も言えないことがあるのに傲慢でした」
「母さん」
辛そうなキャサリンを見て、ラスは殊更明るく声をかけた。
「でも、言えないこともあるかわりに、言えることもあるから、これからゆっくり離れ離れだった時間を埋めていこう? お互いにさ」
「貴方は優しい子ですね、ルイ」
思い掛けないことを言われて照れるラスだった。
「はい」
「ジェラルド様は度々アドラー公爵邸を訪れているが、おふたりの対面の場にお前は同席しているのか?」
「いえ。同席は禁じられていて一度も」
薄々感じ取ってはいる。
ジェラルドが祖父と逢いたがっていないこと。
幼い頃は慕っていた祖父を今では煩わしく感じ、できれば関わりたくないと感じていること。
でも、公爵の野望に自分が必要不可欠な存在であり、このままではラスと対立する可能性が高いこと。
それらに主人が悩んでいることは、お側付きだからこそマックスは知っていた。
知ってはいるが、それはジェラルドの難しい立場や気持ちを知っているという意味でしかなく、アドラー公爵の悪事の証拠を掴んでいるというわけではなかった。
だから、ここでは言葉を濁したのだ。
どれほど疑わしくても、証拠がなければなにも言えないのだから。
「しかしすべてが当たっていた場合、先帝弑逆の真犯人はまさか」
彼に目をかけていた皇后陛下の前では言えないが、ひとりだけ心当たりがあった。
先帝を弑逆するだけの実力を持ち合わせ、当時皇太子妃だったキャサリンとも親しかった人物。
そして何があってもアドラー公爵を裏切れない小心者。
その名からして相応しい裏切り者。
この予想が当たっていたら、決して許さない!
ユダ!
皇帝一家をこんな苦境に追い込んだ。
キャサリン様にはあれほど目をかけて頂いて、裏切り者と揶揄される度に庇って頂いていたのに!
いや?
だからか?
だから、せめてキャサリン様と産まれてくる子供は助けようと海の貴族を頼って、なんとか策を練った?
それほどまでにアドラー公爵が恐ろしかったのか?
ユダ?
どんな理由があろうとも、お前はお前を信じてくれたたったひとりの女性を裏切った。
同じ騎士としてお前だけは決して許さない!
「お前だけは断じて赦さない。陛下からお許しが出たら、そのときは必ずわたしの手で!」
無意識に決意を口にするヴァンにラスは、どうやら真犯人に心当たりがあったらしいと難しい顔付きになる。
どちらにせよ、ジェラルドとジュエルは渦中の人か。
おそらくラスを邪魔だと感じ、母親ごと葬ろうとしたのは、ふたりの祖父、アドラー公爵だ。
昔は兄弟仲は良かったのかもしれない。
しかし皇太子と第二皇子では、どうしても扱いに差が出てくる。
その差が大きくなるほど憎らしくなっていったとしたら?
何故自分が皇太子ではないのかと、そんな風に感じ始めたとしたら?
それは殺意に変じる可能性が、十分にあることを意味しないか?
そんな矢先娘が兄の息子である皇太子に叶わぬ恋をしていることを知ったとしたら、キャサリンが邪魔だと感じ、お腹にいたラス諸共葬ろうと決意した。
それが先帝弑逆に繋がったとしたら。
「俺とジェラルドたちは、生まれながらにして敵同士ってわけか。血を分けた兄弟妹だってのに!」
「「殿下」」
「ラス」
誰もが声をかけられないとラスの名を呼ぶが、母であるキャサリンだけは、きちんと声をかけた。
「確かに血筋的にはそうかもしれません。でも、ふたりにあなたに対する悪意や敵意があるか、それは話し合ってみなければ解らないでしょう?」
「母さん」
「行動を起こす前から諦めて答えを決めつけてはいけません。それはあなたの推測であって、ふたりに確認するまでは事実ではないのですから」
「母さんって頭がいいんだな。それに物の道理がわかってる。それに同じ顔してるのになんだけどすげー美人だし」
「うふふ。それよりもさっきから気になっていたのだけれど。時々陛下のことを妙な呼び方をしていますね?」
「うっ」
痛いところを突かれたラスが、気まずそうに顔を背ける。
「殿下の悪い癖ですね。お父上をオッサン呼ばわりですから」
「まあ」
ヴァンを恨めしそうに睨んでしまうラスに、キャサリンは柔らかく微笑む。
「ラスの育ちでは仕方がないかと思いますがねえ。色町で上品な言葉遣いというのは、あまり聞きませんしねえ」
「貴女はお名前はなんて仰るの?」
「マリアとお呼びくださいな。皇后陛下」
「貴女はルイの生い立ちを知っていて?」
「知ってますよ。でも、そういうことはラスから聞くべきかと」
「あの子に聞いても心配をかけることは伏せられそうで」
当たっていたラスは苦い顔付きで黙っている。
「それはキャサリン様も同じでは?」
「ヴァン」
「陛下にしても殿下にしても、そして皇后陛下にしても、伝えたら心配をかけることは言いたくない。そういうものではありませんか?」
「そうです。確かにそうです。自分も言えないことがあるのに傲慢でした」
「母さん」
辛そうなキャサリンを見て、ラスは殊更明るく声をかけた。
「でも、言えないこともあるかわりに、言えることもあるから、これからゆっくり離れ離れだった時間を埋めていこう? お互いにさ」
「貴方は優しい子ですね、ルイ」
思い掛けないことを言われて照れるラスだった。
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